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2011年12月19日 (月)

枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・23

 この23回の20回前の〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・3〕の冒頭部分を、再度記載する。

 『図詳ガッケン・エリア教科事典』第7巻〔地球・宇宙〕(学習研究社)における「緯度の測定」と題する記事は次のごとく指摘する。

 「緯度は天の北極の高度だから、簡単な方法は北極星の高度を測定すればよい。日付・時刻が決まれば、北極星の天の北極からのかたよりが計算できるので、天の北極の高度に換算できる。もっと精密に測る方法は、子午線経過を天の北極と北側とで行い、そのときの天頂距離がほとんど等しいような一対の恒星を選んでおき、その天頂距離の差をはかるのである。」

 上記のように、天の北極で緯度を換算する方法は天頂で緯度測定する方法よりも不精確となる。また上の記事が「時刻が決まれば」という条件を付けているように、今日のように精確な時刻を表示する時計が必要となったが、古代においては今日のように精確に時刻を表示する時計が発明されていなかった。さらに、古代の北極星は今日の北極星・こぐま座α(アルファ)星のごとく天の北極の上に重なるものではなく、遠く離れていた。
 だから、古代においては天の北極の高度で緯度換算して自分のいる位置を定めるとかなり不精確となるため 命を落とすことになり家族が待つ家に帰ることができなかった。

上記の「緯度の測定」が説明する〔精密に天頂緯度が測定できる=天頂点をキャッチできる〕、この理想的な銀河部が「長方形の暗黒天体部」であった。

 今から5000年前の第1王朝のナルメル王朝時代、約4500年前の3大ピラミッドが建造された第4王朝時代も、首都メンフィスの天頂に天頂点がキャッチできる「長方形の暗黒天体部」がめぐってきた。
 前回(22回)で、獅子(しし)座のγ(ガンマ)星(光度2.3等)が首都メンフィスの天頂点と重なったと指摘した。この星のほかに、ぎょしゃ座のβ(ベータ)星(光度2.1等)も、メンフィスの天頂点と重なる目星となった。
 この獅子座γ星よりもぎょしゃ座β星よりも、「長方形の暗黒天体部」のほうがより精密に天頂緯度が測定できる 理想的な羅針盤であったのである。

 今から約6000年前の中国の三皇時代から約2200年前の秦(しん)代まで、中国の首都の天頂を「十字の銀河」がめぐってきて、精密に天頂緯度を測定する物差し(羅針盤)となった。
 この6000年前~2200年前まで、中国の漢字は結縄(けつじょう)、書契(しょけい)、夏音(かおん)文字、甲骨文字、金文、篆文(てんぶん)、隷書と生長した。
 この間、「長方形の暗黒天体部」は中国の天頂を通過しなかった。
 しかし、中国では、「長方形の暗黒天体部」は”精密に天頂緯度が測定できる憧れの銀河部”であった。これゆえ、[命]や[尊]の字源・字形・字義となり、胎児が出産するときに潜(くぐ)る「産道」に見立てられた。
 この〔天頂点をキャッチするのに最も理想的な銀河部〕であることを示して、『古事記』では偉大な人物(王)や英雄の尊称「みこと」を[命]という字で記し、『日本書紀』は「みこと」を[尊]と表記した。といのも、『古事記』上巻にて[命]という尊称がつく人々、また『日本書紀』で[尊]という尊称がついた人々が生存した縄文晩期末から古墳時代まで、日本列島の天頂に「長方形の暗黒天体部」がめぐってきていたからである。
 『魏志』倭人伝の記事となった2世紀末~3世紀半ば、倭の使節は「長方形の暗黒天体部」を仰いで精密に天頂緯度を測定して、朝鮮半島の帯方郡(たいほうぐん)の政庁、魏の都・洛陽まで到着して、魏との国交を結んだ。

 この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する〕の1~6までにて解説したように――わが国には約4050年前の夏代初頭(縄文後期初頭)に夏音文字が伝来していた。ゆえに、『古事記』が完成する10年前の702年に中国に渡った遣唐使は「後稍(のちやや)夏音を習う」と中国王朝に告げた――と、中国の正史『新唐書(しんとうじょ)』日本伝には記述される。
 だから、わが国には夏音文字が伝来していた。
 この夏音文字は『魏志』倭人伝の卑弥呼はじめ壱与(いよ)、載斯烏越(そしあお)など人名・小国名として残り 『古事記』上巻の随所に〔音〕という注がつく1字1音読みの文字となって多数記載されているので、確かに夏音文字はわが国に伝来していた。
 夏音文字は 学者たちがまったく考えることをしなかった【銀河各部の形状】が【文字】となるすなわち【漢字が銀河から作られた】秘密を厳重に守る・”書く”という方法が禁じられていた【銀河各部の形状】が【文字の字源・字形・字義】となる文字であった。したがって、夏音文字は”書く”という方法を禁じられていたが、夏音文字においても古代エジプトのヒエログリフと同じく【銀河各部の形状】が【文字】=字源・字形・字義となった。


 壱与は倭の小国「伊耶(いや)国」(旧国の「丹波」)出身者であり、最後に卑弥呼が統治する倭国に服属した小国「日本」の女王として赴任した。ゆえに、小国・日本の国民は女王・壱与を「伊耶国出身の美しい女王」と敬愛して、「伊耶那美命(いざなみのみこと)」と愛称した。
 『魏志』倭人伝の末部に登場する武将の「載斯烏越」は壱与の夫の日本国の軍王(いくさのおおきみ)であったゆえ、「伊耶那岐命(いざなきのみこと)」と愛称された。この載斯烏越・伊耶那岐命は第9代開化(かいか)天皇である。
 『古事記』開化天皇紀は「天皇は春日(かすが)の伊耶河宮(いざかわのみや)に居住し、丹波の大県主(おおあがたぬし)の由碁理(ゆごり)という方の娘である竹野比売(たかのひめ)と結婚された。また、継母の伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)と結婚されて生まれた子が崇神(すじん)天皇である」と記述する。
 開化天皇が居住した宮殿名「伊耶河」の先頭2字「伊耶」は「伊耶那美命」と「伊耶那岐命」の先頭2字と同じである。だから、伊耶国=丹波出身の壱与・伊耶那美命の本名は「竹野比売」だったのである。
 伊耶那岐命・載斯烏越・開化天皇の継母にして崇神天皇の生母である伊迦賀色許売命の異名(いみょう)が「天照大神」である。

 卑弥呼、伊耶那美命、伊耶那岐命、天照大神が生存した後期弥生時代、日本列島の天頂に「長方形の暗黒天体部の中央部」めぐってきた。この〔中央部の天頂緯度線と長方形の暗黒天体部」は神社の入り口に立つ門「鳥居」の形となった。
 この「長方形の暗黒天体部」の北側は〔両翼を広げる鳥の姿〕に相似する銀河であり、「長方形の暗黒天体部」は〔鳥の足〕に相当した。ゆえに「〔鳥の姿〕に似る銀河は、鳥の足となる「長方形の暗黒天体部」の箇所に居る」が略されて「鳥居」となった。
 当時、鳥居の下に立って天を仰ぐと、「鳥居」の形となる「長方形の暗黒天体部」がめぐってきたので、天頂点がキャッチできる精密に緯度と南北の子午線が測定できる物差し(羅針盤)となった。ゆえに、「鳥居」は「長方形の暗黒天体部」をあらわす、精密に天頂緯度を測定する道具であった。
 つまり、「長方形の暗黒天体部」は「鳥居の銀河」であった。
 (この「長方形の暗黒天体部」が「鳥居の銀河」であったことは、この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・3〕にても解説した。)

 竜安寺の石庭は、伊耶那美命が提唱した日本建国の”愛”の理念を後世に伝えるために作成された。ゆえに、この石庭にあって、5群の石組が配置される東西20m・南北10mの庭園部は「鳥居の銀河(長方形の暗黒天体部)」をあらわす。
 石庭が保存する夏音文字の学芸は〔精密な天頂緯度の測定〕を基軸として構築され、最も重視した。
 だから、「鳥居の銀河」は最も〔精密に天頂緯度が測定できる理想的な銀河部〕であったことも加わって、東西20m・南北10mの「鳥居の銀河」をあらわす庭園部にすべての字源が解明できる1400字前後の基本字の字源となった銀河各部の形状に見立てらることができる5群の石組を配置したのである。

 この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・18〕の5回前の〔18〕で指摘したように、
 「長方形の暗黒天体部」=「鳥居の銀河」は5000年前にナルメル王が統治した第1王朝の首都メンフィス(北緯29度59分)の天頂を通過し、ギザ(北緯30度1分)の3大ピラミッドと大スフィンクスが建造された4500年前の第4王朝大時代の首都メンフィスの天頂を通過し、約4200年前の第6王朝時代のメンフィスの天頂にもめぐってきた。

 ABC・アルファベットの[B]の初文(最初の文字)となる古代エジプト[B]は「大きな家」を図案化したものとされる。「大きな家(ペル=ラア)」はのちに「ファラオ」といい、「エジプト王」の称号となった。
 したがって、ヒエログリフ[家(大きい家)]は「王が住む宮殿」を図案化したものあった。
 だから、ABC・アルファベットの[B]の初文のヒエログリフ「家」すなわち「王が住む宮殿」は「精密に天頂緯度を測定して、経緯度原点が設置される家」を図案化したものであったことになる。

 上記したように、第1王朝から第6王朝の「ファラオ・王が住む宮殿」はメンフィスに所在した。
 リチャード・H・ウィルキンソン著╱伊藤はるみ訳『図解古代エジプトシンボル事典』(原書房)は、54頁の〈カー〉と発音するヒエログリフの解説の末部で、下記のごとく指摘する。
 「エジプトという名称はおそらく、首都メンフィスの古い名称『プタハのカーの家(フト・カー・プタハ)』がギリシャ語に転じたものが語源だと思われる。」
 上の記事が示すように、メンフィスの古称は「プタハのカーの家」であった。
 〔両腕の肘(ひじ)を直角に曲げて上に挙げる両手〕の形に図案されるヒエログリフは、表意文字として「霊」を意味する、〈カー(kah)〉と発音される。
 メンフィスの古称の「プタハのカーの家」の「カー」は〈カー〉と発音する「霊」を意味するヒエログリフ〔両腕の肘を直角に曲げて上に挙げる両手〕の両手の先端を線で結ぶと〔長方形〕となる。
 ゆえに、「霊」をあらわす表意文字のヒエログリフの字源は、〈ファラオ〉の「家」の字源と同じ「長方形の暗黒天体部」ということになる。
 つまり、「長方形の暗黒天体部」を〔両腕の肘を直角に曲げて上に挙げる両手〕の絵文字としたため、〔王〈ファラオ〉が住む大きな家〕があるメンフィスの古称は「プタハのカーの家」と呼ばれるようになったのである。

 ホルス神はファラオ(王)の守護神である。
 前回〔22〕で指摘したように、「鬼の姿に似る銀河」の形状から「ホルス神」が創造された。また「ホルスの眼」は「鬼の姿に似る銀河の首から腹部」の南に隣接する「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔瞳〕に見立てる、言い換えると〔人の目の形〕に相似する「北アメリカ星雲・ペリカン星雲とその東と西の暗黒天体部」である。
 このヒエログリフ「ホルス」の字源となった「鬼の姿に似る銀河」のうちの「鬼の横顔に似る銀河」と、その南に隣接するヒエログリフ「ホルスの眼」の字源となった「人の目の形の銀河部」の東端が子午線経過するとき、その南にある〈カー〉の字源となる「長方形の暗黒天体部」は天頂いっぱいに広がってメンフィスを覆(おお)った。
 この銀河の光景から、〔ホルス神がファラオ(王)を守護する〕と見立てられた。ゆえに、ホルスはファラオの守護神となったのである。

 マリア・カルメラ・ベトロ著╱南條郁子訳『[図説]ヒエログリフ事典』(創元社)の58頁は、〈カー〉と発音するヒエログリフについて、下記のごとく記述する。
 「この文字は非常に早くからヒエログリフの中に登場した。だが、この両腕を上にさしのべる動作は、いったい何を意味しているのだろう。もっとも古代エジプトの表現様式を考えると、この腕は前方に向けられている可能性もあるのだが。
 この文字は一度も決定詞として使われたことがなかった。それはこの腕のポーズが、きわめて特殊な動作をあらわしていたからだと考えられている。その動作にどんな意味があったのか、はっきりしたことはわかっていない。ただそれが「カー」というエジプト独自の抽象的概念とむすびついた、宗教的な動作であったことは確かなようである。」

 リチャード・H・ウィルキンソン著╱伊藤はるみ訳『図解古代エジプト事典』(原書房)の52頁は、〈カー〉と発音するヒエログリフについて、下記のごとく記述する。
 「このヒエログリフはよく使われ、二本の腕をのばした形だということは間違いないが、どの方向にのばしているのか――上なのか前なのか――、この動作が何を表そうとしているのかは、まるでわかっていない。抱くポーズのひとつだという学者もいれば、賛美だ、祈りだ、身を守るポーズだなという学者もいる。このヒログリフ自体の意味も今ひとつわかりにくい。」

 この〈カー〉と発音する〔腕〕を図案化するヒエログリフは、「精密な天頂緯度の測定(天頂点をキャッチ)」を表現するものであったのである。
 〔死者の魂は天頂に昇って霊となる〕ものであったので、この〈カー〉と発音するヒエログリフは「霊」をあらわす表意文字となった。
 【銀河各部の形状】が【ヒエログリフ(文字)】となった。ゆえに、このヒエログリフは非常に早いい時期から使用され、よく使われることになった。
 ヒエログリフ・聖刻文字は、強大な権力と莫大な富を手に入れる王の権力基盤であった。この「霊」を意味するヒエログリフの字源銀河が「長方形の暗黒天体部」であり、ヒエログリフの学術が「精密な天頂緯度の測定」を基軸にするものであることは、厳重な機密である〔ヒエログリフは銀河から作られた秘密〕が明らかになる可能性があった。したがって、〈カー〉・「霊」のヒエログリフは慎重に扱わなければらない文字であった。だから、このヒエログリフは決定詞として一度も使われなかったのである。
 このヒエログリフの字形は頭上を通過する「長方形の暗黒天体部」を〔両腕の肘を直角に曲げる形〕に図案化したものであ。これゆえ、〔両腕を上にさしのべる動作〕を表現するものであった。
 このヒエログリフは天頂を通過する「長方形の暗黒天体部の東の辺」を省略して、「長方形の暗黒天体部の西と北・南の3辺」を〔両腕の形〕に図案化した。この〔東の辺〕を省略して「両腕」の形に図案化する「長方形の暗黒天体部」の形状は、「人の横顔に酷似する銀河」の方からとらえると、〔前へさしのべる両腕〕のごとくに観える。だから、このヒエログリフは〔前方にのばす両腕〕としても用いられたのである。
 このヒログリフの字源銀河は「長方形の暗黒天体部」だけではなかった。
 「鬼の横顔に似る銀河」の南と北に「前(東)にのばす両腕のように観える銀河部」がある。
 この銀河部は、「十字の銀河」の「前(西)にのばす両腕のように観える銀河部」でもある。
 さらに、「十字の銀河の両腕」の肘の部分から直角に曲がる微(かす)かな銀河部が接続するので、「十字の銀河の両腕」は「肘を直角に曲げて上にのばす両手」のごとくに観える。
 そして、漢字の[乳]の甲骨文字の字形と同じく――「鬼の姿に似る銀河」を〔乳児〕に見立てると「十字の銀河」の前に伸ばす両腕となる銀河部は、〔乳児(鬼の姿に似る銀河)を抱いて乳をあたえる母親や乳母の姿〕のごとくに観える。王の〈カー〉・「霊」を再生するための儀式に〔子どもを抱く女性〕の場面が描かれ、あるいは〔女神から授乳される王〕のブロンズ像が発掘されている。これゆえ、〈カー〉のヒエログリフは〔抱くポーズ〕を表現するものと学者に指摘されたのである。
 〈カー〉・〔霊〕を意味する、これらの〔両腕〕の図案はヒエログリフの学芸の基軸となる〔天頂点をキャッチして精密に緯度と経度を測定して命を失わない方法〕を表現するものであった。また、古代エジプト人たちの生命観や信仰となった〔天頂に昇った死者の霊がこの地上に再生するという考え〕を表現するものであった。ゆえに、学者たちに、このヒエログリフは賞賛や祈りや身を守るポーズを図案化したものと指摘されることになったのである。

 以上のごとく、『図解古代エジプトシンボル事典』が「まるでわかっていない」と指摘する〈カー〉のヒエログリフの秘密は、夏音文字の学芸の基軸である〔天頂点のキャッチ〕と漢字の[命]の字源となり日本の「鳥居」の由来となった「長方形の暗黒天体部」と[文]の字源「十字の銀河」と[子]の字源「鬼の姿に似る銀河」によって解明できる。
 この秘密については、この〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する〕の6回や8回で、竜安寺発行のパンフレットにある「禅とは……」の説明に注目して解説して明らかにした。

 次回も〈カー〉・「霊」を意味するヒエログリフについて解説する。

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