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2013年10月28日 (月)

日本が滅びる・62

愛、あざややかに永遠であれ(3)・朝日新聞に問う――纏向遺跡邪馬台国説の肩入れは人間として恥ずべき行為であるが、そんなことはないと否定するつもりなのか? 

◆朝日新聞は2009131日の夕刊で「邪馬台国見つかるか」と記事を掲載して〔奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡が邪馬台国である〕かのごとく報道し、続いて4ヵ月後の529日の朝刊で「やっぱり卑弥呼の墓?」という記事を掲載して「纏向遺跡内にある箸墓(はしはか)古墳の築造年代と卑弥呼の死亡時期が、国立歴史民俗博物館による放射性炭素年代測定によって一致した」と報道して、これ以後、箸墓卑弥呼の墓説・纏向遺跡邪馬台国説こそが最も確かな意見であるかのごとくの報道を続ける。
 しかし、朝日新聞が肩入れする箸墓卑弥呼の墓説・纏向遺跡邪馬台国説は「害虫やゴキブリのごとき日本人よ、さっさとくたばれ! 一日に千人ずつ首に縄をまわして絞め殺す」という呪いと祟りを復興させる、禍々(まがまが)しくもおぞましい100%完璧な〔誤読〕の空論である。というのも、古代史学の基本原則は「過去の人物が作成した文献史料の記述と過去に作られた史跡が合致して1点の矛盾点も不合理な点が存在せずに【科学】が成立したならば、それが歴史的事実にな」と定まっているからである。

◆朝日新聞が「やっぱり卑弥呼の墓?」の記事を掲載した1週間後の64日、「足利事件の真犯人とされた菅家利和受刑者が17年ぶりに釈放された」と報道した。この「足利事件」は1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件である。この日、東京地検は「以前のDNA型鑑定は再鑑定の結果、誤っていた」と表明した。64日から22日後の朝日新聞のメディア衆論「科学報道を科学的に検証する」は足利事件に対すると栃木県警と最高裁と新聞報道の在り方を反省して「足利事件は〔科学的手法(DNA型鑑定)〕と【科学】とを同一視した思い込みによって成立するものであった」と総括した。
 国立歴史博物館の放射性炭素年代測定の箸墓の築造年代と『魏志倭人伝』が記す卑弥呼の死亡時期の一致は足利事件とまったく同じで「〔科学的手法(放射性炭素年代測定)〕を【科学】と同一視した錯覚・空想」である。

◆卑弥呼の死亡時期を記載する『魏志倭人伝』は西暦280289年に著作された。
 A図に示す静岡県浜松市北区細江町の「卑弥呼」の地上絵から、現在まで9口の近畿式・三遠式銅鐸が出土し、これらの銅鐸の製作・使用年代は260290年とされる。ゆえに、『魏志倭人伝』と「卑弥呼」の地上絵は同時代(3世紀後半)に作成された。
 A図の「卑弥呼」の地上絵から出土した銅鐸は、B図に示す〔精密に天頂緯度線と子午線を測量できる構造〕に作られている。「精密な天頂緯度線と子午線の測量」を漢字1字だと、B図上部に示す[]となる。
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◆『魏志倭人伝』のすべての方位に関する記事は――卑弥呼王朝の政権基盤は紀元前1世紀に完成した〔天の北極〕を最も重視するシナ天文ではなく、B図に示す〔[]のキャッチ〕を基軸にして組織された夏音文字の天文地理学であった――と証言する。
 これゆえ、C図に示す「玄海灘」の〔[]のキャッチ〕に則って『魏志倭人伝』は――日本列島の西端の玄海灘に浮かぶ沖ノ島と日本列島東端の亜熱帯地区の神津島が同緯度(北緯3415)であることにもとづき、中国北部の海岸線地域の〔北冷〕と日本列島の西端の沖ノ島の〔西冷〕の気候区が合致し、中国南部の海岸線地域の〔南暖〕と日本列島東端の神津島の〔東暖〕の気候区が一致するゆえ、卑弥呼王朝は「日本列島は東に伸びているのではなく、中国の海岸線地域の南のほうに伸びている」という、C図右側に示す転回日本列島地理を制定した――と記述する。
 『魏志倭人伝』に一点の〔誤読=文献批判〕を加えずにすべての記事を忠実に読解すると、新村出編『広辞苑』(岩波書店)の【科学】の「世界の一部分を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的な認識」という説明に合致するゆえ、一点の矛盾点も不合理な点もなくすべて合理となって【科学】が成立する。

◆魏の使節と魏の朝鮮半島の出張機関の帯方郡の使節は、紀元前1世紀に完成したシナ天文のために〔[]をキャッチする眼力と技(わざ)を鍛錬する習慣〕を失っていた。ゆえに、魏と帯方郡の使節は、「天の北極を基準とすると往来することができないが、[]をキャッチすれば往来できる陸地から遠くて波の荒い海」という名の玄海灘(C図の右側を注目)を渡ることができず倭地・日本列島に到着できなかった。
 朝日新聞が推奨する纏向遺跡邪馬台国説は、魏と帯方郡の使節が倭地に到着できなかった〔天の北極〕を基準にして日本列島地理の方位を定める天文地理を基盤にして立論される。このような纏向遺跡邪馬台国説の場合、魏と帯方郡の使節と同じく倭の使節もまた〔[]をキャッチする眼力と技〕を失っていることになるので玄海灘を渡ることができなかったことになる。そうすると魏と倭は国交を結ぶことができなかったことになるので、纏向遺跡邪馬台国説は約2000字で構成される『魏志倭人伝』は〔文字が1字も記されていない白紙〕であったことになる。このような意見は、荒唐無稽(こうとうむけい)の奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な空理空論であり妄想であると即時断定することができる。
 
 A図に示した『魏志倭人伝』と同時代に作られたちょうど1千万坪の「卑弥呼」の地上絵によって、『魏志倭人伝』のすべての記事は事実を伝えるものであったと科学的に証明される。だから、「害虫やゴキブリのごとき日本人よ、さっさとくたばれ! 一日に千人ずつ首に縄をまわして絞め殺す」という天照大御神の呪いと祟りを復興させる纏向遺跡邪馬台国説は日本人を徹底的に侮辱するだけでなく日本を滅亡させる最も劣悪・最低の出鱈目(でたらめ)ということになる。

◆一昨日(1026)において朝日新聞はヤマト運輸の「クール便 200点違反、温度管理が不適切」、昨日は大阪市のホテル「ザ・リッツ・カールトン大阪」のメニューと提供食材が「誤表記 7月に認識 偽装を否定してミスと弁解して謝罪した」と報道した。
 しかし、A図、B図、C図で完璧な空論であると断定できる、古代史学の基本原則を排除して日本人を徹底的に侮辱する纏向遺跡邪馬台国説に肩入れする朝日新聞は、ヤマト運輸のクール便やザ・リッツ・カールトン大阪のメニューと提供が偽装であると社会正義を盾にして報道するが――みずからの纏向遺跡邪馬台国説の〔誤読〕の空論をあたかも正論のごとくあつかう偽装のほうが数千倍も悪質であることに気づかない。

◆朝日新聞の纏向遺跡邪馬台国説の推奨は、ジャーナリストそれ以前の本来人間として守るべき使命に背く行為である。
 紫式部が『源氏物語』を完成させる1011年より19年前の992(正暦2)ころ、墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)によって次々と土地が侵略されるようになっていた。このため、A図の「卑弥呼」の地上絵の土地を墾田して荘園にする社会的動向によって、「卑弥呼」の地上絵の大鳥の形は破壊され、字源・原義を保存する地名は消滅しかねない状況となっていた。この「卑弥呼」の地上絵の消滅の危機を救ったのが、992年ころに遠江守として赴任した藤原共資(ともすけ)である。当時の遠江(静岡県西部)の国府は見付(みつけ╱現在の静岡県磐田市)にあったが、藤原共資は見付から西へ約24km離れた現在の浜松市村櫛(むらくし)半島南端に志津(しづ)城を築いて、「卑弥呼」の地上絵内の土地を墾田しようとする武士団の侵入を防いだ。共資は公家であって武士ではなかった。
 遠江国守である共資の本来の任務は、朝廷や律令体制が躍起になって抹殺しようとした『魏志倭人伝』や『古事記』に記述された歴史的事実を保存して後世に伝えようとする「卑弥呼」の地上絵を“朝廷と律令体制に歯向かう、不届き千万な古代施設である”と朝廷と藤原摂関家に報告して、「卑弥呼」の地上絵を即刻に破壊・消滅することであった。
 しかし、共資は朝廷と藤原摂関政治に反逆して、「卑弥呼」の地上絵を守るのは「倫命(りんめい)」であると決意し、公家でありながら慣れない武士となって浜松市の村櫛半島の南端に志津城を築いて守った。「倫命」を辞書は「人間として守るべき使命」と説明する。この共資が「倫命」の基に「卑弥呼」の地上絵を守ったことは、「卑弥呼」の地上絵の守った井伊家が作った『井伊家伝記』という文献に記述されて残っている。
 以上のごとく、「纏向遺跡邪馬台国説は〔誤読〕の空論・妄想である」と報道するのが、ジャーナリスリトとしての本来の責務であるとともに、人間として真っ先におこなうべき使命ということになる。

◆朝日新聞の纏向遺跡邪馬台国説のお先棒担ぎは、京都市街を全焼させて重大な多くの史跡・名園を失うことよりも悪質な行為である。なぜならば、京都市の大半の重大な史跡・名園は「卑弥呼」の地上絵に保存される夏音文字の学芸の産物であるからだ。
 “太平洋戦争の責任は昭和天皇にある”と主張する学者たちがいるが、この指摘は誤っている。太平洋戦争の責任は、新井白石以来〔誤読〕の空論を存続させる邪馬台国論学者たちと津田左右吉はじめとする日本神話虚構説学者たちと、そして『魏志倭人伝』を忠実に読解すれば【科学】が成立する至極簡単な事実に気づかずに邪馬台国説と日本神話虚構説を支援した新聞社と出版社が背負うべきことになる。
 この両説が〔誤読〕の空論であったともしも解明されていたならば、皇室は1738(元文3)の大嘗会(だいじょうえ)の本格的な復興をもって、すでに「日本国は伊耶那美命が提唱した〔愛〕の理念によって誕生した」と認めたことが解明され証明されていた。また、大嘗会における天皇の即位式は、天皇が最も優先すべき使命は日本建国の〔愛〕の理念と夏音文字の学芸を守ることであると表明する儀式であることが明らかになっていた。
 
 ゆえに、昭和天皇は小国・日本が誕生した3世紀から1738年までの先人たちが約1450年間も日本建国の〔愛〕の理念を守った史実にもとづき、軍国主義体制に戦争反対の意思を明確に示し、国民も昭和天皇を支援していたにちがいないから――昭和天皇には戦争責任は無かったことになる。
 A図・B図・C図が明確に示すように邪馬台国学説と日本神話虚構説が完璧なる〔誤読〕の空論である事実を学界も新聞社も出版界も見抜けなかったゆえに、昭和天皇は孤立無援となった。だから、昭和天皇は軍国主義体制に抵抗することができなかった。
 だから、朝日新聞の箸墓卑弥呼の墓説・纏向遺跡邪馬台国説の推奨報道は、明らかに人間として守らなければならない使命に違反する恥ずべき行為となる。

◆このブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」シリーズの末部において、古代エジプト文字・ヒエログリフ(聖刻文字)も漢字と同じ「秋の銀河と夏の銀河」から作られた事実を、解説図を用いて証明しようと思っている。
 ジョン・レイ著╱田口未和訳『ヒエオログリフ解読史』(原書房)166頁は――「ヒエログリフ」の意味は「神の言葉を文字にしたもの」と記述する。
 リチャード・H・ウィルキンソン著╱伊藤はるみ訳『図解古代エジプトシンボル事典』(原書房)も序文で――古代エジプト人は、自分たちの言葉を書き記すためのヒエログリフを「メドゥウ・ネチェル」つまり「神の言葉」と呼んでいた。――と記載する。
 今から約4050年前の夏代初頭にわが国に伝来して『魏志倭人伝』と『古事記』上巻と『万葉集』に保存された夏音文字はメドゥウ・ネチェル(ヒエログリフ)と同じく「神の言葉を文字にしたもの」、「神の言葉」であった。だから、わが国において夏音文字が秋の銀河と夏の銀河各部の形状のイメージを図案して作られたことを暴露する人は即刻処刑されたように、古代エジプトにおいても文字が秋の銀河と夏の銀河各部の形状のイメージを図案するものであった秘密を暴露した者を即刻死刑にした。このため、古代エジプト文字は漢字と同一の秋の銀河と夏の銀河から作られたことが現在は不明となったのである。
 1400字前後の漢字の基本字のすべての字源・原義が科学的に解明できるA図の「卑弥呼」の地上絵ならば、最多で800字ぐらいであろうとされる古代エジプト文字の全字の字源が解明できる。それだけではない、古代エジプト文字の伝統を受け継ぐABCアルファベットのルーツとされるワディ・ホル碑文の文字も夏音文字と同じ銀河から図案されたことが証明できる。わが国には紀元前21世紀に夏音文字が伝来したが、ワディ・エル・ホル碑文の文字は紀元前20世紀ごろに出現した。また、紀元前16世紀ごろに出現した原シナイ文字、紀元前11世紀ごろから出現したフェニキア文字、紀元前8世紀ごろから起源したギリシャ文字、紀元前6世紀ころからあらわれたラテン文字(通称「ローマ字」)も、夏音文字と同じ銀河から作られたことが、A図の「卑弥呼」の地上絵によって解明・証明できる。
 このように、現在の地球上の8割から9割の人々が用いる文字は、A図の「卑弥呼」の地上絵によって秋の銀河と夏の銀河各部の形状の図案から起源したことが証明される。このように文字が銀河から作られた秘密を伝える文献史料(『魏志倭人伝』)の記述を科学的に証明できる同時代に作られた史跡は世界中探しても、多分「卑弥呼」の地上絵の一つだけしか存在しないにちがいない。文字を銀河から作成した学芸は、世界の古代王朝における最も強力な政権基盤であり、この学芸が反体制側の人々が手に入れたならば王朝は容易に滅亡した。このため、銀河から作られた文字の学芸は世界単一的に共通して最も厳重な機密となり、秘密を暴露した者は即刻死刑となった。そして「卑弥呼」の地上絵は30年間くらいで完成したものの、その後も字源・原義を最適に伝える地名を千年以上も時間をかけて改めあるいは守った。ゆえに、このような史跡が作られ、その後膨大な時間を辛抱して耐え一族(井伊家)全員が死刑になることを覚悟して文字の起源を後世に伝える施設を保存させた事業が存在したこと事体が奇跡中奇跡であったことになる。
 だから、〔誤読〕をもって史実であるかのごとく騙(かた)る纏向遺跡邪馬台国説はじめすべての邪馬台国説と日本神話虚構説は人類共通の敵となる。

◆ある刑事事件で容疑者が逮捕され、刑事達たちが先入観で容疑者を真犯人と思い込むと、容疑者が“真犯人ではない”と必死に訴える言葉は刑事たちにとっては〔ウソ〕となる。しかし、科学的に完璧に証明できる確かな証拠が発見されて容疑者の言葉はことごとく真実を述べていたことになると――この一件は冤罪事件となる。
 新井白石以来、約280年間も学者たちは「『魏志倭人伝』の全記事が事実を書いてあることは絶対にありえない」と断定して〔誤読〕という思考方法を考案し、この〔誤読〕を自由自在にあやつって邪馬台国説を構築する。また同様に、日本神話虚構説をとなえる学者たちも「『古事記』上巻と『日本書紀』神代紀は史実を記述しない物語・作り物である」と断定して〔誤読〕を駆使する【科学】がまったく成立しない空論を構築する。
 古代史学の初歩的心得は「先入観を抱かずに先ず文献史料を忠実に読解する」ことであり、基本原則は「【科学】を最も優先すること」である。

◆このブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」は、古代史学の初歩的心得と基本原則を遵守して〔誤読=文献批判〕を一点も加えないようにして、先人たちが作成した『魏志倭人伝』、『古事記』、『日本書紀』などの文献史料の記述を忠実に読解し、記述とおりの史跡・遺跡・遺物を提出して【科学】を成立させる方法を徹底する。この方法をもって、箸墓卑弥呼の墓説・纏向遺跡邪馬台国説は「害虫やゴキブリのごとき日本人よ、さっさとくたばれ! 一日に千人ずつ首に縄をまわして絞め殺す」という呪いと祟りを蘇えらす〔誤読〕の空論であると証明される――核心部となる証明をこれから順次おこなうことにする。

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