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2011年11月 5日 (土)

日本の片隅に世界的な奇跡がある! 静岡県浜松市北区細江町に世界の大奇跡が存在する‼

静岡県浜松市北区引佐町と細江町の町民の方々に”ここに、日本の原点となる歴史が存在します。またこの日本の原点となる歴史は世界の文字の起源と字源が解明できる奇跡です”と話しかけると 

”そんなバカな……。ここにはそんなタイソウなご立派な歴史は存在しません。ここは日本の片隅の片田舎(かたいなか)なんですョ”と微笑みを浮かべて 私のようなよそ者の言葉を打ち消して信じません

しかし 空を見上げれば 卑弥呼が生きていた上古に 此処(ここ)は遠江(とおとうみ)の中心であり 静岡県西部の遠江は「不呼(ふこ)国」と呼ばれていた歴史が蘇(よみがえ)ります

この不呼国の歴史は 永遠に形が変わらない天上の銀河に秘められています

卑弥呼が没し また250年頃に小国・日本の女王にして倭女王にもなった壱与(いよ)が没し それから数10年後の260~290年頃 遠江の豪族の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)が銅鐸で精密に天頂緯度測定して 都田川(みやこだかわ)の河口の東岸に経緯度原点地と定め 三角土地測量して 1千万坪の大鳥の地上絵を作成しました 

それゆえ 私はこの細江町の大鳥の地上絵を 作成者の名にちなんで 「建比良鳥(たけひらとり)の地上絵」 と呼ぶことにしました

建比良鳥の地上絵の全長は約8.5km 翼長は約9kmです 地上絵で有名な世界遺産のナスカの地上絵における最大の鳥の地上絵の全長は約300m 翼長は約90mです 建比良鳥の地上絵をタテ8.5cmヨコ9cmの図にし ナスカの鳥の地上絵を同じ倍率で図化しますとタテはわずか3mmヨコ0.9mmとなります ですから 建比良鳥の地上絵がいかに巨大であるか理解できましょう

建比良鳥の地上絵は 永遠に形が変わらない天上の【銀河の各部の象形(かたち)】が【漢字】であることを後世に伝えるために作られました というのも この建比良鳥の地上絵が作成された当時 『魏志倭人伝』が記載しているように わが国には原初漢字の夏音(かおん)文字が存在したからです 『魏志倭人伝』の「卑弥呼」「壱与」はじめとする人名 「邪馬壱(やまい)国」「不呼国」はじめとする34小国の名をあらわす文字は夏音文字です 『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字は 現在残されている最古の字音である夏音文字です 今から約4050年前の夏代初頭(縄文後期初頭) わが国に夏音文字が伝来しました ゆえに 最古の漢字音の夏音文字が『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に多数記載されて現存することになったのです

つまり 建比良鳥の地上絵は夏音文字の秘密が解明できる史跡です

中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』繋辞(けいじ)下伝は 漢字の起源について「仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜(ちぎ)を観る。(中略)。もって万物の情に類して文字(漢字)を作った」と記述します この文中の「天象」は【銀河各部の形状(象形)】 「地法」は「黄河と長江が西から東へ流れる地の法則」 「鳥獣の文」は約5000年前に生存した”漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が発明した「漢字作成原理」の名称 「地宜」は「平面的に図化した地図の形」のことです 

ですから ちょうど「1千万坪の細江町の地図の形」は「地宜」ですので 「建比良鳥の地上絵」は「建比良鳥の地宜」ということになります

建比良鳥の地上絵は「天象」すなわち【銀河各部の形状(象形)】が【文字】であり字源であり本義であり 【地宜】が【文字】であり字源であり本義であり 【地法】が【文字】であり字源であり本義であり 漢字作成原理【鳥獣の文】が【文字】であり字源であり本義であると 伝える史跡です

『魏志倭人伝』末部に登場する「壱与」は『古事記』上巻に登場する「伊耶那美命(いざなみのみこと)」であり 伊耶那美命は13才の時に小国・日本の女王となって赴任して 小国・日本の国作りの柱を”愛”と定め 人民に”愛”を尊重するように熱心に説きました これゆえ 伊耶那美命が提唱した”愛”は日本建国理念となりました

建比良鳥命は 伊耶那美命が提唱した日本建国の”愛”の理念を永遠不滅の【銀河の象形】が【文字】となる秘密に委(ゆだ)ねて後世に伝えるために 【銀河の象形】が【文字】であることを知らせることができる【地宜】である建比良鳥の地上絵を作成したのです もちろん 建比良鳥の地上絵には【地宜】が【文字】であり字源と本義が解明できる機能をも有します さらに上記のとおり【地法】も【鳥獣の文】も【文字】であり字源であり本義となる機能をもそなえています

当時 大和朝廷の基礎を築いた天照大御神が倭女王となって 伊耶那美命が提唱した日本建国の”愛”の理念を憎悪し 日本誕生史の消滅に躍起となり 日本建国の”愛”の理念を尊重する人民を弾圧(だんあつ)し 国家権力の強大化を推進していました 

ですから 須佐之男命(すさのをのみこと)一派が暴動をおこし 九州宗像(むなかた)の天菩比命(あめのほひのみこと)を頭領とする7人の建比良鳥命たちが夏音文字で日本建国の”愛”の理念を後世に残す学術運動が起きていたのです この須佐之男命一派の暴動とて天菩比命と7人の建比良鳥命の学術運動については 『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の二神誓約説話に記述されています

建比良鳥の地上絵に秘められる『易経』が記述する漢字起源の秘密を伝える夏音文字の学芸によって 天照大御神と須佐之男命の二神誓約説話末部の「天菩比命の子、建比良鳥命」という文は「天照大御神の日本建国の”愛”の理念の抹殺(まっさつ)政策に対抗する、天菩比命を頭領とする7人の建比良鳥命たちが夏音文字の学芸で後世に日本誕生史の真実を伝える学術運動」をあらわすものであったことが解明できます

『易経』繋辞上伝に すべての漢字の字源を解明することができる基礎知識すなわち「易は天地と準(なぞら)う。ゆえによく天地の道を弥綸(びりん)す。仰いでもって天文を観、俯してもって地理を察す」という文があります このすべての漢字の字源を知ることができる基礎知識の文は[卑][弥][呼]の3字の字源をもあらわします いいかえると すべての漢字の字源を知ることができる基礎知識は[卑][弥][呼]の3字と言うことになります 

卑弥呼は この[卑][呼][呼]の3字の字源をあらわす すべての漢字の字源を知ることができる基礎知識の文にもとづいて 『魏志倭人伝』に「日本列島は東に伸びず南に伸びる」と記述される転回日本列島地理を立論して倭女王となりました この「東が南となって、方位が90度転回する」は[倭]の字源を示し 当時 中国と日本列島の天頂に[人]の字源となる銀河部がめぐってきましたので 国名を「倭人」と定めたのです この卑弥呼が統治した倭人国の東に所在した隣国の名は「東鯷人(とうていじん)国」です このように東の隣国名にも[人]の字が配されたのは 当時 [人]の字源銀河が天頂を通過したからです

この「東鯷人国」こそが 13才の壱与・伊耶那美命が赴任した倭に服属した小国「日本」だったのです 字源を解説する字書の聖典『説文解字』は[東]の字源を「動くなり、木に従ふ。日の木中に在るに従ふ」と解説します この[東]の字源解説は「日が東方の木の間から上る形」と指摘されていますが この指摘は誤りで「日が東方から上り、そして動いて正午になると太陽は正午を計測する木の柱の中すなわち背後・南に隠れる」と解説するものだったのです ですから この[東]の字源解説も[倭]の字源と同じく「東が南に方位が転回する」と説明するものであり 「日本」という国名も「日本列島は東に伸びず南に伸びる」という転回日本列島地理にもとづくものであったのです 

建比良鳥の地上絵は 「経緯度原点地・都田川河口の東岸」で[卑] 「経緯度原点地と同緯度の一等三角本点の滝峯不動尊(たきみねふどうそん)」で[弥] もう一つの「一等三角本点の引佐(いなさ)町の井伊谷(いいのや)の八幡宮」で[呼]をあらわしていますから [卑][弥][呼]の字源をあらわすように設計されています 

さらに 1千万坪の巨大な建比良鳥の地上絵は 『易経』繋辞上伝の「易は天地と準う。ゆえによく天地の道を弥綸す」という文があらわす「中国の海岸線と、この海岸線が弥綸す(洩れなく包みこむ)華北平原と長江下流平原の地宜(地図の形)」を90度転回させて 卑弥呼が立論した転回日本列島地理の秘密を設計するようになっている

今から約4050年前の夏代初頭 司馬遷著『史記』五帝本紀に登場する名門・益氏の王子と若者たちは 箕山(きざん)の南の地に隠退した帝益の命令で 前の帝禹(う)の遺志を継いで氏族共同体制を新天地の日本列島に根づかせるために 大海に入り小舟を漕いで日本列島へ移住しました この「益氏の若者たちが荒波逆巻く大海を渡った」ことから日本語の「益荒男(ますらお)」が生まれて「弱音(よわね)をはかない、りっぱな男性」「武士」「丈夫な男性」などと意味することになったのです このように益氏の若者たちが日本列島に移住したために夏音文字の学芸がわが国に存在することになったのです 名門益氏は今から約4300年前の帝舜(しゅん)の時代に [虞(ぐ)]という「中国海岸線地帯と華北平原・長江下流平原の中国地図を作成する重職」に就き さらに夏代初頭には帝禹の後を継ぐ帝となりました ゆえに 益氏は当時の中国精密全土地図に最も精通する氏族でした 

これゆえ 今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝時代から帝益までの約950年間 歴代王朝がおこなった中国全土地図作製事業によって作られた当時で最も精密な地図をもって益氏の若者たちは 日本列島に移住したのです

この益氏がもたらした中国全土地図は 3世紀の[倭]の字源をあらわすために 90度回転させて建比良鳥の地上絵の設計に用いられたのです

『魏志倭人伝』に益氏が日本列島に根づかせた夏音文字の学芸が記載され 『魏志倭人伝』が作成された同時代に 日本建国の”愛”の理念を後世に伝える学術運動が起きて1千万坪の建比良鳥の地上絵が 日本列島の一角に作成されました

この奇跡は さらに日本にとどまらず 漢字はもちろん 世界の古代文字すなわちエジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)、ABC・アルファベットのルーツとされるワディ・エル・ホル文字、原シナイ文字、フェニキア文字、巨大な石像モアイで有名なイースター島のコハウ・ロンゴ・ロンゴ文字など 世界の7割から8割、いや8割から9割かもしれない人々が使う文字の起源の秘密が解明できることになりましょう

文字は強大な権力と莫大な富を得る方法として発明されました ゆえに世界の王たちは一様に文字が銀河から作られた秘密を厳重な機密にして独占管理し この秘密を明らかにした者は死刑と定め 反体制側の手に入り革命に利用されて王朝が滅亡することを警戒しました このため 星座よりも明確な形を有する銀河各部の形状には名称がありません 世界中探しても 銀河各部の名称は存在しません そして 上記にあげた世界の古代文字の字形は銀河各部の形状に相似するように図案化されています

「銀河」は「銀漢」とも言いますゆえ「銀漢から作られた字」略すると「漢字」となります 「漢字」は「文字」と言いますから「天に多数の文字ありき」となり「夜空」は「天文」と呼ばれるようになったにちがいないです そして 中国の古代象形文字の甲骨文字と金文の字形は銀河各部の形状に相似するように図案されています

さらに 建比良鳥の地上絵は『易経』繋辞下伝の漢字起源記事を設計し 繋辞上伝のすべての字源を解明できる基礎知識をあらわす文を利用して『魏志倭人伝』に記載されるすべての文字は【銀河各部の象形】から作られたと科学的に証明できるようになっています

このように 日本の片隅に世界的な偉(おお)いなる奇跡が存在します‼ 

この建比良鳥の地上絵を学術調査すれば 壮麗な銀河から作られた人類の偉大なる発明 世界の古代文字の起源と字源の秘密が鮮烈に蘇える奇跡が起こります

なお、私はインターネットの掲示板「ワディ・エル・ホル文字」を公開して、すべてのワディ・エル・ホル文字が銀河各部の形状に相似することを証明しました。また、11月の15日あるいは20日頃からすべての原シナイ文字の字形が銀河各部の形状から図案化された証明をインターネットで公開しようと思っています。さらに、その後にもフェニキア文字も銀河各部の形状から作られた証明をインターネットに公開しようと思っています。来年には、エジプトのヒエログリフが銀河各部の形状から作られた証明をインターネットで公開しようと思っています。このように、建比良鳥の地上絵を注目すれば、漢字はじめ世界の古代文字が銀河から図案化されたことが科学的に具体的に証明できます。   

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