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2013年7月18日 (木)

3・夏音文字

●【夏音文字かおんもじ

◆中国の夏代かだいは、紀元前2070年~紀元前1600年である。
 フリー百科事典『ウィキペディア』の「夏(三代)」は、「夏代の文字」を「夏文字」と呼ぶ。しかし、中国の正史『新唐書しんとうじょ』日本伝は――『古事記』が完成した10年前の702年に中国に渡った日本国の遣唐使が「後稍夏音のち・やや・かおんを習う」すなわち「壬申の乱の後、稍々夏音文字を復興することになった」と中国王朝に告げた――と記述する。
 ゆえに、わが国は「夏文字」を「夏音文字」と呼称した。
 『ウィキペディア』の「夏(三代」」の【夏文字(夏音文字)」】の仮説は全面的に誤っている。ゆえに、中国において【夏文字(夏音文字」】はまったく不明ということになる。

◆【夏音文字(夏文字)】は実在する。
 下記に示すように、『魏志倭人伝』の「卑弥呼」を「ヒミコ」と読む、これは夏音文字の字音である。また、『古事記』序末部に記載される「玖沙訶」を「クサカ」、「多羅斯」を「タラシ」と読む字音はじめ、『古事記』上巻の随所に〔音」という注が付く1字1音読みは702年の日本国の遣唐使が中国王朝に「夏音文字(夏文字)が、わが国に実在した」と告げた――この夏音文字の字音を今日に伝えるものとなる。
 下記に記述するように、夏音文字はわが国には今から約4050年前(紀元前2050年頃」に伝来した。
 わがブログサイト「卑弥呼の逆襲:日本は滅びる」は1回~100回を超えて、毎回、毎回くりかえしてわが国に夏音文字が実在した証明を【科学】を優先して立証する。
 【科学】に則って立証すると、わが国には下記にて指摘する大湯環状列石おおゆかんじょうれっせきや“「卑弥呼」の地上絵”はじめ彦根の「夏音文字の学芸は未だ習わず」と設計する3千万坪の大鳥の地上絵・京都市に所在する桂離宮の庭園・京都市に所在する竜安寺の石庭など、これらは夏音文字が実在したと証明できる史跡となる。また、大嘗会だいじょうえ における天皇即位式に用いられる王冠・菅蓋かんがいは夏音文字がわが国に実在したと伝える資料となる。
 天照大御神を皇祖とする朝廷・天皇の起源と政権基盤は夏音文字の学芸であった。
 また、日本の文字(漢字)と言語の基礎は夏音文字であり、日本の学術は夏音文字の学芸から起源した。
 だから、中国で不明となった夏音文字(夏文字)は、わが国において【科学】を優先して究明・調査すれば、明確に実在したことが証明できる――2014年3月17日に追加補筆。

◆今から約4050年前の夏代初頭は、わが国の後期縄文時代初頭である。
 この紀元前2050年頃に、中国から原初漢字・夏音文字がわが国の東北地方の男鹿半島・米代川流域の縄文文化圏に伝来した。
 秋田県鹿角かづの市に所在する国の特別史跡・大湯環状列石おおゆかんじょうれっせきは夏代初頭(後期縄文時代初頭)に相当する。この大湯環状列石の万座遺跡と野中堂遺跡には、夏音文字の学芸が伝来した痕跡が現在も明確に残っている。

★『魏志倭人伝』の人名・小国名をあらわす文字が「夏音文字」である。
 この「夏音文字」は、【用語の解説】の「4・倉頡そうきつが死刑と定めた3つの掟」によって、「秋の銀河と夏の銀河の各部の形状」が「文字(字源・字形・字義)」となり、遺跡から出土されないことになった。
 なお、【用語の解説】の「1・漢字」と「2・秋の銀河と夏の銀河」を参照していただきたい。

 『魏志倭人伝』にある「倭の易における卜辞に用いる文字は令亀れいきの法の如き」という記述にある「令亀の法の如き」という文は「殷代の亀の甲羅に刻む甲骨文字(契文)の如き文字」と伝えるものであるゆえ、「倭には夏音文字があった」ことになる。
 また「倭女王卑弥呼が文書に書く文字は魏の都・帯方郡・諸韓国の文書に用いる文字と差錯ささく・相違していた」という記述もあり、この卑弥呼が文書に書いた文字は「夏音文字」であった。

★わが国の中国古代文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は「わが国の漢字音」と題して9頁末から10頁の3行目にて、下記のごとく指摘する。
 「古紐や古韻の研究は、西洋の言語学・音韻学がとり入れられ、殊にその音韻史研究によってえられた諸法則が、原理的にほぼ適用しうるという関係もあって、カールグレーンがその方法を開いてから、急速な進展をみせている。そしてその結果、わが国の国語として残されている字音が、いま残されているもののなかで、最も古い時期のものであることが明らかになった。」
 この〔わが国の国語として残された、最古の漢字音からなる文字〕が「夏音文字」である。

★1975年4月15日に初版第1刷発行された『日本古代史の旅[3] 邪馬台国』(小学館)の30頁にある「卑弥呼の発音について」と題する注は、下記のごとく記述する。
 ――卑弥呼の文字を中国漢字の上古音で読めば「ピミカ」になる。また魏以前の中古音で読めば「ピミエクゥオ」となる。
 「卑弥呼」を「ヒミコ」と読む字音は、中国に残っている最古の字音である上古音の「ピミカ」よりも古い。ゆえに、『魏志倭人伝』の卑弥呼はじめとする人名・小国名をあらわす文字は殷代の甲骨文字(契文)よりも古い原初漢字の「夏音文字」であったことになる。

★上記したように、中国の正史『新唐書しんとうじょ』日本伝には――702年に中国に渡った日本国の遣唐使が中国王朝に「後稍のちやや夏音を習う」と伝えた――と説明する記述があり、この10年後の712年に『古事記』が完成した。この『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字で、多数の夏音文字が残され――これによって、今日のわれわれが夏音文字が実在したことを確信できるように、上記したとおりに先人たちは複数の史跡・遺跡・遺物を残した。このため、日本の学術の基盤は夏音文字の学芸であったことが解明できる。

◆以上のごとく、わが国にはいま残されている最古の漢字音の【夏音文字(夏文字)】が『魏志倭人伝』と『古事記』上巻に記載されて消滅せずに残った。
 『魏志倭人伝』と同時代の3世紀後半に作成された、現在の静岡県浜松市北区細江町の行政区域を表示する地図の形となって、丁度1千万坪の巨大な鳥の地上絵が現存する。この大鳥の地上絵を、わたくしは“「卑弥呼」の地上絵”と呼ぶ。
 この「卑弥呼」の地上絵によって、わが国に確かに【夏音文字】が伝来したと証明され、『魏志倭人伝』の人名・小国名をあらわす文字と『古事記』上巻の〔音〕という注が付く1字1音文字は【夏音文字(夏文字)】であると科学的に証明できる。

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