10章 井伊家創設の秘密-1
ちょうど1千万坪の建比良鳥の地上絵(細江町)の北隣の地は、引佐町井伊谷(いなちょういいのや)である。この地を本拠地とする井伊家は、1010年(寛弘7)に創設された。
この井伊家系図は、藤原冬嗣(ふゆつぐ)から始まる。これゆえ、藤原鎌足は井伊家の遠祖となる。井伊家・始祖の冬嗣は、藤原北家頭首・房前(ふささき)の曾孫(ひまご)である。
藤原冬嗣から8代目にあたる子孫に、藤原共資(ともすけ)がいる。『井伊家伝記』によると「共資は正暦年間(991年~994年)に遠江国の村櫛之郷(むらくしのごう)に下って居住した」という。『三ケ日町史』は「共資は正暦4年、村櫛に志津城(しづじょう)を築いたと伝えられる」と記す。
当時の遠江の国府は、村櫛之郷(現在の浜松市の村櫛半島)から東へ約23㎞離れた磐田市見付(みつけ)に所在した。共資は国府所在地の見付に住まず村櫛半島南端に志津城を築いて居住したのは、村櫛半島北側にひろがる大地に所在する遺跡・建比良鳥の地上絵を守らんとしたからにほかならない。
当時は藤原北家の道長が摂関の地位をめぐって争い、995年(長徳1)に内覧の宣旨(せんじ)を受けて覇権を手に入れた時代であった。また当時は、律令体制の土地制度が8世紀半ばに制定された墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)によってくずれはじめ、寺社や貴族などの荘園(荘園)が増加するにつれて、政府も皇室も荘園領主への道をたどっていた。このため、荘園は公領・国衙(こくが)とならんで、社会の土台を形成していた。
このような荘園の発達によって生ずる争いに対処するために、地方に赴任した国守は国府に居住せず別の地に住んで治安維持にあたることは許可されていた。それゆえ、共資は神代(3世紀後半)の遺跡・建比良鳥の地上絵を守らんとして、浜名湖の南から侵入して建比良鳥の地上絵内の土地を開墾して私有の荘園にするために寺社や貴族にやとわれる武士団を駆逐するため、貴族の共資は城を築いて武士となったのである。
前章で幾度となく説明したように、建比良鳥の地上絵は『魏志倭人伝』の記事の真相を保存する遺跡である。この『魏志倭人伝』の正式名は『三国志』魏書東夷伝倭人条である。『三国志』の[志]は「歴史」を意味した。共資が城を築いた村櫛半島南端は津(港)のような地であり、「建比良鳥」の先頭字[建]も[津]と同様に[聿]の字部を有する。だから、遠江国守共資は、建比良鳥の地上絵に秘められる『魏志倭人伝』の志(歴史)を守る津(港)に築いた城であるから、その名を「志津城」としたにちがいない。
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