G-T0XYQT12LL 3章 日本建国理念〔愛〕の理念: 卑弥呼の逆襲

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2008年9月22日 (月)

3章 日本建国理念〔愛〕の理念

伊耶那美命(『魏志倭人伝』末部に登場する壱与)が倭女王に就任してから数年後──彼女は火災事故に遭遇して火傷を負い没した。その臨終の際、伊耶那美命を葬る陵墓に多数の奴婢(ぬひ=青年と乙女)を殺して埋葬する残虐無比の徇葬(じゅんそう)を廃止するように、伊耶那美命は夫の伊耶那岐命(『魏志倭人伝』末部に登場する載斯烏越=そしあお)に遺言した。

この伊耶那美命の遺言を倭政府は無視し、多数の青年と乙女を殺して徇葬を決行し、伊耶那美命陵を熊野本宮大社の旧社地に築いた。

夫・伊耶那岐命はこの徇葬決行に反発し、配下の小国・日本国軍の兵士を率いて、伊耶那美命陵から妻の亡骸(なきがら)を納める棺を略奪し、南の熊野速玉大社に向かって逃走した。伊耶那岐命一行は倭の大軍に追跡され背後近くまで迫られたが、速玉大社まで逃げのびてあらかじめ手配してあった日本軍の本隊と合流して倭の大軍を撃退した。

伊耶那岐命は、千人の人間が引っ張ってようやく動かすことができる巨岩すなわち千引の石(ちびきのいわ)の前で、生前の伊耶美命が小国・日本の国作りの目標にした〔愛〕の理念を「吾一日に千五百の産屋立てむ」と表現して宣誓した。この宣誓は国民が伊耶那美命がとなえた〔愛〕の理念をもっとも尊び、夫と妻は愛しあい、一日にたくさんの子どもが生まれて愛(いつく)しみ育てる、このような国作りに吾は精力をそそぐことにする」と意味した。

この千引の石の前における日本建国の〔愛〕の理念の宣誓は、『古事記』伊耶那岐命の黄泉国(よみのくに)訪問説話に記載されている。

日本建国の〔愛〕の理念が宣誓された千引の石は、今日の和歌山県新宮市磐盾(いわたて)町に所在する神倉(かんのくら)神社のご神体となる「ごとびき岩」である。この「ごとびき岩」は地上60mの絶壁にそそり立つ、「千引の石」という名のとおりの千人の人間の力でようやく動かすことができる巨岩である。

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