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2012年2月14日 (火)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・2

   前回で指摘したように、アンドルー・ロビンソン著╱片山陽子訳『文字の起源と歴史』(創元社)の《はじめに》の冒頭は下記の文章から始まる。
  「文字は人類の歴史上、最も偉大な発明品の一つである。文字がなければ歴史もなかったことをことを考えると最大な発明品といえるかもしれない。」

  漢字は、今から約6000年前の三皇時代初頭の包犧(ほうぎ)氏が作って起源した。この包犧氏が作った起源漢字は、後世「結縄(けつじょう)」と名づけられた。包犠氏は「易」すなわち「遠くの地や大海を渡る旅に出た人が家族が待つ家に帰ることができる術、すなわち天頂緯度測定の術」のために作成した。
  この[易]の字源を、2世紀初頭に成立した漢字の字源を解説する聖典『説文解字』は、「蜥易(せきえき)なり」すなわち「トカゲなり」と解説する。
  内田亨代表著作『原色現代科学大事典』(学習研究社)は「トカゲには必ずもとのすみかにもどる習性、すなわち帰家性がある」と指摘する。
  包犧氏が作った結縄は「遠くの地に旅する人、大海を渡る人が必ず家族が待つ家へ帰ることができる、精密に天頂緯度を測定できる“易”の術」のための記号であった。
  新村出編『広辞苑』は「易」について「易経(周易)のこと。また、易経の説くところに基づいて、算木(さんぎ)と筮竹(ぜいちく)を用いて吉凶を判断する占法。中国に古く始まる。うらいない。」と説明する。
 しかし、本来の「易」は「うらない」ではなく、『説文解字』が説く「トカゲなり」つまり「遠くの地に旅しても必ず家に帰ることができる天頂緯度測定の術」であった。
   ゆえに、中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』にもとづいて“易は包犠氏から始まる”と指摘するが、これは「易をあらわす記号がなければ易もなかったことになるので、周代に完成した『易経』は包犠氏が作った結縄から始まる」と意味することになる。

  [易]の字源・本義である「天頂緯度測定の術」は、包犠氏以前の草創期や早期縄文時代の日本列島でも存在していた。また縄文時代以前の氷河期においても、字源・本義の[易]は存在していた。南極や北極を旅する冒険家は“迷った”と知ったとき“死”を想像してパニック状態となるように、氷河期において食料となる獲物を求めて日々移動生活をつづける一団が“迷った”と感じると〔死の恐怖〕と〔絶望〕で収拾(しゅうしゅう)がつかなくなり、結束力を失った一団は全滅してしまう事態が多発することになる。だから、日々一団の長や魔術師や目利きが天頂緯度測定して、自分たちは緯度(位置・東西)と経度(子午線・南北)を知っているので迷っていないと認識していなければならなかった。だから、[易]の字源・本義の「天頂緯度測定」は包犠氏以前の日本列島の草創期と早期の縄文人も有していたことになる。
 包犧氏が作った天頂緯度測定ために作られた結縄は、天頂緯度測定がそれ以前から存在したものであったので、先人たちは発明品と認識しなかった。

  今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝につかえた倉頡(そうきつ)が作った書契(しょけい)を、先人たちは発明品と考えた。
  ゆえに、先人たちは倉頡を“漢字の始祖”と崇拝した。
  倉頡は、当時、天頂にめぐってくる乳房と子宮に相当する部位を有する女体に相似する「十字の銀河」を〔生殖器を有する女性〕に見立てれば、万物の情(イメージ)に類似する多数の文字を作ることができるという、右脳思考を発揮して漢字を創造する原理を発明した。
   この漢字作成原理は〔女性の生殖器の側身形〕と「十字の銀河」の「子宮」に観える部位の形状から「鳥獣の文」あるいは「鳥獣の足跡」と名づけられた。

 というのも、倉頡がつかえる黄帝は“東洋医学の始祖”と崇拝され、女性の生殖器の研究をし、この黄帝の医学研究成果をあらわすために倉頡は書契を考案した。ゆえに、〔女性の生殖器の側身形〕は〔水の側身形〕に相似し、〔子宮に宿る胎児の側身形〕が〔の[牛]の字源となったジャコウウシの側身形〕に相似し、〔胎児の両目〕は〔の[馬]の字源ととなったフタコブラクダの両目〕に相似し、「十字の銀河」は[]の字源となり、「十字の銀河の子宮」は足跡を残す「十字の銀河の右足」と重なるようになっているので、倉頡が発明した漢字作成原理は「鳥獣の文」あるいは「鳥獣の足跡」と呼ばれるようになった。
 上記のアンドルー・ロビンソン著╱片山陽子訳『文字の起源と歴史』が指摘するように、漢字は頭上の銀河の形状を観て右脳を使って創造(図案化)するところの発明品だったのである。
 そして、この「銀漢(天の川)から作られた文字」略して「漢字」は、「易」と呼ばれる要素も有するものであった。なぜならば、漢字は[易]の字源である「天頂緯度測定」を基軸として構築された天文地理学の産物だったからである。

  『易経』の十翼(じゅうよく)は孔子が著作した。
  新村出編『広辞苑』は、【十翼】を「易の本文を解説した書。孔子の作と伝える。六十四卦の本文を経としてこれを補翼する意。彖伝上下・象伝上下・繋辞伝上下・文言伝・説卦伝・序卦伝・雑卦伝の十編から成る。」と説明する。
  この孔子が著作した『易経』繋辞(けいじ)下伝に、漢字の起源を伝えるともにすべての字源を知ることができる基礎知識となる下記のような記事がある。
 「古者(いにしえ)包犧氏の天下に王たるや、仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜(ちぎ)を観、近くはこれを身に取り、遠くはこれを物に取る。ここにおいて始めて八卦を作り、もって神明の徳に通じ、もって万物の情に類して、結縄を作った。」
  上記の文は、矛盾もはなはだしい根本的な誤りを有する虚偽を伝えるものである。というのも漢字作成原理の「鳥獣の文」は包犠氏が発明したものではなく、倉頡が発明したからである。
  正しくは、下記のごとくなる。
  「古者包犧氏の天下に王たるや、仰いでもって天象を観、近くはこれを身に取り、遠くはこれを物に取る占いの八卦のための記号である結縄を作った。この後、黄帝につかえた史官の倉頡が、包犧氏同様に天頂緯度測定を基軸とする天文地理学にもとづき、仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜を観、もって神明の徳に通じ、もって万物の情に類して、書契を作った。」

 信じられないかもしれないが、キリスト、釈迦、ソクラテスとともに世界の四大聖人に数えられる孔子が、漢字の起源の歴史に関して虚偽を伝えるミスを犯したのである。
  司馬遷著『史記』孔子世家には「孔子晩にして易を喜び」という記述があり、孔子は晩年に易を学んだ。
   孔子の教えを伝える『論語』述而篇にも「子曰く、我に数年を加(か)し、五十にしてもって易を学べば、もって大過なかるべし」という記述がある。
   ゆえに、孔子が十翼の繋辞下伝を作り、漢字の起源を間違って伝える記事を残した。
   孔子は銀河を仰ぎみて右脳思考して全体論的に考えなければならない漢字の起源の複雑な秘密を、銀河を観察せずに“文字は言葉をあらわす記号”という誤った先入観にとらわれて左脳思考で単純化した。このために、このような不正確な記述を残すことになった。

   漢字作成原理〔鳥獣の文〕を発明した倉頡は、文字が強大な権力と莫大な富を手に入れることができる最も強力な王政基盤になることに気づき、この文字の学芸を習得した反体制側が革命をおこせば王朝が崩壊するにちがいないと考えて、文字の学芸を王朝が独占管理して厳重に機密にする掟(おきて)を定めた。つまり、倉頡は文字を地面や灰の上などに書いた後、直ぐに消さない人物は即刻死刑にするという法を定めた。
  この〔書いた後に、必ず直ぐに文字を消さなければならない〕と定めた倉頡の掟によって、【銀河各部の形状】が【文字】となった。だから、“文字は言葉をあらわす記号”ではなく、銀河各部の形状のイメージを文字とする右脳思考で理解する学芸となった。
  この右脳思考で理解しなければならない文字の起源を、孔子は右脳を沈黙させて左脳のみで思考したために根本的な誤りを犯した。

  この「文字を書いた後に文字を消さなかった大罪人を死刑にする刀」が、倉頡の[創]の字の[倉]の横にある立刀(りっとう)すなわち[刅(そう)]の字源の秘密である。
  『説文解字』は[創]の字源を「刅、傷つくなり。刃に従ひ一に従ふ。創、刅或いは刀に従ひ、倉聲」と解説する。
   文字が作られた銀河各部の名称は、世界中探しても存在しない。
 地球上の文字は、表音文字と表語文字の2種だけである。
  地球上の文字はほとんど表音文字で占められ、圧倒的多数の国々で表音文字を使う。中国を中心とする漢字・表語文字は狭い地域だけ使われる特殊な文字である。世界の圧倒的多数の国で使われる表音文字はみな兄弟のような関係で、その系統はすべて古代エジプト文字にさかのぼる。
 ゆえに、世界の文字は表音文字の古代エジプトの系統と表文字の中国文字(漢字)の2種だけとなる。
  銀河から文字を作った中国王朝もエジプト王朝もその秘密を守るために銀河各部に名称をつけなかった。星座のように名称をつければ、【銀河各部の形状】が【文字】であることが容易に察知されてしまう。だから、銀河から文字が作られた秘密をまもるには、銀河各部の名称を作らないのが得策となる。
  古代エジプト文字は、ワディ・エル・ホル文字、原シナイ文字、フェニキア文字に受け継がれ、そして原シナイ文字とフェニキア文字の段階からさまざまな古代王朝が用いる文字へ枝分かれして、現代のヨーロッパ・アメリカ・アフリカなど世界の70ヵ国の公用語をあらわすABC・アルファベット、現代に使われるペルシャ文字、アラビア文字、ヘブライ文字、アムハラ文字などになった。この原シナイ文字やフェニキア文字から枝分かれした文字を用いた古代王朝は、一様に古代エジプト文字(ヒエログリフ)の伝統をまもったのか、それともそれらの文字(アルファベット)は表音文字であったからわざわざ銀河各部の名称を付けなくても習得できたので、結局、銀河各部に名称を作らなかった。
  古代エジプトはじめ表音文字を用いたすべての古代王朝においても、中国を中心とする表語文字の国々でも、銀河各部の名称は作らなかった。このため、銀河各部の名称は地球上に存在しないことになったのである。
 つまり、文字が銀河から作られた秘密と銀河各部の名称を作られなかった秘密は一つに統合される秘密であったのである。

 左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Bは、すべての漢字の字源を知ることができる1400字前後の基本字が作られた銀河全域を示す写真である。資料Cはわたくしが付けた銀河各部の名称である。この資料Bの銀河から、すべての古代エジプト文字・ヒエログリフも作られた。
  この拙著の資料Cに示した「十字の銀河」は倉頡がつかえた〔黄帝〕に見立てられ、[刃]と[一]の字源となった。前述したように黄帝は“東洋医学の始祖”と崇拝され、女性の生殖器の研究をした。この黄帝が女性の死体を解剖したメスすなわち「鏃(やじり)」が[刃]の字源であった。だから、『説文解字』の[創]の字源解説に登場する「刃に従ひ一に従ふ」という文は「黄帝の命令によって死を与える」という意味を示唆(しさ)するものと考えられる。当時の刀は兵器となった鍬(くわ)や鋤(すき)に使われた木製の刀であったので、この木刀を死刑に用いると刃の部分は傷ついた。ゆえに、『説文解字』は[創]の字源を「刅、傷つくなり」すなわち「刀の刃の部分が傷ついた」と解説した。また、「創、刅或いは刀に従ひ、倉聲」という文は「[創]の初文(初めの文字)は[倉]であり、[倉]と[刅]の字音は同じ“ソウ”であるので、[倉]と[刅]と[創]とそして[刀]の4字の字源となる銀河部は同一となる」と解説しているものと考えられる。
  「十字の銀河」は[天]の字源となり〔黄帝〕に見立てられ、この「十字の銀河」につかえる臣下のような形状となる「鬼の姿に似る銀河」が[土]と[地]の字源となって〔倉頡〕に見立てられた。ゆえに、「鬼の姿に似る銀河」は[倉]と[刅]と[創]と[刀]の4字の字源となった。
  以上のように、[創]の右半分の立刀[刅]の字は倉頡が定めた掟をあらわすものであり、「文字を書いた後、文字が銀河から作られた秘密が察知されないように必ず消せなければならない。この大罪を犯した者を死刑にするための刀」をあらわした。
  ゆえに、[刑][罰][則]の立刀[刅]もまた「文字が銀河から作られた秘密を守らなかった大罪人を死刑にする刀」をあらわすものであったのである。

  だから、孔子が生存した時代にあっても、漢字が銀河から作られた秘密を暴露する者は王朝を滅亡せんとする大罪人となり死刑に処せられた。
 老子は孔子に文字の学芸を教えたという。この老子は、銀河から作られた文字の学芸知識は王朝が独占するものではなく万人の教養であるべきだと考えた。『老子』は〔上篇・道経〕の37の章と〔下篇・徳経〕の44の章、計81の章から構成されている。そのうちの37の章で構成される『老子』の〔上篇・道経〕は「文字は銀河から作られた」と説明するものとなる。したがって、老子は役人に追われる大罪人であった。このため、老子は喪家(そうけ)の狗(いぬ)すなわち宿無し犬、要するに住所不定の逃亡者であった。
  『老子』の第20章は「学を絶てば憂い無し」という文から始まる。この文の先頭の[学]は、もちろん「王朝と国家がその秘密を暴露した者は死刑にすると定める銀河から作られた文字の学芸」を意味する。
  ゆえに、わが国の中国古代文字研究の第一人者とされる白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は、殷代に作られた「甲骨文字」を「卜文」と表記して[学]の字源解説にて「卜文にみえるメンズハウスの建物は千木形式で、わが国の神社建築に似ており、そこで秘密講的な、厳しい戒律下の生活がなされたのであろう。」と説明する。
 上記の文に登場する「秘密講的な、厳しい戒律下」という語句が示すように、[学]の字源・本義は「その秘密を暴露した者は死刑に処せられる、銀河から作られた文字の学芸知識」であった。
  このように銀河から文字が作られた秘密を明らかにすることは死刑に処せられる大罪であったので、『論語』に「子曰く、我に数年を加し、五十にしてもって易を学べば、もって大過なかるべし」と記述したのである。したがって、孔子は人生晩年・五十歳になれば銀河から作られた文字の学芸を明らかにした罪でたとえ死刑になったとしても大きな過ちとは言えないと考えて、占いの六十四卦を記述する本文を経としこれを補翼(ほよく)する十翼の作成を決意したのである。
  『老子』第20章の「学を絶てば憂い無し」の[学]を、『論語』が示すように[易]と同義とした。[学]の本義は「絶対に秘密にしなければならない文字の学芸」であり、[易]の本義は「天頂緯度測定」であり転義は「占い」であるから、[易]の字には「絶対に秘密にする」という要素は無かった。ゆえに、「五十にして学べば、もって大過なかるべし」と覚悟する[学]と[易]は同義ではなかった。秘密でない「易」の補翼すなわち補助説明には銀河から作られた文字の起源の秘密の説明が不可欠であったので、孔子は包犧氏が作った結縄が発展して倉頡が考案した書契となったと考え、この結縄から書契までの途中の経過を強引に単純化して[易]と[学]を同義とした。
   しかし、[易]と[学]は同義ではなかった。
  孔子は漢字の起源の秘密を記述する際に、[易]と[学]を同義にして『易経』に「古者包犠氏の天下に王たるや、仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜を観る。(中略)。もって神明の徳に通じ、もって万物の情に類して、結縄を作った」と書き残した。
 ところが、この文中にある「鳥獣の文」は倉頡が発明した漢字作成原理の名称であり、この〔鳥獣の文〕の発明によって「もって万物の情に類して、文字が作ることができた」のであって、包犧氏が作った結縄では〔もって万物の情に類して、文字を作ることができなかった〕から、孔子の記述は虚偽を伝えるものとなった。

  ① 孔子が生存した時代(紀元前552-同479年)、晩年に弟子を集めて孔子の思想を説き、『易経』の十翼を著作した魯(ろ)の昌平邑(しょうへいむら)・現在の山東省曲阜(きょくふ)の天頂を、倉頡が発明した漢字作成原理〔鳥獣の文〕のモデルとなった「十字の銀河の子宮」がめぐってきた。
  ② 当時、古くからの伝説にもとづいて「倉頡が文字を発明した」という説は定説であった。この定説・伝説が正しいことは、天頂にめぐってくる「十字の銀河」や「鬼の姿に似る銀河」を仰ぎ見れば一目瞭然で正しいことが理解できた。
  ③ 上記した2世紀初頭に成立した『説文解字』が[創]の字源を解説するように[創]の字源・初文は「倉頡」の[倉]であることを、孔子ほどの教養人ならば知っていて当然である。知っていなかったにしても、[創]の字義は「創(つく)る」は〔倉頡が銀河から文字を創る原理を開発したから「創る」となった〕、[創]の字義が「始め」となったのは〔倉頡が“漢字の始祖”となった〕からということは、孔子ほどの賢人ならば察知できて当然である。
  ④ 孔子が死が間近い晩年になって易を学ぶことになった原因は、包犧氏が作った結縄ではなく、万物の情に類する多数の文字を創ることができる〔学〕すなわち〔倉頡が考案した書契〕にあることは、老子や彼の教えを学ぶ道家の人々の役人に追われる状況を考えれば察知できたはずである。

 白川静著『字統』の[衰]の字源解説末部は「〔論語、微子(びし)〕に、孔子の門を過(よぎ)り、『鳳(ほう)や鳳や 何ぞ徳の衰へたる』と、時勢に合わぬ孔子の行動をそしって歌うものがあったという。」と記述する。
  『字統』は「時勢に合わぬ孔子の行動をそしって歌うものがあった」と指摘するが、この推理は間違っている。孔子の家の門を通過してそしり歌ったものたちは孔子の漢字起源の考えは根本的に間違っていると批判する人々であったのである。つまり、彼らは老子を師と仰ぐ道家の人々であった。
  漢字の始祖・倉頡がつかえた黄帝を祭る廟(びょう)とその墓は、陝西(せんせい)省黄陵(こうりょう)県に所在する。孔門の人々の拠点であった孔子廟(現在の山東省曲阜)は北緯35度36分であり、はるか遠くの西に所在する黄帝廟は北緯35度35分であった。このように両地は、わずか緯度が1分しか相違しないので同緯度ということになる。[徳]の字源は「精密に天頂緯度測定できる能力」である。また、地図を見れば一目瞭然のように、山東半島は鳳(大鳥)の頭に、山東半島の南北は鳳の翼の形に相似し、孔子廟は鳳の心臓の位置に相当し、『易経』繋辞下伝に「包犧氏が鳥獣の文を発明して万物の情に類する多数の文字を作ることができるようにした」と虚偽を記述した。だから、道家の人々は“鳳や鳳や、何ぞ徳の衰えたる”とそしって歌って、孔子廟の門を通過して抗議したのである。
 このように、孔子の時代は銀河の形状に注目して先人や老子はじめ道化の人々がなぜ「倉頡が文字を発明した」と主張するのかと慎重に考えれば、孔子は『易経』繋辞下伝に虚偽の漢字起源記事を載せないですんだはずであった。
   孔子が漢字起源の秘密の真相について根本的に誤る考えを抱くことになった原因は、右脳を沈黙させて左脳一点張りの考え方をおこなったからにほかならない。左脳思考は強引な単純化をおこなうが、右脳思考は問題を全体論的にとらえて上記の4つの事柄までも思慮がおよぶので、包犠氏が漢字作成原理〔鳥獣の文〕を発明したなどというような強引な単純化をおこなわない。

  T・R・ブレークスリー著╱大前研一訳編『右脳革命』(プレジデント社)は、下記のように人間の頭脳の左半球と右半球はまったく異なった方法で考えると指摘する。
 「われわれは、頭脳というものを『言語体系を用いてのみ思考可能な単一的な存在』と考えてきた。そして、地球平坦論が不可解な説明を必要とする矛盾を多く産んだように、頭脳単一論は人間の挙動を、その実体よりもわかりにくくしてしまった。
 よく観察してみると、人間の脳にはみんなが『単一の中枢』と思い込むに至ったような物理的な根拠は何もない。」
  「それにもまして重要な発見は、両半球は基本的に全く異なった方法で考える、ということであった。――すなわち左脳は言葉で考え、右脳は直接感覚的概念(イメージ)で考えるのである。」
 「脳の左右両半球はまったく違う方法で“思考”するのである。左脳は語学の専門家として言語を用いて思考するだけでなく、語学の基礎となっている『一度に一つずつ進んで行く系統的論理思考』にも長けている。右脳は感覚(イメージ)で考えるから、複雑な視覚パターンの認識や処理にいちじるしく優れている。」
  このように、右脳は複雑な視覚パターンの認識や処理にいちじるしく優れている。
  だから、倉頡は強大な権力と莫大な富を入れることができる政権基盤の文字の学芸を反体制側が習得できなくするために、文字が銀河から作られた秘密を明らかにする者は死刑に処すると掟を定めただけでなく、さらに【文字は言葉をあらわす記号】としての機能を奪って、右脳思考すれば【銀河各部の形状】は【文字】となるので【文字】と【言葉】を切り離したのである。

 中国にも星座名があり、世界各地で星座名は作られた。
 左に表示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Bには、白鳥座、こと座、こぎつね座、ヘルクレス座、かんむり座、へびつかい座、わし座、たて座、いて座、南のかんんむり座、さそり座などがあるが、素人目にはその星座の形や範囲はまったくキャッチできない。
 しかし、拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Cに名称を示した、オス鹿の横顔に似る銀河、十字の銀河、長方形の暗黒天体部、人の横顔に酷似する銀河、胎児の姿に似る銀河、巨龍の銀河という銀河の形と範囲は、素人目にも明確に見える。
   このように形なきに等しいものに形を定めて星座名を作ったにもかかわらず、明瞭な形を示す各銀河部に名称が世界中探してもまったく存在しない秘密は、倉頡と同様に世界各地の古代王朝が、銀河各部の形状から創った文字は最も強力な政権基盤となる発明であったと認識して、革命に利用されて王朝が崩壊するを阻止するためにおこなった処置・方策がそのまま残って放置されたからである。
  漢字ばかりでなく、古代エジプト文字・ヒエログリフも人間が話す【言葉】と【文字】を切り離して、【銀河各部の形状】は【神が話す言葉】と定めた。ゆえに、古代エジプト人たちは、銀河から創った文字を“神の言葉(メドゥウ・ネチェル)”と呼んだ。銀河各部の名称は、神話を作って表示するように工夫した。エジプト全土の天頂にめぐってきた銀河部の形状はトキの姿に相似すると見立てて、学問と文字の神はトキの頭を有するトト神と定め、このトト神は文字をあつかう書記や筆記する行為の守護神とした。だから、王・神官・書紀たちは拙著『邪馬台国説が日本を滅ぼす』の資料Bの範囲の銀河からすべての神の言葉・メドゥウ・ネチェルを創った。このように古代エジプトにおいても銀河各部の名称を作らないで文字が銀河から創られた秘密を厳重な機密にし、【文字】を【人間の言葉】から切り離し、右脳の能力を利用して【銀河各部の形状】を【文字】と定めた。

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