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2013年5月13日 (月)

卑弥呼の金印の隠し場所の夢・2

日本人よ、あなたは邪馬台国学者たちに「死ね! なぜまだ生きているのだ。この世に生きている価値のない死に損いめ!」と祟(たた)られていることをいることを知っていますか?
多分、知らないと思って、このブログを開設することにしました。
この「卑弥呼の金印の隠し場所の夢」シリーズを幾度か重ねて続けていけば、邪馬台国学説が日本人の命と魂を侮辱して嘲笑う、〔誤読〕の空理空論のペテン・詐欺であり、日本のマスコミやジャーナリスが「今更、実は邪馬台国説は真っ赤なウソ八百であった」なんて暴露することができない状況であることが、このブログを開いてくださる人々は察知できるのではないでしょうか。
新井白石以来、約280年間も〔誤読〕を駆使して「日本人よ、なぜ早く、くたばらないのだ。この世に生きている価値がないクズ野郎!」と呪(のろ)い祟ることになる妄想の邪馬台国説研究は、「玄海灘」の[玄]という1字に絞って一時間も考えれば簡単にインチキ・ペテン・詐欺であることが白日のもとにさらされることになります。

こんな簡単にウソを暴くことができる邪馬台国学説を、なぜ日本の新聞は放置するのかについては、ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏が著作した『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書)を読むとご理解できるのではないかと思います。
要するに日本の大手新聞社の給料は高すぎるので、権威や権力者にシッポを振るを生き甲斐にして日本が滅びようが日本人の尊厳が愚弄されようがお構いなしの「見ざる・聞かざる・言わざる」ということらしいです。
[玄]の一点に絞って考えれば邪馬台国学説が「日本人はこの世に生きる価値がない死に損いめ!」という祟りであり詐欺であることが何人にも否定できない事実であると科学的に証明することができます。
けれども、日本のジャーナリストには日本古代史界を牛耳る邪馬台国学者たちに刃向かう使命観なり職業意識なりを有し、また知性と根性をはたして有しているのでしょうか?

卑弥呼で有名な『魏志倭人伝』の記述はすべて信用しなければならない――このように、先ず最初に先人が書いた史書の記述を忠実に読解する方法が、古代史学の絶対的な原理原則である。
にもかかわらず、邪馬台国説学者たちは、びっくり仰天・玉手箱、こんな当たり前の古代史学の初歩的心得・基礎知識をまったく知りません。

4年前の2009年6月4日、以前のDNA型鑑定は再検査の結果、誤っていたことが証明されたと東京高検は表明して、1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」の容疑者として逮捕された菅家利和受刑者を17年ぶりに釈放した。
栃木県警はウソのDNA型鑑定をすっかり信用して、菅家さんが無罪を主張する言葉をまったく無視し排除したために、冤罪(えんざい)をデッチあげてしまったのである。

この足利事件と同じく先人が書物に記載した歴史も、ともに過去におきた出来事である。
だから、古代史学の初歩的心得・原理原則は足利事件で菅家さんが主張する言葉を信用しないで排除した栃木県警の誤り・失敗が明かに証明するように、『魏志倭人伝』のすべての記事を信用して忠実に読解する方法であると定まっている。
このような古代史の真相をつきとめることができる初歩的心得・基礎的な考えに則って『魏志倭人伝』を忠実に読解すると、『魏志倭人伝』の全記事は「玄海灘」の[玄]の1字に統一されて「科学」が成立されていることが判明する。
これゆえ、栃木県警と同様に先人が書いて残した証言を排除する邪馬台国学説は〔誤読〕を駆使してこじつけた真っ赤なウソであることが判明し、さらに「日本人は生きている価値がない、死に損ないめ」と罵(ののし)る祟りであることも突き止めることができる。

わが国の学問を鼻にかける邪馬台国説学者や〔誤読〕の空論を満載にする邪馬台国説の著作物を出版するヘッポコ学士連は、今から約280年前の新井白石が始めた邪馬台国説の立論方法は正しいとすっかり思い込んで、「『魏志倭人伝』の個々の記事を絶対に正しいと信用してはならない」と栃木県警と同じ誤りと過ちを犯す。

『魏志倭人伝』は最も多くの記事で「日本列島は東に伸びずに、中国の海岸線地域の南の方に伸びる」と記述する。
この事実と異なって誤る南へ伸びる転回日本列島地理は、「玄海灘」の[玄]の字の秘密に則って立論された錯覚の日本列島地理であった。
卑弥呼王朝の最も強力な権力基盤であった学芸は、「玄海灘」の[玄]のキャッチを基軸にして組織・構築されるものであった。
この[玄]のキャッチによって立論された錯覚の転回日本列島地理から「倭人」という国名が生まれ、2世紀末から738年まで正しいと神聖視されて実在した日本列島地理であった。
したがって、『魏志倭人伝』は歴史上たいへんな貴重な卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理を証言する史書ということになる。

1738年、皇室と江戸幕府は大嘗会(だいじょうえ)を本格的に復興して、即位する天皇の頭上に高々と差し上げる王冠の意匠で――『魏志倭人伝』のすべての記事は正しい――と表明した。
天皇の王冠の意匠は『魏志倭人伝』の全記事が正しいことが科学的に証明できる〔[玄]のキャッチ〕を上の鳥の飾りと下の飾り・菅笠(すげかさ)とを結ぶ〔垂直に垂れる紐〕で表現する。
天皇の王冠の上の飾りは鳥の形をしている。この鳥の飾りは『魏志倭人伝』の人名と小国名に用いられた原初漢字を表現する。
この原初漢字は今から約4050年前の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に、わが国に伝来した。
今から約4000年前に相当する秋田県鹿角(かづの)市に所在する国の特別史跡・大湯環状列石(おおゆかんじょれっせき)の万座遺跡と野中堂遺跡には、この原初漢字が伝来した痕跡が明確に残っている。

この原初漢字について、中国の正史『新唐書(しんとうじょ)』日本伝は――702年に派遣された日本国の遣唐使が「夏音(かおん)を習う」(夏音文字を復興する)と中国王朝に告げた――と記載する。
これゆえ、わが国には夏代初頭に702年の遣唐使が証言した原初漢字・夏音文字が伝来していたことになる。
この夏音文字は『魏志倭人伝』に記載される「卑弥呼」はじめとする人名・小国名に使用されて現存する。
また「わが国には夏音(夏音文字)がある」と中国王朝に告げた日本国の遣唐使が派遣された702年の10年後の712年に完成した『古事記』の序のほとんどの記事は――夏音文字は「銀河各部の形状」を「文字」とする――という説明に費やしている。
夏音文字は書いた文字が用済みになると直ぐに文字を消さない人や消し忘れた人を死刑にすると朝廷が厳重に機密保持するものであったので、「銀河各部の形状」が「文字」となった。
楷書の字源・字形・字義は「銀河各部の形状」であり、『魏志倭人伝』は「夏音文字は楷書に変換して書くことが許可されていた」と記載する。これが夏音文字を表記する定式となり、『魏志倭人伝』の夏音文字は楷書で表記されて現存する。
したがって、『古事記』上巻においても〔音〕という注が付いて1字1音読みの夏音文字が楷書で表記されて多数現存する。

『魏志倭人伝』には「倭の易に用いる卜辞に用いられる文字は令亀(れいき)の法の如くであった」すなわち「倭には今から約3300年前の殷代(いんだい)後半に出現した亀の甲羅にに刻む甲骨文字の字形のような夏音文字があった」という記述がある。
また、『魏志倭人伝』は「卑弥呼が文書に書く文字(夏音文字)は魏の都・帯方郡・諸韓国が使用する楷書と差錯(ささく・甲骨文字のように字形が古く相違)していたので、倭の小国の伊都(いと)国の港ですべて点検し確認して、誤読・誤訳によって国交に支障が生じないように楷書に変換していた」とも記述する。
この『魏志倭人伝』の二つの記事が明確に示すように、「銀河各部の形状」を「文字」とした夏音文字は楷書に変換することができたので、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に夏音文字は楷書で表記されて現存することになったのである。
書いた夏音文字は用済みになると必ず消されていたのは、“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が定めた掟を守っていたからである。
このため、夏音文字は実在する文字であったが、遺跡から発掘されない文字となった。

漢字が起源した中国にあっても、今から5000年前の五帝時代初頭の黄帝につかえた史官の倉頡が考案した書契(しょけい)、紀元前2070年から始まる夏代の夏音文字、紀元前1600年から紀元前1300年までの殷代前半の原初漢字は、現在まで遺跡から1字も出土していない。
わが国においても、『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に楷書で記載された夏音文字は遺跡から1字も出土していない。

これゆえ「夏音文字は実在する文字であった。夏音文字が実在した史跡は現存する」と表示する皇室最大の神事が、上記に示した1738年に本格的に復興した大嘗会であり、天皇の王冠の意匠で明確に表示することになったのである。
夏音文字の学芸体系は「玄海灘」の先頭字の[玄]のキャッチを基軸にして組織される。
この〔[玄]のキャッチ〕の一点に絞って考えれば邪馬台国説は〔誤読〕の空論であることは何人にも否定できない絶対的な事実であり、大嘗会と天皇の王冠は邪馬台国学説は「日本人よとっとと死ね!死に損ないめ!」と呪う祟りであることが何人にも否定できない事実となる――天皇の王冠の意匠は、この邪馬台国学説の横暴きわまりない日本人への侮辱を後世の人々に伝えるために考案されたデザインである。
だから、上の飾りと下の飾りを結ぶ〔紐〕で「[玄]のキャッチ」を表現することにしたのである。

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