日本が滅びる・88
●愛、あざやかに永遠であれ(28)・天照大御神と須佐之男命の誓約説話の解明(7)
■『古事記』における宗像大社三女神の秘密を解説する(4)
◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」の85~87までの3回――『古事記』天照大御神と須佐之男命の誓約説話に登場する宗像三女神と宗像王「天菩比命(ほめのほひのみこと)」という名の秘密に焦点を集めて解明してきた――この結果、(1)宗像の三女神と(2)「天菩比命」という名を注目すれば、『魏志倭人伝』に記述された〔転回日本列島地理〕と〔わが国には原初漢字・夏音文字(夏代の文字)が存在した〕という記事に対し学者たちは「事実ではない」と断定して排除するが、両者とも歴史的事実であったことが解明できる。
『魏志倭人伝』にある15ヵ所の〔方位〕を書く記事に、“文献批判”を一点も加えなければ、A図に示すように日本列島の方位規定は時計回りに90度転回して〔西〕は〔北〕・〔東〕は〔南〕となる。だから、学者たちが加える“文献批判”の正体は【誤読】である。
その証拠に、『魏志倭人伝』には「その道里を計るに当(まさ)に会稽(かいけい)・東治の東に在るべし」という記事がある。
B図に示すように実際の日本列島地図は会稽・東治の東北に所在して矛盾するが、A図の転回日本列島地理は会稽・東治の東に在るから合理となる。
◆A図に示すように『魏志倭人伝』は、宗像は小国「不弥(ふみ)国」であったと記述する。
この「不弥」という小国名は夏音文字がわが国に伝来していた証拠となる。
「不弥国」の[弥]の字源は、C図に示す「カンムリカイツブリ」である。
というのも、D図に示す「北天の最輝部(さいきぶ)」が[弥]の「空を飛ぶカンムリカイツブリの姿」に見えるからである。
「北天の最輝部」とは天文学でいう「北半球に住む人々が最も銀白色に輝いて見える天体部」のことであり、「北天の最輝部は銀白色に輝く」ゆえ「銀河」または「銀漢」の語源となった。
D図に示すように、卑弥呼・伊耶那美命・伊耶那岐命・天照大御神・須佐之男命が生存した3世紀に中国と日本列島の天頂にめぐってきた「人の横顔に酷似する銀河の額(ひたい)」の部分が「北天の最輝部」であり、はくちょう座γ星の南の銀白色に輝く箇所が「北天の最輝部」である。
C図の〔カンムリカイツブリの頸より下の体下面はすべて銀白色〕である。だから、「カンムリカイツブリ」は[弥]の字源となった。
E図に示すように、「北天の最輝部」「頸以下の体下面が銀白色のカンムリカイツブリが空を飛ぶ姿」に観える。この「空を飛ぶカンムリカイツブリの姿に観える北天の最輝部」は[不]の字源にもなった。この[不]の字源を、“字書の聖典”とされる『説文解字』は「鳥飛んで上翔し、下り来らざるなり。一に従ふ。一はなほ天のごときなり」と解説する。
★『説文解字』は「カンムリカイツブリが天空に向かって上へ飛び、地に下り来ない」の「下り来らざるなりの否定の義」が[不]の字源であると解説する。つまり「否定・打ち消しの[ず]」が[不]の字源であるゆえ、E図に示す「空を飛ぶカンムリカイツブリの姿に観える北天の最輝部の形状」が[不]の字源銀河となったのである。
◆F図に示す「山東半島と南北の海岸線」は〔空を飛ぶカンムリカイツブリの頭部と翼〕に相似する。ゆえに、「山東半島と南北の海岸線」もまた「北天の最輝部」と同じく、「否定・打ち消しの[ず]」をあらわす[不]の字源と「カンムリカイツブリ」をあらわす[弥]の字源となった。
というのも「山東半島と南北の海岸線」のイメージは「カンムリカイツブリが上空へ飛翔し、地に下って来ない姿」に観え、またF図の「山東半島の付け根から南の海岸線」はD図の「額が北天の最輝部となる人の横顔に酷似する銀河」のごとく「人の横顔」に似ているからである。
F図に示す中国の海岸線の様子を、中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』の繋辞(けいじ)上伝は「易は天地と準(なぞら)う。ゆえに能(よ)く弥綸(びりん)す。仰いでもって天文を観、俯してもって地理を察す」と記す。この文中の「弥綸す」という語句はF図に示す「中国の海岸線」を表現する。ゆえに、高田真治・後藤基巳訳者『易経(下)』(岩波書店発行)は「弥綸」という語を「つくろいおさめる、もれなく包みこむ」の意味であるとする。
山東半島の付け根から南の海岸線は長江口(ちょうこうこう)から杭州湾(こうしゅうわん)にかけて裂けるような形になる。しかし、裂けずにつくろいおさめて杭州湾より南の海岸線はなだらかな円弧を描く――この状況が「綸」の字義「つくろいおさめる」である。
山東半島と南北の海岸線は洩れなく中国全土を包み込んでいる――ゆえに「山東半島と南北の海岸線」は[弥]の字源となった。この[弥]の字源となる「山東半島と南北の海岸線」は「否定・打ち消しの[ず]」をあらわす[不]の字源にもなった。
◆G図に示すように、現在方位の[不]と[弥]の字源となった「山東半島の地宜(ちぎ╱平面的に図化した地図の形)」とA図に同じ転回方位に則る「宗像地方の津屋崎(つやざき)町の地宜」は類似する。
注意すべきはG図の〔山東半島の地宜と津屋崎町の地宜の顔の向きは異なる〕――この両者の向きの違いが[不]の字源・字義になったのではない。E図の「北天の最輝部」とF図の「山東半島」は「鳥飛んで上翔し、下り来らざるなり」の「地へ下って来ない」の「否定・打ち消しの[ず]」が[不]の字源・字義である。したがって、G図の右図の「津屋崎町の地宜」もまた[不]と[弥]の字源・字義をあらわした。
H図は、A図とG図右図と同じ転回方位に則る[不]と[弥]の字源をあらわす「津屋崎町・宗像市の地宜」である。
前回のわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・87」で指摘したように、H図に示す大島・勝島(かつしま)・神湊(こうのみなと)・鐘崎(かねさき)の天頂にI図に示す「はくちょう座ν星の菱形」がめぐってきた。
I図の「はくちょう座ν星の菱形」を構成する6.5等星の肉眼星はじめ7.0等星・8.0等星の微光星が数億個の白い砂粒となってくっきりと見えるときの瞳孔径(瞳孔の直径)になると、E図の[不]と[弥]の字源となる「北天の最輝部の空を飛翔するカンムリカイツブリの姿」があらわれる。I図に示すように、「はくちょう座ν星の菱形」は宗像市の勝島の地宜に類似し、白川静著『字統』は「勝島」の[勝]の字について「神意にかなうものであり、その結果勝利がもたらされる」と解説する。G図右側の津屋崎町の現在方位の地宜は山東半島と90度交錯する形になるので、[弥]の字源が成立しないゆえ神意にかなわずに道理に負けることになる。転回方位だと、G図に示すように[弥]の字源が成立して神意にかなって道理に勝つ。
また、勝島はI図の「はくちょう座ν星の菱形」に類似し、「はくちょう座ν星の菱形」が明確に見える瞳孔径ならばE図の[不]と[弥]の字源「北天の最輝部のカンムリカイツブリの空を飛翔する姿」を見ることができる。
E図の「北天の最輝部のカンムリカイツブリの空を飛翔する姿」は、J図に示す[一]と[天]の字源となる「十字の銀河」がある「東方に向かって飛んでゆく」ように観える。ゆえに、E図の「北天の最輝部のカンムリカイツブリの空を飛翔する姿」は「[一]の字源の十字の銀河に従い、十字の銀河は北天の銀河部よりなおも高い天空」のごとくに観える。これゆえ、『説文解字』は[不]の字源を「鳥飛んで上翔し、下り来らざるなり。一に従ふ。一はなほ天のごときなり」と解説した。
だから、H図の「転回方位にもとづく津屋崎町・宗像市の地宜」にもとづいて、宗像地方の小国名は「不弥国」となった。
◆『古事記』天照大御神と須佐之男命の誓約説話に登場する不弥国・宗像を治める王の名は「天菩比命」と表記される。『日本書紀』神代紀は「天穂日命」と表記する。
J図は、「天菩比命=天穂日命」の[天]の字源銀河「十字の銀河」である。
K図は、「天穂」すなわち[天]の字源「十字の銀河にある穂(禾・いねの穂)」が[禾][委][倭]の字源となった解説図である。中国における水稲(禾)・米作りはF図に示す長江より南部の地域でおこなわれる。K図の「禾の穂」は「十字の銀河の乳房・子宮」のある方へ垂れる。「十字の銀河の乳房と子宮」は[女]の字源となったので、[禾]の下に[女]が加わる[委]の字が作られた。そして、K図の「禾(いね)の穂を十字の銀河の南側に配するイメージ」は「天神の神意にかなうこと」になり、「地上の人々が天(天神)に生死の決定をまかせる(すなわち、ゆだねる)」ことから[委]の字義は「ゆだねる」となった。
大海を往来する人・遠くの地に旅する人・山や谷で迷った人・森林や荒原で迷った人は、L図に示す〔天頂点を通過する銀河部位〕の軌道における最南端となる〔天頂緯度線〕で緯度を測定し、「天頂点と北または南の目星(恒星や銀河部位)を結ぶ線」で子午線を測量し、この結果正しくキャッチできて生きることができるのかそれともミスったために死ぬのか天の神に運命を委(ゆだ)ねた。この「精密な天頂緯度線と子午線のキャッチ」は[玄]の字源となった。L図において、[玄](天頂緯度線と子午線)をキャッチする銀河部位は〔南(最南端)〕から〔西〕へと移動する。だから、K図に示すように、「時計回りに90度転回して〔南〕が〔西〕に改まる方位規定」が神意にかなうと定義されて[人]に[委]が加わる[倭]の字が作られた。
M図に、[倭]の字源「時計回りに90度の方位の転回」をあらわした。
A図とB図に示す転回日本列島地理は日本列島の〔東〕を〔南〕に時計回りに90度転回するは、M図の「東→南」に合致する。したがって、卑弥呼が統治した国名は「倭」となったのである。
ゆえに、宗像王の「天菩比命=天穂日命」はK図の[倭]の字源をあらわした。
だから、H図の「不弥」という小国名を成立させる〔転回方位〕は[倭]の字源をあらわし、また不弥国に居住する宗像王は[倭]の〔転回方位〕をあらして「天菩比命=天穂日命」と名乗ったのである。
◆『古事記』天照大御神と須佐之男命の誓約説話末部は「天菩比命が率いるクーデターに7人の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)が参加していた」と記述する。7人目の建比良鳥命は「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖」である。この遠江(現在の静岡県西部)の豪族・建比良鳥命は、N図に示す1千万坪の大鳥の地上絵を作製して伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】と日本国誕生史の真相を後世に伝えることにした。
N図の大鳥の地上絵は、現在の静岡県浜松市北区細江(ほそえ)町の行政区域を表示する地宜(地図の形)として現存する。この史跡を、私は“「卑弥呼」の地上絵”と名づけた。
『魏志倭人伝』は「遠江」の夏音文字による小国名は「不呼(ふこ)国」であったと記述する(A図の左下)。
『説文解字』は[呼]の字源を「息を外(は)くなり」と解説する。F図下部の〔山東半島の付け根から杭州湾までの海岸線〕は〔人の横顔〕や〔虎の横顔〕に類似すると見立てられた。「杭州湾」は〔人の口〕あるいは〔虎の口〕に見立てられたゆえ、F図に記したように、「杭州湾」は『説文解字』が「息を外くなり」と解説する[呼]の字源地宜となった。
O図に示すように、杭州湾は鳰(にお╱カイツブリ)の姿に相似するので、「鳰」は[呼]の字源となった。J図に「十字の銀河」の胸部にある「M39」は、P図に示すように「鳰と浮巣」の形に相似する。ゆえに、「M39」は[呼]の字源となった。
N図の三角測量本点の一角となる八幡宮は引佐(いなさ)町井伊谷(いいのや)に所在する。
Q図に示すように、引佐町の金指(かなさし)・井伊谷の両地区の地宜は[呼]の字源「鳰と浮巣」の形に設計された。N図の引佐町の金指・井伊谷地区の南隣の「卑弥呼」の地上絵(細江町の地宜)は、上記したように[不]の字源となる。この[不]の「卑弥呼」の地上絵に建比良鳥命が居住した引佐町の金指・井伊谷の[呼]が加わると、『魏志倭人伝』に記載された遠江の「不呼国」という小国名となる。
◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」で幾度となく指摘したように――R図の日本列島の西端の沖ノ島と日本列島の東端の伊豆諸島の神津島(こうずしま)は同緯度である。この同緯度は、L図に示した〔[玄]のキャッチ〕によって測定された。その証拠に、R図に示す沖ノ島は「〔天の北極〕で緯度と子午線をキャッチすると落命するが、[玄]をキャッチする航法ならば往来できる波の荒い海」という名の「玄海灘」に浮かぶ。
沖ノ島は冬に雪が降るが、伊豆諸島の神津島は冬になっても雪が降らない。ゆえに、S図に示すように、西の沖ノ島は冷たい気候であるから〔西冷〕となり、東の神津島は暖かい気候であるから〔東暖〕となる。S図に示すように、中国海岸地域の北部は冷たい気候であるから〔北冷〕となり、中国の海岸線地域の南部は暖かい気候であるから〔南暖〕となる。日本列島の〔西冷〕と中国海岸線地域の〔北冷〕とが合致し、日本列島の〔東暖〕と中国海岸線地域の〔南暖〕が合致するので、S図に示すように「日本列島の東は中国海岸線地域の南のほうへ伸びる」と考える地理こそ正しいと卑弥呼王朝は考えたのである。
したがって、A図に示すように卑弥呼王朝は『魏志倭人伝』の全15ヵ所の方位記事が明確に表示する転回日本列島地理を制定し、この転回日本列島地理はM図に示した[倭]の字源をあらわすので国名を「倭」と定めた。
上記したように、『魏志倭人伝』にある「その道里を計るに当(まさ)に会稽・東治に在るべし」という文は、B図が示すように転回日本列島地理が合理となる。この文はA図に示す「[弥]と記す不弥国・宗像と[呼]と記す不呼国・遠江までの道里(距離)は山東半島の蓬莱市(G図参照)から呉の会稽(現在の紹興市╱O図参照)までの道里とほぼ同じ。だから、倭が所在する日本列島は会稽の東に在るべし」と表現するものであったことになる。
ということは、F図とO図の「杭州湾」はN図の「卑弥呼」の地上絵の南にある浜名湖の東に所在すると――卑弥呼王朝は考えたことになる(N図の左下の「引佐細江」は浜名湖の支湖である)。ゆえに、〔「卑弥呼」の地上絵〕はO図の〔会稽〕に見立てられ、[呼]の形に設計されたQ図の〔引佐町〕はO図の〔杭州市〕に見立てられたことになる。
建比良鳥命は、会稽に相当する地域に「卑弥呼」の地上絵を作った。
そして、R図の神津島はF図の「東治」の東に所在することになった。[倭]の字源「転回日本列島地理」の〔東暖〕の基点となった亜熱帯地区・神津島は気候温暖で冬と夏に生野菜が食することができるとされたため、『魏志倭人伝』に「倭の地は温暖にして冬夏生菜を食す」という文が存在することになった。また、神津島の影響で『魏志倭人伝』には「倭は儋耳(たんじ)・朱崖(しゅがい)の風俗と同じである」という文も記載されることになったにちがいない。儋耳郡と朱崖郡は、S図左下の海南島に設置された。
◆以上のごとく、『魏志倭人伝』の15ヵ所の方位記事は卑弥呼王朝が正しいと思い込んで制定した転回日本列島地理を今日に伝える証言であった。だから、“文献批判”と洒落(しゃれ)た名前の【誤読】を一点でも加えると、真実の歴史が抹殺・排除される。
学者たちの「文献批判こそが卑弥呼が居住した女王国の位置を決着することができる最も正しい思考方法である」という主張は、卑弥呼王朝が制定した転回日本列島地理と同じく錯覚の産物である。『魏志倭人伝』に文献批判の一点でも加えると、その意見は直ちに誤読の空論・妄想となる。
『魏志倭人伝』は記述されたことがすべて史実であったとN図の「卑弥呼」の地上絵によって科学的に証明できる奇跡の史料である。新井白石以来およそ290年間も学者たちは『魏志倭人伝』に【誤読】を加えることに夢中であるゆえ、いっこうに論争は決着しない。『魏志倭人伝』と同時代に建比良鳥命が作った「卑弥呼」の地上絵は、『魏志倭人伝』に記述された約1750年前の真実の歴史が眼前にひろがる光景となって目撃できる史跡である。だから、通称“邪馬台国論争”は「卑弥呼」の地上絵によって論争に終止符を打つことができる。
『魏志倭人伝』の(1)「日本列島は南に伸びる」という転回日本列島地理と(2)「倭に夏音文字があった」という記述は、「卑弥呼」の地上絵によって事実であったと断定できる。他方、学者たちは〔天の北極〕で方位が定まる現在の日本地図を用いて立論するが、〔天の北極〕では大海を渡ることができないので魏と倭は国交を結ぶことができなくなるゆえ、学者たちの意見だと『魏志倭人伝』はまったくこの世にまったく存在しなかった〔すべてが無〕となるので、説論そのものも〔すべてが無〕となって即刻消滅しなければならない。このように、学者たちの意見はナンセンス極まりない妄想である。また、N図に示す1千万坪の「卑弥呼」の地上絵は〔天の北極〕では作製することはできないが、〔[玄]のキャッチ〕によってならば作製できる。つまり、『魏志倭人伝』のすべての記述はL図の〔[玄]のキャッチ〕の基に真実の歴史が解明できる仕組みになっている。N図に示すように[弥]の字源「カンムリカイツブリ」は「夏至の日の出が昇る方角(29度の方角)」に顔を向けて、わが国には「原初漢字の夏音文字が伝来していた」と表示する。〔夏音文字〕については、わがブログ「卑弥呼の逆襲:用語の解説」の「3・夏音文字」を参照していただきたい。
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