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2019年10月 6日 (日)

#05 邪馬台国説はフェイクであった!

◆漢字は今から約5000年前の中国の五帝時代初頭の黄帝(こうてい)時代に生存した、黄帝につかえた史官の倉頡(そうきつ)は漢字を発明した。
 この「倉頡が漢字を発明した」という伝説は学者たちによって荒唐無稽(こうとうむけい)の話であると断定され、事実ではないと否定された。しかし、倉頡伝説は事実を伝えていた。
 わが国には、中国の最古の漢字音の上古音よりも約1000年前の現存する最古の漢字音、つまり紀元前2070年から紀元前2050年ころの夏代(かだい)初頭に伝来して習得された夏音(かおん)文字の漢字音が残っている。
 中国の現存する上古音よりも古い、現存する最古の漢字音を伝える夏音文字は『魏志倭人伝』に記載される人名・小国名・官職名に用いられる。
 また、夏音文字は『古事記』上巻の随所に〔音〕という注がついて多数残っている。
 「卑弥呼」の3字を「ヒミコ」と読むと、今から約4070年前にわが国が習得した夏音文字の字音で読んでいることになる――最古の漢字音(夏音文字の字音)がわが国の国語として残っている事実は、現在、音韻学(おんいんがく)によって証明されている。

◆邪馬台国論争で名高い『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』は約2000字で構成されている。そのうちの約75%・約1500字は「わが国に夏音文字が伝来し習得された。卑弥呼王朝は倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸を最も強力な政権基盤とした」と説明する。

◆倭女王卑弥呼は、3世紀前半に死亡した。
 3世紀後半に生存した10代崇神(すじん)天皇と崇神天皇の生母は「卑弥呼と同様に、倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学問を最も尊重すべきである」という信念を抱き、皇室(大和朝廷)の基礎を築いた。『日本書紀』の崇神天皇紀は「天皇は天照大御神を倭国の国神として祀って尊重した」と記す。だから、『古事記』上巻と『日本書紀』神代紀では「崇神天皇の母と子(崇神帝)」は「天照大御神」と表記された。
 天照大御神を皇祖として崇拝する皇室は、天照大御神の「倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学問を政権基盤とすれば、大和朝廷は永遠に栄える」という遺勅(ゆいちょく/死後にのこされた勅命)をまもって栄えた。

◆『魏志倭人伝』の約25%・約500字で説明される「倭の小国一番目国の対馬(つしま)国から三十番目国の狗奴(いぬ)国までの、三十ヵ国の小国名」には「倉頡が発明した漢字作成方法」が完全な状態で保存された。
 だから、天照大御神を皇祖と崇拝する皇室は、天照大御神の遺勅に合致する『魏志倭人伝』を皇室が代々栄えて存続するための聖典と定めた。

◆このような秘密があったゆえ、皇室は1725年に死去した新井白石(あらいはくせき)が【誤読を加える論法】で立論した邪馬台国説に激しいショックを受けた。
 皇室は、白石の【誤読の論法の邪馬台国説】は皇祖・天照大御神の遺勅は排除して滅ぼす最悪・最大の災厄(さいやく)、国家と日本人の尊厳を侮辱・冒涜(ぼうとく)して台無しにする最悪・最大の災難であると深刻(しんこく)に考えた。
 だから、白石の死後13年目の1738年、戦国時代から約220年間中断していた大嘗祭(だいじょうさい)を本格に復興することにした。

◆今年(令和元年)1022日の即位礼(そくいれい)・正殿(せいでん)の儀は「倉頡を発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸を最も尊重して存続してきた」と表示する学問儀式である。
 その証拠に、翌1114日の夕方から翌日未明に、天皇が一代で一度だけ臨(のぞ)む大嘗祭に登場する王冠・菅蓋(かんがい)は【天照大御神の遺勅となり、『魏志倭人伝』に記述・保存された倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸】を表現する造形作品であり、天皇の頭上高々とさし上げられて掲(かか)げられる。

◆新井白石以来約300年、すべての邪馬台国説は約2000字で構成される『魏志倭人伝』と一ヵ所も関係しない【空理空論】であった。
 朝日新聞は、吉野ケ里遺跡を根拠・理由とする九州邪馬台国説について「邪馬台国が見えてきた」と宣伝し、また纏向(まきむく)遺跡を根拠・理由とする畿内邪馬台国説について「新発見!三世紀王権の中心は奈良盆地東南部にあった」と指摘して近日中に邪馬台国説の決着がつくかのごとく宣伝する。
 しかし、九州邪馬台国説と畿内邪馬台国説は『魏志倭人伝』の記事ときれいサッパリ一ヵ所も関係しない【誤読の空理空論】であった。
 両説とも『魏志倭人伝』とはまったく無関係の、『偽史話尽伝(ぎしわじんでん)』という名のとおりの【虚偽の歴史のみの話に尽()きる空理空論】であったのである。

◆世に名高い邪馬台国説は、今月の1022日におこなわれる即位礼(そくいれい)・正殿(せいでん)の儀と翌1114日夕方から翌日未明に天皇が一代で一度だけ臨(のぞ)む大嘗祭(だいじょうさい)を侮辱し・冒涜(ぼうとく)する【誤読の空論】である。

この事実は、914日に発刊された拙著『日本国誕生史の証明』(ムゲンブックス制作・デザインエッグ発行)にて詳細に具体的に解明し・証明した。
Nihonkokutanjoushinosyoumei
 だから、拙著『日本国誕生史の証明』は白石の死後約300年目に、最初に『魏志倭人伝』の全記事を正確に解釈した、言いかえると白石から現在までの全邪馬台国説は【誤読の空理空論】・フェイクであったと証明した画期的・記念碑的な書物ということになる。
 この『日本国誕生史の証明』によって、邪馬台国説は【完全なる誤読の論法】であると断定できて、来る人口知能(AI)の時代において「AIに劣る不用人間」という烙印(らくいん)を押されないですみ、「AI時代に必要な人間とされる知恵と生き方」を手に入れることができる。

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