信長と家康の熱き魂の証言“よみがえれ 日本国誕生史”・15
2013年4月28日、東京都内の憲政記念館で政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」がおこなわれた。
この式典において、安部晋三首相は「未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べるとともに、米国統治下に置かれた沖縄の辛苦にも言及した。しかし、沖縄では「屈辱の日」、奄美では「痛恨の日」と呼び、当日には大規模の抗議大会が開かれて安部政権を批判・非難する声を上げた。
戦後から現在までわが国は、日本列島南端の沖縄県と日本列島北端の北方四島を追われた人々の受難を犠牲にして発展し経済的に豊かとなり平和国家を保持した。
安部政権と政治家たちがおこなった〔主権回復式典〕は、沖縄県と北方四島に帰郷して住むことができない人々の受難を嘲笑う行為である。
そればかりか、1738年に大嘗会(だいじょうえ)を本格的に復活して即位する天皇の頭上に高々と差し上げる王冠の意匠で表示された日本国家の理念と日本人の命の根元を引きずりおろして踏みつぶす行為である。
天皇即位式に用いられる王冠の意匠は、伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念をあらわすものであり、この日本建国の〔愛〕は『古事記』上巻のテーマとなって記述され、また『万葉集』の数々の和歌によって残された。
この日本建国の〔愛〕の理念を詠む代表的な和歌は、山上憶良が作った『万葉集』803番の「銀(しろがね)も 金(くがね)も 何せむに まされる宝 子にしかめやも」である。
3世紀後半から1738年まで約1450年の間、熱き魂から熱き心へ引き継いで先人たちは朝廷に逆らって『古事記』上巻に記載された日本建国の〔愛〕の理念の歴史の保存に努め、皇室に日本建国の〔愛〕の理念こそが最も尊重すべきであると欲求した。
この1450年間におよぶ日本古代史の真ん中を貫く先人たちが日本建国の〔愛〕の理念を守った歴史は、天皇の王冠の意匠で表示されたのである。
安部政権と政治家たちがおこなった主権回復式典は、天皇の王冠で表示された日本建国の〔愛〕の理念をひきずりおろして踏みつぶすものとなるゆえ、首相が式辞で述べた「わが国の未来へ向かっての希望」は安部政権の政策では手に入れることはできない空しい幻となる。
安部首相は式辞で「私たちの世代は日本をもっとよい、美しい国にしていく責任を負っている」とも述べた。
しかし、この式辞における「美しい国」というフレーズは真心がまったくこもらない美辞麗句であり、また安部政権の「美しい国」を実現しようとする数々の政策と行動は日本建国の〔愛〕の理念を消滅させて日本を滅亡へと突き落とす災厄となるものであるゆえ、わが国を醜いあさましい国に陥(おとしい)れて地球上から消滅させる祟(たた)りとなる。
安部首相は先人たちが心配したとおりに、日本を破滅の道へひきずりこむ案内人である。
その証拠に、安部政権の政治手法をアメリカの政治家やマスコミに「不必要な国粋主義」であると指摘された。
新井白石と本居宣長以後から現在までの学者たちが立論する邪馬台国説は誤読の空論であり、いかなる詐欺事件よりも悪質である。
この誤読の空論の邪馬台国説が日本建国の〔愛〕の理念の復興を欲求して朝廷に抵抗した歴史を無にする。
だから、誤読の空論の邪馬台国学説が安部首相の式辞の言葉と主権回復式典の誤りの根元的な原因となる。
したがって、安部首相はむしろ邪馬台国学説の被害者と言うことになろう。
邪馬台国学説が誤読の空論であることが暴かれれば、日本建国の〔愛〕の理念が天皇の王冠で表示された日本古代史の真相が明らかとなって、安部首相も主権回復式典の誤りや米国からの「不必要な国粋主義」という批判が正しいことに気づくにちがいない。
学者たちが主張する邪馬台国説は100%の確実なる真っ赤なウソ、誤読の空理空論であることはいかなる権威ある偉大な学者が“そんなことは絶対にない!”ときっぱり否定しても、邪馬台国学説は誤読でデッチ上げた真っ赤なウソであることは絶対に否定できない事実である。
1738年以前の先人たちは、後世の学者たちが誤読して真実を見誤ることを予想していた。
『魏志倭人伝』のすべての記事は真実を証言する。
しかし、新井白石と本居宣長を先駆者と仰ぐ現在までの学者たちは〔誤読〕を“文献批判”と名を変えて誤魔化(ごまか)す。
『魏志倭人伝』のすべての記事は真実を証言するものゆえ、〔誤読=文献批判〕はまったく必要がない。
したがって、真実に到達する方法は『魏志倭人伝』に一点も〔文献批判〕を加えずに、すべての記事を忠実に読んで理解すればよい。
ところが、学者たちは『魏志倭人伝』に多数の〔誤読=文献批判〕を加えて空論の邪馬台国説を立論する。
『魏志倭人伝』は⑴「卑弥呼が書く国書に用いる文字は、魏の都と魏の出張機関がある朝鮮半島の一角の帯方郡と諸韓国と差錯(ささく 相違)した。卑弥呼の差錯文字は伊都国の港で魏都・帯方郡・諸韓国の文字(“真書”と呼ばれた初期の楷書)に改められた」と証言し、また「倭の易に用いる卜辞に用いる文字は令亀(れいき)の法のごとくであった(つまり、倭の卜辞に用いられる文字は殷代の甲骨文字の字形に相似する)」と証言する。だから、倭には文字があったことが事実となる。
さらに、最も多くの記事で『魏志倭人伝』は⑵「日本列島は東に伸びずに、南に伸びる」と証言する。
上記の二大証言を、白石がウソと決めつけ、宣長も信用しなかった。
二人は⑴と⑵の証言をまったく耳をかたむけず、⑴と⑵の文章の表層だけをつまみ食いして、いくつかの〔誤読〕を加えてあたかも正当な意見であるかのように巧みに騙(だま)すことができる“文献批判”という方法を考案した。
中国の正史『新唐書(しんとうじょ)』日本伝には――702年に中国に渡った日本国の遣唐使は「後稍夏音(のちやや・かおん)を習う」と伝えた――という記述がある。
この「後稍夏音を習う」と述べた遣唐使の言葉は「壬申の乱の後、稍(殷代の甲骨文字の字形に相似する字形を消して隋代に完成した楷書の字形で)夏音文字を復興することにした」と意味するものであったのである。
702年の10年後の712年に『古事記』が完成した。この『古事記』上巻の随所には〔音〕という注が付いて1字1音文字が多数記載される。この文字が702年の遣唐使が述べた言に登場する「夏音文字」であった。
また、『魏志倭人伝』の人名・小国名に用いられる文字は夏音文字である。
だから、「ヒミコ」と読む「卑弥呼」の3字は夏音文字であったのである。
したがって、倭には夏音文字が存在するものであったので、『魏志倭人伝』の⑴「倭には文字があった」という記述は真実を証言するものであったことになる。
今から約4050年前の夏代初頭(わが国の後期縄文時代初頭)、わが国に夏音文字は伝来した。
後期縄文時代初頭に相当する、国の特別史跡の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)の万座遺跡と野中堂遺跡には夏音文字が伝来した痕跡が明確に残っている。大湯環状列石は秋田県鹿角(かづの)市に所在する。
今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝に仕えた倉頡(そうきつ)は銀河各部の形状から漢字を創る原理を発明した。ゆえに、倉頡は“漢字の始祖”と崇拝された。
「銀河」の別名は「天漢」または「銀漢」である。「漢字」は「銀漢から創られた文字」の略称である。
この「漢字」の語源「銀漢から創られた文字」を言い換えると「文字は銀漢各部の形状であった」ことになる。
だから、4050年前にわが国に伝来した「夏音文字」は「銀河各部の形状」であった。
倉頡は自分が発明した文字は最も強力な権力基盤、莫大な富を手に入れる方法、 最高の名誉を得る方法となった。
倉頡は自分が発明した文字の学芸を反体制側の人々が習得して革命に利用したならば容易に王朝は滅亡することに気付いた。
ゆえに、倉頡は⑴文字が銀河から創られたことを暴露した者、⑵文字を容易に習得するために、文字を創る銀河各部に名称を付けた者、⑶書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者など、これらの人物には神罰が下ると定めて必ず死刑に処すると定めた。
この倉頡の3つの掟が厳守されたゆえ、中国の今から約5000年前の五帝時代初頭から今から3600年前の夏代末までに相当する遺跡から出土された原初漢字は1字も存在しない。
わが国の長野県茅野市に所在する尖石(とがりいし)遺跡から出土した石板には5つの図書が線でひっかいて刻まれる。この5つの中央の図書は、甲骨文字の[大]の字形に相似する。尖石遺跡から出土した石板は、夏音文字がわが国に伝来した後期縄文時代初頭に相当する遺物である。したがって、尖石遺跡から出土した石板に刻まれた5つの図書は夏音文字であったことになる。
この石板の形は、[地]と[面]の字となった銀河部の形状に相似する。ゆえに、この石板に夏音文字を書いた人物は、倉頡が定めた⑶の掟〔用済みになった文字を直ちに消す〕ために、石板を地面の下に埋めたと考えられる。
702年の遣唐使が「後稍夏音を習う」と述べた言の中に登場する「夏音」は「夏音文字」のことであり、『魏志倭人伝』が「倭に文字があった」と証言する文字が「夏音文字」であったのである。
だから、『魏志倭人伝』に記載される人名・小国名に使われる文字が夏音文字となる。
この『魏志倭人伝』が証言する夏音文字が1字も遺跡から出土されないのは、倉頡の掟を厳守して用済みになったならば必ず消されていたからである。
『魏志倭人伝』は「卑弥呼が文書に用いる夏音文字は、伊都国の港で魏都・帯方郡・諸韓国が用いる文字に改めて、国交の障害にならないように確認していた」と証言する。
当時の魏の文字は「真書」と呼ばれる「楷書」であった。
このように、「銀河各部の形状」が「文字」であった卑弥呼が用いる夏音文字は楷書に変換されていた。
『魏志倭人伝』の人名・小国名を表記する夏音文字は楷書である。
『古事記』上巻の随所に記載された夏音文字もまた楷書で表記される。
以上のごとく、「銀河各部の形状」を「文字(字源・字形・字義)」とした夏音文字は楷書に変換できたのである。
それというのも、楷書の字形は短い時間で筆記できるように銀河各部の形状を図案する記号だからである。
私が小学生・中学生のとき、楷書の筆順を厳格に学んだ――この筆順の学習は、楷書を最も短時間で筆記する方法を記憶するためのものであったにちがいない。
その証拠に、筆順を誤った文字でも字形に誤りが無いならば文字として通用するからである。
書道家や学校教育が楷書の筆順にこだわって厳しいのは、いかに早く美しい字を書けるか、その方法にこだわるものにちがいない。
したがって、楷書は「文字」となった「銀河各部の形状」を短い時間で図化する記号として考案された文字であったゆえ――短い時間で銀河各部の形状を書くために開発されたという秘密を楷書の筆順は受け継ぐものであると考えられる。
だから、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字は夏音文字であり、『魏志倭人伝』が「倭の易の卜辞に用いる文字は殷代の甲骨文字の字形に相似する」と説明する文字は夏音文字であったのである。
夏音文字は「銀河各部の形状」を「文字(字源・字形・字義)」とするした。
また、倉頡が定めた⑶の掟「書いた文字が用済みになったならば、直ちに消せられていた」を厳守する夏音文字であった。
ゆえに、「夏音文字」は「銀河各部の形状」で実在し、また、〔すぐに文字を消すことができる地面や砂・灰などの上に書かれたが用済みになったならば、必ず消された文字〕として実在する文字であったが、遺跡からは出土しない文字となったのである。
夏音文字の学芸は[玄]のキャッチを基軸にして組織された。
いいかえると、夏音文字は[玄]のキャッチを最も重視した。
この[玄]のキャッチを重視して卑弥呼は『魏志倭人伝』が最も多くの記事で「日本列島は東に伸びずに、南に伸びる」と証言する、錯覚の転回日本列島地理を立論した。
倭においては[玄]のキャッチが最も重視されたゆえ、卑弥呼が立論した転回日本列島地理は夏音文字の学識を有する小国の王・氏族の長・巫女や神官たちに絶賛された。
この転回日本列島地理によって、卑弥呼は倭女王に選ばれたのである。
このような経緯の基に、転回日本列島地理は卑弥呼王朝によって制定されたのである。
今回はここまでの説明でを終了する。
次回から6、7回くらいに分けて[玄]のキャッチの秘密について詳細に解説して、邪馬台国説が誤読の空論であることを証明する。
ところが、昨夜(5月1日)に見た不思議な夢が頭から離れず、[玄]についての解説の概要を決めていたメモ(紙切れ)がいくら探しても見当たらない。
そこで、次回から「信長と家康の熱き魂の証言“よみがえれ 日本国誕生史”」のシリーズは今回・15回で終了して、5日後の5月9日から昨夜の夢に因んだ新シリーズを開始するすることにした。
この新シリーズでも[玄]の秘密の解説は不可欠となるので、御二人の方が私の5月2日のブログを開いて、この新たなる計画変更について知らない。この御二人の方には、ただひたすら御容赦願う次第である。
新シリーズでも[玄]の秘密について出来るだけ早い段階(回)で解説するようにします。
新シリーズのタイトルは「卑弥呼の金印の隠し場所の夢」である。
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