9章 建比良鳥の地上絵-5
遠江(静岡県西部)に属する細江町の地図上の形すなわち建比良鳥の地上絵によって、『魏志倭人伝』末部に記載される倭女王壱与は『古事記』上巻に登場する伊耶那美命であり、『魏志倭人伝』後半に記載される武将・載斯烏越(そしあお)は伊耶那岐命であることが明らかになる。この解明は今日おこなわないが、その時が到来したら後日詳細におこなう。
『魏志倭人伝』は「魏の正始八年=247年、倭の使者・載斯烏越(伊耶那岐命)は朝鮮半島に所在する魏の出張機関の帯方郡庁に訪問して、倭と狗奴国(くなこく)が争う戦況を説明した」と記載する。ゆえに、載斯烏越・伊耶那岐命は247年の時点では生存していたことになる。
この載斯烏越の記事の後に「13才で小国・日本国(旧東鯷人国)の女王となった壱与(伊耶那美命)が倭女王に就任した」と、『魏志倭人伝』は記載する。したがって、壱与(伊耶那美命)も、247年には生存していたことになる。
この『魏志倭人伝』の記事から、『古事記』が火災事故に遭遇して火傷を負い伊耶那美命が没したと書く、その没年は260年ころであったと推定される。当時は医学が発達していなかったから、平均寿命は30歳~35歳ぐらいであったにちがいない。そして、『古事記』は「伊耶那美命(倭女王壱与)は若くして死去した」と示唆するので、彼女は260年ころに没したと考えられる。
『古事記』において、伊耶那美命の次に天照大御神が登場する。この『古事記』の記事からして、天照大御神は長寿で260年~280年ころまで生存したと考えられる。
そうすると、『古事記』天照大御神と須佐之男命説話末部に登場する遠江国造の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)は260年~280年ころに生存したことになり、建比良鳥の地上絵内から出土した三遠式銅鐸が使用された260年~290年に合致する。また、建比良鳥命が建比良鳥の地上絵を制作したのは260年~280年であったことになるので、『魏志倭人伝』が著作された太康年間(280年~289年)と同時代ということになる。
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