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2011年9月15日 (木)

邪馬台国説は最初の段階からウソ八百であった

一般的に、書物の記述を忠実に読解しないで、記述と異なった解釈をすると「誤読」と称する。この「誤読」を、邪馬台国説学者たちは”文献批判”と称する。

だから、邪馬台国説は最初の段階から「誤読の産物」であった。この世では、「誤読」から生まれるものは「虚偽」と決まっている。邪馬台国説学者たちは、『魏志』倭人伝の「①日本列島は東に延びずに南に伸びる、②わが国(倭)には夏音文字があった」と説明する記述は信用できないから誤読すると弁解する。しかし、①は卑弥呼王朝が制定した転回倭地理を説明する記述であり、②は今から約4000年前の夏代初頭に中国からわが国に伝来した原初漢字であった。『魏志』倭人伝の人名・小国名・官職名に用いられる文字が夏音文字であり、『古事記』上巻の随所に記載される〔音〕という注が付く文字が夏音文字である。

天皇の王冠の意匠は、上記の①と②は真実の歴史であったと表示する。だから、疑う余地もなく明確に、邪馬台国説はウソ八百である。

邪馬台国説学者たちが言う”文献批判”は正真正銘の「誤読」であり、この「誤読」は天皇の王冠が表示する最も重大な日本古代史の真実を抹殺(まっさつ)する。

こんなひどい不条理、暴挙をゆるしてはならない。

われわれは、天皇の王冠の意匠となった真実の歴史を、偽りの妄想からなんとしてもとりもどさなければならない。

なお、『魏志』倭人伝は女王・卑弥呼が居住した地名を「邪馬壱国」と記し、「邪馬台国」と書いていない。このことは、『魏志』倭人伝の記事を目を皿のようにして隅から隅まで読みなおしてみれば納得できる。

いっさい「誤読」を加えなければ『魏志』倭人伝は「邪馬壱国は山陰出雲地方(石見・出雲・伯耆)である」と真実を記述するものであることが明らかとなる。

このように、邪馬台国説は学説ではなくウソ八百である。

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