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2019年10月26日 (土)

#14 邪馬台国説はフェイクであった!

★朝日新聞の「即位礼は憲法に違反する宗教的儀式」という報道は誤報・デマである!

◆令和元年1023日の朝日新聞2面は「即位礼正殿の儀は宗教的儀式であるから、政教分離など憲法上の疑義は将来の課題として残る」と報道した。
 この報道の根底にある朝日新聞の知識は、このブログが前回(13)まで証明してきた【誤読の空論の邪馬台国説と日本神話虚構説】を鵜呑(うの)みにして「即位礼は宗教的儀式である」と思い込む無知・無学である。
 今回(14)は、前回と同じテーマ――朝日新聞の「即位礼における高御座(たかみくら)の中に安置された剣と璽(じ/まが玉)は天孫降臨神話に根ざす宗教的儀式とされるゆえ、政教分離など憲法上の疑義は将来の課題として残る」と指摘する報道は虚偽・誤報である――という証明である。
 これゆえ、このブログを読んで不明な点は前回を読んでいただきたい。

◆令和元年914日に発刊された拙著『日本国誕生史の証明』(ムゲンブックス制作・エッグデザイン発刊)では、下記に示す史実(しじつ)を詳細に具体的に【科学】が成立するように解説して証明した。
 倭女王卑弥呼が登場する古文献で有名な『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』は約2000字で構成される。約2000字の『魏志倭人伝』は約45%・約900字の記事で「卑弥呼王朝は【倉頡(そうきつ)が発明した漢字作成方法と夏音(かおん)文字の学芸】を政権基盤にした」と説明する。また約30%・約600字の記事で【日本国誕生史と日本建国の〔愛〕の理念】を説明している。残る約25%・約500字の記事は倭国の風俗や産物や動植物の生息状況などを説明する。ゆえに、『魏志倭人伝』を資料として立論する九州邪馬台国説と畿内邪馬台国説は約2000字の『魏志倭人伝』の全記事と一ヵ所も合致しない無関係の【完全なる誤読の空論】ということになる。
 そして、万葉時代の712年に成立した『古事記』の序(「古事記上巻 幷()わせて序」)は「わが国は紀元前2070年ころ~紀元前2050年ころの中国の夏代(かだい)初頭・わが国の後期縄文時代初頭、中国から原初漢字の夏音文字が伝来し習得された。夏音文字は倉頡が発明した漢字作成方法にのっとって、天文学が「夏の銀河」と名付けた夏の星座が漬()かる巨大な銀漢各部の形状から作られた。ゆえに、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く夏音文字を表記する楷書の字源・字形・字義を夏の銀河各部の形状に変換すれば、上巻に記述された歴史は解明できる」と記述する。
 この「古事記上巻 幷わせて序」の記事は天照大御神を「皇祖」と崇拝する朝廷に反逆する編纂スタッフが『古事記』上巻の随所に〔音〕という注を付ける夏音文字で後世に【日本国誕生史と日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝えると企(たくら)んだ歴史解明方法を説明するものであった。というのも、天照大御神の遺勅(ゆいちょく/死後にのこされた勅命)は「皇室が永らく栄えるためには絶対に【日本国誕生史と日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝えてはならない。抹殺(まっさつ)・消滅せよ」であったからである。
 『古事記』編纂スタッフの「【日本国誕生史と日本建国の〔愛〕の理念】に後世に伝える」という企みを容易に理解できる文章で歴史解明方法を説明すると編纂スタッフは死刑とされた。だから、難解な文章で『古事記』上巻に記述された歴史解明方法は説明されることになったのである。

◆以上からして、(1)新井白石(あらいはくせき/16571725)が立論して以来約300年間学者たちに支持される九州邪馬台国説と畿内邪馬台国の有力説と、(2)本居宣長(もとおりのりなが/17301801)が著した注釈書『古事記伝』をテキストとする学者たちの日本神話虚構説の実体は、共に【誤読の論法から生まれた空論・空想・錯覚(さっかく)】であったのである。
 【邪馬台国説と日本神話虚構説が誤読の論法から生まれた空論・空想・錯覚である事実】は――令和元年914日に発刊された拙著『日本国誕生史の証明』(ムゲンブックス制作・エッグデザイン発刊)で詳細に明確に解説し証明した。
 この点に疑問を抱く方は、拙著『日本国誕生史の証明』で確かめていただきたい。
Nihonkokutanjoushinosyoumei
◆上記したように、【(1)邪馬台国説と(2)日本神話虚構説】の実体は誤読の空理空論である。この事実に気づけば、即位礼正殿の儀は宗教的儀式ではなく、学問儀式であると断定できる。

◆前回(13)でも解説したように――[()]の字義は「中国。中国の人」を意味する。この[]の字源となった銀河は天文学では通称「夏の銀河」と呼ばれる。「夏の銀河」は巨大で、南部には「銀河系宇宙の中心」があり、夏の星座と呼ばれる全星座が漬()かる大銀河である。倉頡(そうきつ)[]の字源となった「夏の銀河各部の形状」から漢字作成方法を発明し、中国最初の国家は夏王朝によって創設された。ゆえに、[]は「中国。中国の人」を意味することになった。
 古代の人々が“漢字の始祖”と崇拝した倉頡は、約5000年前(紀元前3000年ころ)の中国の五帝時代初頭に生存した黄帝(こうてい)につかえる史官(記録官)であった。
 上記したように、わが国は紀元前2070年ころ~紀元前2050年ころの夏代初頭、中国から伝来した夏音文字の学芸を習得した。この夏音文字の学芸の習得は倉頡が生存した時より約950年前のことであった。これゆえ、わが国には中国では不明になった【倉頡が夏の銀河各部の形状から漢字を作成した方法】が正確に保存されることになった。その証拠に【倉頡が発明した漢字作成方法】は『魏志倭人伝』の約25%・約500字で記述された倭の30ヵ国の小国の名称を10ヵ国ずつ3グループに分けて正確に保存されている。

◆中国で現存する最古の漢字音は、紀元前1046年から始まる周(しゅう)代初頭ころの上古音である。
 わが国における現存する最古の漢字音は、紀元前2070年ころ~紀元前2050年ころに習得された夏音文字の字音である。中国の上古音よりも約1000年前の夏音文字は『魏志倭人伝』の人名・小国名・官職名などで残り、『古事記』の序と上巻にて〔音〕という注が付いて多数残り、『万葉集』にも多数残っている。
 わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる白川静博士が著作した『字統』(平凡社発行)9ページの後ろから3行目~10ページの前から3行目は〔わが国の漢字音〕と題して下記のごとく、わが国には中国における現存する最古の上古音よりも古い漢字音が残っていると指摘する。
 「古紐や古韻の研究は、西洋の言語学・音韻学がとり入れられ、殊にその音韻史研究によってえられた諸法則が、原理的にほぼ適用しうるという関係もあって、カールグレーンがその方法を開いてから、急速な進展をみせている。そしてその結果、わが国の国語として残されている字音が、いま残されているもののなかで、最も古い時期のものであることが明らかになった。」

 漢字習得の定説は「わが国が最初に漢字を習得したのは5世紀あるいは6世紀である」と断定する。この定説は、上記した白川静著『字統』の〔わが国の漢字音〕の指摘に反する。
 また、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻の記事とも不合理となって【科学】が成立せず、誤読の空論・空想・錯覚だったことになる。
 というのも、『魏志倭人伝』・『古事記』上巻・『万葉集』には、現存する最古の漢字音を伝える夏音文字が多数記載されているからである。
 したがって、わが国の漢字習得の定説は【科学】が成立しない空論・空想・錯覚であったのである。

◆代々の天皇は皇祖・天照大御神(『魏志倭人伝』が著作された3世紀後半に生存した第10代崇神天皇と崇神帝の生母)の遺勅(ゆいちょく/死後にのこされた勅命)を厳重にまもったため、皇室は滅びず存続した。
 皇祖・天照大御神の遺勅は「皇室が永らく栄えるために、倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸の学問を権力基盤とせよ。この権力基盤の学問に対して、人民にとっては【日本建国の〔愛〕の理念】のほうが勝(まさ)るゆえ、国中の人民が【日本建国の〔愛〕の理念】をかかげて反乱を起こすと皇室は滅亡する可能性が大となる。だから、絶対に【日本誕生史】は後世に伝わらないように排除(はいじょ)し抹殺(まっさつ)せよ」であった。
 崇神天皇と生母の天照大御神は、『魏志倭人伝』の後半部の記事が「銀河から作られた漢字の学問にもとづいて、卑弥呼の後を継ぐ大王は奴婢(ぬひ)百余人を殺して卑弥呼の墓に埋める徇葬(じゅんそう)を決行した。伊耶那美命がとなえた【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する倭国の国中の人民は徇葬を憎悪して、倭王朝軍と武器を持って戦った。倭王朝軍は千余人の反乱する人民を殺した」と伝える倭の大乱を体験していた。
 だから、大和王朝の基礎をきずいた皇祖・天照大御神は【日本建国の〔愛〕の理念】は倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸を政権基盤とする大和朝廷と国家を崩壊させる危険な思想であると敵視して憎悪したのである。

 このため、上巻の伊耶那岐命と伊耶那美命神話における淤能碁呂島聖婚(おのごろしませいこん)説話にて【日本国誕生史】と【日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝えた『古事記』は712128日に元明(げんめい)天皇に献上されたが、元明天皇は天照大御神の遺勅をまもって即座に献呈を拒絶した。このため、『古事記』は正史になれず皇室を滅亡させる危険思想を養う禁書となった。

◆江戸中期の学者・新井白石が【誤読の空論の九州邪馬台国説と畿内(大和)邪馬台国説】をとなえた以来約300年も経過したにもかかわらず、学者たちは「九州邪馬台国説と畿内邪馬台国説は『魏志倭人伝』の全記事と一ヵ所も関係しない、完全なる誤読の空理空論である」と指摘する学者は一人もいない。
 白石は1725年に没した。
 皇室は『魏志倭人伝』に多数の誤読を加えて捏造(ねつぞう)した空理空論の大和邪馬台国説と九州邪馬台国説に激しいショックをうけた。
 白石が立論した【誤読の邪馬台国説】は皇室を滅ぼし、日本国を滅ぼし、さらに日本民族は愚弄(ぐろう)されて滅びると激しいショックをうけた皇室は、白石の死後13年後の1738年、天照大御神の「日本国誕生史を抹殺せよ」という遺勅を破棄(はき)して、戦国時代から約220年間中断していた大嘗祭を本格的に復興することにした。

◆令和元年1114日夕方から翌日未明に天皇が一代で一度だけ臨(のぞ)む大嘗祭(だいじょうさい)における中心儀式では――天皇の頭上に御菅蓋(ごかんがい)という王冠をかかげて、白い生絹(すずし)の御祭服(ごさいふく)をお召しになって、葉薦(はごも)の御筵道(ごえんどう)を進む。
 この儀式は【倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸】と【皇室が天照大御神の遺勅を廃して日本国誕生史と日本建国の〔愛〕の理念の復興の承認】をあらわした。
 その証拠に、天皇の頭上に高々とかかげられる王冠・御菅蓋の上の大鳥の飾りは【倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸】をあらわすデザインである。
 また、御菅蓋の下の菅笠(すげかさ)は【日本建国の〔愛〕の理念がかかげられた日本国誕生史】をあらわす意匠(いしょう)であった。

◆だから、白石の死から約300年後になっても学者たちが受け継ぎ、朝日新聞やNHKなどのメディアがもて囃(はや)して国中に蔓延(まんえん)拡散(かくさん)させた畿内邪馬台国説と九州邪馬台国説は皇室を滅ぼし、日本国を衰退させ、「日本国民の頭脳や知性では畿内邪馬台国説と九州邪馬台国説は誤読の空論である実体がわかりっこない」と日本国民を愚弄する詐欺(さぎ)・ウソ八百であったのである。
 『魏志倭人伝』の後半部の記事と『古事記』上巻に記述された「多数の子どもが生まれて国土に満ち満ちあふれる」とあらわす【日本建国の〔愛〕の理念】は廃(すた)れて、現在、わが国は人口減少・少子化によって国力衰退の坂道を転げ落ちている。
 【1】新井白石から始まる畿内邪馬台国説と九州邪馬台国説の有力説と【2】本居宣長が著した注釈書『古事記伝』にもとづいて「『古事記』上巻の記事は歴史を説明しない。物語である」という日本神話虚構説の定説は皇室を滅ぼし、日本国を壊滅させ、日本国民を愚弄して騙(だま)して国力を衰退させる祟(たた)りなのである。

◆朝日新聞は「邪馬台国説と日本神話虚構説は誤読の空論である実体」に気づいていないゆえ、令和元年1023日の朝刊2面で「即位礼正殿の儀は宗教的儀式であるから、政教分離の憲法に反する違憲の疑いが残る」と報道した。
 しかし、「即位礼正殿の儀は宗教的儀式である」という意見は【誤読の空理空論】である。
 「即位礼正殿の儀は学問儀式である」ゆえ、憲法に違憲しない。
 朝日新聞は「高御座(たかみくら)の中に安置された剣と璽(じ/まが玉)は、天照大御神の命を受け、孫のニニギノミコトが日向国(ひゅうがのくに)に降り立ったという【天孫降臨】神話に根ざすとされる」と指摘し、神話は宗教であるゆえ憲法に違反する疑いがあると報道した。

◆天照大御神は大和朝廷に反抗する九州の日向国に住む熊襲(くまそ)を討伐した後に、【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する北九州の宗像王(むなかたおう)を討伐するように天孫の日子番之邇々芸命(ひこほのににぎのみこと)に遠征を命じたとき、「倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸」をあらわす「三種の神器」とする剣と璽(まが玉)を授(さず)けた。宗像王権は天孫が率(ひき)いる大和遠征軍に滅ぼされた。
 これゆえ、現在の福岡県宗像市玄海町に所在する宗像大社にかかげられる額(がく)に彫られる10字の金色の神勅(しんちょく/天照大御神の勅命)は「奉助天孫而 為天孫所祭」である。この神勅は「天孫を奉(まつ)り助けて、天孫の為に祭(いつ)かれよ」と読める。しかし、宗像大社では「天孫」は「歴代の天皇」と解釈して「天照大御神を先祖とする歴代の天皇を奉り助けると共に、歴代の天皇から厚いお祭りを受けられよ」と意味すると解する。
 『日本書紀』巻第三の神武(じんむ)天皇紀の初頭記事では「夏音文字の学芸をわが国にもたらした天祖(てんそ)、つまり夏の始祖・禹()帝の後を継いだ益(えき)帝の孫の王子」を「彦火瓊瓊杵尊(ヒコホノニニギノミコト)」と表記する。
 したがって、天祖と同名(日子番之邇々芸命=彦火瓊瓊杵尊)の天孫は天祖の生まれ変わりとなって【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する宗像王権を討伐したことになる。
 だから、天照大御神が宗像王権討伐の時に天孫に授けた【剣と璽(まが玉)】は「【天祖一行がわが国に移住して根付かせた倉頡が発明した漢字作成原理と夏音文字の学芸】をあらわすために、天照大御神が天孫に授けた調度品」であったことになる。
 したがって、【高御座の中に安置された剣と璽】は【天照大御神の遺勅の学問・倉頡が発明した漢字作成方法と夏音文字の学芸】をあらわすものであったことになる。

◆朝日新聞の令和元年1023日の2面の記事には、下記のごとくの記事がある。
 ――違憲の疑いは残った。代替わり儀式への国費支出差し止めなどを求めた訴訟の95年の大阪高裁判決は、原告の請求を却下・棄却としつつも「政教分離規定に違反するのではないかとの疑いを一概に否定できない」と指摘。「国民を主権者とする現憲法の趣旨にふさわしくないと思われる点が存在する」とも言及した。
 上記の記事が示すように、大阪高裁の判決は「代替わり儀式、つまり即位礼正殿の儀と大嘗祭は宗教的儀式であるゆえ、政教分離規定に違反するのではないかとの疑いを一概に否定できない」と指摘したことになる。
 しかし、即位礼正殿の儀と大嘗祭は明確に学問儀式であるからして政教分離規定に違反するものではないことになる。
 したがって、大阪高裁は冤罪(えんざい)の判決を下さないで済んだのである。
 だから、朝日新聞の記事は学者たちの【誤読の空論】を鵜呑みにして即位礼正殿の儀と大嘗祭を宗教的儀式であると思い込んで報道した、無責任にも皇室の尊厳を冒涜(ぼうとく)し、日本国民を愚弄(ぐろう)する誤報・デマ・フェイクであったことになる。

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