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2013年8月14日 (水)

日本が滅びる・28

日本の漢字は男鹿半島・米代川縄文文化圏から起源した(1)
 
◆漢字は中国の黄河中流地域から起源したゆえ、漢字の原郷は黄河中流地域となる。
 今から約4050年前の夏代(かだい)初頭、わが国に夏音文字が中国から伝来した。というのも夏王朝2代帝益の孫である王子と益氏の若者たちが東北地方の男鹿半島・米代川(よねしろがわ)縄文文化圏へと移住したからである。この歴史は『日本書紀』神武天皇紀初頭の天祖降臨説話として記述される。これゆえ、米代川上流の秋田県鹿角(かづの)市花輪町に所在する国の特別史跡・大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)には、夏音文字が伝来した痕跡が現在も、明確に残っている。
 したがって、わが国の漢字の原郷は男鹿半島・米代川縄文文化圏となる。

 『魏志倭人伝』には「古(いにしえ)より以来、倭の使者は中国に詣(いた)ると、皆みずから大夫と称す」という記述があり、万葉仮名では「大夫」は「ますらを」と読み、今日において「益荒男」と表記する。この「益荒男」という語は「益氏の王子と若者たちのように、荒波逆巻く大海を越えた勇猛果敢な立派な男子」を略したものとなる。ゆえに、上記の『魏志倭人伝』の「昔から、倭の使者は大海を越えて中国に到着すると、皆みずから“大夫”と称していた」という説明は「倭の使者は皆が皆、“夏代初頭の益氏の王子一行のように荒波逆巻く大海を越えてきた”と自画自賛していた」と伝えるものとなる。

◆漢字が起源した中国には、夏代の漢字音すなわち夏音は残っていない。
 しかし、わが国には夏音が残る。『魏志倭人伝』に記載される人名・小国名は夏音文字で表記され、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注がつく1字1音読みの夏音文字が記載される。新村出編『広辞苑』の【大嘗祭(だいじょうさい)】について「祭場を二ヵ所に設け、東()を悠紀(ゆき)、西()を主基(すき)という」と説明する文中にある「悠紀」を「ゆき」、「主基」を「すき」という1字1音で読む字音は夏音である。
 わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)の9頁末から10頁初頭までの「わが国の漢字音」は以下のごとく指摘する。
 「古紐や古韻の研究は、西洋の言語学・音韻学がとり入れられ、殊にその音韻史研究によってえられた諸法則が、原理的にほぼ適用しうるという関係もあって、カールグレーンがその方法を開いてから、急速な進展をみせている。そしてその結果、わが国の国語として残されている字音が、いま残されているもののなかで、最も古い時期のものであることが明らかになった。」

 『魏志倭人伝』に記載される「卑弥呼」をいま残されている最古の夏音で読むと「ヒミコ」となる。現在、中国に残されている最古の上古音で「卑弥呼」を読むと「ピミカ」になる。だから、“わが国には夏代初頭に夏音文字は絶対に伝来していない”と主張する邪馬台国学者たちが「卑弥呼」を「ヒミコ」と読むと、彼らはみずからの意志に反して「わが国には夏音文字は確かに伝来していた」と断言していることになる。
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◆『魏志倭人伝』には、以下のごとき記事があり、(1)(2)(3)に分けた。
(1)――女王国の東、海を渡ること千余里にしてまた国有り。皆倭種なり。
 (2)――また侏儒(しゅじゅ)国有り。その南に在り。人の長(たけ)三、四尺。女王を去ること四千余里。また、裸()国・黒歯(こくし)国有り。
 (3)――またその東南に在りて船行一年にして参問至るべき。倭の地を参問するに、海中洲島(しゅうとう)の上に絶在し、あるいは絶え或いは連なり、周旋(しゅうせん)五千余里ばかり。」
(1)の文であらわされる小国は、卑弥呼王朝が制定した錯覚の日本地理の転回方位に則るとA図に示すように、女王国・邪馬壱国の東となる日本海上に浮かぶ隠岐群島となる。
(2)の文は転回方位地図のA図に示す女王国・邪馬壱国の南に位置する北陸三小国を説明するものとなる。女王国から南へ四千余里となる侏儒国の旅程基点は、現在の石川県金沢市であったと考えられる。
★B図の右下に転回方位を示した。(3)の文の通り、北陸三小国から転回方位の「東南」に、男鹿半島が所在する。ゆえに、(3)の文は侏儒国の旅程基点・金沢市から男鹿半島の根元にある秋田県潟上(かたがみ)市旧天王(てんのう)町までの旅程を説明するものとなる。

 
転回方位にもとづくと天王町の東南に、国の特別史跡・大湯環状列石が所在する。つまり、天王町は天祖一行(帝益の孫の王子と若者たち)が最初に男鹿半島に足を踏み入れた上陸地点となる。
ゆえに、『魏志倭人伝』は「3世紀、日本列島に存在した夏音文字の学芸は男鹿半島・米代川縄文文化圏から起源した」と伝えていることになる。
 
 (3)の「海中洲島の上に絶在し」という文はB図に示す〔日本海上に浮かぶ新潟県佐渡島〕を、「あるいは絶えあるいは連なり」という文はB図の〔佐渡島から新潟県粟島(あわしま)、粟島から山形県飛島(とびしま)、飛島から天王町までの海路〕を説明するものとなる。
 A図に示した古代出雲(邪馬壱国)における中心地域であった意宇(おう)郡から侏儒国・加賀の金沢までの直線距離を約四千余里とすると、B図の金沢から天王町までの直線距離は約五千余里に匹敵する。したがって、B図の〔金沢市から天王町まで海路〕が「周旋五千余里ばかり」であったことになる。
 「周旋五千余里ばかり」という文は「日本海から津軽海峡を通過して太平洋上へと出て円形を描く海路」であると解釈すると、邪馬壱国から隠岐群島までの千余里に対して邪馬壱国から侏儒国までの四千余里は合理となるが、侏儒国から太平洋上までの五千余里の距離数がまったく合致しない。だから、距離数の合理にもとづくとA図とB図のごとくなる。
 だから、「周旋」は「五千余里ばかり」の海路を表示するものではない。B図の右上に示すように、「周旋」は「海路の出発地となる北陸三小国の小国名が、産道を通過するときに胎児の頭が周旋する様子から名づけられた」と表現するものであったことになる。

◆C図の上図に示すように、旧国の加賀(現在の石川県南部)が「侏儒国」となる。実際に観察するとC図の下図の「鬼の横顔に似る銀河(鬼の姿に似る銀河の横顔の部分」」は朱色に輝く。〔人の生子・赤ちゃんの顔〕も朱色であるゆえ、[][]を加えて[]の字となった。『説文解字』は[]の字源を「柔らかなり」と解説する。C図の上部に示す「鬼の横顔に似る銀河」は「胎児の頭」に見立てられ、〔加賀の地図の形〕は「鬼の横顔に似る銀河」に類似すると解釈された。そして、胎児の頭は[]の字義のごとく柔らかく蛇のように身をくねって狭い産道を通過する。ゆえに、〔加賀〕の小国名は「侏儒国」となった。
 C図の上図の能登半島の〔七尾湾(ななおわん)の岸〕は〔口や歯〕のごとくに観え、〔能登島〕は〔舌、あるいは歯で噛む食べ物〕のごとくに観える。ゆえに、〔七尾湾〕は真っ黒な「長方形の暗黒天体部」に見立てられた。「長方形の暗黒天体部」はE図の[]の下部の[]と字部なるゆえ、「長方形の暗黒天体部」は[]の字にもなった。だから、旧国の能登(現在の石川県北部)の小国名は「黒歯国」となった。
 天文学では「北半球の人々が最も輝いて見える銀河部」を「北天の最輝部(さいきぶ)」と呼称する。C図の下図の「北天の最輝部」は〔高温で白熱した光のように輝く銀河部〕であるので、「夏の真っ盛りの太陽の強い陽射し」に見立てられた。C図の下図に示すように、「北天の最輝部」の東北には「日光」のイメージとなる「3本の放射状の銀河部」がある。「日光の銀河部と北天の最輝部の中間」は天文学で「コールサック(石炭袋)」で呼ばれる真っ黒な銀河の北部である。夏の強い陽射しを浴びると裸の部分は、真っ黒に焼ける。これゆえ、C図の上図に示すように、旧国の越中(現在の富山県)は〔夏の陽射しで真っ黒に焼ける裸となる人の首まわり〕に見立てられて、小国名は「裸国」となった。
 C図の上図において、侏儒国の顔は上を向き黒歯国の顔は下を向くので、両者の頭の向きは正反対である。裸国は〔出産する裸の胎児の身体部〕に見立てられ、侏儒国・黒歯国は〔出産する時の胎児の頭〕に見立てられた。

◆D図に示す出産第1期において、骨盤入口となる子宮頸部に接近すると胎児はあごを胸につけた姿勢で児背は母体の左または右にある。中ほどにくると胎児の頭は斜め後ろ(母体の背側)に顔を向け、骨盤出口では顔をすっかり後方に向ける位置をとる。出産第1期の終わりにはほぼこの状態になる。
 出産第2期において、胎児の頭の最も大きい部分が膣口(ちつこう・膣入口)を通過しようとする時を「撥露(はつろ)」といい、この撥露の直後に膣口から胎児の頭が生まれる。ついで頭はふたたび母体の左または右を向くが、これは肩の部分が骨盤出口を通過するためである。肩はまず上(母体の背側)にあるほうから先に、ついで下(母体の背側)の肩が出ると、あとは一気に生まれる。
 このような出産する時の胎児の頭と身体は渦を巻くように周旋して生まれる。だから、〔胎児の頭と身体が周旋して生まれる状況〕を北陸三小国の名が表現するゆえ、B図の右上に示すように『魏志倭人伝』にて「北陸三小国」は「周旋」と表記されたのである。

◆F図に示すように、「侏儒国」の名となった「鬼の姿に似る銀河と北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は[]の字となり、「女性の子宮」をあらわす[]が加わって[]の字となった。[]に「心臓」の[]が加わって[]の字となった。[]の字は「胎児を娩出(べんしゅつ)するときの母体におこる怒責(どせき)」をあらわした。「怒責」とは「母体が雷のごとく大声をあげていきみ・きばる行為」である。

◆G図に示すように、[]の字源は「ジャコウウシ」である。わがブログ「卑弥呼の逆襲:【用語の解説】の「5・漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕」で解説するように、ジャコウウシは漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を象徴する聖獣である。「黒歯国」という小国名となったC図の下図に示す「長方形の暗黒天体部」は、G図において「湾曲するジャコウウシの角」に見立てられた。ジャコウウシの角は、サザエなどの巻貝の身と臓物(はらわた)のごとく螺旋(らせん)状に渦を巻く。ゆえに、「サザエ」は漢字では「栄螺」と表記されて「螺旋」の[]の字が付く。〔巻貝の身と臓物〕の形に相似する〔ジャコウウシの角〕に見立てられた「長方形の暗黒天体部」は「胎児が通過する産道」に見立てられ、また「骨盤入口、骨盤出口、膣口」に見立てられて[口]の字となった。

◆G図に示す卑弥呼が生存した3世紀の天頂緯度線は、「黒歯国」「裸国」の小国名となるC図下図の「日光の銀河部と北天の最輝部の中間」と「長方形の暗黒天体部」を貫通した。
 わがブログ「卑弥呼の逆襲:【用語の解説」の「7[]のキャッチ」で解説するように、H図の最上部に示す[]の字の[(とう)][]は「46秒でキャッチする天頂緯度線」をあらわし、[][短い縦線]は「天頂点の真北または真南の目星(銀河部位や恒星など)を結ぶ子午線」をあらわした。[]の下の[(よう)]は「胎児が産道を無心無欲に周旋して生まれる」をあらわす。だから、[]の字は「産道を無心無欲で周旋する胎児のごとく心境になってキャッチできる天頂緯度線と子午線」をあらわした。

◆以上のごとく、B図の右上に示す「周旋」という語は「北陸三小国」があらわした。
 だから、『魏志倭人伝』の方位を記す旅程記事のすべては、〔[]のキャッチ〕が最も強力な権力基盤であった卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理を証言するものであったことになる。
 前回のわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・28」にて解説したように、201386日に発売された朝日新聞出版の『新発見! 日本の歴史』8号における関西大学教授の西本昌弘氏が書く「邪馬台国論争、決着はいつか?!」の5頁における「現在、邪馬台国の候補地は関東地方から沖縄県にいたる各地に存在するが、文献史料と考古遺物にもとづく客観的な議論にたえうるのは、畿内説と九州説の二つに絞られる」という主張は誤りで、畿内説と九州説はじめとするすべての邪馬台国説の実体は〔誤読を駆使する空想〕である。というのも、すべての邪馬台国説は「現在の日本地図を立論基盤にして、『魏志倭人伝』のすべての方位記事と合理とならなくても部分的に合致すればよい」という主観的な考えにもとづくゆえ、いっこうに論理の完結が得られず、古代史学で最も優先される【科学】と真逆(まぎゃく)の空理空論であることを証明されるからである。

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