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2012年4月17日 (火)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・20

 前回〔19〕の末部で指摘したように、
 日本古代史学界は“文献批判”という名の【誤読】に支配されている。
 
1981年に88歳で没した早稲田大学教授の津田左右吉(そうきち)によって、『古事記』上巻と『日本書紀』神代紀に記述される「日本神話は虚構(作り物)ゆえに、歴史とは無関係である」と断定されるようになった。
 この津田教授が日本虚構説の根拠・理由は下記の二つである。
① 日本神話に登場する神々は、国民の欲求や理想を表示する国民的英雄は少しもいない。
② 『古事記』や『日本書紀』が完成した万葉時代は、天皇と国家の権力の強大化が求められたものゆえ、当然、日本神話は国威宣揚
(こくいせんよう)を意識した国家神話となった。
だから、日本神話は虚構であると断定できる。

① 『古事記』上巻・日本神話には主に8人の優れた女王や王や英雄が登場する。そのうち、❶伊耶那美命、❷伊耶那岐命、❸須佐之男命、❹大国主神、❺山幸彦(さまさちひこ)の火遠理命(ほおりのみこと)の5人は国民に慕われる国民的英雄であると明確に記述される。この5人に対して、❶天照大御神、❷天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)、❸海幸彦(うみさちひこ)の火照命(ほでりのみこと)の3人だけが国家権力を誇示する女王と王子である。
 このように、津田教授の「日本神話に登場する神々には国民的英雄は少しもいない」という“文献批判”は即座に【誤読】であると断定できる。
② 『古事記』は天皇と律令体制の“皇祖・天照大御神の歴史を偽作せよ”という欲求を拒絶して作られた反逆の史書である。編纂スタッフは「伊耶那美命の墓の築造を陣頭指揮した天照大御神」を「黄泉国の伊耶那美命」という名にすることを思い付き、『古事記』に「天照大御神は多数の18歳くらいの青年と13歳くらいの乙女たちを殺して伊耶那美命の陵墓に埋める残虐な徇葬(じゅんそう)を決行した」、また「天照大御神は『一日に、伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念を尊重する人民の首を絞(し)めて殺す』と呪(のろ)い誓った。そして、この呪いの誓いとおりに、伊耶那美命を尊敬する大国主神が治める出雲王朝と九州の宗像(むなかた)王朝を征服して服従させた」と史実を記載した。
 このように『古事記』は反逆の史書であったゆえ、日本神話虚構説の根拠・理由はまったく成立しない。
 だから、津田説はじめ日本神話虚構説を主張する学者たちの“文献批判”は誤読、誤訳、誤解、空論をごっちゃ混ぜにしてデッちあげた完全なる荒唐無稽(こうとうむけい)のデタラメということになる。
 

 日本古代史学界は【誤読】に支配される。だから、上記したようなきわめて簡単に察知できる日本神話虚構説が【誤読】の産物であることに学者たちはまったく気づかない。

 【誤読】の事例は日本神話だけでなく、『魏志』倭人伝に加える“文献批判”もまた同じく【誤読】である。

 『魏志』倭人伝は「倭には文字があった」と記述する。
 学者たちは【文字】や【漢字】とはいかなるものかまったく研究せずに、『魏志』倭人伝の「倭に文字があった」という記述は“信用できない。誤っている”と断定する。

 しかし、わが国の漢字研究家の第一人者とされる、先年に亡くなった故人の白川静博士は著書『字統』(平凡社)で下記のように指摘する。
 「古紐や古韻の研究は、西洋の言語学・音韻学がとり入れられ、殊にその音韻史研究によってえられた諸法則が、原理的にほぼ適用しうるという関係もあって、カールグレンがその方法を開いてから、急速な進展をみせている。そしてその結果、わが国の国語として残されている字音が、いま残されているもののなかで、最も古い時期のものであることが明らかになった。」
 白川静著『字統』は「5世紀後半とみられる稲荷山(いなりやま)古墳の鉄剣銘は、漢文形式の文中に、乎獲居(ヲワケ)・(中略)・弖已加利獲居(テヨカリワケ)云々」と引用例を挙げ、このような1字1音読みの字音が最も古い時期の字音であると指摘する。
 したがって、「卑弥呼」を〔ヒミコ〕と読む1字1音読みも、現存する最古の漢字音となる。

 千賀四郎編集『日本古代史の旅③ 邪馬台国』(小学館)は下記のごとく指摘する。
 「卑弥呼の文字を中国漢字の上古音で読めば〔ピミカ〕になる。また魏以前の中古音で読めば〔ピミクゥオ〕である。」
 このように、「卑弥呼」を〔ヒミコ〕と読む字音は、中国に残る最古の字音の魏以前の上古音〔ピミカ〕よりも古い。

 『魏志』倭人伝には「倭の占いの卜辞は令亀(れいき)の法のごとし」という記述がある。
 この記述は「倭の占いの卜辞は殷代(いんだい)の亀の甲羅に刻む甲骨文字の法のごとし」と意味する。
 中国の正史『新唐書(しんとうじょ)』日本伝は「702年に中国に派遣された日本国の遣唐使が『後稍(のちやや)夏音(かおん)を習う』と中国王朝に伝えた」と記述する。
 この10年後の712年に完成して元明天皇に献上された『古事記』の上巻には〔音〕という注が付く、現存する最古の字音である1字1音読みが多数残る。

 702年、中国では「卑弥呼」を〔ヒミコ〕と読む夏音文字の字音を失っていた。
 ゆえに、702年に日本国の遣唐使が述べた「後稍夏音を習う」の「夏音」はわが国に残っていた字音であったことになる。
 そうすると、わが国に残っていた「夏音」は「中国の殷代以前の夏代(紀元前2070年~同1600年)に伝来した夏音文字」であったことになる。
 ゆえに、『魏志』倭人伝の「倭の占いの卜辞は令亀の法のごとし」という卜辞に用いられていた文字もまた夏音文字であったことになる。
 これゆえ、702年の遣唐使が「後稍夏音を習う」と述べた言葉は「壬申の乱の、わが国では歴史書(『古事記』)を作成するために、上古史を記述する旧辞(『古事記』の原典)に用いられる夏音文字を稍々(少しだけ)習う(復興する)ことにした」と意味するものとなる。 

 中国において殷代以前の夏音文字は、発掘事例が極めて少ない10字(10種)も存在しない。
 だから、『魏志』倭人伝が①「倭に文字があった」と記述する文字が夏音文字であるならば、中国の事例からすると夏音文字は発掘されなくても、「倭には文字が無かった」と断定できないことになる。
 というよりも、夏音文字がなぜ発掘されないかという秘密は中国では解明できず、わが国ならば解明できる秘密である。

 今から約5000年前の五帝時代の黄帝につかえた“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)は【銀河各部の形状】を仰ぎ観て、万物の情(イメージ)に類似する多数の【文字】を作ることができる漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明した。
 「銀河」は「銀漢」ともいうので、「漢字」とは「銀漢から作られた字」の略称だったのである。この結果、「天に多数、文字がありき」となったので「天」は「天文」と称されることになった。
 夏音文字は【銀河各部の形状】を【文字】とした。
 だから、発掘事例が皆無でも、『魏志』倭人伝が「倭には令亀の法のごとき占いに使う卜辞(文字とことば)があった」という【文字】は【銀河各部の形状】で存在した。
 『古事記』の序は「『古事記』上巻の日本神話の原典となった、夏音文字で記述される文献の名は〔本辞〕、〔旧辞〕、〔先代の旧辞〕であった」と証言する。
 このように、夏音文字は占いに用いる卜辞であったので、夏音文字で上古史を記述した文献名は[辞]の字が付いたのである。

 銀漢から多数の文字を作成する方法〔鳥獣の足跡〕を発明した倉頡は、文字は最も強力な権力と莫大な富と最高の名誉を手に入れることができる王政基盤になることに気づき、反体制側が文字を習得して革命に利用したならば王朝は崩壊することになるにちがいないとおそれた。
 そこで、倉頡は反体制側が文字の知識を簡単に習得できないようにするために、〔文字を書いた後に用が済んだならば直ぐに文字を消さない者は死刑にする〕と定めて、王朝が文字を独占管理して厳重な機密とすることにした。
 「倉頡」の[倉]に[刅(そう)]を加える字は[創]となる。「漢字を銀河から〔つくる〕」の〔つくる〕は「創る」と記される。倉頡は“漢字の始祖”と定められたから「創世」「草創」「創始」の[創]は「始め」を意味することになった。[創]の右側の[刅]は「死刑にするときに用いる刀」である。つまり、[刅]は「用が済んだのに文字を消さなかった者を罰して死刑にする刀」である。だから、[刑]、[罰]という字には[刅]の字が配されることになった。

 夏音文字は倉頡が定めた掟を厳しく守る原初漢字であったゆえ、書いても直ぐに消された文字であった。
 だから、夏音文字は【銀河各部の形状】が【文字】となった。

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 このように、『魏志』倭人伝の「倭には文字があった」という記述は真実を伝えるものとなる。この【文字】は書いたならば直ぐに消される掟を厳重にまもるものであったため、【銀河各部の形状】が【文字】となったのである。
 五帝時代初頭の“刻木(こくぼく)”という名の文字、夏代の夏音文字、殷代前半の文字は、【銀河各部の形状】を【文字】とするものであったのである。
 この【銀河各部の形状】が【文字】であった証明は、最古の字音が失わずに残った日本の史跡で証明できる。
 しかし、夏音文字の字音を失った中国では証明できない。

 【夏音文字】が【銀河各部の形状】であったことは――❶秋田県鹿角(かづの)市に所在する国の特別史跡の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)の万座遺跡・野中堂遺跡、❷『魏志』倭人伝の作成年代と同時代の3世紀後半に作られた静岡県浜松市細江町の1千万坪の大鳥の地上絵(現在の細江町の行政区域の地図の形)、❸京都市に所在する枯山水の名園で有名な竜安寺(りょうあんじ)の石庭、❹1603年から20年後の1622年に完成した「夏音は習わず」と設計した彦根の3千万坪の羽の無い大鳥の地上絵(現在の滋賀県彦根市の行政区域の地図の形) ❹京都市に所在する小堀遠州が作った桂離宮の庭園――が伝える。
 この4つの史跡を学術調査すると、中国で解明できなくなった漢字の起源の全貌、倉頡が発明した漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕、原初漢字においては【銀河各部の形状】が【文字】であった秘密が、科学的に具体的に証明・解明できる。
 学者たちは〔鳥獣の足跡〕を“倉頡は鳥や獣の足跡からヒントを得て文字を発明した”と考えて、〔女性の子宮の側身形と胎児の形状〕から〔鳥獣の足跡〕と付けられた漢字作成原理の名称jであることを知らない。
 倉頡は〔女体の形に似る銀河における女性の子宮に相似する銀河部〕を〔漢字を生む母体と子宮〕に見立てて、銀河各部の形状を万物に相似するように図案すれば多数の文字を作成できる方法を考案した。
 この倉頡が発明した漢字作成方法〔鳥獣の足跡〕は上記の4つの史跡で明確になる。

 上記の4つの史跡で学術調査すると、現在の当用漢字でも『魏志』倭人伝の楷書でも『古事記』の万葉仮名でも、【すべての文字】の字源・本義は【銀河各部の形状】となることが証明される。
 「旧辞」に書かれていた夏音文字は殷代の甲骨文字のような象形文字であったにちがいない。『魏志』倭人伝と『古事記』上巻の夏音文字は楷書で表記される。
 しかし【漢字の原形】は【象形文字】ではなくて【銀河各部の形状】であった。

 だから、象形文字の夏音文字が発掘されたならば夏音文字が確かに存在したと証明されるが、象形文字の夏音文字が発掘されないゆえ夏音文字は存在しなかったと断定することはできない。
 夏音文字は【漢字の原形】の【銀河各部の形状】で存在したので、出土する象形文字の夏音文字の史料がまったく存在しなくても、夏音文字は【銀河各部の形状】で存在したとことになる。
 ゆえに、夏音文字は確かに存在したことになる。
 もちろん、この解明・証明に必要不可欠の貴重な文献史料は『魏志』倭人伝と『古事記』上巻となる。

 以上のごとく、『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に加える“文献批判”は正真正銘の【誤読】であったことになる。
 いいかえると、『魏志』倭人伝を“文献批判”する邪馬台国説は【誤読】で立論した妄想であり、『古事記』上巻に“文献批判”を加えて立論する日本神話虚構説は【誤読】でデッチあげたウソ八百であった。
 日本古代史学界は【誤読】で支配される根太がゆるんで腐った空理空想の楼閣であるといわざるをえない。

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