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2013年11月22日 (金)

日本が滅びる・69

愛、あざやかに永遠であれ(10)・『古事記』序が歴史を知る方法の解説() 

◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・66」で解説したように、約4万年前頃から地球上に出現したわれわれ現生人類(現代型のホモ・サピエンス)は、最初からA図に示す〔[]をキャッチする能力(精密に緯度が測定できる天頂緯度線と方角を測量できる子午線をキャッチする能力)〕を本能として有し、“よく”生きていくために人間だけがそなわった創造する能力も有していた。このような〔[]をキャッチする能力〕と“よく”生きていくための創造能力は、スペイン北西のアルタミラ洞窟のうちのエルカスティーヨ洞窟の約4.1万年前の赤い点状や円形の天井画と、3.7万年前の手に赤い塗料を吹き付けて作った手形によって証明される。
 わが日本列島の縄文時代の草創期は約12000年から始まるとされる。次の早期縄文は約1万年前、前期縄文は約6000年前から始まるとされる。前回のわがブログで指摘したように、約6000年前の前期縄文時代初頭において、関東地方で土器と土偶による芸術革命がおこった。
 草創期と早期においては、B図に示すような深鉢が作られていた。B図のごとく、草創期と早期の深鉢の底を上にして置くと深鉢が安定して座りがよくなる。したがって、深鉢は底を上にして、保管されていたにちがいない。A図の天頂点を通過する銀河部の軌道は天頂点が最も高くそれ以上に上部になる天体部が存在しないという印象を表示すると楕円形となる。ゆえに、その地上にあらわれる楕円形の軌道はB図のごとく底を上にした草創期の丸底深鉢と早期の尖底(せんてい)深鉢のような形となる。だから、A図の最も大事な命を確保する方法であった〔[]をキャッチできる眼力と技(わざ)〕が研ぎ澄まされて鋭敏になることを縄文人は願って、A図に示す軌道の形に合致するようにB図のごとく深鉢の底を上にして保管していたにちがいない。
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◆太安万侶(おおのやすまろ)が作る『古事記』の序は「臣安万侶言(もう)うす。それ混元すでに凝()りて、気象未(いま)だ効(あらは)れず。名も無く為(わざ)も無し。誰(たれ)かその形を知らむ」という文から始まる。
 この冒頭文はB図の草創期と早期の縄文土器について述べたものであると考えられる。「臣安万侶言す」以後の文は「天地万物の情(イメージ)が混沌(こんとん)としていた縄文時代の元(はじめ)の草創期と早期においては、気象すなわち天頂点周囲の銀河各部の形状を人々は造化(ぞうか╱造形)することができず、天頂点を通過する銀河部位の軌道(A図)を造化していました。ゆえに、この世に名も存在せず、天頂点周囲の銀河を造化する創造行為が確立されていませんでした。ゆえに、今日のわれわれは草創期と早期の縄文時代にどのような銀河部が天頂にめぐってきたのか知ることができません」と解釈できる。
 次の「しかれども乾坤(けんこん)初めて分かれて、参神(さんしん)造化の首(はじめ)を作()す」という文で、安万侶は「名門益氏の日本列島移住によって夏音文字が習得できた」と表現した。

 
◆C図は、〔歳差〕という天文現象に用いて、土器と土偶による芸術革命がおきた関東地方(北緯36)における約6000年前の前期縄文時代初頭、約5000年前の中期縄文時代初頭、そして約4050年前の後期縄文時代初頭に天頂点と重なった天頂緯度線が貫通した銀河図である。
 名門益氏の王子(天祖)一行は文字が無い日本列島に移住して夏音文字の学芸を根づかせた。益氏が話す夏音の言葉は、縄文人たちにはチンプンカンプンでまったく理解できなかったが、縄文人たちは夏音文字の学芸を理解し習得した。この習得方法を、太安万侶は「しかれども乾坤初めて分かれて、参神造化の首を作す」という文で――夏音文字における「文字」は「銀河各部の形状」であった。C図の➂の天頂緯度線が貫通する「鬼の姿に似る銀河」、「十字の銀河」、「三つ輪の銀河」は夏音文字の基本字となった。これらの銀河は縄文前期初頭から縄文中期末期までの1950年間における土器と土偶のモデルとなったので、縄文の芸術家たちによって夏音文字は習得された――と説明した。
 
 その証拠に、D図は「造化参神の首を作す」という文の解説図となる。D図の➂の緯度線は日本列島で夏音文字の学芸を習得した今から約4050年前の夏代初頭の造化(造形芸術)の神・神産巣日神(かむむすひのかみ)をあらわす。D図に「首」と記した銀河部は、「参神造化の首」の[]をあらわす。そして、「参神の首を作す」という文は「前期縄文時初頭の造化の神・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)から神産巣日神までの約1950年間の造化の神々の歴史によって夏音文字が習得できた」と表現するものとなる。
 わがブログ「卑弥呼の逆襲:【用語の解説】」の「1・漢字」「2・秋の銀河と夏の銀河」「3・夏音文字」「4・倉頡が死刑と定めた3つの掟」にて解説しているように、原初漢字・夏音文字は「秋の銀河と夏の銀河各部の形状」を「文字(字源・字形・字義)」と定めた。

◆E図に示したように、前期縄文の深鉢(山梨県東八代郡御坂町の花鳥山遺跡から出土した)と中期縄文の新潟県信濃川流域から出土した火炎土器は、夏音文字の基本字となった「鬼の姿に似る銀河・十字の銀河・三つ輪の銀河」で構成される「オス鹿の横顔に似る銀河」の形に相似して造化される。
 また、F図の山梨県東八代郡御坂町の桂野遺跡から出土した縄文中期の深鉢とE図右端の深鉢の胴にほどこされた渦巻文と、そしてE図の火炎土器のダイナミックな口縁部のデザインはD図左上にある➀と➁の天頂緯度線が貫通した「三つ輪の銀河全域を覆う渦巻の形状」を造化(造形)したものにちがいない。
 「三つ輪の銀河」には無数の星がひしめき、ある箇所の星と星の連なりは渦を巻き、ある箇所は円を描き、ある箇所は奔放(ほんぽう)な曲線や直線となってダイナミックに躍(おど)り輝ききらめく。ゆえに、音の無い花火あるいは豪華・巨大なシャンデリアのごとき壮麗にして燦然と輝く銀河である。このため、「三つ輪の銀河」を造化した中期縄文の土器を飾る渦巻き文様や火炎土器の口縁部は見る者が強力なエネルギーを感じる、世界に類がない複雑な形となった。

◆今から約4050年前に、文字の無い日本列島で夏音文字の学芸は習得された。夏音文字の基本字はE図の「オス鹿の横顔に似る銀河」を構成する「長方形の暗黒天体部・鬼の姿に似る銀河・十字の銀河・三つ輪の銀河」であった。夏音文字は「銀河各部の形状」を「文字」としたので、夏音文字の基本字となった銀河をモデルにして前期縄文時代以来1950年間も土器と土偶を作っていた日本列島においては、夏音文字が習得できたのである。
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 今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝につかえた、“漢字の始祖”の倉頡(そうきつ)は漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明して、G図の「ジャコウウシ」を漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕の基本理論を表示する聖なる獣と定めた。
 これゆえ、D図の「首」と記した銀河はG図の〔ジャコウウシの首〕に見立てられた。
 わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は、D図の➀「天之御中主神」と➁「高御産巣日神」の名に配する[]の字について「御は祟(たた)る怨念を禦(ふせ)ぎ祓(はら)うための祭祀であった」と解説する。
 H図に示すように、「祟(たた)り」の[]の契文形(甲骨文字の字形)はD図に「首」と記した銀河を〔ジャコウウシの首〕に見立てて、「三つ輪の銀河」における「北の輪の銀河」を〔子を中心に隠して天敵のオオカミの攻撃を防御するために組むジャコウウシの円陣〕に見立てて造化された。
 倉頡はH図右端の「十字の銀河」を「すべての文字を生む母体」、「十字の銀河の子宮」を「すべての文字を生む子宮」と定めた。[]の金文形は「十字の銀河の子宮」と「毛足の長いウールのコート(防寒具)で全身がおおわれるジャコウウシ」を表現して造化された。胎児が宿る子宮は骨盤で防御され、ジャコウウシは子どもを中心に隠して円陣を組んでオオカミの攻撃を防御するので、〔骨盤〕は〔ジャコウウシの円陣〕に見立てられた。このため、女体に相似する「十字の銀河の子宮」は〔ジャコウウシが子どもを隠す円陣の中央〕に見立ててられて[]の金文形が造化された。
 ジャコウウシの肉は麝香(じょこう)の香りがする最高に美味しい。また、優れたコートとなったので、有史以前は広く北半球の寒帯に分布していたが中国はじめ多くの地方で絶滅した。ゆえに、「ジャコウウシ」は「たたり」をあらわす[]と「祟る怨念を禦ぎ祓うための祭祀」をあらわす[]の字源となった。「ジャコウウシ」は[][]の他に、「犠牲(いけにえ)」の[][]はじめ[][]などの牛偏の字はじめ多数の文字の字源・原義となった。
 I図に示す垂直に立つ柱の先端の真上は天頂点であり、垂直に立つ柱は太陽の正午の高度や銀河各部の高度を測量する時に用いられた。これゆえ、「三柱(みはしら)」など神の数を示す単位は「柱」となった。「十字の銀河」は〔垂直に立つ柱〕に見立てられて[][]の字源となり、また[]の字源にもなった。
 だから、D図の➀天頂緯度線「天之御中主神」という名に配される[]の字源は「北の輪の銀河」(H図の中央図)であり、[]の字源は「十字の銀河」であった。「天之御中主神」の[]は「ジャコウウシは円陣の真ん中に子を隠す習性」をあらわしていることになる。

◆D図の➁の天頂緯度線「高御産巣日神」にも、[]の字源となったH図の中央図の「北の輪の銀河」を貫通しているので神の名に[]という字が配されることになった。
 「高御」の後に続く「産巣日」は「鷹が卵を産みひなを育てる巣の形は日輪のごとく円形」と表示するものとなる。
 D図の「十字の銀河の子宮」を、J図右上に配置した。「十字の銀河の子宮」は[(スイ・とり)]の字源となり、「十字の銀河の子宮」は〔鷹の頭部〕の形に類似すると見立てられた。これゆえ、[]の字には[]の字が加えられることとなったのである。
 K図に示すように、[]の金文形は「鬼の横顔に似る銀河と長方形の暗黒天体部」から図案されたが、「鷹」が[]の字源となった。その証拠に、『魏志倭人伝』に記載される小国「鬼()国」は、L図右側に示す「旧国の志摩、現在の三重県南部」であった。小国「鬼奴(きぬ)国」はL図左側の「旧国の紀伊、現在の和歌山県」であった。和歌山県の平面的に図化した地図の形は〔飛翔する鷹の姿〕に類似すると見立てられ、「鷹」は[][]は「ものすごく強い力」をあらわす字であったゆえ「鷹の飛ぶ翼はものすごい力を有する」ということで[]となり、「和歌山県」の小国名は「鬼奴国」となった。
 倉頡は〔女性の生殖器官〕に相似する「十字の銀河の子宮」を「すべての文字を生む生殖器官(子宮)」と定めた。
 M図に示すように、女性の生殖器官には卵管・卵管采・卵巣は二つあるが大半の女性は一人の子どもしか産まない。鷹は14つの卵を生みが、強いひなが生き残って弱いひなは生き残ることができない。しかし、餌が十分ならば弱いひなも育つ。同様に、双子や三つ子などを産む女性もいる。だから、鷹のひなとヒトの子は共通すると考えられることになり、大半の女性が子を一人しか産まないのは、鷹のひなの生き残りのごとく、女性の生殖器には二つの卵管・卵管采・卵巣があっても強い精子だけが生き残って弱い精子は死滅すると夏音文字の学芸は考えたのである。
 これゆえ、「鷹」は[]の字源となり、[]は「神」を意味することになった。
 『後漢書』倭伝は「卑弥呼は鬼神の道を事(まつ)る」と伝え、『魏志倭人伝』は「卑弥呼は鬼道を事(つか)えて、よく衆を惑わす(立派に民衆の心を一つにまとめて治めた)」と記述する。
 だから、D図の➁「高御産巣日神」と➂「神産巣日神」の「産巣日」は「三つ輪の銀河の輪の形は鷹が卵を産む巣を真上から見た形に相似し、円形の日輪の形にも相似する」とあらわすものとなる。
 D図における➂「神産巣日神」の天頂緯度線は、K図に示す[]の字源「鬼の横顔に似る銀河」の中央を貫通し、[]は「神」を意味するので、➂の神の名の先頭字は[]となったのである。

◆『日本書紀』巻第三の神武天皇紀の初頭部にある天祖降臨説話は、夏音文字の学芸をもたらした名門益氏の王子一行が日本列島に移住した歴史を記述する。この天祖降臨説話は「天祖の子孫(祖と父の尊)は、神ひじりのように徳高く、善政をかさね、恩沢もゆき渡り、多くの年月が経過した。」と説明する。このように説明されるように、D図は関東地方における天頂緯度線であるゆえ、夏音文字の学芸は益氏が居住した東北地方の男鹿半島・米代川縄文文化圏だけに止まらず、関東地方にも波及して習得されたことになる。
 『古事記』上巻には――皇室が絶対に聖性を汚してはならないと厳しく禁止する皇祖天照大御神が徇葬を決行し、伊耶那美命が提唱した日本建国の〔愛〕の理念を天照大御神が憎悪し祟って人民を苦しめた歴史が記述された。このため、元明天皇が献呈を承認して『古事記』が正史になるために、安万侶は元明天皇を賞賛する文を作る必要があった。安万侶は『古事記』序の末部に近い箇所で、元明天皇を「名は文命よりも高く、徳は天乙(てんいつ)にも冠(まさ)りたりと謂()ひつべし」と讃える文を挿入した。この賛辞は「お名前は夏の帝禹よりも高く、徳は殷の湯王(とうおう)よりも勝っていると申し上げることができます」と意味する。つまり「元明陛下の名は帝禹の裨益・補佐役であった帝益のごとく高く、徳は湯王の政事を補佐した伊尹(いいん)のごとくです」と賞賛した。益が禹の遺志を新天地・日本列島で受け継ぐという決意によって夏音文字の学芸は日本列島に根づいた。だから、「名は文命よりも高い」という文は「名は文命の政事を裨益した益のごとく高く」とあらわすものとなるので、元明天皇を最大最高に褒める賛辞となった。
 帝益の孫の王子と若者たちの日本列島記事は、三十巻からなる『日本書紀』の巻第三の初頭部にあるわずか数行の記述である。にもかかわらず、『古事記』の序には帝益を讃える「名は文命よりも高い」と文を挿入した目的は、(1)元明天皇を絶賛して『古事記』献呈を許可して正史にするためと、そして(2)読者に――わが国に、「銀河各部の形状」が「文字」とする夏音文字が伝来している。すべての文字の字源・原義を銀河各部の形状で解明すれば歴史を正しく知ることができる――と、『古事記』上巻に記述した歴史の解明方法を気づかせるためのものだったのである。

◆前述したように、わが国では「銀河各部の形状」が「文字」となる夏音文字が習得され、7世紀に完成した隋代の「楷書の字源・原義」も夏音文字と同じ「銀河各部の形状」であった。ゆえに、『古事記』上巻のすべての文字の字源・原義は銀河各部の形状に直せば正しい歴史が解明できることになった。
 このような『古事記』の上巻に記述した歴史を正しく解明する方法を説明することが『古事記』の序を作成する目的であったことを、学者たちのテキストとする注釈書『古事記伝』を著作した本居宣長はまったく気づかなかった。
 したがって、宣長以降から現在まで、『古事記』上巻の日本神話に記述された歴史を正確に解明した書物は一冊も作成されていない。すべての書物は正しく文章が解釈できない、〔
誤読〕の産物となった。言い換えると、『古事記』序が説明し指摘しているように、「文字」の字源・原義となる「銀河各部の形状」に直す作業を加えないと歴史的事実は明らかにならない。

 

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