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2014年2月27日 (木)

日本が滅びる・80

愛、あざやかに永遠であれ(21)・『魏志倭人伝』の全記事はすべて真実だと証言する3世紀後半に生存した目撃者が存在した!

 

20131227日から今日まで2ヶ月間、「日本が滅びる・79」にてブログを一時ストップしていてすいませんでした。
 この間、学者たちの『魏志倭人伝』に〔文献批判〕を加える方法では、これから100年いや1000年もの年月を費やしても論争は決着しないことを証明し解説する『卑弥呼の地上絵発見』という書名の著作物を作成していた。
 なぜならば、『魏志倭人伝』に加える学者たちの〔文献批判〕の正体は〔誤読〕だからである。〔誤読〕を立論方法とする考えを100年いや1000年続けてもいっこうに埒(らち)が明くはずがない。
 要するに、〔文献批判〕をいっさい排除してしまえば、邪馬台国論争は一気に決着がつく。


 
新井白石(1725年没)から始まる邪馬台国学術史は、約290年の伝統を有する。その間、学者も研究者も誰ひとり〔文献批判〕が〔誤読〕であることに気づかなかった。
 
 『魏志倭人伝』に加える〔文献批判〕は〔誤読〕であることは、考古学の歴史で世界的に有名なドイツ人のシュリーマンのトロイの遺跡の発見を注目すると理解できる。

紀元前1200年前後におこったトロイ戦争は紀元前850年ごろに生存したギリシャの詩人ホメロスの英雄叙事詩『イリアス』に記述された。学者たちは〔文献批判〕を用いて『イリアス』に記述されたトロイ戦争はホメロスが創作した物語であると決めつけて「歴史ではない」と断定した。しかし、シュリーマンは『イリアス』に記述された通りの土地を発掘して、トロイの遺跡を発見した。したがって、学者たちの〔文献批判〕は〔誤読〕であったと証明され、学者たちの意見こそが空想であったことが否定できない事実となった。

◆〔文献批判〕が〔誤読〕と証明されると、たとえ権威ある立派な学者の意見でも直ちに空論となる。権威ある学者が白石以来の290年にわたる学者たちが主張した邪馬台国説は“絶対に〔誤読〕の空論ではない!”と弁護しても、邪馬台国学説が〔誤読の空論〕であることは絶対的な事実となる。なぜならば、当時(3世紀後半)に生存した目撃者が『魏志倭人伝」の全記事は真実であると証明できる史跡を作り、この史跡が現在も存在するからである。
 なぜ「学者たちは、こんな簡単な事柄で邪馬台国説が〔誤読の空論〕であったことに気がつかなかったのか?」と日本国民はこぞって口々に問いかけるであろうが――この原因は『魏志倭人伝』に加えた〔すべての文献批判〕が〔すべて誤読〕だったからである。
 学者たちは290年ものあいだ〔誤読=文献批判〕に夢中になって、その夢からいっこうに醒めない。〔邪馬台国説が誤読の空論であること〕はジャーナリストの目によって簡単至極にキャッチできた。にもかかわらず、この〔誤読の空論のデマ〕を新聞が率先流布して邪馬台国説を日本中に蔓延させた――これが事実であったことになる。
◆この「日本が滅びる」シリーズにて冒頭の1回~7回まで、また1926273438404142455055606264656667、そして前回の79回と何度も取り上げた――私が“「卑弥呼」の地上絵”と名づけた史跡は、学者たちが『魏志倭人伝』に加えるすべての〔文献批判〕の正体は〔誤読〕以外の何物でもない、『イリアス』に加えた〔文献批判〕同様に正真正銘のご立派な完全なる〔誤読〕であると断定できる史跡である。

「卑弥呼」の地上絵は旧静岡引佐郡の細江町――現在の静岡県浜松市北区の細江町の行政区域を表示する地図の形として現存する。
 「卑弥呼」の地上絵は『魏志倭人伝』が作られた同じ3世紀後半に作られた。
 「卑弥呼」の地上絵は、次回から詳細に解説する『古事記』上巻の天照大御神と須佐之男命の誓約説話末部に登場する「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)」が作成した。
 建比良鳥命は、卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命・天照大御神・崇神天皇がおこなった政事(まつりごと)や事績を目撃した。ゆえに、現在の浜名湖北岸地域の引佐・細江両町に居住した豪族の建比良鳥命は卑弥呼から崇神天皇までの歴史の目撃者であった。
 
◆これゆえ、2ヵ月費やして作成した拙著『卑弥呼の地上絵発見』の扉には、下記のごとき文を記述した。
 ――もしも3億円事件において 事件の一部始終を目撃した人物がいて その目撃者が名乗り出て すべて目撃した事柄を証言し この証言が事件の経緯と いっさい矛盾せずに【科学】が成立したならば また目撃者でなければ知ることができない極めて特殊な事柄を 証言したならば 3億円事件は一気に決着がついて真実が解明されます

同様に 『魏志』倭人伝が作成された3世紀後半に生存した人物が 3世紀に生存した卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命と そして 箸墓に葬られた倭迹迹日百襲姫命の政事や 事績や当時の学芸など 目撃した出来事を ちょうど1千万坪の巨大な鳥の地上絵を作成し貯蔵し この事柄が『魏志』倭人伝と『古事記』上巻・『日本書紀』神代紀の記述に合致し

しかもこの史跡文献記事が一体となって伝える事柄はすべて【科学】が成立し また目撃者でなければ知ることができない極めて特殊な事柄をも伝えるならば この3世紀後半に作成された史跡は真実の歴史を伝えるものとなります このような奇跡の史跡が 浜松市に現存します この史跡を 私は“「卑弥呼」の地上絵”(1頁の口絵1)と名づけました

この「卑弥呼」の地上絵によって 18世紀以来約290年間の長きに及んで 決着がつかなかった邪馬台国論争に終止符を打つことができます

 

290年ものあいだ、学者たちは〔誤読〕に夢中になった。このため、歴史的事実を把握できない状況となった。したがって、今後も、このような学術的な論争を100年いや1000年も続けてもいっこうに決着はつかないことになる。

しかし真実や真相を追究し不正を暴くジャーナリズムの視点で捕えるならば、多分一日2時間ずつ6日間、すなわち延べ12時間・半日ぐらい有れば、『魏志倭人伝』に記述されたすべての歴史の真相が明らかになって、白石以来290年も続けられたすべての邪馬台国学説は〔誤読の空論〕であったことが一気に明らかとなる。
 だから、朝日新聞が報道する纏向(まきむく)遺跡・邪馬台国説と箸墓・卑弥呼の墓説は完全なるデマ(事実と反する煽動的なウソ八百の宣伝)である。
 また、朝日新聞がデマを流す纏向遺跡・邪馬台国説と箸墓・卑弥呼の墓説は日本人の命の根元、「日本国」を愛した先人たちの霊魂を徹底的に侮辱する――また、日本人として生きようとする日本人を大量虐殺するところの“日本民族のホロコースト”であると言えざるをえない。
 ということは、もちろん纏向遺跡・邪馬台国説と箸墓・卑弥呼の墓説を唱える学者たちも“日本民族のホロコースト”を犯す人々であると言わざるをえない。

「ホロコースト」は第二次世界大戦中におけるナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的におこなった大量虐殺を指す。
 〔誤読〕を駆使して真実の歴史を全滅する纏向遺跡・邪馬台国説と箸墓・卑弥呼の墓説は日本民族の命の根元を葬ってほんとうの日本人として生きることができなくする“ホロコースト・大虐殺”である。
 『魏志倭人伝』に加える〔文献批判〕という名の〔誤読〕をすべて排除すると、纏向遺跡・邪馬台国と箸墓・卑弥呼の墓説は荒唐無稽(こうとうむけい)の出鱈目(でたらめ)であることが明らかとなる。
◆ジャーナリストの目(視点)で見れば――纏向遺跡・邪馬台国説と箸墓・卑弥呼の墓説は根拠・理由が〔誤読〕を自由自在にあやつる虚妄(デタラメ)である――ことが至極簡単に明らかになる。にもかかわらず、このジャーナリストの視点で見ることを朝日新聞の記者は頑(かたく)なに幾度なく拒否した。
 今回も224日に「卑弥呼」の地上絵がある地区を担当する朝日新聞の浜松支局に訪問し、私が著作した拙(つたな)い『卑弥呼の地上絵発見』を提供して警告した。
 浜松支局長は拙著を見ようとせず、自らがはたすべきジャーナリストとしての義務と人間として当然おこなうべき使命(この使命を「倫命(りんめい)」という)をはたすことを拒絶した。

992年ころ、開墾(かいこん)した田地はすべて私有財産となる墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)によって「卑弥呼」の地上絵の所々が開墾されると、「『魏志倭人伝』の全記事は真実の歴史を伝える」と記述する「原初漢字・夏音(かおん)文字」の役目を有した各部の地宜(ちぎ╱平面的に図化した地図の形)と地名が破壊されて、「卑弥呼」の地上絵は史跡としての機能が完全に失われる。「卑弥呼」の地上絵が3世紀後半の歴史の真相を証言する史跡であることを知った都から赴任した遠江国守の藤原共資(ともすけ)は、「卑弥呼」の地上絵を守る自らの行為を「倫命」と表現した。公家の共資は慣れない武士となり、館(志津城)を築き武器を手に持ち、開墾するために侵入する武士団と戦って「卑弥呼」の地上絵を守った。よって1010年、建比良鳥命家の新生児は共資の養子となり、武家の井伊家が創設された。この武士の井伊家が守り番となったために、「卑弥呼」の地上絵は現存することになった。
 だから、『魏志倭人伝』の〔誤読=文献批判〕を一点も加える必要もなく全記事は真実の歴史を後世に伝える夏音文字の機能を有する「卑弥呼」の地上絵を排除し無視する浜松支局長の行為は人間として当然おこなうべき倫命に背き、人間として最も卑劣な行為ということになる。
◆浜松支局長の行為は、下記するジャーナリストの森恭三氏が説く〔ジャーナリストとして自覚と責任感〕を放棄するジャーナリスト失格の、すべての日本人から軽蔑されても仕方がない卑劣きわまりない暴挙である。なぜならば、彼の行為は日本人として生きるすべての日本人と「日本国」を愛して歴史の真相を後世に伝えようとした先人たちの心願(霊と魂)の全滅を図るホロコースト(大虐殺)であるからだ。
 私は『魏志倭人伝』に加える[文献批判]は〔誤読〕であることを、自費出版『怒りの魏志倭人伝論』で提示した。この拙著『怒りの魏志倭人伝論』は1983104日に発行した。それから数年後、おそらく1988年ごろ、朝日新聞はテレビ欄がある頁〔ビデオテープ〕に「訪問インタービュー――森恭三・新聞に現代史を綴る=教育テレビ」の記事を下記のごとく掲載した。

「世の中の運動で人類に幸せをもたらした運動とか意見、理論というのは、最初は必ず一人の人間あるいは少数者の意見だったということなんですよ。……多数決が正しいとかちゅうことは全然間違いなんです。正しいかも知らんけれど正しくないかも知れないですね。少数意見の意見もすべていいとは限らないし玉もかわらも一緒なんだけど、しかしその中には正しい玉もあるかも知れないわけですね。そういう玉を大事にするということが必要なんですね。

……新聞は現代史を書いてるわけです。歴史を勉強することの意義は、現在の光をもって過去を照らす。また過去の光をもって現在を照らすというところにあると思うんですね。だから歴史というのは常に現在が問題やと思うんですよ。……だから歴史を書いておるんだという自覚と責任感というものを新聞は持ってほしいと思うんですね。自分たちが作っておる新聞が、歴史の審判を受けるということを覚悟してほしいと思うんですね。」

◆朝日新聞の支局長は上記の森氏が指摘するジャーナリストとしての自覚と責任感をまったく有していない。
 201287日に第2刷発行したニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏が著作した『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉社)の帯は、日本の新聞と新聞記者について「ウソを繰り返しつく新聞はもはや“オオカミ少年”だ!」と指摘する。この指摘には日本人としていささか疑問符をつけたいのであるが、これまで10回以上に及ぶ朝日新聞の記者たちと接触した体験上、彼の意見は事実であると認めざるをえない。
 朝日新聞の記者たちは人間として絶対に守らなければならない使命の倫命を排除し、ジャーナリストとしての義務と責任感を抱かず、ジャーナリストしての目を持つことを拒否して先人たちが日本を絶滅する原因になると心配して残した真実の歴史を抹殺する。

マーティン・ファクラー氏は『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』の〔第4章 ジャーナリストがいない国〕にて「日本の記者は有名大卒のエリートばかり╱ジャーナリストはサラリーマンではない╱大手新聞社の給料は高すぎる云々」などと日本の新聞と記者の問題点を提示しているが、この指摘は否定できない事実でありわが国の新聞記者の堕落を明示するものであり、朝日新聞の記者はその典型的な人物であった。

私が最初に対面した朝日新聞の浜松支局の若い受付嬢は支局の記者たちがジャーナリストとして使命感や倫命観をまったく有していないことを感じているらしく、微笑みながら私に「ウチの記者は、あなたの要望や警告がまったく理解できないと思いますよ」と忠告した。この言葉には驚いたが――実際、その通りで支局長は面倒くさいことは真っ平お断りという本音を示して拒絶した。
◆このように、私が開くブログサイト「卑弥呼の逆襲」を愛する、また興味を抱く人々の期待を無視
して、もう一回朝日新聞の記者たちを信じてみようと思った私の2ヵ月の朝日新聞への警告作りは、水の泡と消えた。しかし、それなりの収穫も得た――記者たちがジャーナリストしての義務と責任感をまったく有するものでないから、朝日新聞は日本民族をホロコースト(大虐殺)する箸墓・卑弥呼の墓説のデマを流布していることが確認できた。
◆次回から、『魏志倭人伝』が作成された3世紀後半に生存して、卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命・天照大御神(倭迹迹日百襲姫命╱やまとととびももそひめのみこと)がおこなった政事(まつりごと)や事績を直に目撃した建比良鳥命は「卑弥呼」の地上絵を作成して驚くべき幾つかの重大な歴史的事実を証言する。
 卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命・天照大御神が生存した3世紀後半の歴史を直にその目で見た目撃者の建比良鳥命は、「『魏志倭人伝』のすべての記事は真実の歴史を伝える」と証言するとともに目撃者でなければ知ることができない世界史的にも最も重大な【銀河から文字が作られた】という秘密を今日に伝える。
 学者たちがまったく想像しなかった『魏志倭人伝』の全記事の歴史の目撃者が存在し、この目撃者が「卑弥呼」の地上絵を作成し、今から約4050年前の夏代初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に中国から日本列島に伝来した原初漢字・夏音文字の実体をそのままに残した史跡が現存する。
 『魏志倭人伝』は「倭女王が書く文書の文字は魏都や諸韓国の楷書と相違していた」と記述する。この文字は夏音文字であり、夏音文字は「卑弥呼」の地上絵となって現存する。
◆中国の五教の第一に挙げられる古典『易経』繋辞(けいじ)下伝は「仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜を観る。(中略)。もって神明の徳に通じ、もって万物の情に類して文字が作られた」と、漢字の起源の秘密を伝える。
 この文中の「天象」は「銀河各部の形状」、「地法」は「黄河と長江が中国大陸の西から東に向かって水が流れる様子」、「鳥獣の文」は「“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が発明した漢字作成原理の名称」であり、「地宜」は前述したとおり「平面的に図化した地図の形」ということになる。
 中国からわが国に伝来した夏音文字は『易経』繋辞下伝の漢字起源記事をそのまま貯蔵する原初漢字であった。だから、「卑弥呼」の地上絵は「天象」と「地法」と「鳥獣の文」を各地の地名とその「地宜」が夏音文字となった。
 というのも楷書が我が国に本格的に習得されたのは56世紀であった。だから、「卑弥呼」の地上絵は建比良鳥命が生存した3世紀後半に実在した、倭女王卑弥呼が用いていた夏音文字をそのまま伝えられることになったのである。
 〔紙などの表面に表示された字形〕を〔文字〕と考える現在の人々にはおそらく理解できないかもしれないが、夏音文字においては〔「卑弥呼」の地上絵〕は〔すべての字源を知ることができる1400字前後の基本字を表記する字書〕であり、〔銀河各部の形状〕は〔文字〕であり、〔黄河・長江の水の移動〕も〔文字〕であり、〔倉頡が発明した漢字作成原理〕も〔文字〕となる。
 『易経』繋辞上伝には「易は天地と準(なぞら)う。ゆえによく天地の道を弥綸(びりん)す。仰いでもって天文を観、俯してもって地理を察す」という文がある。この文中にある「ゆえによく天地の道を弥綸す」という文を基に、倭女王の名は「卑弥呼」と定められた。前述したとおり夏音文字においては「天象」「地法」「鳥獣の文」「地宜」が文字となったので、この四つ要素によって「卑弥呼」という3字が表記される仕組みになっていたからである。
 この〔「天象」「地法」「鳥獣の文」「地宜」〕の四要素が「文字」となる事実を伝える史跡が、「卑弥呼」の地上絵である。
 ゆえに、「卑弥呼」の地上絵は中国では失ったがわが国には倫命によって保存されて実在することになった漢字の起源の秘密をそのまま直に伝える貴重な史跡である。このような極めて特殊な原初漢字の秘密を証言するゆえ、「卑弥呼」の地上絵を作成した建比良鳥命は3世紀の後半に生存して卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命・天照大御神(倭迹迹日百襲姫命)がおこなった政事と事績の目撃者であったことは確実となる。ゆえに、『魏志倭人伝』に記載された「倭に文字があった」という記述を〔誤読=文献批判〕で抹殺し、卑弥呼・壱与はじめの人名・小国名に用いられる夏音文字を排除した、約290年におよぶ邪馬台国学説は〔完全なる誤読の空論〕であり、日本民族を大虐殺する倫命に反する卑怯千万な暴論と言わざるをえない――また、纏向遺跡・邪馬台国説が自由自在にあやつる〔誤読〕は〔科学的方法あるかのごとく偽装するところの科学における最たる不正・虚妄〕であり、箸墓・卑弥呼の墓説は日本人が最も軽蔑すべき荒唐無稽のウソ八百ということになる

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