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2012年4月 6日 (金)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・17 

 『魏志倭人伝』は「倭には文字があった」と明記する。
 この文字は今から約4000年前にわが国に伝来した夏音(かおん)文字である。つまり、『魏志倭人伝』の人名・小国名に用いられる文字が夏音文字である。
 『古事記』上巻にも〔音〕という注が付く1字1音文字が多数記載され、この文字が夏音文字である。
 中国の正史『新唐書』日本伝は「702年に派遣された日本国の遣唐使が『後稍(のちやや)夏音を習う』と中国王朝に述べた」と記述する。この「後稍夏音を習う」は「壬申の乱の後、上古の歴史を書く『旧辞』に用いられる夏音文字を稍(少しだけ)復興することにした」と意味した。だから、原典『旧辞』に用いられる夏音文字をそのまますべてを使用せずに、『古事記』上巻の所々に夏音文字が記載された。したがって、『古事記』上巻に記載される〔音〕という注が付く1字1音読みの夏音文字は日本国の遣唐使が証言した「後稍夏音を習う」という、少しだけ習う(復興する)夏音文字であったことになる。

 だから、わが国には4000年前に原初漢字・夏音文字が伝来していた。
 この夏音文字の歴史は【誤読】の産物である邪馬台国学説に抹殺された。
 この夏音文字が伝来したと証明できる史跡・史料は大量に残っている。
 というのも、日本文化の本質・根元は夏音文字の学芸であり、夏音文字の学芸で日本国はこの地球上に存在することになったからである。
 したがって、【誤読】の邪馬台国学説は日本民族を虐殺するおぞましい呪詛(のろい)である。
 だから、【誤読】を振り回してウソ八百の暴言を続けて日本滅亡に奔走・躍起になる邪馬台国説学者たちの横暴と厚顔無恥は絶対に許されるべきことではない。
 彼らは歴史学の基礎知識を有していない無知無能なヤカラである。これゆえ彼らは邪馬台国説が完全なる【誤読】の産物であることにまったく気づかない。

 夏音文字は『魏志倭人伝』にも『古事記』上巻にも、本来の字形である象形文字で記載されず、後世に作られた楷書で記載された。
 この〔楷書で表記される夏音文字〕でも、夏音文字は実際に存在したことになる。
 というのも、学者たちは【文字】の定義が根本的に誤っているからである。
 【文字】を正しく定義するには、世界各地の古代王国が星座を定めて名前を付けたのに対して、星座よりも一段と明確な【銀河各部の形状】になにゆえ名前をつけなかったのか、この秘密を解明しなければならない。
 世界中を探しても、【銀河各部の形状】には名前が無い。
 世界中探しても【銀河各部の形状】に名前が無い、この秘密の解明が【文字】の正しい定義となる。

 『魏志倭人伝』に「倭には文字があった」と記述される、この夏音文字を記す遺物は出土されていない。
 しかし、『魏志倭人伝』は「倭の占いに用いられる辞(文字と言葉)は令亀(れいき)の法のごとくである」と記述する。
 この「令亀の法のごとく」は「今から約3300年前の殷代(いんだい)の亀の甲羅に刻んだ甲骨文字の卜辞の文字・言葉のごとくであった」と意味する。
 この「令亀の法のごとくの卜辞」に用いられた文字が夏音文字であった。
 これゆえ、『古事記』序は夏音文字で書く歴史書の名は「本辞」、「旧辞」、「先代の旧辞」など、[辞]が付く名であったと記載する。
 ゆえに、夏音文字の確かにわが国に伝来して存在した。
 しかし、夏音文字が出土した事例は無い。おそらく夏音文字は銅鐸の身(胴)に彫られる絵画に相似する象形文字だったにちがいない。
 中国でも夏音文字(夏王朝に使われていた文字)は5種(5字)ぐらいしか出土していない。
 というのも、夏音文字は殷代の甲骨文字より以前の原初漢字だからである。

 “漢字の始祖”は倉頡(そうきつ)である。倉頡は【銀河】から万物の情(イメージ)に類似するように【文字】を作る漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明した。
 この倉頡の発明によって多数作ることができるようになった【文字】は強大な権力と莫大な富と最高の名誉を手に入れる最も強力な王政基盤となった。このため、【銀河各部の形状】が【文字】である学芸知識を反体制側が習得して革命に利用されると王朝が滅亡することに、倉頡は気づいた。そこで、倉頡は【銀河】から作る【文字】の学芸知識を王朝が独占管理して厳重な機密とする掟を定めた。
 つまり、倉頡は「文字を書いた後、用が済んだならば直ぐに文字を消さない者は死刑にする」という刑罰を定めた。この倉頡が定めた掟を伝えて「死刑」の[刑]、[罰]の字には[刅]の字が配され、また「倉頡」の[倉]に[刅]を加える[創]の字が作られた。この[刅]の字は「用が住んだならば直ぐに文字を消さなかった者を死刑にする刀」をあらわした。[創]の字は「倉頡が発明した漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕にもとづいて【銀河各部の形状】から創った【文字】の秘密を暴露した者を死刑にする刀」をあらわすものであった。
 【文字】が作られた【銀河】は【銀漢】とも称する。「銀漢から創られた字」を略して「漢字」と呼ばれることになった。これゆえ、「天に多数の文字ありき」となったので略して「天文」と称されることになった。

 倉頡の掟を必ず守って、夏音文字は書いた文字を容易に消すことができる柔らかい地面や灰の上に文字を書き、必ず消されていた文字であったのである。
 ということは、〔書いた文字〕として残る文字ではなかったので、【夏音文字】は【銀河各部の形状】として実在する文字となった。
 だから、中国でも夏音文字の出土例は“まったく無い”と言ってもよいほどに5字ぐらいしか発見されていないことになった。
 そして、わが国でも夏音文字が発掘される事例が皆無となった。
 
 卑弥呼時代の王、氏族の長、巫女、神官などの学識者たちは、「天文」と「漢字」という語から、【銀河各部の形状】が【文字】(夏音文字)であることを知っていた。

 中国の漢字に限らず、古代エジプトの【文字(ヒエログリフ)】も【銀河各部の形状】であった。古代エジプトでは神々が誕生する神話を作り、この神話で【ヒエログリフ】が【銀河】から作られたことを説明した。ゆえに、「文字」を「神の言葉(メドゥウ・ネチェル)」という暗号で呼び、王と神官と書記は〔銀河から文字が作られた学芸〕つまり〔神の言葉・メドゥウ・ネチェル〕を王政基盤とした。また、中国の古代王朝と同様に、古代エジプト王朝も【ヒエログリフ】が【銀河】から作られた学芸を独占管理して、反体制側が習得して革命に利用されて王朝が滅亡しないように厳重な機密とした。
 また、古代エジプト王朝でも中国の古代王朝でも――〔銀河から作られた文字の学芸〕を習得した人物が古い王朝を滅亡して新王朝を樹立し、〔銀河から創られた文字の学芸〕を政権基盤にし、この〔銀河から作られた文字の学芸〕を旧王朝と同じく独占管理して厳重な機密にして新王朝が滅亡しないようにした歴史が幾度なく繰り返された。

 この〔銀河から作られた文字の学芸〕を習得した人物が古い王朝を倒して新王朝を創設し、〔銀河から作られた文字の学芸〕を旧王政と同じく独占管理して厳重な機密にして新王朝が滅びないようにした歴史は、わが国でも繰り返された。
 卑弥呼によって倭国が樹立され〔銀河から作られた夏音文字の学芸〕が卑弥呼王朝の政権基盤となり、後に天照大御神が夏音文字の学芸を王朝基盤して大和王朝の基礎を築いた。その後、奈良王朝から平安王朝、そして武家政権が樹立されて夏音文字の学芸を保存する鎌倉政府が創設され、次の室町幕府に夏音文字の学芸の保存が継続され、戦国時代を経て夏音文字の学芸の復興を志した織田信長が天下統一する寸前で没し、関ヶ原の合戦後に夏音文字の学芸の復興を念願とする徳川家康が江戸幕府を創設した。
 この近世の江戸幕府の政権基盤も〔銀河から作られた夏音文字の学芸〕であった。

 だから、家康は関ヶ原合戦後、遠江の引佐町井伊谷で夏音文字の学芸の全貌を保存する1千万坪の大鳥の地上絵(現在の静岡県浜松市細江町の行政区域を示す地図の形)を守る井伊氏を譜代大名筆頭の地位につけ、この井伊氏に近江佐和山城に入るように命じ、近隣の7ヵ国12大名に動員を命じて助勢させ、夏音文字の学芸を復興させるための「夏音は習わず」と図化する3千万坪の羽の無い大鳥の地上絵の作成を井伊氏に命令したのである。この大鳥の地上絵の作成は1603年から着工し、1622年に完成した。この「夏音は習わず」という大鳥の地上絵は、現在の彦根市の行政区域をあらわす地図の形である。
 1608年、家康は当時の天才芸術家にして科学の才能にめぐまれた駿府城作事奉行の30才の小堀正一に、井伊氏が守っていた夏音文字の学芸を保存する遠州・細江町の大鳥の地上絵を研究するように命じた。これゆえ、以後、小堀正一は「遠州」と号した。
 1616年に家康は没したので、家康は彦根の3千万坪の地上絵の完成を見ていない。
 家康は夏音文字の学芸の復興を皇室に承諾させることに全情熱を傾けた。ところが、夏音文字の学芸を復興すると【銀河各部の形状】が【文字】であることが明らかになり、【銀河】を観れば『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話に記述された皇祖・天照大御神が多数の青年と乙女を殺して伊耶那美命の墓に埋めた残忍非道な徇葬(じゅんそう)を決行した歴史が白日のもとに晒(さら)される。また、その時に天照大御神が「伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念を尊重する人々を一日に千人ずつの首を絞め殺す」と誓った呪詛(のろい)を実行して、伊耶那美命を崇拝した大国主神が治めた出雲王朝と天菩比命(あめのほひのみこと)が治めた北九州の宗像(むなかた)王朝を征討して、伊耶那美命を敬愛した人民を弾圧した横暴な歴史が暴露されることになる。ゆえに、このような歴史が明らかになれば皇室が国民に憎悪されて滅亡するにちがいないと考えた後水尾(ごみずのお)天皇は、家康が復興せんとする欲求を拒絶した。
 夏音文字の学芸の復興は家康の遺志となり、歴代将軍と幕府が実現させなければならない宿題となった。
 1622年、家康が皇室に向けて「夏音は習わず」すなわち「夏音文字の学芸は未だ復興せず」と告げる、現在の彦根市の行政区域の地図の形となる大鳥の地上絵が完成した。この1622年、小堀遠州は近江奉行に命じられて、彦根の大鳥の地上絵を見学し、この大鳥の地上絵にそそがれた夏音文字の学芸知識について学習した。
 翌1623年、京都の伏見奉行を命じられた小堀遠州は没するまで伏見奉行をつとめて、将軍と江戸幕府が達成する宿題となった家康の遺志を成就させる夏音文字の学芸を復興するための、桂離宮の庭園作りに情熱を傾けた。
 このように、夏音文字の学芸は静岡県浜松市北区の細江町の行政区域の地図の形となる1千万坪の大鳥の地上絵、「夏音は習わず」と図化された彦根市の行政区域の地図の形となる羽の無い3千万坪の大鳥の地上絵、桂離宮の庭園、そして禅宗臨済宗の妙心寺派の禅僧たちが夏音文字の学芸を学ぶ道場となった枯山水の名園で有名な竜安寺の石庭などに保存されて現存する。

 わが国では近世まで〔銀河から作られた文字の学芸〕を政権基盤とする王政が存続された。
 徳川幕府は【銀河各部の形状】が【文字】となる夏音文字の学芸を政権基盤とした。だから、3世紀に作られた遠州細江町の大鳥の地上絵をまもって保存した井伊氏を譜代大名の筆頭の地位につかせ、この大鳥の地上絵を小堀遠州に研究させ、井伊藩を中心にして3千万坪の「夏音は習わず」という3千万坪の大鳥の地上絵が作成され、家康の没後には将軍と幕府は小堀遠州が桂離宮の庭園作りを命じて皇室に夏音文字の学芸の復興を欲求したのである。
 このように【銀河各部の形状】が【文字】であった事実を明確に伝える史跡が細江町と彦根市の行政区域として残り、桂離宮の庭園と竜安寺の庭園となって現存するが、『魏志倭人伝』を【誤読】する邪馬台国学説によって闇に葬られた。

 古代においては【銀河各部の形状】が【文字】であったことは王政の政権基盤となる最高機密であった。
 地球規模で単一的に起こった【銀河各部の形状】を【文字】とする発明は最も強力な王政基盤となり、旧王朝が滅亡して新王朝が樹立されても【文字】の学芸は厳重な機密とされて継承され、【銀河各部の形状】が【文字】である秘密は遂に白日のもとに晒されなかった。
 このように、【銀河各部の形状】は古代王朝の最も強力な権力基盤の【文字】であったために、世界中探しても【銀河各部の形状】には名称が存在しないことになった。
 だから、【文字】は【銀河各部の形状】であったことになる。
 世界中一様に【銀河各部の形状】に名称が付けられなかった。
 ゆえに、【文字】は【銀河各部の形状】と定義しなければならなかったことだったのである。
 
 現代の学者はじめとする現代人は「文字は言葉をあらわす記号」と断定する。また、【文字】と【銀河各部の形状】は同義であると考えようとしない。しかし、この定義は根本的に誤っていたのである。
 わが国では江戸時代まで【銀河各部の形状】イコール【文字】であったからである。
 わたくしがインターネットのブログで開示したように、古代エジプトの【文字・ヒエログリフ】も【銀河各部の形状】であり、ABCアルフェベットのルーツとされるワディ・エル・ホル碑文の【文字】も【銀河各部の形状】であった。原シナイ文字もフェニキア文字も【銀河各部の形状】であった。
 つまり、現代の世界中に使用されている、漢字はじめヨーロッパ文字・ペルシヤ文字・アラビア文字・ヘブライ文字・アムハラ文字は【銀河各部の形状】であった。
 だから、【文字】は【銀河各部の形状】と定義しなければならなかったのである。

 
 『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に記載される夏音文字は楷書で表記される。しかし、夏音文字と同じく、古代エジプト文字・ヒエログリフ、ワディ・エル・ホル文字、原シナイ文字、フェニキア文字、さらに現代のヨーロッパ文字、ペルシア文字、アラビア文字、ヘブライ文字、アムハラ文字も【銀河】から作られたものであったゆえ、夏音文字・甲骨文字・金文・篆文・隷書・楷書そしてヒエログリフなど様々な字形の相違によって【銀河各部の形状】が【文字】で非ずという意見は人類史的に成立せず、【文字】は【銀河各部の形状】と定義されなければならなかったのである。
 「文字はことばをあらわす記号」という定義はあくまで現代の文字の状況によるものであって、人類史的には錯覚であり、【文字】は【銀河各部の形状】であった。
 このように世界中の【文字】が【銀河各部の形状】では非ずという意見は人類史的に成立しないことが、わが国の夏音文字の研究によって科学的に明確に立証されることになる。
 ゆえに、『魏志』倭人伝の「倭に夏音文字があった」という証言を一大妄想の【誤読】で抹殺する邪馬台国学者たちは人類共通の敵となる。
 もしも彼らが歴史を研究するにあたって、真っ先に「歴史」の語源を知り、文献はまず【誤読】(文献批判)をいっさい加えずに正確に忠実に読解する方法こそが原理原則であることは当たり前であると心がけ、歴史学は【科学】を最も優先する学術であると定め、【文字】は何たるかを考えずに『魏志』倭人伝の「倭には文字があった」という記述を絶対に否定してはならないと――このような初歩的知識と初歩的心がけを有していたならば、「漢字」と「天文」という語や夏音文字の学芸を保存する数々の史跡や史料から、【文字】は【銀河各部の形状】であることが簡単に解明できた。
 邪馬台国説学者たちは初歩的知識も初歩的心がけの一切合財を欠如したニセ学者たちである。
 彼らは【誤読】を振り回して日本民族を滅亡させ、人類の偉大な発明【文字】の起源を闇に葬るペテン師である。
 『魏志倭人伝』に不必要な【誤読】を加えなければ、【銀河各部の形状】が【文字】であることは容易に解明できた。邪馬台国説学者たちが歴史学の初歩的知識と初歩的心がけを欠如するものであったために、簡単明瞭に科学的に解明できた真実が未解明になってしまった。さらにえらい迷惑なことに、始めからウソ八百であっただけでなく邪馬台国説は日本民族を虐殺するおぞましい呪詛となった。
 だから、われわれ日本人には【誤読】を振り回す邪馬台国学者たちを軽蔑し憎悪する権利がある。

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