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2012年4月 8日 (日)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・18

 決して良い引用例ではないが、非常にわかりやすいので引用する。

――20年前のある日、ある町で殺人事件がおきた。導入されたばかりのDNA型鑑定で被害者の着衣に付着していた体液と容疑者Aの体掖が一致したので逮捕されたAは、犯人として刑を受けることになった。しかし、Aは無罪を主張して上告したが、ことごとく彼の言葉は無視され、最高裁で無期懲役の判決が確定した。
 ところが、20年後に、ガンを患ったBが死ぬ間際に自らの体掖を示す物的証拠と殺人に用いた証拠品と真犯人しか知り得ない犯罪の状況を記述する手紙を警察に送って亡くなった。
 このような場合、Bが真犯人で、Aは犯人ではないことは絶対的となる。
 というのも、20年前の過去の出来事(殺人事件)は、Bの証拠品と真犯人しか知り得ない犯罪の状況の記述によって絶対的事実となって証明されるからである。
 Aを犯人に仕立て上げたDNA型鑑定による容疑は警察と裁判所が抱いた妄想であり、誤りの根源であり、冤罪の原因である。
 いっぽう、Aが主張した過去の無罪を訴えるすべての言は真実であったことになる。

 この〔過去におきた出来事〕を〔歴史〕に見立て、また〔過去に記述された史書の証言(記述)〕をわが国の古代史学をリードした学者たちが“絶対に信じられない、この文献史料の記述は誤っている”と無視し、学者たちは放射性炭素測定を用いて〔過去に記述された史書の証言〕に反する意見こそが正しいと決定したと想定して、考えていただきたい。
 ところで、〔過去に記述された史書の証言〕の通りの、しかもその史書と同時代の史跡と史料が発見されたならば、学者たちの文献批判と放射性炭素測定の意見は【誤読】の空論であったことが決定的となる。
 〔過去に記述された史書の証言〕の通りの、その史書の同時代の史跡と史料が発見されたならば、この〔史書の証言を無視した意見〕がたとえ古代史学をリードした学者たちのものであっても、無関係で彼らの意見は虚偽であったことは絶対的となる――学者たちが誤っていたという事実は絶対にくつがえすことはできない。

 歴史学における絶対的事実は――現代の学者はじめ人々が信じられなかった過去の特殊な出来事を伝える証言(史書)が、その当時の確かな証拠とさらに時代が隔たる確かな史書の証言で正しいと証明されることである。
 このような証明は歴史学における最も理想的な証明となる。
 3世紀に著作された『魏志倭人伝』に記述された3世紀に制定されていた転回日本列島地理は、『古事記』上巻に記載された3世紀に生存した天照大御神・倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)の発言と3世紀に作られた静岡県浜松市北区細江町の行政区域を示す地図の形となった丁度1千万坪の大鳥の地上絵で確かに実在したものと立証される。だから、『魏志倭人伝』に記述された転回日本列島地理は絶対的事実となる。

 日本古代史学界をリードした学者たちは、『魏志倭人伝』の①「倭には文字があった」、②「日本列島は東に伸びずに南に伸びる」と2種類の重大な証言を【誤読】を用いて排除して無視した。
 
この①「倭には文字があった」と言う記述は「倭には今から約4000年前の夏代初頭(後期縄文時代初頭)に【銀河各部の形状】を【文字】とする原初漢字の夏音文字が伝来していた」と証言するものであり、②「日本列島は東に伸びずに南に伸びる」と言う記述は「卑弥呼王朝は〔東〕を〔南〕に転位する転回日本列島地理を制定していた」と証言するものであったのである。
 『古事記』上巻に卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理に関して天照大御神は述べた意見が記載され、この天照大御神の意見は卑弥呼が立論した転回日本列島地理を部分的に抓
(つま)みぐいした詭弁(きべん)であるとする反論意見を、3世紀に作成された細江町の1千万坪の大鳥の地上絵は卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理を詳しく具体的に表示する設計で残した。
 日本古代史学界をリードした学者たちが「絶対に信用できない」と無視した『魏志倭人伝』が証言する「〔東〕を〔南〕と定める転回方位」は[倭]の字源を示すものであった。だから、卑弥呼が統治する国の名は「倭国」となった。この[倭]の字源と、[倭]の字源を示す「転回日本列島地理」の立論事情の詳細は、3世紀の学芸における最高知識を修得した学識者のみが知っていた極めて特殊な文字知識と地理論である。

 学者たちが「絶対に信用できない」と断定した3世紀に制定された特殊な転回日本列倭地理についての立論説明が、『古事記』上巻に記載される卑弥呼が没後の3世紀後半に生存した遠江の豪族・建比良鳥命(たけひらとりのみこと)が作った1千万坪の大鳥の地上絵に、同時代に生存した天照大御神は転回日本列島地理論を利用する詭弁で須佐之男命を説伏(せっぷく)したが、“転回日本列島地理論はこれこれしかじかかくのごとくであり、天照大御神の意見は詭弁である”と大鳥の地上絵の重要基点(経緯度原点)とその南北に伸びる延長線上の地宜(ちぎ)にして残した。
 この天照大御神への反論は、3千万坪の彦根の大鳥の地上絵の中心部にも表示されて現存し、京都市の桂離宮の庭園の細江町の大鳥の地上絵に設計された庭園部にも表示され、この桂離宮の庭園の表示箇所は大嘗会(だいじょうえ)で天皇が即位するときに差し上げられる王冠の上の鳥の飾りの意匠となった。

 だから、何と言おうと邪馬台国学説と日本神話虚構説と5、6世紀に初めてわが国は漢字を習得したという定説は完璧なる【誤読】の空論だったのである。
 日本古代史学界をリードする学者たちは、文献の記述を忠実に正確に読解すると言う初歩的心構えをそなえていない、また幾つかの基礎知識が欠如した日本古代史に一言も意見を述べる資格を有していない無知無能の役立たずの、似非(えせ)学問を鼻にひっかける鼻もちならぬ徒(やから)であったのである。
 そのために、日本国が誕生する時に〔愛〕の理念が掲げられた、日本人にとって最も重大な歴史が闇に葬られた。
 ❶細江町の1千万坪の大鳥の地上絵、❷彦根市の3千万坪の大鳥の地上絵、❸京都市の桂離宮の庭園、❹大嘗会と天皇の王冠によって、日本古代史学界をリードする学者たちは【誤読】を駆使して国民を騙(だま)していたペテン師であったことが明らかとなる。

 われわれは日本国民にとっては日本建国の〔愛〕の理念と歴史の真実のほうがより大事であるから、日本古代史学界をリードした学者たちの無知がバレてが古代史学界が崩壊しようと知ったことではない。
 古代史学界を崩壊させないために、日本建国の〔愛〕の理念と真実の歴史は存在しないことにしてくれと、国民にねだってもそれは無理な相談である。
 きっちりとわれわれの国民に熨斗(のし)をつけて真実の歴史をかえし、【誤読】で騙していた誤り・失敗の責任の所在は明快にしていただきたいものである。

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