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2012年1月 7日 (土)

枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は”世界の文字は銀河から作られた”と証言する・32

 前回〔31〕において、「夏の銀河の東北部」はヒエログリフ「スカラベ」(糞を丸めて地面を転がす昆虫のフンコロガシ)の字源になったことを解説した。
 この「スカラベの姿に似る銀河」は、古代エジプト全土の天頂にめぐってきた。

 エジプトでは前王朝時代から、太陽と月は偉大なハヤブサの神「ホルスの眼」であると考えられていた。やがて、この「ホルスの眼」の太陽と月は区別されるようになり、左目(ホルスの眼)は月を象徴し、右目(ラーの目)は太陽を象徴することになった。
 「ホルスの眼」は表意文字となり、字源は人の目の形に相似する「北アメリカ星雲・ペリカン星雲と東隣と西隣の、白目の形に相似する暗黒部」である。
 糞(ふん)を球形に丸めて地面を転がす昆虫の〔スカラベ〕は、神々の中で最高位の太陽神のシンボルとなった。
 というのも、スカラベの頭には、太陽の光線のように観える鋸(のこぎり)のようなギザギザがあり、この太陽の光線のようなキザギザを「ホルスの眼」の太陽の象徴とされる右目(ラーの目)に見立てられたからである。
 今から5000年前の第1王朝時代において、スカラベの頭にある太陽の光線のように観える鋸のようなギザギザは「ホルスの眼」の右目に見立てられた。
 首都をメンフィスと定めた紀元前3000年の第1王朝から紀元前2180年の第6王朝末期まで、「スカラベの頭の光線のように観えるギザギザ」に見立てられた「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」のうちの「北アメリカ星雲の南端」が、エジプト国土の北限となるナイル川河口の北端(北緯31度35分)の天頂を通過した。
 これに加えて、前回〔31〕で解説したように、「スカラベの姿に似る銀河」はエジプト全土の天頂を通過し、エジプト人の信仰にあって太陽は常に高い位置をしめるものであったゆえ、エジプト全土の天頂にめぐってくる銀河の形に相似する〔スカラベ〕は太陽神を象徴することになった。さらに、「ライオンの開いた口」に見立てられた「黄道が通過する夏の銀河の西南部」の形状が〔糞を球形に丸めて転がすスカラベの姿〕に相似した。「黄道」は「天球上を通過する太陽の道」であるので、スカラベは最も位が高い太陽神のシンボルとなったのである。

 紀元前2180年から始まる第7王朝ころには、ナイル川河口の北端の天頂を通過した「スカラベの頭の光線に観えるギザギザ」に符合する「北アメリカ星雲の南端」は、地中海のほうへ乗り出して緯度が高くなっていた。つまり、ナイル川河口の北端の天頂を「北アメリカ星雲」に隣接する「長方形の暗黒天体部」や「ペリカン星雲」が通過するようになった。
 「長方形の暗黒天体部」は「大きな家」すなわち「王宮」(ファラオ)の字源となった。
 前回の〔31〕でも指摘したように、「北アメリカ星雲の南端」から3度隔てる南を、「長方形の暗黒天体部」内において目印となる部位が通過した――「長方形の暗黒天体部」の南部にあっては、東と西の辺に二つの菱形「◇」の枡(ます)が連なる。この二つの菱形枡の連結部は明るい銀河の輪郭(りんかく)が線となる。この目印となる〔線〕で結ばれる東西2辺の菱形枡の連結部は、「北アメリカ星雲の南端」から緯度が3度低い南であった。
 第6王朝の末期になると、「北アメリカ星雲の南端」が北緯31度35分のナイル川河口の北端の天頂にめぐってこないのが顕著になった。北緯28度35分のヘラクレオポリスはナイル川河口の北端よりも3度南である。このヘラクレオポリスの天頂に、「長方形の暗黒天体部の東西の2辺を線で結ばれる菱形枡の連結部」がめぐってきた。
 ゆえに、第7王朝は南のヘラクレオポリスに都を遷(うつ)した。 
 「長方形の暗黒天体部」は天頂緯度が精密に測定できる最も理想的な物差しである。
 ナイル川河口北端より緯度が3度南のヘラクレオポリスならば、〔歳差(さいさ)〕という天文現象によっておこる10年ごとに傾きが変わって緯度が約1分ずつ徐々に増大する「スカラベの姿に似る銀河」の様子を、「長方形の暗黒天体部」を物差しにすれば測量できた。
 だから、第7王朝はヘラクレオポリスへ遷都したのである。

 白鳥座β星は「スカラベの姿に似る銀河の後ろ足の付け根がある尻(しり)の右側」となる。これゆえ、白鳥座β星は「スカラベの姿に似る銀河」の傾きの変化を測量する目星となる。
 紀元前3000年に第1王朝が樹立(じゅりつ)されたエジプト王朝は、紀元前30年のクレオパトラ7世のローマの属州になって滅亡した。したがって、エジプト王朝は2970年間存続したことになる。
 この2970年間において、紀元前3000年の北アメリカ星雲の南端は北緯31度35分の土地(ナイル川河口の北端)の天頂に位置したが、紀元前30年にはエジプト北方の緯度が2度54分高い北緯34度29分の地中海上の天頂を通過するようになっていた。
 また、紀元前3000年の白鳥座β星はエジプト北部のヘラクレオポリスより15分南の北緯28度20分の天頂にめぐってきたが、紀元前30年においては3度21分低い北緯24度59分のエジプト南部のアスワンダムより北側のイドフの天頂を通過していた。
 紀元前3000年からエジプト王朝が滅亡した紀元前30年までにおいて、北アメリカ星雲の緯度は2度54分高くなった。
 しかし、同じ紀元前3000年から紀元前30年までにおいて、白鳥座β星の緯度は、逆に3度21分も低くなった。

 前回の〔31〕にて、〈ヘペレル(hprr)〉と発音する「スカラベ」という語を構成する4字の表音文字と決定詞「スカラベ」について解説した。
 決定詞「スカラベ」の左隣には、「口」の文字が上下に並ぶ。
 上の「口」は表意文字「ホルスの眼」の字源となる「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」が〔瞳〕となる「目の形に似る銀河」である。
 この「目の形に似る銀河」の目頭(めがしら)に、「ナイル川の氾濫の形状に似る銀河の西端」が接する。
 この「ナイル川の氾濫の形状に似る銀河の西端」は〔ナイル川に生息する大魚が開ける大きな口〕の形に相似する。
 また、「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」を中央にとする「コールサック」の北部の形は、〔人の唇(くちびる)の形〕に相似する。
 この「唇の形に似るコールサック北部」の東側の北部(「長方形の暗黒天体部の東辺」の北の角)が「ナイル川に生息する大魚の口に似る銀河」である。
 ゆえに、表意文字「口」の字源は「ナイル川に生息する大魚の口に似る銀河」と隣接する「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」を〔瞳〕となる「目の形に似る銀河」となった。

 ではなにゆえ、「スカラベ」という語の中に使用される「口」の上の字は「目」の表意文字や「ホルスの眼」にならなかったのであろうか。
 前回にて解説したように、下の「口」の字源は黄道と天の赤道が通過する「ライオンの開ける口となる銀河」だからである。
 上の「口」を表意文字の「目」や「ホルスの眼」にすると、「目」と「ホルスの眼」は〔黄道〕と直接的にむすびつかないので、「スカラベ」が〔黄道〕と直接的に結びつけられて神々の中で最も位が高い太陽神のシンボルに成ったことが不明となる。ゆえに、「スカラベ」という言葉の中には「黄道」と結びついて太陽神のシンボルに成ったことを明示するめに、同じ「口」の字が上下に並ばれることになったのである。

 前回にて〈ヘペル〉と発音する「~に成る」と意味する語は、上が決定詞「スカラベ」、下が表意文字「口」で構成される。この語に使われる「口」の字源は「糞を転がすスカラベの姿に似る夏の銀河の西南部」である。この「夏の銀河の西南部」に〔太陽の道〕である「黄道」が通過した。ゆえに、スカラベは「黄道」と結びつけられる、神々の中で最高位の太陽神のシンボルとなった。〈ヘペル〉と発音する語においては、右目が太陽を象徴する「ホルスの眼」を用いずに、「ライオンの開ける口となる銀河」を字源とする「口」の表意文字を用いて〔スカラベがなぜ太陽神のシンボルに成ったか〕を明確化したのである。このような事情〔スカラベは太陽神のシンボルに成った〕ゆえ、〈ヘベル〉と発音する語は「~に成った」と意味することに成ったのである。
 また、下記に説明する理由からして、〔目〕よりも〔口〕との関連性のほうが勝(まさ)っている。だから、「口」の文字は「~に成る」や「スカラベ」という語を構成する中に使用されることになった。
 「長方形の暗黒天体部の東辺」の北の角(かど)に所在する「ナイル川に生息する大魚の口に似る銀河」は扇(おおぎ)状に広がる。
 ゆえに、この扇状に広がる「大魚の大口に似る銀河」は、扇状に広がる〔ナイル川のデルタ地帯〕に相似する。ナイル川河口の北端のジムヤート岬からポートサイド港までの湖岸の形は〔人や魚の口〕に相似する。
 前述したように、紀元前3000年の第1王朝時代、ナイル川河口の北端・ジムヤート岬の天頂に「北アメリカ星雲の北端」がめぐってきた。
 この「北アメリカ星雲の南端」と「大魚の大口に似る銀河の西端」が接合する。「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」を〔瞳〕とする「目の形に似る銀河の西端」は「長方形の暗黒天体部の東辺」の北の角と接合する。
 このような状況であるゆえ、「北アメリカ星雲の北端」がジムヤート岬の天頂にめぐってきた第1王朝時代、「目の形に似る銀河」(「ホルスの眼」の字源銀河)は〔口〕の形に相似する地中海に水を吐きだすナイル川河口のデルタ地帯とこれまた〔口〕の形に相似するジミヤート岬からポートサイド港までの湖岸の天頂を通過したことになる。
 だから、「ホルスの眼」の字源「目の形に似る銀河」は“口の形にも相似する”と見立てられて、表意文字「口」の字源にもなった。
 このような「目の形に似る銀河」が「口」の表意文字の字源となった秘密を、前回で解説した「スカラベ」という語の中に上下に並べて2字「口」の字の内の上の「口」の文字は伝えるものであったのである。

 「スカラベ」という語を構成する左端の2字は、前回の解説の通りである。
 しかし、右下の「黒塗りの長方形の中に6本の短い白線が2列に並ぶ」、この文字の字形は「長方形の暗黒天体部」に相似するので、字源は「長方形の暗黒天体部」ではあるまいか。
 というのも、前述したように、第7王朝は「長方形の暗黒天体部の東西の辺の菱形枡の連結部を結ぶ線」を注目して、3度南のヘラクレオポリスへ遷都しているからである。
 「スカラベの姿に似る銀河」の模型・型紙(かたがみ)を作り、この型紙に緯度の目印となる部位に印をつける。また、〔長方形の板に、緯度の目盛りとなる6本の線を2列に並べる道具〕をも作成する。
 この〔長方形の緯度の目盛りをつけた道具〕に観測した「スカラベの型紙」の傾きの通りに載せれば、10年毎に徐々に微妙に変化する「スカラベの姿に似る銀河」の傾きの変化をキャッチすることができる。
 だから、「スカラベ」という言葉の中に使用された「黒塗りの長方形の中に6本の短い線が2列に並ぶ」、この文字は「スカラベに姿に似る銀河」の傾きの変化を調査する道具を図案化するものであったのではあるまいか。

 「スカラベの姿に似る銀河」はエジプト王朝は滅亡する2970年間に、北と南に合計緯度が6度15分も増えている。この「スカラベの姿に似る銀河」の傾きの変化による緯度の増大は、コブラが鎌首(かまくび)を起こして立ちあがる様子に似ている。
 ヒエログリフの「コブラ」は「ウラエウス」を意味する〈イアルト(iart)〉や、さまざまな女神の名の決定詞として用いられた。また、彫像やレリーフにおける王や太陽神ラーの額(ひたい)には、鎌首をもたげ、のどをふくらませた怒れるコブラが必ずといってよいほど描かれている。
 「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔毒の牙を有するコブラの頭部〕、「コールサックの北部」は〔興奮すると、扁平(へんぺい)になるコブラの鎌首〕、「コールサックの南部」は〔怒るときの体の前半部を起立させるコブラの姿〕に相似する。
 この①「コールサック」の〔コブラの姿〕とは別に、②「鬼の姿に似る銀河」も「コブラの姿」に相似する。
 「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」の東隣と北隣は復讐(ふくしゅう)や恨みを抱くきつくするどい切れ長の両目がある。この「怒りの両目」は〔コブラの両目〕をあらわす。この「コブラの怒りの両目」は「鬼の姿に似る銀河の首(のどと後頭部) 」にある。
 ゆえに、「鬼の姿に似る銀河」のうちの「鬼の横顔に似る銀河」は〔コブラの頭部〕、「鬼の横顔に似る銀河の首につく両目」は〔怒って睨(にら)みつけるコブラの両目〕、「鬼の身体部に相当する銀河」は〔怒って立ちあがったときのコブラの体〕に観える。
 16回前の〔16〕にて指摘したように、①〔怒るコブラの姿〕に観える「鬼の姿に似る銀河」と②〔毒牙を有するコブラの頭部〕に見立てることができる「北アメリカ星雲」は、下エジプト王がかぶる王冠「赤冠(あかかんむり)」のデザインのモデルであり、ヒエログリフ「赤冠」の字源であった。ゆえに、最も位が高かった女神ウアジェトはコブラの姿をした女神であると同時に、下エジプトの王冠の体現者でもあった。

 漢字の字源においては、〔立ちあがるコブラの姿〕のような形の「コールサック」は〔女性の子宮の側面形〕に相似するとされ、コールサックの北部の「長方形の暗黒天体部」は〔出産する胎児がくぐる産道〕に見立てられ、[命]や[尊]などさまざまな重大な文字の字源となった。「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔出産するときの胎児の頭が産道をくぐりぬけるための母体の陣痛(じんつう)・腹圧・怒責(どせき)〕に見立てられた。「腹圧によっておこる、まるで怒るかのごとく大声を挙げるいきみ、きばること」を「怒責」という。
  また、「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔膣(ちつ)の入口に胎児の頭の最も大きな部分通過して胎児の誕生してから以後の胎児の頭の螺旋(らせん)状の回転〕に見立てられた。
 3回前の〔29〕にて解説したように、ヒエログリフ「キツネの皮を3枚結びつけたもの」の字源は「ペリカン星雲と3本の閃光(せんこう)を放つ銀河部」である。この「キツネの皮を3枚結びつけたもの」は〔無事に胎児が出産するための魔除け・お守り〕であった。というのも、「ペリカン星雲」は〔キツネが後ろを振り向く姿〕にそっくりであり、漢字の字源と同じく〔母体の陣痛・腹圧・怒責〕をあらわすとともに〔膣の入口に胎児の頭が誕生した以後の胎児の頭の螺旋状の回転〕をあらわすものとなったからである。
 ゆえに、「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔コブラの頭部〕に見立てられ、最高位の女神ウアジェトの姿は「コブラ」となり、ヒエログリフ「コブラ」が作られることになったのである。

 「コールサック」は〔コブラの鎌首と身体〕に見立てられた。
 この〔コブラの鎌首と鎌首の付け根〕の部分となる「コールサックの北部と南部の中間部」の西隣は、上エジプト王がかぶる〔白冠(しろかんむり)〕のモデルとなった「北天の最輝部(さいきぶ)」である。
 これゆえ、上エジプトの白冠と下エジプトの赤冠をかぶった2匹のコブラを並べて描いた絵画もある。
 「北天の最輝部」は「人の横顔に酷似する銀河の額(ひたい)」にある。だから、王の額に鎌首をもたげる彫像やレリーフが多数作成された。
 「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は「ホルスの眼」となり、「ホルスの眼」の右目は太陽と同一視された。「北アメリカ星雲・ペリカン星雲と3本の閃光を放つ銀河部」は「太陽と光線」を図案する表意文字の字源となり、「北天の最輝部」の北隣の「白鳥座γ(ガンマ)星を中心に包囲する円形の銀河部」は「◎」の形に図案化されて「太陽神ラー」の名前を構成する文字の中に使われている。
 このため、太陽神ラーの額にもコブラが鎌首をもたげた形でついている。

 王の額の頭飾り、また王冠につけた鎌首をもたげるコブラの飾り(ウラエウス)は、〔コブラの目の霊力〕をあらわすと同時に〔人の目の霊力〕をもあらわすものであった。この〔コブラの目の霊力〕は「鬼の姿に似る銀河の首につく、人の左右の目の形に酷似する怒る目の銀河」があらわすものであった。だから、「人の両目に似る銀河」であらわされる〔コブラの目の霊力〕は〔人の目の霊力〕となった。
 前述した「スカラベの姿に似る銀河」の微々たる傾きの変化は、天頂緯度測定を日課にし、日々鍛錬(たんれん)して感覚を研(と)ぎ澄ました眼力の持ち主ならば測量できた。王はこの眼力の持ち主であり、天頂緯度を1分の狂いもなく測定できる目を有することが王の資格でもあったのである。
 このように1分の狂いもなく天頂点をキャッチできる眼力が帝(大王)の資格であり、帝を象徴するものであったことは中国でも同じであった。この「天頂点を1分も狂いもなくキャッチできる眼力がそなわった才能や人格」が[徳]の字源であり、[徳]は〔最高の才能〕と尊重された。
 左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』において、京都市の桂離宮の庭園池に漬(つ)かる、私が”衝立岩(ついたていわ)”と名づけた岩は「天頂点を1分の狂いもなくキャッチできる能力」が[徳]の字源であったと伝えるものとなる。この衝立岩は「天の橋立」という名がつく三つの築島(つきしま)の中央の築島の南面の池の中に漬かっている。
 日々鍛えれば人間の目には、1分の狂いもなく精密に天頂緯度を測定でき、1分の差をキャッチできる能力がそなわるものなのである。この能力を、古代エジプトでは“目の霊力”と称した。

 1万年以前におこった氷河期、緯度と方位の目印がある道はまったく存在しなかった当時、この苛酷(かこく)の状況を生きぬいた人類は、1分の狂いもなく天頂点をキャッチできるバンド(一団)の頭(かしら)や魔術師や目利きの先導のもとに、日々獲物や食べ物を求めて地上を移動していたのである。このような“目の霊力”を持っていなかったならば、凍てつく氷や雪の地球上にあった、バンドは位置も方角も不明になって迷ってしまう。登山家や南極に旅する冒険家は吹雪に遭遇して位置と方位が不明になって“迷った”と感じると“死”を予感する。このように、人間は“迷った”と感じると“死”を予感する生き物である。したがって、迷ったバンドは全員が“死”を予感してパニック状態におちいって収拾(しゅうしゅう)がつかないことになり、全員が発狂して死滅する事態になる。だから、1分の狂いもなく天頂点をキャッチできる目利きが頭となり魔術師となり先導者になって、“自分たちは位置も方位もきちっとわかっていて迷っていない”とバンドの人々に示して移動するものであったから、人類は氷河期に滅びずに生き伸びることができたのである。
 1分の狂いもなく天頂点をキャッチできる[徳]の能力は、日々鍛錬すれば10人の中で一人や二人や、あるいは三人ぐらいがそなわるものだったのではあるまいか。

 「太陽」を図案化するヒエログリフは①「白鳥座γ星を包囲する円形の銀河部」が字源とするシンプルな太陽円盤の「◎」、②「北アメリカ星雲・ペリカン星雲と3本の閃光を放つ銀河部」を図案化する「光線を発する太陽円盤」がある。このほかに、③「聖なるコブラのウラエウス(飾り)のついた円盤」がある。このほかにも「太陽」を図案化するヒエログリフが多数あるが、上記の3つの太陽円盤が代表的なものとなる。
 ヒエログリフ「聖なるコブラと太陽円盤」の字形は〔鎌首をもたげるコブラの中央に円形の太陽円盤を配して、頭部と尾の部分を二分するもの〕である。したがって、〔中央の太陽円盤〕は「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」を図案化したものであり、〔頭部と尾に二分されるコブラ〕は「鬼の姿に似る銀河」を図案化したものである。
 前回の〔31〕において解説した〔球形の糞を転がすスカラベの姿〕に相似する「夏の銀河の西南部とさそり座α星(アンタレス)にかけての銀河」の形状もまた「コブラと太陽円盤」となった。

 「夏の銀河の西南部」は“巨大な「ホルスの眼」の〔瞳〕”であるから「太陽円盤」をあらわすものとなる。
 私は「夏の銀河の西南部」を凝視していた時、おもわずギョットして目をそむけて瞬間的に恐怖におそわれたことがある。まるで生きているがごとく、「夏の銀河の西南部」が「毒の牙をむきだして口を開ける獰猛(どうもう)なヘビの頭」に観えたからである。
 これゆえ、「夏の銀河の西南部とさそり座α星にかけての銀河」もまた「聖なるコブラの飾りと太陽円盤」の字源であると考えるべきことになる。
 前述したように、〈ヘベル〉と発音する「~に成る」と意味する語に使用される「口」の字源は「スカラベが糞を転がす姿に相似する夏の銀河の西南部」であった。この「口」の字源は「コブラが鎌首をもたげるコブラの口にそっくりな夏の銀河の西南部」でもあった。だから、〈ヘベル〉と発音する上に「スカラベ」・下に「口」の文字を並べる語は「スカラベの姿に成る」、「コブラの頭の形に成る」から「~に成る」と意味することになったのである。
 〈ネメス〉と発音する「王の鬘(かつら)」と称されるヒエログリフは〔鎌首をもたげるコブラと王の鬘〕を組み合わせて図案したものである。
 「青色の王冠」と称されるヒエログリフは〔鎌首をもたげるコブラと王冠〕の組み合わせである。
 この「王の鬘」と「青色の王冠」のヒエログリフの字源は、①「北アメリカ星雲・ペリカン星雲と鬼の姿に似る銀河」であり、②「夏の銀河の西南部とさそり座α星にかけての銀河」ということになる。

 28回前の〔〕で解説したように、竜安寺の石庭の合計15個の石を5群に分ける石組と白砂の平庭(ひらにわ)と油土塀(あぶらどべい)とそのほかの構造体は、左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Bの銀河からすべての文字が作られたと証言する。
 この竜安寺の石庭が証言するとおり、拙著の資料Bの銀河からすべての漢字、そしてすべてのヒエログリフが作成された。
 竜安寺の石庭は――ヒエログリフも漢字も、資料Bの銀河を観て、イメージ(映像、心像)で考える能力に優れる創造力の源泉となる右脳によって作られた――と証言する。

 古代エジプトでは、資料Bの銀河にあって学問的に芸術的に特に重大な銀河部は【神】となった。
  ゆえに、【特に重大な銀河各部】は【神】となり、そして【文字・ヒエログリフ】となった。
 そして、資料Bの【銀河各部の形状】から【神以外のさまざまなヒエログリフ】も作られ、その字数は600字から1000字とも言われている。
 表意文字も表音文字も【銀河各部の形状】から生まれた。
 エジプト王朝は、【神】となった銀河各部の名称を定めなかった。
 天地創造神話はじめ、神々に名前をつけて神話を作り、ヒエログリフの字源となる銀河各部の形状を示す仕組みにした。
 「トキの姿に似る銀河」は学術と芸術と文字の秘密を知ることができる中枢(ちゅうすう)部となる銀河各部が連結する領域であった。これゆえ、学術と芸術と文字のトト神はトキの頭を有することになり、トキの像や「トキ」を図案化したヒエログリフは「トト神」をあらわすことになった。「トキ」が「トト神」をあらわすことになったのは、【特に重大な銀河の形】は【神】であったからである。つまり、【トキの姿に似る銀河】は【トト神の姿】をあらわすものであった。
 古代エジプト人たちは天頂にめぐってくる銀河部にいちばん大事な命を委(ゆだ)ねた。ゆえに、精密に天頂緯度が測定できる銀河部は【神】であった。「夏の銀河の東北部」は〔糞を球形に丸めて地面を転がす昆虫のフンコロガシ・スカラベの真上から見た姿〕に相似し、エジプト全域の天頂緯度を測定できる物差しとなった。また、フンコロガシの姿は〔黄道〕が通過する「夏の銀河の西南部」の形にも相似する。だから、「フンコロガシの姿に似る銀河」は天文学において重大となったため、神々の中で最も位が高い太陽神のシンボルとなった。
 天の北極は、オシリスやホルスはじめとする神々の姿になった銀河はじめ、トキの姿に似る銀河、フンコロガシの姿に似る銀河などが輪の形を描いて運行する中心となる。しかし、この神々の輪の運行の中心となる、天体の運行を支配する”天帝”ともいうべき「天の北極」は【神】にはならなかった。天の北極の高度で緯度換算する方法だと、緯度(位置)と方角が不明になって旅の途中で野垂(のた)れ死にして命を失うからであった。
 エジプト王朝は〔黄道〕を示すフンコロガシは【神】と定めた同様に、二分二至(春分・夏至・秋分・冬至)を示す目星となる北斗七星の第5星の【ε(エプシロン)星】を【神】と定めた。5回前の〔27〕で解説したように、〈ヘペシュ〉と発音する6字で構成される語は「北斗七星のε星」であった。ギザの3大ピラミッドと大スフィンクスが建造された紀元前2500年において、「北斗七星のε星」は春分の日の午後6時と冬至の午前零時に上経過(天の北極と天頂との中間の子午線経過)し、秋分の日の午後6時と夏至の午前零時に下経過(天の北極と地平線の北との中間の子午線経過)した。〈ヘペシュ〉と発音された「北斗七星のε星」を意味する6字で構成される語の決定詞は表意文字の「神」である。ゆえに、「北斗七星のε星」は確実に【神】であった。
 「コールサック」の形は〔扁平な鎌首をもたげて怒るコブラの姿〕に相似し、いわゆる“真っ黒な石炭袋”である「コールサック」にあって輝く小さな星たちはエジプト全土の天頂にめぐってきて、精密に緯度が測定できる目星となった。そして、「コールサック」は〔女性の生殖器官〕に見立てられるものであった。ゆえに、医学的に特に重大な銀河部であったので【神】となった。だから、最も位が高い「女神ウアジェト」は「コブラの姿」で示された。
 このように、古代エジプトでは【銀河各部の形状】は【文字】であり、【特に重大な銀河の形や星(北斗七星のε星)】は【神】となった。
 古代エジプトでは、【文字】は【銀河各部の形状】として存在したのである。

 今から約4050年前の夏代初頭(後期縄文時代初頭)に我が国に伝来した【夏音文字】もまた【銀河各部の形状】として存在するものであった。この【銀河各部の形状】が確かに【文字】であったことは、複雑なパターンの認識や処理をおこなう“芸術”と称される方法ならば再現することができ、また後世に事実であったと伝えることができた。
 この芸術の方法で【銀河各部の形状】が【文字】であったことを伝えるのが、竜安寺の石庭である。
 また、ドイツの建築家のブルーノ・タウト(1880-1938)が絶賛して世界のその存在を伝えた桂離宮の庭園も、【銀河各部の形状】が【文字】であることを明確に証言する。
 ブルーノ・タウト著╱篠田英雄訳『画帖 桂離宮』(岩波書店)は、桂離宮の庭園について下記のごとく指摘する。
 「このように御庭の諸部分は著しく分化していながら、しかもすべて相集まって一個の統一を形成している。ここに達成された美は、決して装飾的なものでなく実に精神的意味における機能的な美である。この美は、眼をいわば思考の変圧器にする、すなわち眼は、見ながらにしかも思考するのである。」
 【文字】は【銀河各部の形状】として存在したことを証言するには、上記のタウトが桂離宮の庭園について指摘したようになる。このことは、竜安寺の石庭でも言えるることである。
 竜安寺の石庭においては、5群の石組が15個の石で分化して銀河各部の形状をあらわし、5群の石組と苔(こけ)と白砂の平庭と油土塀とそのほかの構造体(知足の蹲い、鏡容池、雨落ちミゾ、磚、濡れ縁、方丈の間)も、すべての文字が作られた秋の銀河・夏の銀河が一つの帯となって最も高くそびえる銀河に統合されるようになっている。石庭の美は、決して装飾的なものでなく、かつて【銀河各部の形状】は【文字】であったことを証言し、どうしても夏音文字を廃絶(はいぜつ)できなかった日本民族の熱い魂の歴史の秘密を伝え、この世の真理について思索(しさく)する精神的な美を追求した、個々の石・石組の字源の情報が他の石・石組あるいは全体にひろがるように機能的に組織されるようになっている。石庭を見る人の眼は銀河を観る眼であり、【文字】を〔左脳があつかう言葉から生まれたもの〕としてでなく思考の変圧器で〔右脳があつかうイメージから生まれたもの〕に変え、そして眼は、石庭を見ながら右脳で思考する仕組みになっている。 
 また、金閣寺の庭園も【銀河各部の形状】が【文字】であったことを証言する文化遺産である。
 ヒエログリフが銀河から作られた真実は、竜安寺の石庭、桂離宮の庭園、金閣寺の庭園で確かなことになる。
 

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