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2012年3月 8日 (木)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・11

 新井白石より邪馬台国研究は約280年間も費やしているが、それでも決着しない。
 しかし、邪馬台国論争は小一時間あれば決着がつく問題であった。
 というのも『魏志倭人伝』は「倭の使節は大海を渡って朝鮮半島の魏の出張機関である帯方郡(たいほうぐん)政庁や魏都・洛陽を訪問して、大海を渡って倭に帰還した」と明記するからである。

 このように、倭の使節が大海を往来できたのは、倭では〔精密に天頂緯度を測定する眼力と技(わざ)を鍛錬する習慣〕が存続していたからである。
 〔天の北極の高度〕でも緯度換算できるが、この方法だと不精確であるので、大海に入った途端(とたん)に緯度と子午線が不明となって大海原にさ迷うことになり遂には命が消えることになる。
 〔天の北極〕で緯度(位置)と子午線(方角)を計測する方法では絶対に大海中の日本列島には到着できない。これは絶対的事実である。

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 中国では紀元前1世紀に、〔天の北極〕を最も重視するシナ天文が完成した。このため、2世紀や3世紀になると〔精密に天頂緯度を測定する眼力と技を研(みが)く習慣〕が廃(すた)れて、中国の人々は大海を渡ることができなくなった。
 ゆえに、『魏志倭人伝』は「帯方郡の使節は倭の使節が帰還する船に便乗して倭に到着し、魏都へ派遣された倭の使節の船に便乗して帯方郡の使節は帰還した」と記述する。
 『魏志倭人伝』に登場する倭女王・卑弥呼が生存した時の倭国の隣国であった東鯷人(とうていじん)国の様子を書く、中国の正史『後漢書』倭伝の末部は「所在絶遠にして往来すべからず」と記す。このように、当時の中国の人々には東鯷人国がある日本列島は遥か遠くにあり、その大海の道は途中で絶たれてしまい往来できなかった。というのも、紀元前1世紀に〔天の北極〕を最も重視するシナ天文が完成して、〔天頂点をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕が廃絶されたからである。
 この『後漢書』倭伝は「シナ天文が完成しなかった紀元前3世紀、方士の徐福(じょふく)一行は日本列島に到着して定住した。卑弥呼が生存した3世紀には、徐福の子孫の国の名は東鯷人国となり、東鯷人たちは定期的に中国の会稽(かいけい)の港で交易をするために、大海を往来していた」と記述する。
 だから、事は明瞭である。
 〔緯度の測定方法〕はたった2つしかなく、〔天の北極〕では大海は往来できないが、〔天頂点をキャッチ〕する方法ならば精密に緯度と子午線が測定できて大海を往来できた。
 ゆえに、約280年間の邪馬台国学説は【誤読】の空論であったと断定すべきことになる。
 『魏志倭人伝』の各記事は分化していながら、すべてが相集まって〔天頂点のキャッチ〕の一点に統一されて【科学】が成立する仕組みになっている。
 ゆえに、〔天頂点のキャッチ〕の一点に論点を絞って考えれば邪馬台国学説が【誤読】という単純ミスを犯す空理空論であることが白日の下に晒(さら)される。

 当時、倭の使節しか大海を往来できなかった。
 邪馬台国学説のように、『魏志倭人伝』の「天の北極を注目すれば、卑弥呼王朝はじめ倭人たちは日本列島は東に伸びることに気づくはずであるから、南に伸びるという転回日本列島地理は著者・陳寿(ちんじゅ)の誤った観念によるもの」という考えは空理空論ということになる。
 倭において〔天の北極〕を基準とする天文地理学が栄えていたならば、倭の使節は大海を渡ることができなくなるので、『魏志倭人伝』がこの世に存在しなかったことになるからである。
 『魏志倭人伝』に記述される〔方位〕について書く記事は、すべて〔南に伸びる転回日本列島地理〕に統一されて一点の矛盾も生じない。
 だから、邪馬台国学説は真っ赤なウソである。

 〔南に伸びる転回日本列島地理〕は〔天頂点のキャッチ〕に統一される。
 
 『魏志倭人伝』が「その道理を計るに、当(まさ)に、会稽や東治の東に在るべし」と記述するように、日本列島の西端の沖ノ島を中国の北の地に合致させて、90度転回させれば、沖の島と同緯度(北緯34度15分)の日本列島の東端の神津島は中国の会稽(現在の紹興市)や東治(現在の福州市)がある南の方に位置することになる。
 そうすると、中国の冷たい気候区の北と西端の沖ノ島が合致し、中国の暖かい南と東端の亜熱帯地区の神津島の気候が合致する。このように中国の北冷・南暖と日本列島の西冷・東暖を合致させて、中国の北は日本列島の西となり、中国の南は日本列島の東となると立論されて〔転回日本列島地理〕は成立した。だから、『魏志倭人伝』に記述される〔転回日本列島地理〕は実在した地理論であったと考えるべきことになる。
 この〔転回日本列島地理〕は日本列島の西端と東端の同緯度測定から成立するものであるから、『魏志倭人伝』の幾つかの箇所に分けて書く〔方位〕を表示する記事は〔転回日本列島地理〕に統一され、さらに〔天頂点のキャッチ〕に統一されていっさいの矛盾が発生しない。したがって、歴史学では【科学】が最も優先されるものであるので、この【科学】の定義にもとづくと『魏志倭人伝』に記述される〔方位〕と〔転回日本列島地理〕はすべて史実を伝えるものであると断定すべきことになる。
 倭では〔天頂点をキャッチする眼力と技を研ぎ澄ます習慣〕が存続していたからこそ、卑弥呼王朝は中国の南のほうに日本列島は伸びると立論する〔転回日本列島地理〕が制定されることになったのである。
 倭では〔天頂点をキャッチする習慣〕が重視されるものであったから倭の使節は大海を往来できたために、魏との国交がなされることになったので『魏志倭人伝』が著述されることになったのである。
 邪馬台国学説の考え方では、魏と倭の国交を結ぶことが不可能であったので『魏志倭人伝』は著述することはできなかったことになる。
 このように『魏志倭人伝』という文献史料がこの世に存在することになる〔天頂点のキャッチ〕を注目すれば、小一時間で邪馬台国学説は正真正銘の【誤読】の空論であると断定できることになる。

 後に残る疑問は、『魏志倭人伝』は幾つかの箇所にて「倭には文字があった」と記述する、この問題である。
 この「倭にあった文字」の正体は「夏音文字」であるが、この〔わが国に夏音文字が伝来していた秘密〕も280年という長い年月をかけなくても証明できたはずである。
 わたくしは31年間費やして――【夏音文字】を研究して、約5000年前の五帝時代初頭の黄帝につかえた“漢字の始祖”の倉頡(そうきつ)は漢字作成原理〔鳥獣の文〕(あるいは〔鳥獣の足跡〕とも言う)を発明したことをつきとめた。また、『魏志倭人伝』が「倭には令亀(れいき)のごときの卜辞があった」と書く夏音文字の卜辞を刻む出土物が発見されない原因は、強大な権力と莫大な富を手に入れることができる強力な王朝基盤となる文字の秘密を反体制側が習得して革命に利用されるのを防(ふせ)ぐために倉頡が定めた掟を厳守して夏音文字を書いたならば必ず消されていたこともつきとめた。この倉頡が定めた掟のために、【夏音文字】は【銀河各部の形状】であったことも解明した。【夏音文字】が【銀河各部の形状】であったと証明しても、他に事例が無ければ世の人々は納得しないにちがいないと思ったので、【古代エジプト文字(ヒエログリフ)】もまた【銀河各部の形状】であることを解明した。この解明は、2011年12月16日~2012年2月3日までの43回におよぶ〔枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭は“世界の文字は銀河から作られた〕と題するシリーズをもって、インターネットのブログで公開した。したがって、現代使用される世界の文字の8割から9割のルーツとなる漢字と古代エジプト文字は、わが国の【夏音文字】によって【銀河各部の形状】であったことが科学的に証明される。ゆえに、【夏音文字】が【銀河各部の形状】であったということは特殊な事例ではなく、地球的な規模による普遍的事実である――ことが明らかとなった。

 さらに、“学者たちが280年間も初歩的な【誤読】という単純ミスの虜(とりこ)になるなんてことは信じられない”と言って多くの人々が反論するにちがいないと考えて、夏音文字がわが国に伝来していることを現在に伝える史跡と史料をさがすことにした。
 この結果、秋田県鹿角市に所在する国の特別史跡の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)、日本最古の国宝“縄文のビーナス”が出土した長野県茅野市の尖石(とがりいし)台地の遺跡群、北九州の宗像(むなかた)大社、熊野の本宮大社の旧社地・速玉大社・那智大社と神倉(かんくら)神社、静岡県浜松市北区細江町の1千万坪の大鳥の地上絵、京都市の竜安寺(りょうあんじ)の石庭、同市の鹿苑(ろくおん)寺・金閣寺の庭園、同市の桂離宮の庭園、同市の修学院離宮の庭園、彦根市の「夏音は習わず」と図化する3千万坪の大鳥の地上絵、そして1738年に本格的に復興した大嘗会(だいじょうえ)と天皇の王冠など、多数発見することができた。

 これらの史跡と史料は、『魏志倭人伝』の❶「倭には文字があった」、❷「倭王朝は日本列島が南に伸びると定める転回倭地理を制定した」が史実であったと証明できる確かな証拠となる。
 だから、わたくしが証明したように、歴史学の基礎知識とルールをそなえるならば『魏志倭人伝』の真実は30年もあれば解明できたことになる。
 280年も費やす必要はまったくなかった。
 280年も費やしても解明できなかった原因は歴史学の基礎知識とルールをまったく無視して【誤読】の虜になったからにほかならない。
 【誤読】を続けているかぎり、永久に『魏志倭人伝』の真実は解明できない。
 邪馬台国説は歴史学の基礎知識とルールをまったく無視して成立するものであるゆえ、邪馬台国説をとなえる学者たちは歴史学の素養をまったく有していないことになる。

 夏音文字の学芸の秘密を解明すると、『魏志倭人伝』末部に登場する「壱与(いよ)」(夏音名)の愛称は「伊耶那美命」であり、本名は「竹野比売(たかのひめ)」(第9代開化天皇の正妃)であることが明らかなる。
 伊耶那美命は13才で小国・日本の女王になり、日本国の国作りの柱を〔愛〕と定めた。そして、百余人の奴婢(ぬひ・18才ぐらいの青年と13才ぐらいの乙女)を殺して卑弥呼の墓に埋めた残虐な徇葬(じゅんそう)を憂える伊耶那美命は、247年ころに倭女王に就任した。伊耶那美命が没すると、天照大御神が伊耶那美命の遺言を無視して残虐な徇葬を決行した。
 この徇葬を憎悪する歴史は【銀河各部の形状】が【文字】となる【夏音文字】ならば精確に後世に伝えることができるので、わが国では【夏音文字】が1738年の大嘗会が本格的に復興されるまで保存された。
 この結果、【夏音文字】の史跡が幾つか作られ、確かな史料として大嘗会と天皇の王冠が存在することになり、『魏志倭人伝』は【夏音文字】研究にとって貴重な文献史料となった。
 1738年に本格的に復興した大嘗会と即位する天皇の頭上に高く差し上げる王冠は日本人の魂と命の根元が夏音文字と日本建国の〔愛〕の理念であると定めるものであり、そして大嘗会と天皇の王冠は夏音文字の学芸と日本建国の〔愛〕の理念を絶対に失ってはならないと警告する。

 
 このように日本人にとって欠くことができない最も重大な歴史が歴史学の基礎知識とルールをことごとく無視する学者たちの【誤読】によって排除され、今や日本民族は消滅へと向かう一途をたどることになった。
 邪馬台国説学者たちは間違いなく日本民族を虐殺するものであり、世界の人々の8割から9割の人々が使う文字の起源を解明できる夏音文字の歴史を抹殺する人類の共通の敵である。
 邪馬台国学者たちは福島原発よりも忌(いま)わしくい禍々(まがまが)しい、日本人にのしかかる災厄である。
 なぜならば、わたくしのような分際が邪馬台国説学者たちが【誤読】という単純ミスを犯したという事実をいくら摘発しつづけたが、現在までマスコミとジャーナリストは“彼らがそんな愚かな単純ミスを犯さない”と無視してまったく取り上げず、前年の7月30日に幻冬舎ルネッサンスから『邪馬台国説は日本を滅ぼす』を出版したが幾人かの人々には賛同されたが大反響にはならず、これが現在の日本の寒々しい状況だからである。
 だから、〔天頂点のキャッチ〕に論点を絞れば小一時間で邪馬台国学説が荒唐無稽(こうとうむけい)の妄想であることが証明でき、また〔天頂点のキャッチ〕によって日本古代史における最も重大な真実が明らかになることを発見しても、わたくしの力は微力すぎて及ばず、“学者たちが【誤読】なんて愚かな単純ミスを犯すはずがない”という思い込みの蔓延(まんえん)によって、この日本は病み死滅する日が間近にせまっていてもどうすることもできない。
 しかし、大嘗会・天皇の王冠を考えると、どうしてもこの理不尽をゆるすわけにはいかない。
 皇室はどうしても日本人民のために真実の歴史を表明しなければならなかった。ゆえに、大嘗会と天皇の王冠の意匠をもって「日本人にとって最も重大な魂と命の根元は夏音文字の学芸と日本建国の〔愛〕の理念であ」ると表示した。

 この日本人の魂と命の根元を抹殺する邪馬台国学説に危機感・憎悪感をまったく抱かない、現在の寒々しい状況は日本消滅を約束するものであると思えてならない。
 邪馬台国学者たちは日本人にとって最も大事な理想や命の根元を抹殺する犯罪を犯す者であるが、わたくしのような微力な者が怒ってもわめいてもどうしても力が及ばないので、この重大な犯罪を多くの日本人に知らせることができない。
 日本人が“学者たちが【誤読】なんて単純ミスを犯すはずがない”という思い込みから一日も早く目覚めることを、ただひたすら祈るのみである。
 

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