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2013年1月30日 (水)

信長と家康の熱き魂の証言“よみがえれ 日本国誕生史”・11

邪馬台国説の九州説・同近畿説と日本神話虚構説はじめとする日本神話学説が〔誤読〕の空理空論であることを科学的に直接的に証明できる。

学者はじめ研究者やジャーナリストたちは邪馬台国説と『古事記』上巻・『日本書紀』神代紀の日本神話に関する学説が完全なる〔誤読〕の空論であることにまったく気づいていない。

この二つの〔誤読〕の空論は日本人の命の根元を抹殺し、真実の歴史を後世に伝えた先人たちの熱き魂と努力を無にするものであり、さらに人類共通の敵である。というのも、この二つの〔誤読〕の空論による偽りの歴史を押しつけられると、日本国民は日本人として誠実に生きることができず、真実の歴史を知らず、真理にそむき、アイデンティティを確立できず、人類最高の発明である文字が起源した秘密を世界で唯一科学的に直接的に解明できる史書(『魏志倭人伝』と『古事記』序と上巻)の貴重な証言・証拠といくつかの史跡が闇に葬られてしまうことになるからである。
 ゆえに、このような空論を放置するとやがて日本国が滅び、日本人が滅び、人類共通の重大な歴史が失われるという、とんでもない結果になる。

古代史学者たちは、歴史学における初歩的な原則をまったく考えない。

初歩的な原則について考えれば、邪馬台国説と日本神話学説が〔誤読〕の空論であることが直ぐに気づく。

学者たちは、下記の〔歴史学における初歩的な原則〕を無視し、〔誤読〕を駆使して、日本人が絶対に失ってはいけない・決して無くしてはならない歴史すなわち〔愛〕の理念が掲げられた日本誕生史の真実を排除した。

この学者たちの〔誤読〕で真実の歴史を葬る行為は断じて許すことができない。彼らの行為は日本国と日本民族を虐殺する暴力であり、また人類にとってもゆるしがたい暴力である。

学者たちの〔誤読〕で日本建国の〔愛〕の理念を抹殺する邪馬台国説と日本神話学説は、福島原発よりもさらに悪質な日本民族を消滅させる放射能ということになる。

邪馬台国説と日本神話学説を立論する学者たちが無視する〔初歩的な3つの原則〕は下記のごとくである。

① 文献史料を読解するときには、批判・先入観・常識を排除して、真っ先に文献史料を忠実に読むことが歴史学の原則である。この原則にしたがわないと〔誤読〕となる。

② この世に実際に起きた事実であることが成立しない意見は、荒唐無稽(こうとうむけい)な妄想である。

③ 証言(文献史料の記述)と証拠(史跡・遺跡・遺物)が一致してこそ、過去に起こった歴史が証明される。したがって、わが国の古代史学界を支配する――邪馬台国説と日本神話学説が主張するように、〔文献批判〕を加えた意見と史跡・遺跡・遺物が合致した場合も歴史が証明された――という意見は偽りの歴史の証明であり歴史の捏造(ねつぞう)と断定すべきことになる。というのも、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻は〔文献批判〕を加えなければ「科学」が成立するように作られているからである。

邪馬台国説と日本神話学説は上記の3つの初歩的な原則と「科学」の定義を徹底的に無視する〔誤読〕の空論である。

①の初歩的な原則は、説明しなくても理解できるにちがいない。

邪馬台国九州説と同近畿説と日本神話学説は、②の初歩的な原則を無視する空理空論である。

この両学説の史料となる『魏志倭人伝』と『古事記』上巻(日本神話)には、今から約4050年前の中国の夏代初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に、中国からわが国に伝来した原初漢字の夏音(かおん)文字が多数記載される。

この夏音文字の学芸は〔精密な天頂緯度測定〕を基軸にして組織される。

この〔精密な天頂緯度測定〕が『魏志倭人伝』と『古事記』上巻の骨格となり、両書の全体は「科学」の定義が成立するものとなる。

この〔精密な天頂緯度測定〕の一点に絞って考えると、邪馬台国九州説と同近畿説が主張するとおりの状況はこの世に絶対に事実として成立しないことになる。

『魏志倭人伝』は「魏と魏の出張機関がある帯方郡の使節は大海を渡れなかった。しかし、倭の使節は大海を往来できた」と明記する。
 だから、倭の使節が大海を往来できたので魏・帯方郡と倭は国交を結ぶことができて『魏志倭人伝』という史書が著作されたことになる。

もしも倭の使節も、魏と帯方郡の使節と同じく大海を渡ることができなかったならば、魏・帯方郡と倭は国交を結ぶことができなかったので、『魏志倭人伝』はこの世に存在しない無色透明ないわゆる“純粋に無”なるものだったことになる。

中国では紀元前1世紀にシナ天文が完成した。シナ天文は〔天の北極〕を最も重視する。〔天の北極〕を基準にして緯度(位置)と経度(子午軸)を測量すると不正確なために、魏と帯方郡の使節は大海を渡れなかったのである。

シナ天文学は完成しなかった紀元前3世紀、中国から徐福ら一行が大海を越えて日本列島に移住した。彼らは〔精密な天頂緯度測定〕によって緯度と子午軸を測量していたからである。


 「緯度の測量方法」は二つしかない。
 〔精密な天頂緯度測定〕は緯度と子午軸が正確に測量できるから大海を往来できた。しかし、〔天の北極〕で緯度と子午軸を測量すると不正確となるので、大海に渡ることができずに命を落とした。
 中国では紀元前1世紀に〔天の北極〕を最も重視するシナ天文のために、大海を往来できる方法の〔精密に天頂緯度測定する眼力と技術を鍛錬する習慣〕が失われた。だから、『魏志倭人伝』が明記するように魏と帯方郡の使節は大海を渡れなかった。
 しかし、わが国がシナ天文を習得して〔天の北極〕を重視したのは738年ころであった。738年以前の『魏志倭人伝』の時代(2世紀末から3世紀半ば)は〔精密に天頂緯度測定する眼力と技術を鍛錬する習慣〕が栄えて存続していたので、倭の使節は大海を往来できたのである。

738年ころのシナ天文の習得によって、大海を往来する方法の〔精密に天頂緯度測定する眼力と技術を鍛錬する習慣〕が廃絶されることになったので、やがて遣唐使の派遣が廃止されることになった。
 このように、〔天の北極〕を重視するようになると大海を往来できないことになるが、〔精密に天頂緯度する眼力と技術を鍛錬する習慣〕が存続されていれば大海を往来できた。


 『魏志倭人伝』は「日本列島は東に伸びず、南に伸びる」と記述する。このように、『魏志倭人伝』は現在の日本列島地理と異なって、「日本列島は南に伸びる」と書くので、学者たちは“このような記事は絶対信用してはいけない”と批判する。

しかし、卑弥呼王朝は〔精密な天頂緯度測定〕を最も重視したので、日本列島は中国の会稽(かいけい)や東治(とうじ)がある南に伸びていると誤った地理観が正しいと思い込んだのである。

その証拠に、『魏志倭人伝』は「倭の道里を計るに当(まさ)に会稽の東治の東に在るべし」と記述する。

現在の日本地図の場合、日本列島は会稽・東治の〔東北〕にあって不合理となるが、『魏志倭人伝』が記述する南に伸びる錯覚の日本列島は会稽・東治の〔東〕に伸びて合理となる。
 738年のシナ天文の習得は、この卑弥呼王朝の南に伸びる転回日本列島地理を改定するためだったのである。だから、〔精密な天頂緯度測定〕の遺産である錯覚の転回日本列島地理を改めると、副産物として大海を渡ることができなくなって遣唐使の派遣は廃止されることになった。

学者たちは――〔天の北極〕を基準にすれば日本列島は東に伸びると認識できるから、絶対に『魏志倭人伝』が記述する転回日本列島地理は信用してはならない――と主張する。
 しかし、倭において〔天の北極〕が重視されていたならば、倭の使節は大海を渡ることができなかったことになる。

ということは、魏と倭は国交を結ぶことができなかったゆえ、『魏志倭人伝』はこの世にまったく存在しなかった“純粋に無”なるものとなる。

このような1字も存在しない“純粋に無”なるものから、「邪馬台国」なるものの記事だけは実在したと主張する摩訶(まか)不思議な荒唐無稽の邪馬台国は明らかに〔誤読〕の空理空論ということになる。
 だから、邪馬台国説はこの世に絶対に存在しない支離滅裂(しりめつれつ)な煙に巻いたヒトを食った、日本人を愚弄する卑劣な詐欺ということになる。

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 上記した③の原則について説明する。

紀元前1200年前後におこったトロイ戦争は紀元前850年ごろに生存したギリシャの詩人ホメロスの英雄叙事詩『イリアス』に記述された。学者たちは〔文献批判〕を用いて『イリアス』に記述されたトロイ戦争はホメロスが創作した空想であると決めつけて「歴史ではない」と断定した。しかし、ドイツ人のシュリーマンは『イリアス』に記述されたとおりの土地を発掘して、トロイの遺跡を発見した。
 したがって、学者たちの〔文献批判〕による意見こそが空想であったと証明された。

シュリーマンのトロイ遺跡発見が明確に示すように、古代史学には過去の出来事を事実であると証明できる絶対原則(絶対方法)が存在する。

つまり、古代史学には――前人が作った文献にある記述を、たとえ後世の学者たちが「この記述は絶対に誤っている、信用してはならない」と批判・否定しても、その文献に記述したとおりの史跡・遺跡・遺物が発見されたならば、前人の記述は何人にも否定できない真実であり、学者たちが文献批判して否定した意見は〔誤読〕の空論であり、妄想であったことが何人にも否定できない事実となる――このような絶対法則が存在する。

ある窃盗事件がおきて容疑者Aが逮捕され、刑事たちのズサンな調査によって必ずAが真犯人であると思い込まれるようになり、Aが“私は犯人ではない。Bが真犯人ではないか”と語る証言が無視され排除されると冤罪(えんざい)事件となる。このような冤罪による取り調べの場合、窃盗事件の真相・真実は失われることになる。Aの証言を批判・否定・排除せずに耳をかたむけるてAが述べたとおりの確かな証拠物件が発見されると、Aが真犯人ではないことが証明される。さらに、Bが真犯人ではないかと述べたとおりの証拠物件が発見されると窃盗事件の真相・真実が解明されることとなる。

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過去の出来事は、このように証言と証拠の一致によって証明される。
 『魏志倭人伝』や『古事記』序と上巻の記述に〔文献批判〕を加える意見が合致したと主張する史跡・遺跡・遺物は、Aの証言を無視して冤罪をデッチあげた証拠物件と同じく虚偽・捏造(ねつぞう)となる。

歴史学もまた上記の窃盗事件と同じく過去の出来事である。

だから、歴史を証言する文献の記述とおりに直接的に伝える史跡・遺跡・遺物が発見されたならば、文献史料(『魏志倭人伝』・『古事記』)の記述は正確であったことになって歴史の真相・真実を伝えていたことになる。

 『魏志倭人伝』と『古事記』上巻・『日本神話』神代紀の記述と一致する史跡が存在したならば、多数の〔文献批判〕を加える邪馬台国説や日本神話学説が“史跡を発見した”と主張しても――上記の窃盗事件の冤罪の事例が明確に示すように、〔文献批判〕は〔刑事たちのAの証言無視〕に相当するので、“史跡を発見した”と言う主張は虚偽・捏造となる。
 
わが国には、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻・『日本書紀』神代紀の記述とおりの多数の史跡はじめ遺跡・遺物が現存する。

この史跡・遺跡・遺物については、次回で説明する。

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