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2013年10月 1日 (火)

日本が滅びる・49

〔愛〕を掲げて誕生した日本建国史の解明(4)

 

◆『万葉集』2番は舒明(じょめい)天皇が作った長歌である。

舒明天皇は、中大兄(なかのおおえの)皇子の父である。中大兄皇子はのちの天智天皇である。中大兄皇子は、前回のブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・48」で注目した『魏志倭人伝』末部に記述された狗奴(くな)国討伐の歴史を題材にして大和三山を詠む『万葉集』13番の長歌と14番・15番の反歌を作った。

『古事記』上巻の伊耶那美命の死と火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)説話には「香山(かぐやま)の畝尾(うねび)の木本(このもと)に坐(いま)す、名は泣沢女神(なきさはめのかみ)」という文ある。この文から、前回のブログで『万葉集』13番の大和三山(天の香具山、畝傍山、耳梨山)を詠む長歌における「天の香具山」は「伊耶那美命」を象徴し、「畝傍山」は「伊耶那岐命」を象徴したことが明らかとなる。

 A図に、奈良県橿原(かしはら)市に所在する「大和三山」を示した。

◆『万葉集』2番には「天皇、香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌(おほみうた)」という題詞が付く。この長歌は、下記のごとくである。

「大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見(くにみ)をすれば、国原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うなはら)は かまめ立ち立つ
 うまし国そ あきず島 大和の国は」
 上記の2番を現代語訳すると「大和に群がる山の中で特に良いのは、日本建国の〔愛〕の理念を提唱した伊耶那美命を象徴する天の香具山である。天の香具山を登って国見をすると、広々した平野には、家々のかまどの煙があちこちから立ち上っている。天照大御神・崇神天皇王朝の宮殿の名が“磯城(しき)の瑞垣宮(みずかきのみや)”であるように、大和は“海原”のような広大な国である。この大和の大地は海原のように広がり、漢字作成原理〔鳥獣の文〕の名となった〔水鳥〕の精気が満ちあふれて立ち立つ、また〔鳥獣の文〕の〔聖獣〕となった“麝香(じゃこう)の香りがして肉が美味かった”と伝わるジャコウウシの精気に満ちあふれる、ほんとうに豊かな実りの国だよ! (あきず島)大和の国は」

712年に完成した『古事記』編纂スタッフは、『古事記』上巻の火遠理命(ほおりのみこと)説話に登場する「海幸彦の火照命(ほでりのみこと)」は「大和王朝」、説話の主人公「山幸彦の火遠理命」は5世紀中葉ころから栄えて巨大古墳が築造された仁徳天皇を代表する「河内王朝」をあらわす異名(あだな)を考案して歴史的事実を伝えているものと考えられる。つまり、『古事記』上巻末部の火遠理命説話は「奈良県の大和王朝が没落し、河内・難波王朝が栄えることになった」という歴史を記述するものと解釈できる。
 この「大和王朝」を「海幸彦」と発想することになった幾つかある由緒の中の一つが、『万葉集』2番の中にある「海原は」という表現であったと考えられる。ゆえに、「海原」を「大和の大地」と訳した。
 「海原波(うなはらは)」の次の句は「加万目立多都(かまめたちたつ)」と表記される。この句はB図に示す「十字の銀河の子宮」が漢字作成原理〔鳥獣の文=鳥獣の足跡〕を示すものであり、「加万目立多都」は「女性の生殖器は水鳥の側身形に相似する」と表現するものと考えられる。というのも「加万目立多都」に先頭から2字目の「万」は、『易経』繋辞(けいじ)下伝が漢字の起源を「仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜を観る。(中略)。以て万物の情に類して文字を作った」と伝える文中にある「万物」の[]であるからである。また「加万目立多都」の末尾の[]の字源は「十字の銀河の子宮」である。[]の下に[]を加える[]の字源を、『説文解字』は「箸(はし)なり」と解説する。C図に示すように、「十字の銀河の子宮」は[][][][]の字源となる。
 次の句の「うまし国そ」の「うまし」は現代語の「美味い」と同義であると考えられる。「美味い」の先頭の[][]の下に[]が加わる字であるので、[]の字源は「ジャコウウシ」であったにちがいない。というのも、ジャコウウシはウシ科ジャコウウシ属に分類される山羊(やぎ)であり、ジャコウウシの褐色の長い毛糸はヒツジの毛糸と同じく厳しい寒さに耐えられ、オスとメスの頭頂部にはヒツジの角に相似して湾曲する角を有し、そしてヒツジの肉よりもジャコウウシの肉のほうが美味いから中国において絶滅した。ゆえに、「大きな羊」の「ジャコウウシ」は[]の字源であったことになる。
 []の下に[]を加える[]の字源を、『説文解字』は「牛、人に触れる。角に横木を著()く。人に告ぐる所以(ゆえん)なり」と解説する。[]において[]となる字源銀河はD図に示すように「ジャコウウシの横顔に似る銀河」であり、「ジャコウウシ牛の角となる銀河部」は〔すべての文字を生む子宮〕に見立てられた「十字の銀河の子宮」に著()く。だから、「かまめ立ち立つ うまし国そ」という二句は、漢字作成原理〔鳥獣の文〕の〔水鳥〕と〔聖獣のジャコウウシ〕をあらわしていると解釈できる。

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◆『万葉集』3番の長歌は2番と同じく舒明天皇が作った。3番の題詞は「天皇、宇智(うち)の野に遊猟(みかり)する時に、中皇命(なかつすめらみこ)、間人連老(はしひとのむらじおゆ)に献らしむる歌」である。
 この題詞の文中にある「中皇命」は舒明天皇の子の「中大兄皇子」であるにちがいない。「間人連老」は、『日本書紀』孝徳天皇紀の白雉(はくち)5(654)2月の条の遣唐使判官の5番目に「小乙下中臣(なかとみの)間人連老」と記される人物であろう。
 ゆえに、3番の長歌の題詞は「舒明天皇が宇智の野(現在の奈良県五條市の野か)で狩をなされた時に、中大兄皇子が間人連老に献上させた歌」ということになる。
 『万葉集』3番の長歌は下記のごとくである。
 「やすみしし 我が大君(おおきみ)の 朝(あした)には 取り撫()でたまひ 夕(ゆうべ)には い寄り立たしし みとらしの 梓(あづさ)の弓の 中弭(なかはず)の 音すなり 朝狩(あさがり)に 今立たすらし 夕狩(ゆふがりう)に 今立たすらし みとらしの  梓の弓の 中弭の 音すなり」
 「中弭」は「弓の真ん中の握りの部分」といわれるが、「中弭の 音すなり」は「弓の真ん中の弦(つる)を指で弾(はじ)いて、音を鳴らす」と解釈することにした。
 3番を現代語訳すると、下記のごとくなる。
 「(やすみしし)わが大君(舒明天皇)は、朝には梓の弓を手に取って撫でさすられ、夕べには梓の弓のそばに立ち寄られていらっしゃいます。ご愛用の梓の弓の弦を鳴らす音が聞こえます。朝狩りに今お発()ちになったようです、また夕狩りに今お発ちになったようですというぐあいに、ご愛用の梓の弓の弦が鳴らす音が一時も止むことがありません。大君は上古の伊耶那岐命のように強くなりたいと宇智の大野で狩猟に明け暮れていらっしゃいます。横暴な蘇我大臣家にむける怒りを示す中弭の音が一時も止むことがありません。」

4番は3番の反歌であり、4番の反歌は下記のごとくである。
 「たまきはる 宇智の大野に 馬並(うまな)めて 朝踏(あさふ)ますらむ その草深野(くさぶかの)
 現代語訳すると「(たまきはる)宇智の大野で、お父君の陛下は臣下の方々と馬を並べて朝の野を踏んでおりましょう。あの草深い野で皇位を侮辱する横暴な蘇我大臣家への怨みをつのらせて天皇としての威厳を示して服従させる方法をあれこれと思案なされて、荒野を踏んでゆく馬の背に揺られながら深く苦悩していらっしゃると思います。」

◆『万葉集』5番は、『魏志倭人伝』末部の載斯烏越(そしあお)・伊耶那岐命の狗奴(吉備)国討伐を題材にして舒明天皇が作った長歌である。この長歌の題詞に登場する「讃岐(さぬき)国の安益郡(あやのこほり)」は「現在の香川県坂出市と綾歌(あやうた)郡」である。また、「軍王(いくさのおおきみ)の山」はE図に示す「讃岐富士の飯野(いいの)山」である。
 小国・日本の軍王伊耶那岐命(載斯烏越・のちの開化天皇)は狗奴国の中央部の真正面に位置する飯野山に本陣を構えて日本軍と倭軍を指揮して狗奴国を滅亡させた。E図の岡山市から倉敷市にかけての一帯が狗奴国の中央部であることは、前々回のわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・47」にて解明した。
 E図の「香川県(旧国の讃岐)の小豆島の地図の形」は〔狗(いぬ)の姿〕に相似するので[]、〔児島半島〕は〔天敵の狗のオオカミの襲撃にあって[]の字源「ジャコウウシ」が逃げる姿〕から[]の字源をあらわす。あるいはE図の「児島半島」は〔オオカミの群れの襲撃に対して防御するために[]の字源「ジャコウウシ」が子を中心に隠して組む円陣の端のジャコウウシ〕に見立てられ、E図の「岡山県東部」は〔[]の「ジャコウウシ」の円陣に相当する〕と見立てられて[]の字源を示す。
 だから、E図は狗奴国の中央部を示すことになる。
 F図は『魏志倭人伝』が「倭女王の卑弥呼と素(もと)より和せず」と記述する狗奴国の範囲図である。

 
◆『万葉集』5番の題詞は「讃岐国の安益郡に幸(いでま)す時に、軍王、山を見て作る歌」である。
 載斯烏越・伊耶那岐命の正妃の〔愛〕の女王伊耶那美命は狗奴国と平和的に話し合いで解決すべきであると欲求して狗奴国討伐の決断を頑として拒絶したために、“当然、狗奴国を討伐すべし”と主張する第二后の天照大御神が狗奴国を討伐する魔女の代役をつとめた。天照大御神の呪術のもとに飯野山の東北の氷河(ひかわ╱現在の兵庫県加古川市加古川町大野の氷丘の下を流れる氷河岬と呼ばれた加古川)をオオカミに捕獲されて[]の「ジャコウウシ」が餌食となった死に場所(厳寒のツンドラ地帯の一角)に見立てて、狗奴国滅亡を祈願する忌(いわ)い瓮()を据える儀式が行われた。
 G図に示す〔[]のキャッチ(精密に天頂緯度線と子午線の測量)〕は古代日本の科学体系と夏音文字の学芸体系の基軸となった。この天頂点を通過する銀河部位の軌道は東北の地平線から昇って、最南端となる天頂点に到達する。ゆえに、天頂点を通過する銀河部位が昇る〔東北〕を「氷河」に見立て、〔天頂点〕は軍王の山の「飯野山」に見立てられたことになる。
 『万葉集』5番の題詞にある「軍王、山を見て作る歌」は「舒明天皇が憧れる日本国の軍王の伊耶那岐命のようになって、〔山〕すなわち〔天頂点を通過する銀河部位の山形(やまなり)の軌道〕(G図)を見て作る歌」と意味するものであると考えられる。

◆『万葉集』5番の長歌は下記のごとくである。
「霞(かすみ)立つ 長が春日(はるひ)の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うらなけ居()れば 玉だすき かけのよろしく 遠(とほ)つ神 我が大君(おおきみ)の 行幸(いでまし)の 山越す風の ひとり居()る 我が衣手(ころもで)に 朝夕(あさよい)に かへらひぬれば ますらをと 思へる我も 草枕(くさまくら) 旅にしあれば 思ひやる たづきを知らに 網の浦の 海人娘子(あまをとめ)らが
 焼く塩の 思ひそ焼くる 我が下心(したごころ)
 現代語に訳すると「霞立つ長い春の一日がいつ暮れたかわからないがごとく、皇后(宝皇女・後の皇極天皇して斉明天皇)と蘇我入鹿(いるか)とが情を通じているというウワサは真実なのかそれとも根拠無き単なるウワサだかはっきりしない状態に悶々(もんもん)として心が痛み、蘇我大臣家の権力へとなびく皇后をいっそ離縁しようかと悩む今日このごろである。このような正体不明とされる鵺子鳥(ぬえことり)が鳴く声のように心が決まらないままいつまでも悩みつづける状況を絶ち切るために、皇后に行き先を告げないで、ひとり旅を決意した。言葉に出すことも畏(おそ)れおおい我が憧れる軍王載斯烏越・伊耶那岐命(のちの開化天皇)が狗奴国討伐の指揮をする時に小国・日本から行幸なされた安益郡の網の浦(G図の坂出市の海岸)に到着すると、忌瓮(いわいへ)を設置した氷河から吹く風は軍王が本陣を設営した飯野山を越えてゆくが、この飯野山を越える風が孤独な朕(われ)の衣の袖を朝な夕なに吹き返す。この袖が風に揺れるありさまを見ていると、いつしか宮殿に帰ろうかと思うようになり、強い男だと自負していたものの旅先のことゆえすっかり気弱になり、つい離縁しようとした皇后が愛(いと)しくなり、愛しくなれば憎さがさらにつのり、憂いを少しも晴らすことができない。愛と憎しみの間(はざま)で、網の浦の娘たちが焼く灼熱(しゃくねつ)の塩の熱湯で火傷を負ったようにヒリヒリとした激痛で苛(さいな)まれるわが心よ!」となる。

◆上記の5番で、舒明天皇は伊耶那岐命を天皇のごとくあつかって「行幸」(天皇が外出すること)と表現した。舒明天皇は狗奴国討伐をした時に、伊耶那岐命は天皇ではなかったことを知っていたにちがいない。それゆえ「行幸」という語は誤りであることを承知で、舒明天皇は「自らが抱く蘇我大臣家を憎む妄執(もうしゅう)は誤っている」と文学的に表現するところの誤用を思いついたと考えられる。それというのも、舒明天皇は弓矢の武力を鍛錬して伊耶那岐命のように強くなって、大臣のほうが地位は高いかのごとく振る舞って皇位を軽んずる傲慢な蘇我大臣家に何としても復讐して成敗したいという怨念(おんねん)を抱くものであったからである。ゆえに、舒明天皇は蘇我大臣家への復讐心は天皇として抱いてはならない「徳」に反する「誤りであることは知っている、已()むに已まれぬ妄執」を事実と相違する「行幸」という誤った語で表現したにちがいない。実権を握られてあやつり人形のごとくあつかわれて侮辱されていた舒明天皇の蘇我大臣家への憎悪・怨念は激しかったことは、『万葉集』3番・4番・5番の和歌に鮮烈に表示されている。

 

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