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2012年6月 6日 (水)

邪馬台国学説は日本民族を虐殺する。しかも人類共通の敵である・27

 前回〔26〕で指摘したとおり、現在の日本古代史学は〔先入観〕と〔傲慢(ごうまん)な単純化〕を駆使(くし)して日本人にとって最も重大な真実の歴史を排除(はいじょ)するまやかし・誤魔化(ごまか)しの学術です。
 特に、森浩一、石井謙治、石野博信、潮見浩、大谷光男、小田富士雄などの面々が君臨(くんりん)する考古学は「学問」とは言えません。彼らは自称“学者”であって、ほんとうは似非(えせ)学者たちです。
 彼らは日本人にとって最も大事な歴史を闇に葬りました。
 彼らが似非学者であることは、下記の3つの史跡によって明確に証明されます。
 この3つの史跡によって彼らが「歴史」の「レ」の字も知らない、「学問」の「ガ」の字も知らない、「文字」の「モ」の字も知らない、日本古代史学において当然有していなければならない基礎知識を彼らはまったく有していないことが明白となります。
 彼らは日本の考古学を〔先入観〕すなわち【主観】と〔傲慢な単純化〕つまり【非科学】に支配される堕落(だらく)した学問にしてしまいました。
 彼らは日本人にとって最も重大な歴史を奪ってウソ・偽りの歴史を日本人に押し付けて考古学界に君臨していますが、ほんとうの考古学は【客観】と【科学】にもとづく彼らの考古学と異なる別物でなければなりません。
 彼らの考古学は日本人にとって役立たずの誤読の空理空論・妄想(もうそう)であることは、下記の3つの史跡によって簡単に見破ることができます。

❶『魏志倭人伝』と同時代の3世紀後半に作られた静岡県浜松市北区細江町の1千万坪の大鳥の地上絵=建比良鳥(たけひらとり)の地上絵
❷徳川家康の命令のもとに彦根藩が中心となって近隣7ヵ国12大名を助勢させて1603年に着工して1622年に完成した滋賀県彦根市の3千万坪の大鳥の地上絵
 なお、彦根藩主の井伊氏は❶の建比良鳥の地上絵を3世紀後半から17世紀初頭まで1300年間余保存に努力した守り番であり、その北隣の浜松市北区引佐町の井伊谷(いいのや)に居住した
❸家康の遺志を継いだ将軍秀忠と幕府が小堀遠州に命じて1623年から1645年までに作られた桂離宮の庭園
 なお、小堀遠州は30歳になった1608年、家康から❶の建比良鳥の地上絵の研究を命じられ、桂離宮の庭園は❶の建比良鳥の地上絵の研究成果を中心にして作った

 この3つの史跡は、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻の両史書に記述された下記に列記する3つの証言を、後世の人々が「絶対に正しいにちがいない」と確信できるように、直(じか)に目で真実の歴史を目撃できるように設計してあります。

 『魏志倭人伝』と『古事記』上巻には、下記の3つの事柄が記述されています。
➀ 日本国は〔愛〕の理念を掲げて建国された
➁ 『魏志倭人伝』の卑弥呼はじめ小国名に用いられる文字は、今から約4050年前の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)、中国からわが国に伝来した夏音(かおん)文字である。『古事記』序は上巻の随所に記載される〔音〕という注が付く1字1音読みの文字が夏音文字であり、この夏音文字は【すべての文字】が【銀河各部の形状】であると解説する。したがって、現在の学者たちの“文字はことばをあらわす記号である”という通念は『古事記』序を〔先入観〕と〔傲慢な単純化〕を用いて誤読・誤訳した純然たる錯覚・思い込みであり、【すべての文字】は【銀河各部の形状】であったことになる。また、夏音文字の学芸は精密な天頂緯度測定を基軸にして構築された
➂ 卑弥呼王朝は夏音文字の学芸が最も重視する精密な天頂緯度測定を基(もと)に日本列島は〔東〕に伸びずに〔南〕に伸びると転回日本列島地理を制定した。原始以来人々は精密に天頂緯度を測定して天(天頂点の神)に命を委(ゆだ)ねて生存し生活した。
 卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理は〔日々眼力を鍛錬して、人が天(天頂点)に命を委ねて生きる習慣〕すなわち〔精密な天頂緯度の習慣〕から生まれた[人]・[委]・[倭]・[魏]の字源・本義を示した。
 これゆえ、卑弥呼が統治した国の正式名は「倭人国」、略称が「倭国」となった。
 『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の誓約末部に「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのにみこと)が登場する。この遠江国造の先祖の建比良鳥命をふくめた計7人の建比良鳥命と宗像(むなかた)の三女神に奉仕した天菩比命(あめのほひのみこと)についての記述は、卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理が歴史上の事実であったと証言するものである。

 上記の❶の建比良鳥の地上絵は上記➂に記載した遠江国造の先祖の建比良鳥命によって作成されました。
 上記の➀➁➂の歴史証言が『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に記述されていることをほとんどの日本人は知りません。 
 それというのも歴史学者たちが『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に記述して証言された上記の3つの真実の証言を〔先入観〕と〔傲慢な単純化〕を駆使してく闇に葬ってしまったからです。
 『古事記』上巻の作成目的は〔伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念を後世に伝えること〕でした。ゆえに、『古事記』上巻は全体を通して日本建国の〔愛〕の理念を説明するものとなります。
 日本建国の〔愛〕の理念を提唱した伊耶那美命は『魏志倭人伝』末部に登場する13歳で小国・日本の女王となり、247年ころに倭女王となった壱与(いよ)です。
 「壱与」は夏音名です。「伊耶那美命」は愛称です。壱与・伊耶那美命は『古事記』中巻に記載される伊耶河宮(いざかわのみや)に居住して天下を治めた開化天皇(伊耶那岐命)の正妃の「竹野比売(たかのひめ)」です。

 二十巻からなる『万葉集』は伊耶那美命・壱与・竹野比売が提唱した日本建国の〔愛〕の理念を後世に永遠に伝えるつまり「万歳(まんさい)に窮(きわ)みなく、千葉(せんよう)に相伝(あいつた)える」ために作成されました。
 日本最初の小説『竹取物語』は本名・竹野比売にして愛称・伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念をテーマとします。
 『古事記』上巻は伊耶那美命は「農具の鉄製の刃先を作る製鉄事業の火之迦具土神(ひのかぐちのかみ)の火災事故の火傷で病に臥(ふ)して、天の香久山(かぐやま)の付近で死去した」と記述します。ゆえに、『竹取物語』のヒロインは竹野比売をモデルとするものですので「竹の筒から生まれるなよ竹のかぐや姫」ということになり、その「かぐや姫」の「かぐ」は「火之迦具土神」の「迦具」と「天の香久山」の「香久」を拝借したものです。
 『竹取物語』のテーマは「愛」であることは多くの学者が指摘し、また読んでくだされば事実であると実感することができます。
 つまり、『竹取物語』は『古事記』上巻と『万葉集』とともに日本建国の〔愛〕の理念を万歳に窮みなく、千葉に伝えるために複数の人々が参加して自然発生的に生まれた日本民族の理念をあらわす日本最初の小説であったのです。日本の有名な作家には『竹取物語』は『源氏物語』よりも質が劣るお伽話(おとぎばなし)であると指摘する人物がいます。しかし、源頼朝・足利尊氏・織田信長・徳川家康そして井伊家の人々や小堀遠州はじめ多くの人々に強い影響を与えて彼らの生きる目標となった、テーマの日本建国の〔愛〕の理念は武士が実現しなければならない理想・理念を示した点において、『源氏物語』よりも優って日本古代史においては多大な精神的影響を及ぼした重大な小説だったのです。
 上記の❷彦根の3千万津坪の地上絵と❸桂離宮の庭園は『古事記』、『万葉集』、『竹取物語』のテーマ・日本建国の〔愛〕の理念が後世に永久に伝承されることを願って作成された史跡です。

 現在の日本古代史学は〔先入観〕と〔傲慢な単純〕に支配される、日本人にとってまったく役立たずのまやかし・誤魔化しの学問です。
 上記の3つの史跡によって、現在の日本古代史学は日本人にとって最も大事な歴史を誤読の空論で凌辱(りょうじょく)する偽りの学問であることが明白となります。
 1738年、上記の3つの事柄は真実の歴史であると表明するために、霊元(れいげん)上皇は本格的に大嘗会(だいじょうえ)を復興しました。
 ゆえに、皇室最大の神事の大嘗会は学者たちの『魏志倭人伝』と『古事記』の解釈は誤読の産物であると明確に表明することになります。
 大嘗会において、即位する天皇の頭上高く差し上げられる王冠・菅蓋(かんがい)〕の上の飾りは上記の➁夏音文字の学芸と➂転回日本列島地理は真実の歴史であると表現する❶の建比良鳥の地上絵を造形するものであり、下の飾りの菅笠(すげかさ)は➀日本建国の〔愛〕の理念を表現するものです。

 大嘗会と天皇の王冠は、原始以来日本人の体に吹きつらぬく命のみなもとが精密な天頂緯度測定であったと明確に示すものであり、また日本人の魂と心の根元をあらわすものであり、日本人のアイデンティティを示すとともに決して失ってはならないと警告するものであり、日本人と皇室と日本国家の理想と尊厳を高々と指し示すものです。
 したがって、日本古代史学は大嘗会を侮辱し、天皇の王冠を足蹴にして踏みつぶして凌辱するものということになります。
 また、日本人を虚仮(こけ)にしてウソ偽りの学術に服従せよと求めるものということになります。

 1世紀初頭に成立した字書の聖典『説文解字』は【字源・字義】は【銀河各部の形状】であると示すものであり、その序で「けだし文字は経芸の本、王政の始め、前人のもって後人に垂れるところ、後人のもって古(いにしえ)を識(し)るなり」と説きます。
 ですから、『説文解字』は「古(いにしえ)すなわち歴史は【字源・字義】となる【銀河各部の形状】によって識ることができる」と指摘していることになります。
 歴史学者ならば[歴][史]の字源・本義を知って「歴史」の語源を解明し、“学者”と名乗り“学問”という語を口に出すならば[学]の字源・本義の知識を有するのが当然であり、『魏志倭人伝』がいくつかの記事で「倭には文字があった」という証言を否定するならば[文][字]の字源・本義を調べるのが当たり前のこととなります。しかし、彼らはそのような学識をまったくそなえていません。
 いっぽう、3つの史跡は上記に示す日本古代史学研究において不可欠となる基礎知識を基にして作成されており、また大嘗会と天皇の王冠もその基礎知識をデザインするものです。
 日本古代史学の基礎知識を有していない古代史学者たちは「倭に文字があった」と「日本列島は東に伸びずに南に伸びる」と証言する“『魏志倭人伝』幾つかの記事は絶対に信用できない”と何にも考えようとせずただ従来の伝統にもとづいて機械的に否定しますが、そんな怠慢がゆるされるなんてことがこの世の中には最初から絶対にありえないことだったのです。

  “そうは問屋がおろさなかった”のです。
 彼らのウソ八百がまかりとおらない史跡を先人たちは作り、皇室は大嘗会と天皇の王冠で邪馬台国説と日本神話虚構説は真っ赤なウソであると明確に表示することにしたのです。
 誤読の産物である邪馬台国説と日本神話虚構説は、法律的には犯罪ではないかもしれません。
 しかし、道徳的な視点に立てば彼らは日本民族の尊厳を凌辱する大罪を犯していることになりましょう。
 福島原発の影響で売れない福島産の牛肉を鹿児島産というレッテルをつけて捕まった人よりも、10億円の詐欺をはたらいた犯罪者よりも、邪馬台国説と日本神話虚構説を「学問」という名のもとにデッチあげた人々のほうが人道的には悪質な大罪と言えるのではないでしょうか。
 邪馬台国説と日本神話虚構説は誤読・誤訳の産物であることは否定できない事実です。
 上記の3つの史跡は“邪馬台国説と日本神話虚構説が誤読・誤訳の産物であることは絶対に間違いないことである”と、後世の人々が目で見て確認・確信できるように作られて現存するからです。

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