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2011年10月 9日 (日)

邪馬台国説が完全なるウソ八百であることは、いとも簡単に証明できる

新井白石以来、約280年間も学者たちは【誤読】を続ける

この【誤読】が原因で 約280年間も論争が続いいて いっこうに解決しない

【誤読】に取り憑かれているかぎり これから100年 500年 1000年かけても解決しない

【誤読】に取り憑かれているかぎり 永遠に邪馬台国論争は解決しない

これは絶対的なこの世における法則である 

ウソから生まれた真(マコト)はあるにはあるかもしれないが 【誤読】から生まれた真があってたまるかである

『魏志』倭人伝は 幾つかの記事で 実際に東に伸びる日本列島は「南に伸びる」と記す

この幾つかの記事による転回日本列島地理によって またオタンコナスの偽学者の新井白石による「邪馬壱(やまい)国」という女王国の名を「邪馬台国」と変える考え方が出発点になって 『魏志』倭人伝に【誤読】を加える考え方が正しいと確定された

しかし 『魏志』倭人伝に記述された転回日本列島地理は事実を伝えるものであり [倭]の字源をあらわしていた

卑弥呼は中国の北から南に伸びる沿岸地域の気候と日本列島の西から東に伸びる気候の冷たいと暖かい状況を照合して 転回日本列島地理を立論した つまり 中国の北は冷く南の地は暖かいのに対して 日本列島の西の九州の玄界灘に浮かぶ沖ノ島は冷たく東の伊豆諸島の神津島は暖かい この状況を照合した 日本列島の基準となった沖ノ島と神津島は同緯度(北緯34度15分)である 

卑弥呼は中国沿岸地域の[北]の地と日本列島の[西]の沖ノ島はともに[冷たく] 中国の沿岸地域の[南]の地と日本列島の[東]の神津島はともに[暖かい] ゆえに 卑弥呼は「中国の北と日本列島の西は合致し 中国の南と東は合致する」と立論した この地理論によって 『魏志』倭人伝が説明する日本列島は東に延びずに南に伸びることになった そして  この「時計の針が進む方向に90度転回して、東が南となる」は[倭]の字源であるゆえ 卑弥呼が統治する国の名は”倭”となった

このように 卑弥呼が立論した転回倭地理は実在した地理であり 738年まで歴代王朝が制定し続けた日本列島地理であった

だから 邪馬台国説が『魏志』倭人伝の記事を無視・排除するのが正しいという極楽トンボの「パラダイス(極楽)」だか「パラダイム(立論の枠組み)」だか訳もわからない、この余計のお節介は正真正銘の【誤読】である

地図に示されるように 同緯度の沖ノ島と神津島は日本列島の西端と東端である

こんなに遥か遠く離れる二つの島が同緯度であると計測できたのは わが国では原始の時から人類が滅亡しなかった天頂緯度測定の習慣が存続していたからである 天頂点をキャッチすると精密に緯度が測定できた

中国では紀元前1世紀に 天の北極を最も重視するシナ天文が完成して 原始以来の天頂点をキャッチする習慣が廃(すた)れていた 

中国大陸と日本列島は 大海で遠く隔たる

この大海を往来するには 精密に緯度が測定できなければならない

上記したように 倭が国交を結ぶ中国の魏と魏の出張機関がある朝鮮半島の帯方(たいほう)郡ではシナ天文が栄えて天頂点をキャッチする習慣が失われ 天の北極を最も重視するようになり 天の北極で緯度(位置)と経度(方角)を定めていた 

天の北極でも緯度換算できたが 緯度の計測は不正確となった 中国は道路網や道路標識が整備され 各地点で位置や方向を知ることができるようになっていた だから 不正確な緯度の計測でも 道に迷わずに遠くの地に旅することができた

しかし 天の北極で緯度を測量する方法だと 大海に入るや間もなくして 位置と方位がまったく不明となり 迷って漂流して渇(かつ)え飢えて命を落とすことになった

これゆえ 魏と帯方郡の使節は大海を渡ることができなかった

天頂点をキャッチする習慣が栄え 日本列島の方位が90度転回すると制定する倭王朝の使節は大海を往来できた

シナ天文によって大海を渡ることができなくなった帯方郡の使節について、『魏志』倭人伝は「帯方郡の使節・張政(ちょうせい)の一行は倭が派遣した載斯烏越(そしあお)一行が帰還する船に便乗して倭地に到着し、張政一行は魏都を訪問する倭の使節・掖邪狗(ややこ)一行の船に乗って帰還した」と記述する

天頂点をキャッチできた倭の使節が大海を渡って魏・帯方郡と国交を結んだ だからこそ  『魏志』倭人伝が この世に存在することとなった

中国同様に倭においても天の北極が最も重視されていたならば 邪馬台国説が【誤読】を加える原因となったように 日本列島地理は実際に合致して東に伸びることになった 

738年の聖武(しょうむ)天皇の時代に 日本列島は東に伸びると改定された このように日本地理が改定されたのは 天の北極を最も重視するシナ天文を習得したからである

後期弥生時代の卑弥呼王朝が天の北極を最も重視して日本列島は東に伸びると制定していたならば 中国と同様に倭においても天頂点のキャッチの習慣が廃れていたことになる

そうすると 倭の使節も魏と帯方郡の使節と同様に 大海を渡ることができなかったことになる 

ということは 倭と魏・帯方郡は国交が結ぶことができなかったことになる

したがって 『魏志』倭人伝は1字たりとも存在してはならない ”ゼロ”とか”空(くう)”とかと言わなければならない すべての字が純粋に透明になって”空なる次元”に没入して絶対に1字たりとも見えてはならない 最初から存在しなかったシロモノとなる

邪馬台国説の通りだと 『魏志』倭人伝は最初(ハナ)からまったく存在しなかったことになる しかし 『魏志』倭人伝はそんな史料であるが 【誤読】という魔法を用いれば邪馬台国説を唱えることができると 邪馬台国説学者たちは宣(のたまわ)る こんな人を食った馬鹿げた珍妙な話はない

以上のごとく 邪馬台国説が加える魔法は 正真正銘の【誤読】であったのである

この【誤読】を続けているかぎり 邪馬台国論争は永遠に決着しない

もしもどこかから発掘されたもので邪馬台国の位置を決定することになったならば これはまさに詐欺(さぎ)以外の何物でもない

邪馬台国説を全面的に否定して【誤読】をいっさい排除すれば 『魏志』倭人伝に記述される壮大な真実とエキサイティングな歴史が続々とよみがえる 

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