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2013年11月 1日 (金)

日本が滅びる・64

愛、あざやかに永遠であれ(5)・『古事記』の序とわが国の製鉄の起源につい

1961年に88歳で生涯を終えた早稲田大学教授の津田左右吉(そうきち╱18731961)は『古事記』上巻と『日本書紀』神代紀に記述された「日本神話は歴史を語るものはない」と断定した。ゆえに、この津田左右吉教授の日本神話虚構説によって、日本神話は物語(作り物)であるとされることとなった。
 しかし、津田教授の日本神話虚構説は古代史学の基本的な心得である「先入観を排除して文献史料を忠実に読解する」、古代史学の基本原則「【科学】を最も優先する」という2大法則を排除して成立した〔誤読〕の空論である。ゆえに、彼が立論した日本神話虚構説こそが物語・虚構であったことになる。
 したがって、日本神話は歴史を伝えるものであった。

◆先入観を抱かずに『古事記』上巻を読むと、津田教授の日本神話虚構説は〔誤読〕の空論であることが容易に察知できる。
 津田左右吉著『神代史の研究』(岩波書店刊行・昭和8310日 第4刷発行)525頁は「すべてが皇室と其の權力とについてのみ語られてゐる證據である。さまざまの神の物語はあるが、さうして其の物語の主人公たる神々は一種の英雄と目すべきものであらうが、それに国民的生活が反映せられてゐるやうな形跡は見えず、国民的活動の面影などは、勿論、認められぬ。全民族の欲求なり理想なりによって動いてゐると思はれる神は少しも無い。いひかへると、神代史上の神々は民族的もしくは国民的英雄では無いのである。」と記述する。
 『古事記』上巻の日本神話には、(1)伊耶那美命、(2)伊耶那岐命、(3)天照大御神、(4)須佐之男命、(5)大国主神、(6)天孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)(7)山幸彦(やまさちひこ)の火遠理命(ほおりのみこと)(8)海幸彦(うみさちひこ)の火照命(ほでりのみこと)などが登場する説話で構成される。この神々のうち、伊耶那美命、伊耶那岐命、須佐之男命、大国主神、山幸彦の火遠理命の5人は国民に慕われる英雄であると記述する。天照大御神、天孫邇邇芸命、海幸彦の火照命の3人だけが国家権力を誇示する英雄である。
 だから、上記した津田教授の「日本神話に登場する神々には国民的英雄は少しも無い(いない)」という主張はまったく見当違いの〔誤読〕の空論であることが容易に察知できる。

◆A図は卑弥呼が登場する史書で名高い『魏志倭人伝』(280289年に著作された)と同時代の3世紀後半、遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)260290年ころに作成したちょうど1千万坪の大鳥の地上絵である。この大鳥の地上絵を、わたくしは“「卑弥呼」の地上絵”と呼ぶ。
 A図の「卑弥呼」の地上絵を作成した建比良鳥命は、『古事記』上巻の天照大御神との須佐之男命の誓約説話末部に登場する。A図の「卑弥呼」の地上絵は遠江の豪族の建比良鳥命がB図の〔[]のキャッチ〕いいかえると〔天頂緯度線と子午線をキャッチ〕して経緯度原点地を設定し、この経緯度原点測量を基に三角形の網や鎖を形作って、ちょうど1千万坪の大鳥の形になるように境界線を定めた史跡である。この大鳥の地上絵の作成原理は、現在の国土地理院の精密日本列島地図の作成方法と同じである。
 A図の「卑弥呼」の地上絵は夏音(かおん)文字の学芸知識を保存し、『魏志倭人伝』と『古事記』と『日本書紀』に記述されたすべての歴史が科学的に解明・証明できる仕組みになっている。このように夏音文字の学芸知識を保存するちょうど1千万坪に作る「卑弥呼」の地上絵は、〔天の北極〕を基準する緯度と子午線の測量は不正確となるので、〔天の北極〕を基準にすると絶対に作成できない。B図の〔[]のキャッチ〕ならば精密に緯度と子午線がキャッチでき、現在の精密日本列島地図作成方法と同じ三角測量によって夏音文字の学芸を体系的に保存するちょうど1千万坪の大鳥の地上絵を図化することができた。
 だから、「卑弥呼」の地上絵は偶然に大鳥の形になった自然の造形によるものではなく、3世紀後半に生存した歴史上の人物の建比良鳥命によって作成されたことになる。したがって、津田教授が「虚構であり、創造の産物である」と断定した『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の誓約説話は確実に歴史的事実を記述したものとなり、天照大御神と須佐之男命は歴史上に確実に実在した人物であったことになる。
 A図の「卑弥呼」の地上絵とB図の[]によって、『魏志倭人伝』末部に登場する「載斯烏越(そしあお)」は日本神話に登場する伊耶那岐命、「13歳で王になった」と記述される最初に登場する倭女王壱与(いよ)は伊耶那美命、帯方郡使の二度目の檄の告喩(こくゆ)に従って狗奴(くな)国討伐を承諾した後者の壱与は天照大御神であると証明される。
 このように図の「卑弥呼」の地上絵とB図の[]によって、日本神話は歴史的事実を伝えるものであると明確に証明され、津田教授はじめ学者たちが主張する日本神話虚構説は上記したように古代史学の初歩的心得と基本原則を無視・排除するゆえ、直ちに学説にたえうるものではない劣悪な〔誤読〕の空論であったと断定することができる。
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◆A図の「卑弥呼」の地上絵によって――『魏志倭人伝』が「倭女王卑弥呼が書く文書の文字は魏の都と諸韓国が用いる文字と差錯(ささく╱相違)していた」、「倭の易における卜辞に用いる文字は令亀(れいき)の法の如き(すなわち、殷代の亀の甲羅に刻む契文=甲骨文字の如き)」と説明する文字は、上記した「夏音文字」であったことが証明される。
 夏音文字は今から約4050年前の夏代初頭(わが国の後期縄文時代初頭)にわが国に伝来した。夏音文字は『魏志倭人伝』の人名・小国名に用いられて現存し、『古事記』上巻の随所に〔音〕と注が付く1字1音文字で多数残っている。また、『万葉集』にも「万葉仮名」と呼ばれる文字となって残っている。
 新井白石以来今日まで約280年間も学者たちは上記した古代史学の初歩的心得と基本原則を排除・無視して〔誤読〕を自由自在にあやつって空理空論の邪馬台国説と、そして戦後において日本神話虚構説をもって虚偽の上古史を日本中に蔓延(まんえん)させた。
 邪馬台国説と日本神話虚構説を主張する学者たちの、『魏志倭人伝』と『古事記』と『日本書紀』を正しく読解できる能力はゼロに等しく、完全ではない新井白石や本居宣長の研究を絶対視する。
 A図の「卑弥呼」の地上絵は――わがブログ「卑弥呼の逆襲:【用語の解説】」の「2・秋の銀河と夏の銀河」と「4・倉頡が定めた3つの掟」で解説したとおり、夏音文字は「秋の銀河と夏の銀河の各部の形状」を「文字」と定めた。
 ゆえに、『魏志倭人伝』、『古事記』上巻、『日本書紀』神代紀、『万葉集』の文字と語句は「秋の銀河と夏の銀河」を「文字」と定めれば正しく読解できる。
 また、夏音文字の学芸はB図上部に示す〔[]のキャッチ(天頂緯度と子午線のキャッチ)〕を基軸にして組織される。だから、『魏志倭人伝』、『古事記』、『日本書紀』に記述される重大な歴史は先人たちの〔[]のキャッチ〕を基軸とする科学理論や知識や思想によって成立した出来事であったことになる。

◆というのも、『古事記』の「上巻 并(あは)せて序」という世にも珍しい序文は、A図の「卑弥呼」の地上絵によって「参神造化(さんしんぞうか)の時代、すなわち天頂を通過した秋の銀河のモデルにして芸術的に優れた土器や土偶を作った縄文時代前期、中期、そして前期から約2000年後の後期縄文時代初頭、名門益氏の王子と若者たち一行が夏王朝の始祖の帝禹()の遺志(氏族共同体制)を新天地で継続しようとして中国から大海を越えてわが日本列島に移住して夏音文字の学芸をもたらした。日本列島に住む縄文人には益氏が話す夏音の言葉はまったく理解できなかったが、日本列島では夏音文字の学芸の中枢となる秋の銀河の形状を土器・土偶に造化(造形)する高度の芸術が発達していたので、芸術家たちによって夏音文字の学芸は習得された」と記述していることが証明される。
 『古事記』の序はその全体を通して、『古事記』に記述された歴史を解明することができる方法すなわち――「秋の銀河と夏の銀河」を「文字」と定義せよ――と説明するものである。この『古事記』序が説明する歴史の解明方法は、30数年もの歳月をかけて本居宣長(17301801)が著作した注釈書『古事記伝』にはまったく記述されていない。ゆえに、現在の『古事記』のテキストの出発点となる『古事記伝』は、『古事記』の序に記述された歴史を解明する方法について未解明の不完全な注釈書であったことになる。
 『古事記』の序が記述しているように――『魏志倭人伝』、『古事記』、『日本書紀』の文字と語句は「秋の銀河と夏の銀河の形状」を「字源・原義、語源」とし、B図の〔[]のキャッチ〕を基軸とする夏音文字の学芸の秘密を明らかにしてはじめて、正しく歴史を解明できる仕組みになっている。この『古事記』序に記述された歴史の解明方法について学者の誰ひとり気づかなかったので――わがブログ「卑弥呼の逆襲」が何度も何度も指摘しているように、『魏志倭人伝』は――B図に示す〔[]のキャッチ〕に則って、卑弥呼王朝は中国北部の海岸線地域の〔北冷〕と日本列島西端の冬に雪が降る沖ノ島の〔西冷〕が適合し、中国南部の海岸線の〔南暖〕と日本列島東の冬には雪が降らない伊豆諸島の神津島〔東暖〕が合致するので、C図右側に示す方位が時計回りに90度転位する転回日本列島地理を卑弥呼王朝は制定した――と、卑弥呼王朝の天文地理学理論を伝えている。この科学理論は『魏志倭人伝』に一点も〔誤読=文献批判〕を加えなければ、方位に関する全記事には一点の矛盾点も不合理な点も生まれずに【科学】が成立して歴史的事実となる。この転回日本列島地理は、聖武天皇の治世の738年まで朝廷は正しいと定めていた。というのも、皇祖天照大御神もまた正しいと思い込んでいたからにほかならない。天照大御神・纏向王朝の「憎悪」と「祟り」の政策は、C図右側の転回日本列島地理に則っておこなわれた。

◆『古事記』上巻の神生み説話の末部にある「伊耶那美命は火の神を生みしに因()りてついに神避(かむさ)り坐()しき」と記す伊耶那美命の死去記事は、わが国の製鉄の起源を伝えている。
 『古事記』は――伊耶那美命は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の事業が生まれた(開発された)ために没した。この火の神(発明・工法)から鉱山をつかさどる金山毘古神(かなやまびこのかみ)と金山毘売神(かなやまびめのかみ)が生まれた。伊耶那岐命は伊耶那美命の亡骸の周囲を這いまわり、号泣して悲しんだ。伊耶那岐命は伊耶那美命を死なせた原因の火之迦具土神の頸(くび)を剣で斬った――と記述する。
 鉱山をつかさどる「金山毘古神」は「鉄の鉱山の神」、いっぽう「金山毘売神」は「砂鉄の神」であると考えられる。というのも、伊耶那岐命が剣で頸を斬った「火之迦具土神」は「銅鐸の鋳造炉(ちゅうぞうろ)を改良し進化させた鉄を作る製錬炉(せいれんろ)」であったと考えられるからである。
 日本刀の材料は砂鉄である。ゆえに、伊耶那岐命が腰に帯びていた剣は、砂鉄から作られたにちがいない。純度の高い砂鉄の融点は低いため、銅鐸を鋳造した熱に耐えることができる炉である火之迦具土神でも爆発せずに剣を製造できた。
 純度の高い砂鉄から作った剣の刃は物を容易に切ることができるが、堅い石・土の塊や木の根などに当たるとガラスのごとく割れて欠ける。だから、純度の高い砂鉄からスキやクワなどの農具の刃先を製造することはできない。

純度の低い砂鉄から鉄製のスキやクワの刃先を作るには、剣を作る炉よりも高熱に耐えることができる製錬炉を開発する必要があった。これゆえ、火之迦具土神の炉でスキやクワの刃先を製造しようとした時、高熱に耐えきれず火之迦具土神の炉が爆発して大火災となって伊耶那岐命は大火傷を負って没したのである。

◆橿原考古学研究所附属博物館編『弥生人の四季』(六興出版)は「弥生時代後期後半にはくわやすきの刃先に鉄が用いられた。岡山県上東(じょうとう)遺跡出土のすきの身の先端ン部には、鉄の刃先を挿入した痕跡が残っている。当時の刃先は薄い鉄板の両側を折り曲げただけの簡単なものだが、従来の木の刃先と比べれば、開墾・耕作に伴う負担を大幅に軽減させた。この鉄製の鍬・鋤先は中国・朝鮮半島に類品がなく、国産品と考えられている。」と指摘する。この弥生時代後期後半は伊耶那美命と天照大御神が生存した時代である。
 新村出編『広辞苑』(岩波書店)は【たたら(踏鞴)】を「➀足で踏んで空気を吹き送る大きなふいご。地踏鞴。〈神代紀上 訓注〉➁「たたらぶき」の略。」と説明する。また、【たたらぶき(踏鞴吹)】を「砂鉄・木炭を原料とし、たたらを用いて行う和鉄製錬法。古代以降わが国中国地方などで行われた。その製錬場をも鑪(たたら)と呼ぶ」と指摘する。
 前田富祺監修『日本語源大辞典』(小学館)は【たたら(踏鞴・蹈鞴)】を「足で踏んで風を送る大型の鞴(ふいご)。鋳物に用いる。『日本書紀』にもとづく語釈とする」と説明して、D図を挿絵とする。
 『広辞苑』の【たたらぶき(踏鞴吹)】が説明する和鉄製錬法は、『弥生人の四季』が説明するスキやクワの鉄の刃先が砂鉄を材料として製造されたことを説明するものとなる。日本には砂鉄は豊富にあった。1965(昭和40)の資料によると、日本の砂鉄の埋蔵量は約6.5トンでニュージランドと合わせて世界の60%を占める。

[][]の両字の右側につく字について、白川静著『字統』(平凡社)[]の字源解説で「箙(えびら)の象形にして初文」と指摘する。

金田一春彦・三省堂編修所編者『新明解古語辞典』(三省堂)は、【えびら()】について「形が蚕薄(えびら=カイコヲ飼う平タイカゴ)に似ているところから、矢を入れて背中に負う具。」と説明する。
 E図に示すように、[]の金文の〔矢〕の部分は「十字の銀河」が相当し、[]の金文の[]の部分は「鬼の姿に似る銀河」が相当する。この「鬼の姿に似る銀河」の南隣の「長方形の暗黒天体部」は[]の契文下部の〔長方形〕に相似するゆえ、[]の契文上部の[]は「十字の銀河」の〔矢〕の形を180度転回したものとなる。白川静著『字統』は[]について「戦いに備える意である」から、[]の字義は「そなえる」になったと解説する。E図右下の[]の契文形は「箙に矢を入れて戦いに備える様子」に観える。ゆえに、「長方形の暗黒天体」は[]の字源・初文となるので、上記した白川静著『字統』の[]に関する「箙の象形にして初文」という解説にもとづくと、「長方形の暗黒天体部」が「踏鞴」の[]の字源銀河部となる。その証拠に、「長方形の暗黒天体部」はE図下部に図示した〔古代の製錬場の鑪(たたら)に備えられた炉〕のごとくに観える。
 E図に示すように、「十字の銀河の両足」は「踏む」のイメージをあらわすゆえ[]、「滝の銀河・激流の銀河」は〔ふいごで送る空気〕のイメージとなり、「鬼の横顔に似る銀河の口」は〔欠伸(あくび)する口〕で[]に〔欠伸〕の[]が加わって[]の字源となる。ゆえに、[][][]の3字の「踏鞴吹」=【たたらぶき】という名詞になる。

〔砂鉄〕は〔火成岩などの中に含まれた砂鉄鉱の粒が、風化作用によって岩石が砕かれたときに分離し、流水や海水の運動によって特定の場所に運ばれて集積したもの〕である。E図の「滝の銀河・激流の銀河」は〔岩石から砂鉄鉱の粒を分離する風〕と〔砂鉄の粒を運んで特定の場所に集積する流水や海水〕のごとくに観える。
 以上のごとく、『古事記』上巻にある神生み説話末部と伊耶那岐命の死説話は、火之迦具土神の炉を用いて純度の高い砂鉄を製錬して剣を製造することはできたが、純度の低い砂鉄を材料とするクワやスキの鉄の刃先を製造するときに火之迦具土神の炉が高熱に耐えきれずに爆発して大火災となり伊耶那美命が火傷して死去したという、わが国の製鉄事業の起源史を伝えるものであったことになる。

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