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2011年8月21日 (日)

安本美典氏はじめすべての邪馬台国説はウソ八百である

『図詳ガッケン・エリア教科事典』第7巻〔地球・宇宙〕(学習研究社発行)の「緯度の測定」を解説する記事を要略すると、「天の北極の高度で緯度を換算すると不精確となり、天頂点をキャッチすれば精密に緯度測定できる」ということになる。

中国と日本列島を隔てる大海を往来するには、天の北極の高度で緯度換算すると迷って漂流し落命するので往来できなかった。したがって、大海を往来するには〔天頂点をキャッチする慣習〕が存続していなければならなかった。しかし、中国では紀元前1世紀にシナ天文が完成して最も天の北極が重視されて〔天頂点をキャッチする慣習〕が失われた。ゆえに、魏と帯方郡の使節は大海を往来できなくなった。中国の人々が大海を往来できなくなったという説明する記事は中国の正史『後漢書』倭伝にあり、『魏志』倭人伝も示唆する。

『魏志』倭人伝には「日本列島は南に伸びる」という事実と異なる記事があるが、沖ノ島と神津島は同緯度で、その気候は西の沖ノ島には雪が降るが東の神津島は亜熱帯ので雪が降らないので”西冷東暖”となる。中国大陸の気候は北の北京が冷たく南の会稽は暖かいので”北冷南暖”となる。この日本の”西冷”と中国の”北冷”、そして日本の”東暖”と中国の”南暖”が合致するので、卑弥呼王朝は〔日本の西(九州)と中国の北(北京)が合致する”と定める転回倭地理を制定した。転回倭地理にもとづく日本地図は混一歴代国都之図に描かれている。この方位が90度異なる方位規定は「命を委(ゆだ)ねる」の[委]と[倭]の字源であっ。だから、卑弥呼が統治する国の名は「倭国」となったのである。

邪馬台国説を唱える安本氏はじめ学者たちは、天の北極がある方角を”北”と倭人たちが定めるのは決まっているから転回倭地理は著者の陳寿の誤解であると断定する。この学者たちの主張の通りだとすると、倭においても中国と同様に天の北極を重視していたことになるので、倭の使節は大海を往来することができなかったことになる。

以上のように、学者や学界の意見に従うと、倭と魏・帯方郡の使節は大海を往来できなかったことになるので、『魏志』倭人伝には1字も書かれていなかったことになり、絶対に事実としてあり得ない奇妙奇天烈な空理空論の次元へと突入することになる。

このように、〔天頂点のキャッチ〕の一点に論点を絞って思考すれば、すべての邪馬台国説が荒唐無稽のウソ八百であることが科学的に簡単・明瞭にしかも完璧に証明できる。

この証明の詳細は、7月30日に幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』に記述してある。

すべての邪馬台国説は、”『魏志』倭人伝のすべての記事は正しい”と表示する天皇の王冠・菅蓋(かんがい)をコケにして土足で踏みにじる、荒唐無稽の真っ赤なウソ八百である

平然と誤読を駆使して立論する邪馬台国説は日本人の命の尊厳と魂のきらめきを高々と掲げる天皇の王冠を土足で踏みにじって凌辱する。

邪馬台国説は正当な科学的な根拠・理由が何一つ存在しない、ウソ八百である。

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