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2013年8月29日 (木)

日本が滅びる・35

●漢字の字形は出産する胎児の周旋をモデルとする

 

◆すべての漢字はA図の「秋の銀河(の西部)と夏の銀河」の各部の形状から作られた。

今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝につかえた史官の倉頡(そうきつ)は漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明した。この漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕の発明によって、A図の銀河各部の形状から万物の情(イメージ)に類似する多数の文字を作ることができるようになった。ゆえに、倉頡は“漢字の始祖”と崇拝された。

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◆B図に示すように、倉頡が生存した五帝時代、黄帝を祭る廟(びょう)とその墓とされる皇帝陵が所在する陝西省(せんせいしょう)黄陵県(こうりょうけん)の橋山(きょうざん)と華南地方の太湖南岸の天頂に、「十字の銀河」がめぐってきた。
 C図に示すように、「十字の銀河」の西側は〔女性の乳房〕に相似し〔女性の生殖器(子宮)〕に相当する銀河部がある。ゆえに、倉頡は「十字の銀河」を「文字を生む母体」と定め、〔すべての文字〕は「十字の銀河の子宮」から生まれると定めた。これゆえ、私は「十字の銀河の子宮」の別名を「鳥獣の足跡」と呼ぶことにした。

◆D図のごとく、聿(いつ・垂直に立つ柱)の真北に立つ天文士が聿の真南に隠れる太陽の位置を箸(はし・高度を測量する棒)の先端でキャッチすれば、日々の正午の太陽の高度のデータを書き記すことができる。
 これゆえ、E図のごとく「十字の銀河」は[]の字となり、「十字の銀河」の真南にある「日輪の銀河」は〔聿の背後に隠れる正午の太陽〕に見立てられて、「十字の銀河の子宮」から[()]の字が生まれた。
 白川静著『字統』は[]の字形を「旧字は晝に作り、聿と日とに従う」と解説する。[]の字義は「ふで()」であり、白川静著『字統』は[]の字形を「筆を手に持つ形」と解説する。E図の示すように、[]の金文形上部の[]において「十字の銀河」が〔筆〕となり、「鬼の姿に似る銀河の右手となる銀河部」が〔筆を持つ手〕となった。

◆A図の銀河各部の経度と緯度はF図に示す[][]で測量して書き記したデータを図化すると、A図の秋の銀河と夏の銀河の形が明らかとなった。ゆえに、「緯度と経度のデータを書き記す」の[]の字源を、『説文解字』は「箸なり」つまり「箸(あらは)すなり」と解説する。
 銀河の各部位をキャッチするF図のおける箸の先端は四方八方・諸々(もろもろ)の方向に向いて、天文士が書き記す緯度と経度のデータを表示する。この「の先端が諸々の方向を指し示す」をあらわして、『説文解字』は[]の字源を「箸なり」と解説した。
 白川静著『字統』は[]の字形を「正字は聿と者に従ふ」と解説する。
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 G図の金文形の[][]の下が[]であり、[][箸を図案する図書][]を加えて成立する。
 E図における「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は「夕日。入日」に見立てられた。というのも、E図における東の「三つ輪の銀河」は〔夏至、春分・秋分、冬至〕の太陽に見立てられて[]の字となった。「三つ輪の銀河」は〔水の波紋〕や〔渦を巻く水〕のイメージとなりまた〔潮(海水)〕にも観えるので、[]という字は三水偏に[]が加わることになった。「日輪の銀河」の西にある「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は〔西の地平線に沈む太陽〕と〔満ち欠けする月〕のごとくに観えると見立てられて、[][]の字となった。このため、[][]は同一形のごとく酷似する。
 前述したように、G図の[][][]が加える字であるが、[]の金文形は「長方形の暗黒天体部」を〔出産する胎児が通過する子宮口や膣口からなる産道〕に見立てて[]の字となった。しかし、[]の楷書形下部は「長方形の暗黒天体部」を〔日(太陽)〕と見立てた。「長方形の暗黒天体部」の西隣の「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」が「夕日。入日」であることを示して、楷書の[]の下部は[]となったのである。

◆今から約5000年前の五帝時代初頭の生存した黄帝は、東洋最古の医学書『内経』を作ったと伝わる。この書名に用いられる文字の[][]は「人体の内臓と女性生殖器」をあらわすものと考えられる。つまり、黄帝は女性生殖器を中心とする人体の内臓を研究した。
 この女性生殖器と内臓をあらわす文字を考案するのが、史官(書記官)の倉頡の役目であった。ゆえに、倉頡は黄帝の女性生殖器の研究に合わせて、B図の天頂にめぐってくる「十字の銀河」を「文字を生む母親」に見立てて、〔すべての文字は「十字の銀河の子宮」から生まれる〕と考える漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明した。

◆H図は出産第1期と出産第2期の胎児図である。出産第1期の胎児は子宮口が全開大(せんかいだい・すっかり開くと)、骨盤入口の上ではあごを胸につけた姿勢となり胎児の背は母体の左または右にある。中ほどにくると胎児の頭は斜め後ろ(母体の背側)に顔を向け、出口では顔をすっかり後方に向ける。第2期になると、胎児の頭は骨盤の出口に近づいて母体の直腸を圧迫するので自然に怒責(どせき・大きな声を出していきみ・きばる行為)がおこり、腹圧が加えられる。陣痛と腹圧とで胎児の頭はますます押し下げられ、ついに陣痛発作の時には膣口(ちつこう)から胎児の頭が見えるようになる。胎児の頭の最も大きな部分が膣口を通過すると、胎児の頭が生まれる。ついで頭はふたたび母体の左または右に向くが、これは肩の部分が骨盤出口を通過するためである。肩はまず上(母体の腹側)にあるほうから先に、ついで下(母体の背側)の肩が出ると、あとは一気に生まれる。
 このような出産における胎児の頭の螺旋(らせん)を描くような周旋(しゅうせん)から、倉頡は漢字の字形の定式を考案した。

◆B図に示すように、皇帝時代の黄帝陵があった都(黄河中流地域)の天頂に「十字の銀河の頭部」がめぐってきた。
 この「十字の銀河の頭部」の真下の黄帝が住む都からだと、G図の[]の字源銀河は南に位置する。ゆえに、当時の都からだとG図右上の[]の金文形のような形には観えない。南を正面にすると右手側が西・左手側が東となるので、[]の字源銀河の見たままの形はI図における上南下北の()の形となる。I図の()()をH図下図の出産第2期の母体の背側に胎児の腹部があるように180度回転した上北下南図である。この()を裏返しにすると()の形(薄い紙の裏側に透けて見える形)となる。()の形が、G図の[]の金文形と合致する。
 金文が使用された周代の都においても、天頂に「十字の銀河」の北部がめぐってきた。したがって、[]の金文形は倉頡が考案した出産する胎児の頭の周旋をモデルとする字形の定式にしたがって図案されたことになる。

◆J図は、[()]の篆文形における「[]の字の180度+90度=270度の周旋」をあらわす。この「270度の[]の周旋」はH図の出産する胎児の頭の周旋をあらわしている。つまり、[]の篆文形の[]は「胎児」をあらわし、先ず胎児[]180度転回する[]となり、ついで[]90度転回して[]の頭部となる。ゆえに、「[]である頭部を270度周旋する形の[]」は、H図にて説明した「胎児の頭部の周旋」をあらわす。
 []の頭部[]より下部は[]であり、この[][][]の中間に[隅丸角(すみまるかど)90度に曲がる図書]が加わる。この[]の下部の[]は「栄螺(さざえ)などの巻貝の貝殻の構造のように、螺旋を描く胎児の頭の周旋」をあらわし、この[隅丸角の90度に曲がる図書]はK図の「天頂点を通過する銀河部位が西北の地平線から地中に潜って東北の地平線に達するまでの、地中に潜る90度の角距離」をあらわしていることになる。
 J図の[]の字における「[]の字の270度の周旋」は、K図の「天頂点を通過する銀河部位の東北の地平線から昇って西北の地平線に没する270度の角距離」をあらわす。
 そして、K図の「天頂点を通過する銀河部位の地中に潜る90度の角距離」は、倉頡が定めた(3)の「書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者は神罰が下って即刻に死刑に処せられ、その死体は地中に埋められる」という掟をあらわした。

◆L図の「産道()における胎児の頭の周旋」は、J図の「270度の[]の周旋」とK図の「天頂点を通過する銀河部位の東北の地平線から昇って西北の地平線に没するまでの270度の角距離」に見立てられた。
 H図上図の「出産第1期の子宮内にある胎児の頭」はJ図の[][]の中間にある[隅丸角の90度に曲がる図書]に符合した。これゆえ[][]の中間にある[隅丸角の90度に曲がる図書]はK図の「天頂点を通過する銀河部位の地中に潜る90度の角距離」に見立てられた。
 古代における胎児は、L図左図に示した「子宮口」となる「狭い子宮頸部(しきゅうけいぶ)」を通過するときに頭が絞められて死産することが多かった。だから、H図上図の〔子宮口(子宮頸部)の全開大以前の胎児〕はK図の「天頂点を通過する銀河部位の地中に潜る90度の角距離」に見立てられた。つまり、〔子宮頸部の全開大以前の胎児〕は〔文字を書いた人〕に見立てられ、〔用済みになった文字を消さない者または消し忘れた者〕は〔神罰が下って、狭い子宮頸部で頭を絞められて死ぬ〕と示されたのである。
 I図に示す字形の定式は、倉頡が「すべての文字は、十字の銀河の子宮から生まれる」という定理をあらわす。いいかえると、倉頡はH図の子宮頸部(子宮口)が全開大してからの胎児の頭の周旋をモデルにして字形の形式を定めた。これゆえ、すべての漢字の字形は「十字の銀河の子宮から生まれる」という定理のもとづいて成立するものだったのである。
 
◆L図の「女性の生殖器の側身形」は「水の姿」に相似する。わがブログ「卑弥呼の逆襲:【用語の解説】」の「5・漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕で解説したように、[]の字源「ジャコウウシ」と[]の字源「フタコブラクダ」は漢字作成原理を象徴する聖なるである。C図に示すように、「十字の銀河の子宮」は「十字の銀河の右足」と重なり、「十字の銀河の子宮」は3本指であるが、〔鳥や獣の人の足跡〕に類似すると見立てられた。ゆえに、漢字作成原理の名称は「鳥獣の足跡」となった。
 すべての漢字の字形はI図に示した複雑な形式であらわすと倉頡は定めた。[天][大][夫]のような左右が同じような形の字形だと字形の定式が分かりにくいが、I図の[書]の金文形のように左右非対称形の字形だと漢字の字形の定式の秘密が明白となる。
 倉頡は自らが考案した文字が強大な権力、莫大な富、最高の名誉を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が文字の学識を手に入れて革命に利用したならば王朝は容易に滅亡するにちがいないと考えた。I図に示した()の見たままの形に定めると、文字は銀河各部の形状から作られたことが容易に察知できる。それゆえ、文字が銀河から作られた学芸を反体制側の人々が習得することを防ぐために、倉頡は出産する胎児の頭の周旋の様子をモデルにして複雑な字形の定式を考案したのである。

◆楷書の字形は、倉頡が定めた字形の定式を受け継いでいる。楷書は筆づかいにおいて最も運筆しやすいように進化した書体であるが、銀河各部の面影をいまだ色濃く残している。複雑な視覚パターンの認識や処理に優れる右脳思考の画家やデザイナーなどの芸術家が楷書の字形とA図の銀河各部の形状を比較すると、彼等はI図の字形の周旋の秘密を直観的に処理して“多くの楷書は銀河各部の形状から作られている”と指摘するにちがいない。

 中国における楷書は倉頡の「(3)書いた文字が用済みになったならば、文字は直ちに消さない者また消し忘れた者には神罰が下って即刻に死刑にする」の掟を破って守らなかった。しかし、わが国では3世紀においても、倉頡の掟をまもって夏音文字はもちろん楷書も用済みになると必ず消されていた。このために、卑弥呼時代(2世紀末~3世紀半ばまで)の文字は出土しない。ところが、5世紀から6世紀になると倉頡の掟を破って、鉄剣や銅鏡などに楷書を書き刻むようになった。だから、712年に完成した『古事記』上巻において夏音文字は楷書で表記された。卑弥呼時代、伊都国の港で魏の楷書に変換されて送られた文書の文字を魏では倉頡の掟を守らずに消さなかった。ゆえに、魏が受け取った文書にて楷書に変換されていた夏音文字は『魏志倭人伝』に残存することになったのである。 

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