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2013年11月14日 (木)

日本が滅びる・66

愛、あざやかに永遠であれ(7)・現生人類の最初の芸術的行為の秘密 

◆われわれと同じ種類の人間である現生人類・新人(現代型のホモ・サピエンス)は、約4万年ころから地球上に出現したとされる。
 現生人類より以前は旧人・ネアンデルタール人が栄えていた。ネアンデルタール人は、約135000年前から34000年前にかけて生存していたとされる。
 朝日新聞は2012614日、「この手形、3.7万年前」という題に「スペイン、欧州最古の壁画」という小さな題を添えて、以下のごとくの記事を掲載した。
「スペイン北西の世界遺産〔アルタミラ洞窟〕などの壁画群の年代を研究者らが調べたところ、描かれた時代は今から約4万年より前で、欧州最古の壁画だったことがわかった。従来考えられていたより1万年以上古く、ネアンダルタール人が描いた可能性もあるという。15日付米科学誌サイエンスに発表された。
 イギリスやスペイン、ポルトガルの研究者らは、アルタミラ洞窟などを含む11ヵ所で、馬の輪郭を描いた絵や、手に赤い塗料を吹き付けて作った手形など、50点の壁画を調べた。
 年代を推定すると、最も古いのはエルカスティーヨ洞窟の壁画で、赤い点状の絵が4.1万年前、手形が3.7万年前。4万年前は、ネアンダルタール人のいた欧州に、現代人の祖先がアフリカから移動してきた時期に重なる。」

 
この記事の左には、洞窟内の頭上(天井)の壁に赤い3つの手形と円形が描かれる、ペドロ・サウラ氏が撮影された天井画の写真が添えられていた。この写真には「スペイン・エルカスティーヨ洞窟の壁画。写真中央の図柄の中に、4万年余り前の点状の図柄と、3.7万年前の赤い手形が含まれている」という説明が付く。

◆ブログで「スペインのエルカスティーヨ洞窟」と入力して、「人類歴史年表|アルタミラ洞窟」を出力させると、朝日新聞と同じペドロ・サウラ氏が撮影した写真があらわれる。この写真の下にもう一つ、上の写真の中央部を拡大したA図に示す「赤い3つ手形と円形」の写真がある。この写真には「中央の図柄のアップ。手形の下のぼやけた赤い円形が一番古い年代を示しており、40,800年前のものです。」という説明が付く。
 また、A図の「赤い3つの手形と円形」の拡大写真の下には「イギリスやスペイン、ポルトガルの研究者らは、アルタミラ洞窟などを含む11ヵ所で、馬の輪郭を描いた絵や、手に赤い塗料を吹き付けて作った手形など、50点の壁画を調べた。絵の表面に石灰石ができた年代を、石に含まれる放射性元素の割合から突き止めた。」という文が記述されている。

B図は、A図の写真の「赤い3つの手形と円形」をイラスト化したものである。

Image

◆われわれ現生人類は最初から芸術的な表現力をそなえていた。ゆえに、A図・B図のエルカスティーヨ洞窟壁画における〔約4.1万年の手形の下のぼやけた赤い円形〕はネアンデルタール人が描いたと推定され、〔3.7年前の赤い塗料を吹き付けるという工夫をして描いた3つの手形〕は現生人類が描いた天井画ということになった。
 ネアンデルタ-ル人が滅んだのは、不十分な言語しか持たなかったネアンダルタール人に対して、われわれ現生人類の祖先は音声言語を使いこなして人と人とのコミュニケーション能力を飛躍的に高め、組織的な社会(1525人くらいの一団=バンド)を築くことができたからと考えられている。
 A図・B図に示すエルカスティーヨ洞窟の天井画は、C図に示す約26000年で一周する歳差状況図にもとづくと〔命を守る本能にもとづいてキャッチした天頂点となる部位が在る銀河部の形状〕を表現したものと考えられる。不十分な言語能力しかそなわっていなかった4.1万年前のネアンデルタール人は〔命を委ねる天頂点となる銀河部周辺の形状〕を「赤い点状の絵と赤い円形」で表現した。いっぽう、3.7年前のわれわれ現生人類の祖先はネアンデルタール人が描いた「赤い点状の絵と赤い円形」を〔命を委ねる天頂点となる銀河周辺の形状〕を表現したものと直観して、彼等は同じ銀河の形状を「赤い塗料で吹き付けた手形」を作って、「赤い円形」の上に一つの手形を重ねたと考えられる。
 というのもC図に示すように、約4.1万年前の天の北極はこと座α星ベガの近くにあり、3.7万年前の天の北極はヘルクレス座内に在り、エルカスティーヨ洞窟は北緯4338分だ
からである。
 D図は、約4.1万年~3.7万年のエルカスティーヨ洞窟の天頂を通過した銀河図である。
 D図の銀河は、E図に示す約5000年前の黄帝時代初頭に「銀漢から作られた字」すなわち「漢字」が本格的に起源した中国の天頂を通過した銀河と、同一である。
 
 F図は[]の字形の上部は[(いつ)]であり下部は[]である。[]の金文形上部の[]は〔筆〕に見立てられた「十字の銀河」を〔垂直に立つ柱〕に解釈し、〔筆=柱を持つ右手〕と合体するように図案される。[]の金文形の下部の[]は「十字の銀河」の真南にある「日輪の銀河」を〔垂直に立つ柱の背後の真南に隠れる昼(正午)の太陽〕に見立てるものである。この[]の字源銀河における「右手の銀河」を表現するものが3.7万年前のエルカスティーヨ洞窟の「赤い手形」であり、そして〔赤い塗料の吹き付け〕は「鬼の横顔に似る銀河の口」の部分を〔吹き付け〕に見立てたものであるにちがいない。
 G図に示すように、「十字の銀河」は〔炎〕のように「赤い」ので、〔赤い塗料の吹き付け〕が発想されることになった。
 H図に示すように、「十字の銀河」は〔天〕のイメージとなる。洞窟は夜のごとく暗いので〔洞窟の天井〕は〔銀河輝く天頂〕に見立てられた。そして、F図に示す「鬼の姿に似る銀河の右手」は〔赤い血が流れる胸や心臓を抑(おさ)える〕ように見える。だから、天頂点周辺の銀河の印象は「手に赤い塗料を吹き付けた手形」で表現された。


Image_2
 I図の右図に示すように天頂点をキャッチした時、眼前に広がる景色は左図に示すように〔伸ばした両手の指先のあたりまで天が降りてきたような光景〕となる。だから、I図の左図に示す印象からA図の天井画は「赤い手形」で表現されたのである。
 E図に示したように、円形状の「三つ輪の銀河」も天頂を通過した。だから、3.7万年前の現生人類は――約4.1万年前のネアンデルタール人は「十字の銀河と三つ輪の銀河における天頂点周辺の銀河部位」を「赤い点線と赤い円形」で表現した――と直観して「赤い円形」の絵に「赤い吹き付けの手形」を重ねたことになる。

◆小川鼎三著作『原色現代科学大事典 6―人間』(学習研究社)511頁において、人間の頭脳に働きについて「本能行動と情動行動」と題して下記のごとく記述する。
 「“いのちあってのものだね”というように、なにはさておき、まず“生きている”といういのちの保障がなくてはならない。いのちの保障のうえに立って、いろいろな精神にあやつられた“生きてゆく”という人間行動が展開されているのである。“生きていく”人間行動には、“たくましく”生きていくためにおのずとそなわっている本能行動と情動行動、それに“うまく”生きていくために習得した適応行動と、“よく”生きていくために人間だけにそなわっている創造行為とがある。
 (中略)

“生きていく”人間行動のうちの“たくましく”生きていく本能行動と情動行動は、大脳辺縁(だいのうへんえん)系が分担している。そして、“うまく”、“よく”生きていく適応行動と創造行為は、新皮質系が分担している。特に、人間だけがいとなむ“よく”生きていくための創造行為は、人間の新皮質ですばらしく発達している前頭連合野(ぜんとうれんごうや)に、その座があるのである。」

◆現在は日本列島の大半の地域において地上燈火の光が視界の中に入って瞳孔の直径が最小(2mmぐらい)になるため、夜空に輝く銀河を見ることができない。しかし、深夜、公園や繁華街から離れた広場などを訪れて、自分がいる緯度(位置)と経度(方角)はどのような方法で定められるかと体験してみると――地平線から35度ぐらいの高度にあるという〔天の北極〕は緯度と経度を定める基準にならないことが実感できる。そして、いつしか自然に頭上の空を見上げるようになり、I図とJ図に示す天頂点をキャッチして緯度(位置)と子午線(経度)を測量したにちがいないと実感するようになる。
 だから、約4.1万年前~3.7万年前の旧人・ネアンデルタール人と現生人類は、J図に示す〔東から西へ平らな横一直線となって移動する天頂点を通過する銀河部の46秒間ぐらいの軌道(天頂緯度線)と天頂点の真北あるいは真南にある銀河部位や恒星を結ぶ子午線〕をキャッチして、日々獲物の追って移動生活を続ける中で、自分たちは“さ迷う”ものではなく“位置と方角”を知っていると常に認識していたことになる。〔天の北極の高度〕を基準にすると緯度と方角は不正確に測量されるため、“迷っている”と移動する一団は気づくことになり、咄嗟(とっさ)的に“死ぬ!”とおびえてパニック状態におちいり、たちまち一団は狂気に支配されてバラバラ状態となって猛獣の餌食や谷底へ落下などして壊滅してしまうことになる。
 だから、エルカスティーヨ洞窟の天井に赤い円形を描くネアンデルタール人と吹きつけの手形を残した現生人類は、生きていくための本能行動と情動行動によってJ図上部の右側に示す〔天頂緯度線と子午線をキャッチする方法〕すなわち〔[玄]をキャッチする方法〕で常に自分たちの居る位置と進む方角を確認して一団が“迷った! 死ぬ!”というパニック状態に支配されないようにして移動生活を続けていたことになる。

当時、現生人類にとって銀河は最も壮麗に輝くものであった。ゆえに、3.7万年前の現生人類の祖先が“よく”生きていくために真っ先に始めた創造行為は、当然、いのちを確保できる天頂点となる銀河部を表現することとなる。
 
 リチャード・リーキー著╱馬場悠男(ひさお)訳者『ヒトはいつから人間になったか』(草思社)186頁で「アルタミラの天井画に見られるバイソンなどの動物の配置は、中心地の勢力範囲を何らかの形で示しているのかもしれない。この天井画の主要部分は、多彩色による二〇頭あまりのバイソンであり、そのほとんどが円周上に描かれている。」と記述する。この円周上に描かれるバイソン・牛の天井画は、K図に示すアルタミラ洞窟の天頂にめぐってきた円周運動をする「牛の顔に相似する銀河」を表現するものであったことになる。
 静止して円周運動をしない、しかも大半の時代において真っ暗な闇に支配されるC図の〔天の北極〕と、その周辺には「バイソン・牛」の形状やイメージとなる天体部は存在しない。したがって、〔天の北極周辺部〕から芸術的創造行為が起源するはずがなかった。

以上からして、A図のエルカスティーヨ洞窟の「赤い手形」はJ図に示す〔[玄]をキャッチする眼力がそなわる祈り〕であり、〔いのちを委ねる天頂点を最も神聖なものと崇拝する祭り〕を表現するものであったと考えるべきことになる。

◆L図は、上記の『ヒトはいつから人間になったか』の192頁にある、後期旧石器時代・氷河時代のフランス南西部にあるトロワ・フレール洞窟から発見された「魔術師」と指摘される原始絵画である。
 M図に示す天頂にめぐってきた銀河の範囲が、トロワ・フレール洞窟の「魔術師」の絵のモデルであった。というのも、学者たちが“「魔術師」の耳と角と胴体は大鹿を表現している”と指摘するように、M図の「オス鹿の横顔に似る銀河」は〔大鹿〕に相似するからである。学者たちは「魔術師」の顔を“梟(ふくろう)の顔”であると指摘する。L図の「魔術師」のモデルとなるM図の銀河範囲の形状は、N図に示すように〔両翼を広げて飛翔する梟の姿〕に見立てられて[]の契文形となった。L図の「魔術師」の〔梟の顔〕の位置はN図における「十字の銀河とその両脇の銀河部」に相当し、「十字の銀河とその両脇の銀河部」は〔梟の顔〕のごとくに観える。「魔術師」の前足と後ろ足は〔人間の両手と両足〕を表現しているとされるが、M図の「人の横顔に酷似する銀河」はL図の前足と後ろ足が連結する胴体部に相当するゆえ、「魔術師」の前足と後ろ足は〔人間の両手と両足〕の形に描かれたのである。L図の「魔術師」の尻尾は“オオカミの尻尾”と指摘される。後期旧石器時代の現生人類の男性は狩猟が上手なオオカミの群のごとくに一団となって狩猟した。だから、狩りがうまくいくことを願って、M図に示す「こと座」は〔オオカミの尻尾〕に見立てられたにちがいない。

以上の方法をもってすれば、この他の多くの後期旧石器時代の洞窟絵画もまた、天頂を通過した銀河の形状を表現したものであると証明することができる。

◆A図が示すように、約4.1万年前の旧人・ネアンダルタール人は未熟ながらも創造能力を有し、彼らが命をゆだねた天頂点となった銀河の印象を〔赤い点線と円形〕で表現した。4000年後の3.7万年前のわれわれ現生人類の祖先は、彼らが命をゆだねた天頂点となった銀河部の印象を〔赤い塗料を吹き付けた手形〕で表現した。
 われわれ現生人類の祖先は頭脳から発せられる本能行動と情動行動の指令の基にJ図に示した〔[]をキャッチする能力の技術〕を鍛えて命を確保し、芸術創造行為を育成し技術革新して、音声言語を使いこなしてコミュニケーション能力を高め、組織的な社会と文化を築きあげて、約6000年前から各銀河部の形状を造形表現する文字を作った。
 したがって、280289年に著作された『魏志倭人伝』にある「倭の占いにおける卜辞の文字は令亀(れいき)の法の如く(殷代の亀の甲羅に刻む契文=甲骨文字の如く)」と説明する記事や、「伊都国の港では卑弥呼が書く文書を魏都や諸韓国で用いられる楷書に直していた」と説明する記事は、約4050年前の夏代初頭に日本列島に根付いた「銀河各部の形状」を「文字」とする夏音文字が倭に存在していたことを証言するものであったことになる。
 また、『魏志倭人伝』のすべての方位を示す記事は、O図右側に示す「日本列島の西は北、東は南となる」と卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理を証言するものであった。つまり、P図に示す日本列島の西端の玄海灘に浮かぶ沖ノ島と東端にある伊豆諸島の神津島が同緯度であり、その両地の気候を考慮して〔中国の海岸線地域における北部の冷たい気候と沖ノ島の気候が合致し、中国の南部の暖かい気候と神津島の気候が合致するから、日本列島の東端は中国の海岸線南部の方に伸びている〕と卑弥呼王朝は錯覚の日本列島地理を制定したことになる。というのも卑弥呼王朝の権力基盤は、3.7万年前のエルカスティーヨ洞窟の〔赤い手形〕の天井画以来の、J図に示す〔[]のキャッチ〕を基軸にして組織される夏音文字の学芸であったからにほかならない。
 卑弥呼王朝の権力基盤は〔[]のキャッチ〕を最も重視する夏音文字の学芸であったことは、『魏志倭人伝』と同時代(3世紀後半)に作成された、Q図に示す「卑弥呼」の地上絵によって科学的に具体的に完璧に証明される。

 すべての邪馬台国説は、C図に示した〔天の北極〕を基準にして方位を定める現在と同じ日本地理を立論基盤とする。しかし、Q図の「卑弥呼」の地上絵によって、すべての邪馬台国説は〔誤読〕に〔誤読〕を重ねて組み立てた空論であることが科学的に証明される。その証拠に、O図の転回日本地図の上部に記す「玄海灘」は「天の北極では渡ることができない。[]をキャッチすれば往来できる陸地から遠く離れた波の荒い海」と示し、すべての邪馬台国説は立論する最初の段階から根本的に誤っていると明確に示す。

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