« 日本が滅びる・1 | トップページ | 日本が滅びる・3 »

2013年6月26日 (水)

日本が滅びる・2

◆邪馬台国論争の根本史料である『魏志倭人伝』は「(1)日本列島は南に伸びる、(2)倭に文字があった」と記述する。
 この2種類の記事群を新井白石(1657-1725)以来学者たちは“そんなことは絶対にありえない”と主張して、上記した二つの記述を信用してはならないと定める。
 しかし、この二つの記事群は事実を伝えるものであった。
 下に示したA図の「卑弥呼」の地上絵とB図の彦根の鳰(にお)の地上絵は、上記の二つの記事群が歴史的事実であったと伝える科学的な確かな史跡である。
 この二つの史跡には“日本建国の〔愛〕の理念を失うわけにはいかない! 日本国の尊厳と日本人の命と魂の根元をまもるのが人としておこなうべき使命である。日本国と日本人を滅ぼすわけにはいかない”という先人たちの燃える火のような激しい思いが表示される。
 だから、学者たちの〔誤読〕を駆使してデッチあげる邪馬台国説は日本を滅ぼす災厄、悪魔のささやきということになる。

◆今日の地図に表示されるように東に伸びる日本列島が事実であるが、『魏志倭人伝』は(1)「日本列島は南に伸びる」と記述する。ゆえに、学者たちは咄嗟(とっさ)的に“この記事は信用できない”と排除する。
 しかし、『魏志倭人伝』は卑弥呼王朝が(1)「日本列島は南に伸びる」と錯覚して制定した転回日本列島地理を証言するものであった。
 だから、(1)の転回日本列島地理は実際に歴史上における事実を伝えるものであった。
 ということは、学者たちの“絶対に信用してはならない”と禁止する考え方は〔誤読〕ということになる。

◆今から約4000年前の中国の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代)、中国から日本列島に原初漢字・夏音文字が伝来した。
 夏代初頭の遺跡に相当する、秋田県鹿角(かづの)市に所在する国の特別史跡の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)には夏音文字の学芸が伝来した痕跡が明確に残っている。
 下に示すA図の「卑弥呼」の地上絵とB図の彦根の鳰の地上絵を調査すると、殷代(いんだい)後半の甲骨文字が出現した時代より約750年前に原初漢字・夏音文字が伝来した事実が詳細に明確に科学的に証明できる。
 中国に残っている最古の上古音で「卑弥呼」の3字を発音すると「ピミカ」となる。これに対し、「卑弥呼」の3字を「ヒミコ」と発音すると中国の上古音よりも古い、いま残されている最古の夏音文字の字音を示すことになる。だから、「卑弥呼」を「ヒミコ」と読むと、“ウソだ! わが国に夏音文字が伝来しているはずがない”と主張する人も自らの意見・意思に反して“夏音文字は伝来していた”と認めたことになる。
 このような夏音文字の学芸の秘密がA図とB図の史跡には完璧に保存されている。

◆『魏志倭人伝』は約2000字で構成されるゆえ、400字詰の原稿用紙のマスに字を記すと5枚で済む少量の史料である。
 これゆえ、●先入観を排して〔誤読〕をいっさい加えないすべての記述を忠実に読解する方法と、●『魏志倭人伝』の記事は信用できないという先入観のもとに〔誤読=文献批判〕を加える方法のどちらが「科学」が成立するかと検討する比較は、半日で済むことになる。
 このように両者を比較すると、前者のすべての記事を忠実に読解する方法は新村出編『広辞苑』(岩波書店)の【科学】の「世界の一部分を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的認識」という説明に合致する。他方、〔文献批判〕という名の〔誤読〕を加える学者たちの方法は多数の矛盾点と不合理な点が生じるために【科学】が成立しない。だから、学者たちの邪馬台国説は〔誤読〕の空理空論であることが察知できる。

 学者たちは(1)の「転回日本列島地理」と(2)の「文字があった」という記述は科学の知識に反すると安易に思い込み、上記した半日で済む簡単にできる比較をおこなう手間を省(はぶ)き、〔誤読〕を駆使する邪馬台国説で国民を騙(だま)すことに夢中である。

◆A図は『魏志倭人伝』と同時代(3世紀後半)に作成された丁度1千万坪の大鳥の地上絵である。この巨大な鳥の地上絵は現在の静岡県浜松市北区細江(ほそえ)町の行政区域を表示する地図の形として現存する。
 私はA図の細江町の大鳥の地上絵を“「卑弥呼」の地上絵”と名づけた。
 というのも、a.この大鳥の地上絵における重大な3つの場所は[卑][弥][呼]の字(字源・字形・字義)をあらわす仕組みになっており、b.この大鳥の地上絵全域の各地はすべての文字の字源を知ることができる1400字前後の基本字の字源をあらわす仕組みになっており、c.『魏志倭人伝』の「(1)卑弥呼王朝は錯覚の転回日本列島地理を制定した、(2)倭には夏音文字の学芸があった」という記述が事実であると科学的に証明できる史跡だからである。

◆A図の「卑弥呼」の地上絵は『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の誓約説話末部に登場する「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)」が作成した。
 この遠江の豪族・建比良鳥命が記載される天照大御神と須佐之男命の誓約説話では、『魏志倭人伝』の(1)と(2)の記事群について説明され、この(1)と(2)の記事群は「卑弥呼」の地上絵によって事実であったと証明される。
 ゆえに、学者たちが“絶対に信用してはならない”と定める『魏志倭人伝』の記述は事実であったという科学的に証明できる「卑弥呼」の地上絵が存在し、『魏志倭人伝』の記述は事実であったと伝えるもう一つの712年正月に完成した『古事記』上巻という名の文献史料が存在する。
 だから、学者たちの“絶対に信用してはならない”と主張する〔文献批判〕という立論方法の実体は〔誤読〕であると断定できる。

◆『魏志倭人伝』の(1)と(2)の記事群は、B図の彦根の鳰(にお)の地上絵でも事実であることが科学的に証明される。
 A図とB図は誰の目にも実際に見える地図の形で確認できる史跡であり、この史跡で学者たちが主張する邪馬台国学説が〔誤読〕の空論であることが科学的に証明される。
 したがって、邪馬台国学説が〔誤読〕を駆使する空論であることは何人にも否定できない事実となる。

◆A図の細江町=「卑弥呼」の地上絵は、「卑弥呼」の地上絵の北隣に住んだ建比良鳥命の子孫と、この子孫が1010年に武家の井伊家を創設して、その子孫によって約1300年間も守られて保存された。ゆえに、井伊氏の菩提寺(龍潭寺・りょうたんじ)は引佐町にある。
 この井伊氏は徳川幕藩体制の譜代大名の筆頭の地位につき、徳川家康の命令のもとに井伊氏は現在の滋賀県彦根市に移住し、同市の行政区域を表示する地図の形として現存する3千万坪の鳰の地上絵を1603年に着工し20年後の1622年に完成させた。
 下に示すB図は家康と井伊氏が“日本国と日本人を滅ぼすわけにはいかない”と熱き情念を示す3千万坪の鳰の地上絵である。

 このB図の大鳥の地上絵には、A図と同じ上記のb.とc.の機能と織田信長が胸に秘めてその生涯を賭けてまもらんとした“日本国と日本人を滅ぼすわけにはいかない”と熱き情念が表示されている。B図の大鳥の地上絵は織田信長と徳川家康と井伊氏の“日本を滅ぼすわけにはいかない”と思いを示すため、A図の「卑弥呼」の地上絵の3倍の3千万坪に作られたのである。

◆“地上絵”といえば世界遺産の「ナスカの地上絵」が有名である。C図の左側に示す地上絵は“サギ(鷺)を図化したものであろう”と指摘されるナスカの地上絵における最大の鳥の地上絵である。この鳥の地上絵の全長は約300m、翼長は90mである。
 A図の「卑弥呼」の地上絵の全長は約8.5km、翼長は約9kmである。
 C図に示すように、「卑弥呼」の地上絵の全長を8.5cm、翼長を9cmに縮小する同じ倍率でナスカの大鳥の地上絵を縮小すると、その全長は0.3cm (3mm)、翼長は 0.09cm(0.9mm)となる。

 ナスカの地上絵は先ず2m四方ほどの面積に原画を描き、あとは支柱と綱を使って、その原画を比例の方法で拡大したとされる。
 ナスカの地上絵は平地に描くものであったから、比例の方法で作成できた。
 しかし、「卑弥呼」の地上絵は綱をピーンと張ることができない障害物となる森・山・丘・川などがあるうえに、何キロメートルも綱をピーンと張ることは絶対にできないので、比例の方法では1千万坪の地上絵を作成することは絶対に不可能である。

◆A図の「卑弥呼」の地上絵とB図の彦根の鳰の地上絵の作成する方法は唯一つ存在する――この方法は現在の精密測地網日本列島地図の作成原理と同じことになる。
 先ず経緯度原点地を選定して4~6秒で測定する短い天頂緯度線をキャッチし、この短い天頂緯度線上にある天頂点と真北または真南にある目星(銀河部位や恒星)を結ぶ子午線を計測する。このように天頂緯度と子午線を測定した経緯度原点地を基に三角形の網や鎖をを形作る三角測量をおこなえば、原画とおりの『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に記述された歴史と漢字の基本字の字源辞典の機能をそなえる丁度1千万坪の「卑弥呼」の地上絵を作成することができる。
 A図の「卑弥呼」の地上絵には、上記の〔天頂緯度線と子午線をキャッチする方法〕を表示するポイントが明確に残されている。

 〔天の北極〕を基準にすると日本列島は東に伸びていると察知できるが、A図の「卑弥呼」の地上絵とB図の彦根の鳰の地上絵のような巨大な地上絵は絶対に作成できない。
 家康が信長の無念を晴らし、家康自身が胸深く秘めて一生を賭けて心願を成就せんと願い、約1300年もまもった井伊氏の心願を成就させる方法――つまり『魏志倭人伝』の「(1)卑弥呼王朝は錯覚の転回日本列島地理を制定した、(2)倭には夏音文字の学芸があり、卑弥呼王朝の権力基盤は夏音文字の学芸であった」と伝え、『古事記』上巻のテーマとなる「日本建国の〔愛〕の理念は絶対に失うことはできない」と信長と家康と井伊氏の熱き思いを伝える方法は――卑弥呼王朝の権力基盤であった夏音文字の学芸の基軸となった〔天頂緯度と子午線をキャッチする方法〕で1千万坪や3千万坪の大鳥の地上絵を作成することであったのである。
 1千万坪の「卑弥呼」の地上絵と3千万坪の彦根の鳰の地上絵は〔天の北極〕を基準にしては絶対に作成できない。だから、『魏志倭人伝』に記述された転回日本列島地理は「卑弥呼」の地上絵と彦根の鳰の地上絵を作成した〔天頂緯度線と子午線をキャッチする方法〕で制定されたことを、後世の人々に伝えることができる。
 この二つの史跡によって、学者たちの邪馬台国説が〔誤読〕の空論であることは決定的に事実となる。
 邪馬台国学説が〔誤読〕の空理空論であることは、学者たちが“新井白石以来の280年におよぶ研究が〔誤読〕の空論であるはずがない! 国民が〔誤読〕の空論なんてことを信じるはずがない”などはじめ、さまざまな手段・方法を用いて国民を騙(だま)しても騙すきることができない――なぜならば、この二つの史跡が存在するからである。

Image_2

|

« 日本が滅びる・1 | トップページ | 日本が滅びる・3 »

学問・資格」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

卑弥呼」カテゴリの記事

邪馬台国」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

漢字の起源」カテゴリの記事

ヒエログリフ(聖刻文字)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本が滅びる・2:

« 日本が滅びる・1 | トップページ | 日本が滅びる・3 »