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2011年12月 4日 (日)

枯山水の名園で有名な竜安寺の庭園は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・14

 中国の70パーセントの人々は、マンダリン(北京語・南京語)を話す。この中国語・マンダリンでは「漢字」を「ハンジ」と読む。 

 「銀河」を「銀漢」とも称する。「銀漢から作られた字」を略すると「漢字」となる。ゆえに、 漢字は銀河から作られ、そして【銀河各部の形状】は字源・字形・字義(本義)をあらわす【漢字(の原字)】であった。「漢字」は「文字」ともいう。【銀河各部の形状】は【文字】であった。ゆえに、「天に多数の文字は有りき」となり、これを略して「夜空」は「天文」と呼ばれるようになった。
 このように【銀河各部の形状】は【最初の文字】であったことを如実(にょじつ)に示すその証拠に、殷代(いんだい)の甲骨文字と周代の金文の字形は【銀河各部の形状】に相似するように図案化されている。

 これまで解説してきたように、竜安寺の石庭もまた【銀河各部の形状】が【文字】であったと示す。 

 現在、欧米やアフリカで使用されるABC・アルファベットの系統の起源については議論を呼んで定説は無い。
 しかし、有力説はある。この有力説によると、現在のABC・アルファベットの系統における最初の文字は、シュメール・アッカド楔形(くさびがた)文字とされる。

 なにゆえ、シュメール・アッカド楔形文字をエジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)の先駆けと考えるかといえば、その理由をアンドルー・ロビンソン著╱片山陽子訳『文字の起源と歴史』(創元社)は107頁で、下記のごとく説明する。

 「エジプトのヒエログリフについて最も議論を呼ぶのは、おそらく、それがいつ、どこで生まれたかということであろう。楔形文字と違い、ヒエログリフは何世紀もかけて進化してきたのではなく、紀元前3100年頃、ちょうどエジプト第1王朝が少し始まる前、突然、ほとんど完成された形で出現したようにみえる。(中略)

 「ヒエログリフが創造される刺激となったのは、メソポタミアで紀元前3300年前頃、文字が使われはじめたことだったかもしれない。書くというアイディアが、エジプトのような比較的近いところへ伝わるのは容易だったと考えられる(紀元前3500年にはエジプトにラピスラズリ(瑠璃)が伝わっており、それはおそらくシュメールよりもっと遠いアフガニスタンから来たらしい。そこが最寄の供給源だった)。しかし確かなことはわかっておらず、エジプト人が独自に、音表という原理にたどりついた可能性も否定できない。実際、エジプトの初期のヒエログリフとシュメールの絵文字の間には大きな違いがある。第一に記号の形が違う。またメソポタミアの音節的表記に対して、ヒエログリフは子音だけを書き、母音を書き表さない。またエジプトではシュメールより、はるかに音表的な書き方がなされている。とはいえ古代エジプト人が音表文字という基本的なアイディアをシュメール人からもらったという考えも、否定するのは難しい。」

 「ヒエログリフが何世紀もかけて進化してきたのではなく、紀元前3100年頃、ちょうどエジプト第1王朝が始まる少し前、突然、ほとんど完成された形で出現したようにみえる」ようになったのは、”書く”という方法が確立される以前、【銀河各部の形状】が【最初のヒエログリフ・聖刻文字】だったからにちがいない。というのも【最初のヒエログリフ】が【銀河各部の形状】であったならば 紀元前3100年頃に”書く”というアイディアが発生すると、突然のごとく、ほとんど完成された形でヒエログリフが出現するような状況となるからである。

 初期のシュメール・アッカド楔形文字は絵文字である。この初期のシュメール文字の少数例しか私は見ていない。この少数例の中に銀河の形状に類似するものがあった。ゆえに、シュメール文字も銀河各部の銀河から作られたと 私は推理している。しかし、シュメール文字の研究は本格的におこなっていないので 確信するものではない。

 たとえシュメール文字が銀河から作られたとしても、上記のごとく「ヒエログリフとシュメール の絵文字の間には大きな違いがある。第一に記号の形が違う」ということであるから、 互いに独自の発達を遂げて 銀河の形状から絵文字を図案化したと考えるべきことになる。
 ゆえに、ヒエログリフの最初の文字は、シュメールの楔形文字ではなかったと私は考えている。

 ヒエログリフの【最初の文字】は、漢字と同じく【銀河各部の形状】であったにちがいない。 

 エジプトには、中国の『易経』のごとく「天象すなわち銀河各部の形状から文字が作られた」と記述する文献史料は存在しない。
 しかし、古代エジプトでは天文学が発達し、ヒエログリフは「神のことばを文字にしたもの」と伝わる。
 古代エジプトの神々は天に存在する。天には銀河が存在し、エジプトの神々の姿は銀河各部の形状に相似する。
 だから、ヒエログリフの「神のことばを文字にしたもの」という伝承は、中国の『易経』の「文字は天象から作られた」と説明する記述に適合する。また、古代エジプトでは天文学が発達したゆえ銀河各部の名称があって当然であろうが、エジプトには中国同様に、銀河各部の名称が存在しない。
 ということは、エジプト王朝の強大な権力と莫大な富の基盤は【銀河から作られた文字】であったにちがいない。 

 今から約4000年前頃の文字とされるABC・アルファベットのルーツと考えられる碑文(ひぶん)の文字がエジプト南部のルクソールの北西にある”ワディ・エル・ホル谷”から発見されて、”ワディ・エル・ホル文字”と呼ばれるようになった。
 この文字の幾つかはエジプトのヒエラティック(ヒエログリフをくずした文字)によく似ている。
 このワディ・エル・ホル文字のすべての字形は銀河各部の形状から図案化されたという証明を、私はインターネットの掲示板に公開した。ゆえに、この証明は「ワディ・エル・ホル文字」と検索していただければ閲覧することできる。
 幾つかの字形がエジプトのヒエラティックに酷似(こくじ)するワディ・エル・ホル文字のすべての字形が銀河各部から作られたと証明できるゆえ、ヒエログリフも銀河各部の形状から作られたにちがいない――というより、私はヒエログリフが銀河から作られたと確信したゆえ、ワディ・エル・ホル文字も銀河から作られた証明をおこなうことにしたのである。 

 この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”漢字は銀河から作られた”と証言する・2〕にて解説したように、〔北半球の地に人々が見える銀河の範囲において、最も輝いて見える銀河部〕は「北天(ほくてん)の最輝部(さいきぶ)」と呼ばれている。
 この北天の最輝部は、左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料B・資料Cが示すように、私が「人の横顔に酷似する銀河」と名づけた銀河の額(ひたい)の部分に在る。
 白鳥座の中心部は「人の横顔に酷似する銀河」に漬(つ)かる。〔白鳥座のγ(ガンマ)星から南の白鳥座の28、29、36と番号がつく星たちがある銀河部〕が「北天の最輝部」がある箇所となる。
 この「北天の最輝部」は銀白色にまばゆく輝く。この「銀白色に輝く北天の最輝部」が「銀河」または「銀漢」と語源となった。この「北天の最輝部」は[弥]の字源となった。というのも 「北天の最輝部」は「カンムリカイツブリの正面形」に類似すると見立てられたからである。 ゆえに、[弥]の金文形は「北天の最輝部」と「カンムリカイツブリの正面形」を図案化したものである。「カンムリカイツブリの首以下の体下面(腹部)」は白い絹のような美しい銀白色である。「北天の最輝部」はカンムリカイツブリの首から下の腹部のように銀白色に輝くので、[弥]の字源は「カンムリカイツブリ」と「北天の最輝部」となった。
 白砂を敷きつめる竜安寺の石庭は、この「北天の最輝部」のまばゆい銀白色をあらわしている。

 銀白色にまばゆい北天の最輝部は、朱鷺(とき)色の霧がかかったように、桃色の靄(もや)がかかったように、かすかに桃色が彩(いろど)る白い一片の花弁(はなびら)のような形となる。
 ゆえに、わが国では「朱鷺」を「桃花鳥」と表記する。朱鷺は、翼の裏面と風切羽と尾羽が美しい桃の花のような色をしている。  

 この朱鷺の頭を有する神を、古代エジプトでは「トト神」と称し、ヒエログリフをあつかう書記および筆記する行為の守護神とした。 また、朱鷺とむすびつくトト神は月の神でもあった。わが国でも朱鷺は月とむすびつき、「桃花鳥」を「月」と同じく「つき」と読んだ。月は朱鷺色というより銀白色に輝くゆえ、銀白色に輝く北天の最輝部にもとづいてトト神は月の神となったにちがいない。 

 このように、ヒエログリをあつかう書記および筆記する行為の守護神のトト神は、日本の「桃花鳥」と記す朱鷺の頭を有する神であり 漢字の[弥]の字源や「銀河」の語源とむすびついている。
 だから、【最初のヒエログリフ】は【銀河各部の形状】であり、字数は600~700(あるいは約800)といわれるヒエログリフは銀河から作られたにちがいない。

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