« 日本が滅びる・2 | トップページ | 日本が滅びる・4 »

2013年6月27日 (木)

日本が滅びる・3

下に示すA図とB図の大鳥の地上絵は学者たちが主張する邪馬台国説(畿内説と九州説)が〔誤読〕の空論であることが即刻理解できる古代史跡である。
 この二つの史跡は“日本建国の〔愛〕の理念を失うことはできない! 日本国の尊厳と日本民族の命と魂の根元を守るのが日本人としての使命である。日本国と日本人を滅ぼすわけにはいかない”という先人たちの燃える火のように激しい思いによって作成された。
 だから、学者たちが〔誤読〕を駆使してデッチあげる邪馬台国説は日本を滅ぼす最悪の災厄にして、悪魔のささやきである。
 われわれ日本人は虚妄(誤読)の邪馬台国説の鎖やロープで縛られて監禁される部屋に閉じ込められて滅多打ちに日々暴行を受けている状況にある。
 
来る7月の中旬か下旬、朝日新聞出版が週刊誌『新発見 日本の歴史』にて「邪馬台国は畿内説が最有力に」という第8号を発刊するとのことであるが、この私のブログ「日本が滅びる」シリーズと比較すれば、学者たちが主張する邪馬台国説が〔誤読〕を駆使して日本人の命と魂の根元、日本国家の尊厳、〔愛〕の理念を掲げて建国された日本国を抹殺するところの日本民族を虐殺せんとする蛮行であることが理解できるにちがいない。

◆実際の日本列島は東に伸びるのに対して、邪馬台国説の根本史料となる『魏志倭人伝』は最も多くの箇所の記事で「日本列島は南に伸びる」と説明する。
 このため、学者たちは“〔天の北極〕を基準にすればおのずと日本列島は東に伸びると察知できるはずである”と考えて、“日本列島は南に伸びると説明する記述は絶対に信用してはいけない”と強引に定める。
 しかし、時計回りに90度方位規定が〔北→東・東→南・南→西・西→北〕というぐあいに転位する転回日本列島地理は卑弥呼王朝の政権基盤であった夏音文字の学芸が最も重視した〔[玄]のキャッチ〕の基に立論した錯覚の日本列島地理であった。
 

◆日本人よ! 邪馬台国畿内説はじめ邪馬台国九州説に絶対に騙(だま)されてはならない。
 下にあるA図からE図までの5つの図のごとく考えれば、学者たちが主張する邪馬台国説が〔誤読〕を駆使する空論、100パーセント真っ赤なウソであることが容易に理解できる。

◆A図の「卑弥呼」の地上絵は『魏志倭人伝』が著作された時代と同じ3世紀後半に作成された丁度1千万坪の大鳥の地上絵である。
 この「卑弥呼」の地上絵は現在の静岡県浜松市北区細江(ほそえ)町の行政区域を表示する地図の形として現存する。
 「卑弥呼」の地上絵は『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の誓約説話末部に記載される「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)」が作成した。

◆遠江(現在の静岡県西部)の豪族・建比良鳥命とその子孫は、A図下部に「龍潭寺(りょうたんじ)」と記した引佐(いなさ)町東部の井伊谷(いいのや)地区に居住した。
 1010年、建比良鳥命家は武家の井伊家を創設し、井伊氏は引き続いて引佐町井伊谷に居住して「卑弥呼」の地上絵を守りつづけて保存した。
 この井伊氏は徳川幕藩体制の譜代大名の筆頭の地位についた。
 関ヶ原合戦の4ヵ月後の1601年正月、徳川家康の命令のもとに井伊氏は現在の滋賀県彦根市に移住し、同市の行政区域を表示する地図の形として現存するB図に示す3千万坪の鳰(にお)の地上絵を1603年に着工し20年後の1622年に完成させた。

◆A図の1千万坪の「卑弥呼」の地上絵と、B図の3千万坪の彦根の鳰の地上絵を作成する方法はたった一つしか存在しない。
 A図とB図のような巨大な鳥の地上絵は、邪馬台国説を主張する学者たちが『魏志倭人伝』に記述された転回日本列島地理を“絶対に信用してはならない”と排除した根拠となった日本列島が東に伸びると察知できる〔天の北極〕を基準にする、この方法では絶対に作成することはできない。
 A図とB図の巨大な鳥の地上絵は――天頂点上を通過する天体部(銀河部位や恒星)の4~6秒ぐらいで寸秒の軌道となる天頂緯度線をキャッチし、この天頂緯度線上にある天頂点の真北または真南の目星(銀河部位や恒星)を結ぶ子午線をキャッチする方法――で経緯度原点地を設定して、この経緯度原点地を基に三角形の網や鎖を形作る三角測量をおこなえば作成することができる。
 この経度原点地と一等三角本点として、他の二つの一等三角本点を結ぶ大三角となる3つの基点が、A図に示す土地に現在も明確に残っている。

◆現在の国土地理院が作成する精密な日本列島地図の経緯度原点は旧東京天文台の子午儀の中心(東京都港区麻布飯倉3-18 東経139度44分 北緯35度39分)に所在する。この経緯度原点を基に三角形の網や鎖を形作って、その頂に標石(三角点)を埋設し、この三角点とその他の基準点を基にして精密地図が作成される。
 ゆえに、A図とB図の大鳥の地上絵と国土地理院の精密地図の図化作成の原理は同じことになる。
 そもそも学者たちはこぞって〔天の北極〕を真っ先に頭に浮かべて、“『魏志倭人伝』の「日本列島は南に伸びる」と説明する記事は絶対に信用できない”と主張するが、この考えが間違いの原因となる。
 国土地理院の地図作製方法が明確に示すように、『魏志倭人伝』における日本列島地理を考える場合、真っ先に〔天頂緯度の測定〕を思い浮かべるべきことになる。
 〔地図の緯度と子午線を基にす方位〕は(1)天頂緯度の測定と、(2)天の北極を基準にする方法がある。
 国土地理院の地図作製方法が示すように(1)の天頂緯度の測定が本式であり、(2)の天の北極を基準にする方法は簡便的な方法であって略式ということになる。これゆえ、『魏志倭人伝』の日本列島地理問題は(1)の天頂緯度の測定を真っ先に考えなければならないことになる。
 

◆昨日・6月26日の前回(2回)にて詳細に説明したように、ナスカの最大の鳥の地上絵よりもはるかに巨大なA図とB図の鳥の地上絵を作成する原理となった「天頂点を通過する天体部の軌道となる天頂緯度線を4~6秒でキャッチし、さらに天頂点の真北または真南の目星を結ぶ子午線をキャッチする眼力と技(わざ)」、これが[玄]の字(字源・字形・字義)となった。
 つまり、[玄]の字源は「天頂緯度線と子午線を寸秒でキャッチすること」あるいは「天頂緯度線と子午線を寸秒でキャッチする能力」ということになる。

◆D図に示すように、その名が「[玄]をキャッチして往来した風波が荒い大海原」と示す玄海灘には、日本列島の西端に沖ノ島が所在し、日本列島の東端には伊豆諸島の神津島(こうずしま)が所在する。沖ノ島と神津島は同緯度(北緯34度15分)であり、この同緯度は〔[玄]をキャッチする眼力と技〕によって測量できた。
 西の沖ノ島では冬に雪が降るが、東の亜熱帯の神津島では冬になっても雪が降らない。この気候区の様子を一言で表現すると〔西冷東暖〕となる。
 中国の海岸線地域における華北地方は冷たい気候区であり、華南地方は暖かい気候区である。ゆえに中国の海岸線地域の気候区は〔北冷南暖〕となる。
 だから、中国の〔北冷〕と日本列島の〔西冷〕が合致し、中国の〔南暖〕と日本列島の〔東暖〕が合致するので、D図に示すように卑弥呼王朝は「日本列島は中国の海岸線の南の方に伸びる」と考えたのである。

◆中国の上古には〔[玄]をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕が栄えていたが、紀元前1世紀に〔天の北極〕を最も重視するシナ天文が完成したため、卑弥呼が生存した3世紀になると魏の使節も、朝鮮半島の一角に魏の出張機関政庁が所在した帯方郡の使節も、〔[玄]をキャッチする能力〕を有するものでなかったので玄海灘を往来することができなかった。ゆえに、〔[玄]をキャッチする眼力と技〕を有する倭の使節と船乗りが玄海灘を往来して魏と倭の国交を結んだ。この結果、『魏志倭人伝』が著作された。
 学者の主張とおりに卑弥呼王朝は〔天の北極〕を最も重視して日本列島は東に伸びると定めていたならば倭国では〔[玄]をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕が廃(すた)れていたことになるので、魏と帯方郡の使節と同じく倭の使節も玄海灘を渡ることができなかったので魏と倭は国交を結ぶことができなかったことになる。そうすると、約2000字で構成される『魏志倭人伝』は1字も文字が書かれていなかった白紙であったことになる。
 こんな奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な考えや意見は直ちに〔誤読〕の空論であると断定すべきことになる。
 このように、〔[玄]のキャッチ〕の1点に絞って考えると、学者たちの邪馬台国説の正体は〔誤読〕の空論であると即刻断定することができる。

◆ゆえに、真実の歴史を後世に伝えるために、〔[玄]をキャッチする方法〕で図化したA図の1千万坪の「卑弥呼」の地上絵が作成されて保存されたのである。
 E図に示す「琵琶湖」の古称は「の海」である。ゆえに後世の人々が真実の歴史を容易に察知できるように、鳰の海の東岸に〔[玄]のキャッチする方法〕で図化した彦根の鳰の地上絵が作成されたのである。
 〔[玄]をキャッチする眼力と技〕を有しないと往来することができない玄海灘に浮かぶ沖ノ島は『魏志倭人伝』が最も多くの記事で説明する転回日本列島地理の西の緯度原点地である。そして、A図の「卑弥呼」の地上絵とB図の彦根のの地上絵は〔[玄]をキャッチする方法〕ならば作成できたが、〔天の北極〕では絶対に作成することができない。
 だから、〔[玄]のキャッチ〕の一点に絞って考えると学者たちの邪馬台国説は〔誤読〕の産物である正体が白日のもとにさらされることになる。

Image

|

« 日本が滅びる・2 | トップページ | 日本が滅びる・4 »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

卑弥呼」カテゴリの記事

邪馬台国」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

漢字の起源」カテゴリの記事

ヒエログリフ(聖刻文字)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本が滅びる・3:

« 日本が滅びる・2 | トップページ | 日本が滅びる・4 »