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2013年7月 6日 (土)

日本が滅びる・9

◆『魏志倭人伝』は3世紀後半(西暦280289)に著作され、2世紀末~3世紀半ばまでの日本列島の様子について記述する。
 
『魏志倭人伝』は「(1)日本列島は南に伸びる (2)倭には文字があった」と記述する。この二つの記事群を学者たちは“絶対に間違っている。だから、絶対に信用してはならない”と主張して、『魏志倭人伝』に〔文献批判〕」という名の〔誤読〕を多数加える。
◆この「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」のブログにおける625日の1回から73日の7回までで、上記の『魏志倭人伝』の「(1)日本列島は南に伸びる」と説明する転回日本列島地理は卑弥呼王朝が制定した錯覚の日本列島地理であることを科学的に証明した――だから、「(1)日本列島は南に伸びる」という記述は真実であった。
 学者たちは、〔日本列島地理の方角を定める方法〕はたった1つ〔天の北極〕を基準にする方法しか存在しないと思い込み、〔天の北極〕を基準にすれば〔日本列島は東に伸びる事実〕に気づくから、「日本列島は南に伸びる」という説明は『魏志倭人伝』の著者の誤記であると断定する。しかし、〔日本列島地理の方角を定める方法〕は〔[]をキャッチする方法〕すなわち〔天頂緯度線と子午線をキャッチする方法〕も存在する。現在の国土地理院の精密な日本列島地図は〔[]をキャッチする方法〕で経緯度原点を設置して作製される。
 この〔[]をキャッチする方法〕が卑弥呼王朝の権力基盤であったので、〔[玄]のキャッチ〕で同緯度と測量できる日本列島の西端の冷たい気候区と東端の暖かい気候区と、そして中国の海岸線地域の華北地方の冷たい気候区と華南地方の暖かい気候区を比較して、卑弥呼王朝は日本列島が南に伸びていると錯覚した。
 日本列島の西端には〔[]をキャッチする方法〕ならば往来できた玄海灘が存在する。〔天の北極〕を基準にして緯度と子午線を測量する方法は不精確であったので、風波が荒い玄海灘を渡ろうとすると位置と方角が直ぐに不明となって落命して家族が待つ家に帰還できなかった。中国では紀元前1世紀に〔天の北極〕を最も重視するシナ天文が完成したため、約300年後の卑弥呼が生存した3世紀になると〔[]をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕が廃(すた)れた魏と帯方郡の使節は玄海灘を渡ることができなかった。しかし、倭では〔[]をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕が栄えていたので、倭の使節が玄海灘を往来して魏と倭は国交を結んだ。
 学者たちの邪馬台国説は卑弥呼王朝も〔天の北極〕を最も重視するものであったと考える。そうすると、魏・帯方郡の使節と同じく倭の使節も玄海灘を渡ることができなかったことになる。したがって、魏と倭は国交を結ぶことができなかったことになるので、約2000字で構成される『魏志倭人伝』は1字も文字が書かれていなかった白紙であったことになる。このように転回日本列島地理の秘密を解明すると、学者たちが主張する邪馬台国説は〔誤読〕の空論であることが決定的となる。
75日の前回(8)のブログでは『魏志倭人伝』の「(2)倭に文字があった」という記述も真実であったと証明した。
 「卑弥呼」を「ヒミコ」と読む字音は、わが国の古代漢字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作する『字統』(平凡社)にて「わが国語として残されている字音が、いま残されているもののなかで、最も古い時期のものであることが明らかになった」と指摘する夏音文字の字音である。だから、夏音文字は確かに伝来していることになる。
 この夏音文字は『魏志倭人伝』の人名・小国名をあらわす文字として残り、『古事記』上巻の随所に〔注〕と付く1字1音文字となって、現在のわれわれが直に目で見て実在することが確認できる。
 75日の前回(8)のブログに『魏志倭人伝』の「(2)倭に文字があった」という秘密を詳細に解明して事実であったことを証明したので、前回のブログを読んでいただきたい。
◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」の1回から7回までにおいて、A図とした「卑弥呼」の地上絵は『魏志倭人伝』と同時代の3世紀後半に作成され、現在の静岡県浜松市北区細江町の行政区域を表示する地図の形として現存する。
 この「卑弥呼」の地上絵によって、学者たちが“絶対に信用してはならない”と定める「(1)日本列島は南に伸びると錯覚した転回日本列島地理 (2)倭に文字(夏音文字と楷書)があった」と伝える『魏志倭人伝』の二つの記事群は歴史的事実であったことが科学的に完璧に証明することができる。

2009131日、朝日新聞は「奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡は邪馬台国と考えられる」という記事を報じた。
 続いて4ヵ月後の529日、朝日新聞は奈良県桜井市に所在する箸墓(はしはか)古墳を「やっぱり卑弥呼の墓?」という記事を報じた。この記事は――国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)5千点を超す土器の付着物や年輪の年代を測定。その結果、箸墓の堀や堤からも出土し、箸墓が築造された時期の土器と考えられている「布留0式」が使われていた期間を240260年に絞り込んだ――と説明した。
 『魏志倭人伝』は「卑弥呼は240年ころに没した」と記述し、「布留0式」土器の放射性炭素年代測定の240260年と重なる。そして、箸墓の円墳部は直径157mであるので「径百余歩」の卑弥呼の墓の円墳部の直径に適合する。だから、幾人かの学者たちによって箸墓が卑弥呼の墓であったと主張されることになった。
 しかし、たとえ「布留0式」の土器が240260年と放射性炭素年代測定されても、『日本書紀』崇神(すじん)天皇紀が「箸墓に倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)を葬った」と記載するゆえ、箸墓はやっぱり卑弥呼の墓であるはずがない。
 『魏志倭人伝』と同時代に作成された「卑弥呼」の地上絵によって、卑弥呼王朝は「日本列島は南に伸びる」と錯覚の転回日本列島地理を制定していたことが科学的に証明される。ゆえに、『魏志倭人伝』は卑弥呼が居住した王国・邪馬壱(やまい)国は山陰・出雲(現在の島根県東部)であったと証言していることになる。
 他方、箸墓を卑弥呼の墓とする邪馬台国纏向遺跡説は、『魏志倭人伝』の地理・方角に関する記事に対して多数の矛盾点と不合理な点を有して論理がまったく完結しないゆえ、【科学】が成立しない〔誤読〕の空論となる。
 さらにわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」の2回~7回にて繰り返して証明したように、『魏志倭人伝』に記述された卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理を注目すると、邪馬台国纏向遺跡説の場合は魏と倭が国交を結ぶことが出来なかったことになるので、約2000字で構成される『魏志倭人伝』は1字も文字が記述されていない白紙であったという奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な意見となる。だから、邪馬台国纏向遺跡説は【科学】がまったく成立しない〔誤読〕の空理空論であることは否定できない事実となる。
◆箸墓を卑弥呼の墓とする邪馬台国畿内説が朝日新聞に報道された日から丁度一週間後(64)に「足利事件」について報道された。この「足利事件」を基に考えると、邪馬台国畿内説(纏向遺跡説)は〔誤読〕の空論であると断定すべきことになる。
 1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件を「足利事件」という。
 栃木県警は、導入したばかりのDNA型鑑定で女児の着衣に付着していた体液と菅家利和受刑者の体液が一致したとして、菅家さんを殺人と死体遺棄の疑いで逮捕した。菅家さんは無罪を主張したが、彼の言は無視され、2000年に最高裁で無期懲役判決が確定した。しかし、菅家さんの再審請求によって、東京高検は200964日、以前のDNA型鑑定は再鑑定の結果誤っていたことが証明されたと表明して、菅家さんは17ぶりに釈放された。
 菅家さんが〔犯人〕とされた最大の根拠はDNA型鑑定であり、このDNA型鑑定を菅家さんが無罪を主張する言よりも優先・重視して栃木県警は捜査を進めたため、無罪な人を殺人者に仕立てる事実誤認の冤罪(濡れ衣)事件がおきた。
 足利事件における〔DNA型鑑定〕を箸墓卑弥呼陵説の根拠とする〔放射性炭素測定〕に見立て、〔菅家さんの無罪を主張した言葉〕を〔『魏志倭人伝』の全記事〕に見立てれば、〔栃木県警・最高裁・新聞各社が菅家さんを犯人に仕立てた捏造(ねつぞう)〕と〔箸墓卑弥呼陵説〕は共通するので〔箸墓卑弥呼陵説〕は事実無根の捏造であることが明白となる。
 『日本書紀』崇神天皇紀は「箸墓は倭迹迹日百襲姫命の墓である」と記述するので、放射性炭素年代測定を根拠にして箸墓を卑弥呼の墓であると主張するのは栃木県警の冤罪と同じで【科学】にまったく反する捏造となる。
2009626日の朝日新聞のメディア衆論「科学報道を科学的に検証する」という特集は足利事件に対する栃木県警と最高裁と新聞報道の在り方を反省して「足利事件は〔科学的手法(DNA型鑑定)〕と【科学】とを同一視した思い込みによって成立するものであった」と総括した。 
 『魏志倭人伝』の全記事を忠実に読解すると卑弥呼が居住した王国(邪馬壱国)は出雲(
在の島根県東部)であったことになり、【科学】が成立する。というのも、新村出編『広辞苑』は【科学】を「世界の一部分を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的認識」と解説するように、邪馬壱国出雲説は一点の矛盾点も存在しない、さらに各部の記事は互いに関連しあって系統的な合理的認識を成立させるので『広辞苑』の【科学】の説明に合致することになるからである。
 他方、箸墓を卑弥呼の墓と考える纏向遺跡邪馬台国説は、『魏志倭人伝』の多数の記事と矛盾するゆえ【科学】がまったく成立しない。しかも纏向遺跡邪馬台国説は〔天の北極〕を基準にする日本列島地理を立論基盤とするため、この考え方だと魏と倭は国交を結ぶことができなかったことになるので、約2000字で構成される魏志倭人伝』は1字も文字が書かれていない白紙であったとなって、〔誤読〕の空論であることが証明される――このように、纏向遺跡邪馬台国説は〔経験的に論証できない空理空論にして、多数の矛盾と不合理で構築される意見〕であるので、完全に【科学】に反する。だから、〔科学的手法の放射性炭素年代測定〕にもとづくと箸墓が卑弥呼の墓と推断できるとする根拠をもって纏向遺跡が邪馬台国であると主張する意見は朝日新聞が総括した「〔科学的手法〕と【科学】とを同一視した思い込みによって成立したもの」となるので、栃木県警の冤罪と同じ捏造となる。

◆『魏志倭人伝』に〔文献批判〕という名の〔誤読〕を一点も加えないで、全記事を忠実に読解する考え方をすると【科学】が成立し、『魏志倭人伝』と同時代に作成された「卑弥呼」の地上絵が証拠・根拠となって、『魏志倭人伝』のすべての記事は歴史上におこった事実を証言するものであると【科学】が成立して証明される。これゆえ、転回日本列島地理・邪馬壱国出雲説は、『魏志倭人伝』のすべての証言が事実を伝えるものであり、この事実を完全証明できる証拠(「卑弥呼」の地上絵)もそろっている。
 一方、箸墓卑弥呼陵・纏向遺跡邪馬台国説は『魏志倭人伝』の証言に対して多数の矛盾点と不合理な点を多数有して【科学】がまったく成立しない意見にして、〔科学的手法〕と【科学】とを同一視した思い込みによって成立する意見となる。

だから、箸墓卑弥呼陵説・纏向遺跡邪馬台国説は〔誤読〕と〔思い込み〕とで立論される空理空論であることは否定できない事実となる。
このような空理空論の箸墓卑弥呼陵説・纏向遺跡邪馬台国説を基に「邪馬台国は畿内説が最有力となった」と説くのが、朝日新聞出版が今月の中旬か下旬に発刊する週刊『新発見! 日本の歴史』8号である。したがって、この8号は多数の〔誤読〕を駆使して、日本人の命と魂の根元・日本国の尊厳・〔愛〕の理念を掲げて建国された日本誕生史の秘密を科学的に解明できる『魏志倭人伝』の記述を抹殺する“日本人と日本国を滅ぼす、悪魔のささやき”ということになる。

われわれ日本人は学者たちが〔誤読〕を駆使して捏造する邪馬台国説の鎖やロープに縛られて監禁される部屋に閉じ込められて滅多打ちに日々暴行を受けて日本人と日本国の尊厳を凌辱(りょうじょく)される状況にあるゆえ、このブログ名を「日本が滅びる」とした。

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