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2010年6月 3日 (木)

わが国に夏音文字が伝来していた

 中国の正史『新唐書』は、702年に中国に渡った遣唐使が「わが国には夏音(文字)が存在すると証言した」と記載する。

 この「夏音文字」は「夏代初頭の音文字」であり、『魏志倭人伝』の卑弥呼、壱与、難升米、載斯烏越などの人名や邪馬壱国、対馬国、一大国、末盧国、伊都国などの小国名や官位名で残っている。『古事記』にも〔音〕という注が付いて、夏音文字が残っている。

 中国の夏代初頭は、今から約4000年前であり、わが国の後期縄文時代初頭に相当する。国の特別史跡の大湯環状列石(秋田県鹿角市)は、後期縄文時代初頭(夏代初頭)の遺跡である。この遺跡を調査すると、わが国に夏音文字(夏代の漢字)が伝来していたことが科学的に明確に証明することができる。

 『魏志倭人伝』と同時代に作成された、『魏志倭人伝』の記事はすべて正しく、わが国に夏音文字が伝来していたと証明できる遺跡が静岡県浜松市に現存する。この遺跡は、ちょうど1千万坪の面積からなる大鳥の形をした地上絵である。この“大鳥の地上絵”は、浜松市北区細江町である。つまり、細江町の平面図(平面的な地図の形)はちょうど1千万坪の大鳥の形に作られている。この大鳥の地上絵(細江町)から9口の銅鐸が出土し、この銅鐸(三遠式銅鐸)は260~290年に作成された。この銅鐸は天頂緯度が精密に測定できる構造になっている。つまり、銅鐸で天頂緯度を精密に測量して、1千万坪の“大鳥の地上絵”は作成された。『魏志倭人伝』は280~289年に作成された。ゆえに、“大鳥の地上絵”と『魏志倭人伝』は同時代に作られた。この“大鳥の地上絵”を調査すると、『魏志倭人伝』の人名・小国名・官位名は夏音文字であると科学的に証明できる。また、『古事記』の随所に記載される〔音〕という注が付く文字も、夏音文字であると科学的に証明される。

 ちょうど1千万坪に作成される“大鳥の地上絵”すなわち浜松市北区細江町の平面図によって『魏志倭人伝』のすべての記事は正しいと科学的に証明できる。これに対して、古代史学界は「『魏志倭人伝』のすべての記事が正しいことはありえない」と断定して、『魏志倭人伝』の「記事を必ず誤読しなければならない」と定める。しかし、“大鳥の地上絵”によって、すべての邪馬台国説は正真正銘の誤読の空論であると科学的に証明される。

 そして、1738年に大嘗会が本格的に復興されて、天皇の即位式に使用される王冠の意匠は浜松市北区細江町の”大鳥の地上絵”でデザインされることになった。大嘗会で天皇の頭上にさし上げられる王冠(菅蓋・かんがい)の意匠は「『魏志倭人伝』のすべての記事は正しい」と表示する。したがって、すべての邪馬台国説は大嘗会でさし掲げられる天皇の王冠をひきずりおろして足蹴にして破壊し侮辱する、誤読の空論であり、日本民族の根源知、アイデンティテーを虐殺する荒唐無稽のデタラメである。

 なお、卑弥呼が居住した倭国の王都の名は「邪馬壱国」であり、邪馬壱国は山陰・出雲地方(石見・出雲・伯耆)だったのである。『魏志倭人伝』の全記事を忠実に読むと、卑弥呼は出雲の意宇郡に居住していたことになり、全記事の相互関係には一切の矛盾が無くなり科学が成立する。

 天皇は大嘗会において、「『魏志倭人伝』のすべての記事は正しい」と表明する王冠を高々とさし上げて即位する。だから、「『魏志倭人伝』の全記事は正しいなんてことは絶対にありえない。99パーセントの記事を誤読せよ。『魏志倭人伝』の記事はわずか1パーセントの記事しか正しくなく、その99パーセントの記事は誤っている」と断定するすべての邪馬台国説は天皇の王冠を最大に侮辱する荒唐無稽のデタラメである。

  すべての邪馬台国説は正真正銘の誤読の空論にして、日本人が最も侮辱すべき“ウソ八百”なのである。

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