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2011年12月 5日 (月)

枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・15

 前回(14)で紹介したように、アンドルー・ロビンソン著╱片山陽子訳『文字の起源と歴史』(創元社)は「ヒエログリフは何世紀もかけて進化してきたのではなく、紀元前3100年頃、ちょうどエジプト第1王朝が始まる少し前、突然、ほとんど完成された形で出現したようにみえる」と指摘する。

 この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”漢字は銀河から作られた”と証言する・13〕までで、立証したように竜安寺の石庭は【銀河各部の形状】が【文字】であったと示す。
 
また「銀河(銀漢)から作られた文字」であるから「漢字」であり、中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』の繋辞(えききょう)下伝の「仰いでは天象を観、(中略)。もって神明の徳に通じ、もって万物の情に類して文字を作った」という説明文は「天象すなわち銀河各部の形状から万物の情(イメージ)に類似するように文字を作った」と意味するものであり、殷代(いんだい)の甲骨文字と周代の金文の字形は【銀河各部】の形状に類似するように作成されている。

 紀元前3100年頃、突如(とつじょ)として出現したようにみえる古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)の【最初の文字】は、漢字同様に【銀河各部の形状】であったにちがいない。
 ところが、”書く”という方法が紀元前3100年頃に確立された。このため、ヒエログリフは、突然、ほとんど完成された形で出現するような状況になったと考えるべきことになる。

 突然にヒエログリフが出現した頃から約100年後の紀元前3000年頃、上エジプトのティニス地方出身のナルメル王によって、上下エジプトも統一がなしとげられ、都は上下エジプトの接点に近いメンフィスと定められた。

 ナルメル王は上下エジプトを統一した事績(じせき)を、先王朝時代から初期王朝時代にかけて重要な都市であったヒエロコンポリスの神殿に奉納したパレット(化粧板)に残した。
 このパレットの表面と裏面は、ナルメル王が上下エジプトの2国の統一を果たした場面を描く彫刻となる(このパレットは、カイロ市の所在するエジプト考古学博物館の1階のアトリウムに展示されている)。

 紀元前3000年頃、ナルメル王が上下エジプトの2国を統一したとき、首都メンフィス(北緯29度59分)の天頂緯度軸よりやや北側に、前回で紹介した「北天(ほくてん)の最輝部(さいきぶ)」がめぐってきた。
 天頂点の高度は90度であり、当時、北天の最輝部は子午線通過するとき、天頂緯度より約5度北側・高度85度に位置した。 

 パレットの表面に描かれるナルメル王は、上エジプトの王であることを示す「白冠(しろかんむり)」を頭にかぶる。
 この白冠はボウリングのピンの形に相似する。朱鷺(とき)色(桃色)の靄(もや)がうっすらとかかるがごとく銀白色に輝く北天の最輝部の一段と白い部分もまた、ボウリングのピンのような形に観える。
 だから、「白冠」は首都メンフィスの天頂(高度85度の天頂)にめぐってきた「北天の最輝部」をデザインするものであったのである。

 人間の目は、自動カメラのように、本人の意志にかわわりなく、明るさに応じて絞(しぼ)りがはたらいて、瞳孔(どうこう)の直径が1.5mm~8mmぐらいまで変化するようになっている。
 したがって、暗い銀河部まで見るためには、瞳孔径(どうこうけい)が最大8mmに拡大するようにしなければならない。真っ暗な闇に包まれて視界の中に明るい光が入らない場所(人家から離れた崖下や繁茂する葉の間から天頂が見える木陰の下など)から仰げば、暗い銀河部まで見えるようになる。

 左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Bは銀河の写真であり、資料Cに私が名づけた資料Bの銀河各部の名称を記入した。 

 白鳥座の中心部が漬(つ)かる銀河部を、私は「人の横顔に酷似(こくじ)する銀河」と名づけた。この「人の横顔に酷似する銀河の額(ひたい)」の部分に「北天の最輝部」がある。メンフィスの天頂緯度軸は白鳥座β(ベータ)星を擦(こす)るように通過し、「人の横顔に酷似する銀河の顎(あご)・鼻の右(西)の穴・左(東)の目の隣」を貫通し、さらに東にある「長方形の暗黒天体部」を貫通していた。

 真っ暗な場所で瞳孔径が最大に拡大された目で見ると、「人の横顔に酷似する銀河」の上や後ろの頭髪が生える頭部や首に相当する暗い銀河部まで見えるようになる。
 この「人の横顔に酷似する銀河と頭部全体と首の部分まで見える銀河」の縁(ヘリ)=外枠の形は、ナメル王のパレットの外縁の枠の形と同じとなる。
 だから、ナルメル王がかぶるボウリングのピンの形をした白冠は、メンフィスの高度85度の天頂にめぐってきた・まばゆく白熱と化して白く輝く・ボウリングのピンの形をした「北天の最輝部」をあらわすものであったことになる。

 「白冠」のモデルとなった白い「北天の最輝部」は、部分的に朱鷺色の靄がかかったように美しく彩(いろど)られる。
 前回(14)の末部で指摘したように、古代エジプトの朱鷺の頭を有する神は「トト神」と称され、トト神はヒエログリフをあつかう書記や筆記する行為の守護神であった。
 ナルメル王の「白冠」は「ボウリングのピンの形に相似する「白く輝く北天の最輝部」をデザインするものである。
 ゆえに、王の強大な権力と莫大な富の基盤となるヒエログリフを担当する書記および筆記する行為の守護神は、北天の最輝部を彩る朱鷺色の靄にもとづいて朱鷺の頭を有する姿であらわすことになったのである。

 エジプト人にとって〔墓〕とは「死者が来世(らいせ)でも生きつづけるために造るもの」であった。
 墓のデザインや碑文(ひぶん)・装飾や彩色は死者が生きつづける過程で重要な役割をはたす。ゆえに、墓の絵を担当する職人・画工は、たいてい裕福で、しかも尊敬されていたといわれる。
 墓の天頂点をキャッチすれば、墓の緯度(東西)と子午線(南北)が精密に測定できる。
 ゆえに、墓に葬られた死者の魂が昇る来世は「人の横顔に酷似する銀河」そして首都メンフィスの天頂にめぐったきた「長方形の暗黒天体部」周辺の銀河となる。 
 そこで来世の「人の横顔に酷似する銀河」や「長方形の暗黒天体部」周辺の銀河は壮麗であるので、墓の内部は美しく彩(いろど)られることになったのである。したがって、墓には美しい銀河から図案化された神や動物の絵が浮き彫りにされ、銀河から作られたヒエオログリフが彩色されて彫られたのである。

 死者の「魂」を意味する〈バー〉のヒエログリフは、”クラハシセイタカコウ”と呼ばれるアフリカ産のコウノトリの図案である。
 「白鳥座γ(ガンマ)星から北天の最輝部まで」の形は「クラハシセイタカコウの頭と首」まで」の側身形に相似し、「魂」を意味する〈バー〉のヒエログリフは[クラハシセイタカコウの側身形]に図案化された。このヒエログリフ[クラハシセイタカコウ]の絵文字の字形の頭と首は、もちろん字源の「白鳥座γ星から北天の最輝部までの形」と「クラハシセイタカコウの頭と首の側身形」に相似するように図案化されている。 

 ヒエログリフは、王(ファラオ)や神官や書記だけが読め、意味が理解できる文字であった。このヒエログリフの字源や字形(絵文字)と字義(ことば)を知ることができる辞典は「天頂周辺にめぐってくる銀河」であったのである。
  したがって、このヒエログリフは銀河から作られた秘密を知る王や神官や書記にはヒエログリフが読むことができ、意味が理解できたのである。
 だから、ヒエログリフは銀河から作られたと考えるべきことになる。 

 また、中国と同様に、エジプトには銀河各部の名称がない。ゆえに漢字と同じく、銀河から作られたヒエログリフの学芸は、王の強大な権力を保持する政治基盤として、王の莫大な富を得る方法として、暦を作って豊かな農作物を収穫するための学術として、科学と芸術と文化の根元として、神への崇拝にともなって人民に王を畏敬(いけい)させる方法として 起源したのである。
 銀河各部に名称をつけなかったのは、銀河から作られた文字の知識が反体制側に手に入れられると革命に利用され、王朝が崩壊することになりかねない――だから、ヒエログリフが銀河から作られた秘密が気づかれないために銀河各部の名称をつけないようにし、 また銀河各部に名称をつけないようにすれば独学で習得することがきわめて困難となるからである。

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