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2014年5月27日 (火)

日本が滅びる・101

愛、あざやかに永遠であれ(41)・箸墓記事と天皇の王冠(7)

大神神社の主祭神は[]の字源「ジャコウウシの呪霊」であった
 

◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・971」で――〔天の北極〕を基に方位を決定する現在の日本地図で考えるすべての邪馬台国説は、〔誤読の空論〕で容易に断定できる――ことを詳細に解説して証明した。なぜならば、〔天の北極〕では大海を往来することができない――この【科学】の法則によって、下記の事実が明白となるからである。
 
中国では紀元前1世紀に最も〔天の北極〕を重視するシナ天文が完成したため、3世紀になると、魏と帯方郡政庁(朝鮮半島の一角に所在した魏の出張機関)の使節は大海を往来できなくなった。ゆえに、〔天の北極〕を基に方位を規定する日本地図で考えるすべての邪馬台国説の場合、魏・帯方郡とそして倭の使節もまた大海を渡ることができなかったことになり、魏と国交を結ぶことができなかったために『魏志』倭人伝は著作されないことになる。だから、〔天の北極〕を基に方位を決定する現在の日本地図で考える邪馬台国説だと、『魏志』倭人伝は文字が1字も書かれていないことになるゆえ、邪馬台国説を正当化するためのいかなる理由や根拠を提示してもすべが無効となってまったく無意味となる。
 
 大海を往来するには、海上における緯度(位置)と子午線(方角)が精密に測定できなければならない。天頂点と重なる約46秒くらいの横一直線の短い天頂緯度線をキャッチすると、天頂点と真北あるいは真南の目星(目印となる銀河部位や恒星・小さい暗黒天体部など)を結ぶ子午線もキャッチできる。この精密に緯度と子午線が測定できる大海を往来できる方法であった「天頂緯度線と子午線の測定」は[]と呼ばれた。中国ではシナ天文が完成して紀元前1世紀に、〔[]をキャッチする眼力と技(わざ)を鍛錬する習慣〕が廃(すた)れた。ところが、倭では〔[]をキャッチする習慣〕は存続して栄え、卑弥呼王朝の強力な政権基盤であった。この〔[]のキャッチ〕を基に卑弥呼王朝は「日本列島は東に伸びずに、南に伸びる」という錯覚の転回日本列島地理を制定した。
 『魏志』倭人伝にある方位を書く15ヵ所のすべての記事は〔倭の使節が大海を往来した[]のキャッチ〕で方位を時計回りに90度転位した[][][][]の字源をあらわす、卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理を証言するものであった。
 だから、現在の日本地理で考えるすべての邪馬台国説は〔誤読の空論〕であると断定できる。なぜならば、〔天の北極〕だと大海を渡ることができず、魏と倭は国交を結ぶことができなかったので『魏志』倭人伝は1字も文字が書かれていない白紙であったことになるからだ。日本古代史学で最も権威ある大学者が“現在の日本地図で考えるすべての邪馬台国は〔誤読の空論〕ではない”と弁護・擁護しても、「〔天の北極〕では大海を往来できなかった【科学】の法則による事実〕はひっくりかえすことはできない。

 

◆だから、現在の有力説の纏向(まきむく)遺跡・邪馬台国説は『魏志』倭人伝には文字が1字も書かれていない白紙であったことになる、いかなる理由・根拠を提示しても無意味となる〔誤読の空論〕である。わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・98」において――奈良県桜井市に所在する纏向遺跡・邪馬台国説の根拠・理由とする箸墓(はしはか)古墳を卑弥呼の墓とする意見は、〔科学的な手法〕を【科学】に見せかけて誤魔化(ごまか)す方法で歴史を改ざんする虚偽説であることを詳細に証明した。
 前々回のわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・99」で――『日本書紀』崇神(すじん)天皇紀が「倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)を箸墓に葬った」と記述する、この倭迹迹日百襲姫命は崇神天皇の生母の天照大御神であり、また崇神天皇の生母の伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)であ

り、崇神天皇の生母の天照大御神=伊迦賀色許売命=倭迹迹日百襲姫命は『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉(よみの)国訪問説話に登場する「伊耶那美(いざなみのかみのみこと)」であることを解説し証明した。
 A図に箸墓と纏向遺跡を、B図に伊耶那岐命の黄泉国訪問説話の舞台となった熊野における各史跡を示した。
Image001(C)2014 OHKAWA 

 前回のわがブログ「日本が滅びる・100」において、『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話の末部は――B図に示す神倉(かんのくら)神社の神体「千引石(ちびきのいわ)(現在の“ごとびき岩”╱和歌山県新宮市磐盾町)の前で、伊耶那岐命(後の第9代開化天皇)の熊野におけるクーデターで倭女王の地位を奪われたうえに離縁された屈辱で激怒した神倉神社の主祭神の天照大御神(伊耶那岐命の第二后の倭迹迹日百襲姫命・伊耶那美神命)は、クーデターの根本原因は前の倭女王・伊耶那美命(伊耶那岐命の正妃)が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】であるとする憎悪をむき出しにして「(いまし)の国の人草、一日に千頭絞(ちがしら・くび)り殺さむ」と誓った――と、重大な歴史を伝えている。
 この崇神天皇の生母の天照大御神・倭迹迹日百襲姫命の誓いは「亡き倭女王の伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する人民の母親たちのC図に示す子宮頸部(しきゅうけいぶ)が狭くなるように呪って、一日に必ず千人の胎児の頭を絞め殺す」と意味する。
Image002(C)2014 OHKAWA

この天照大御神の【日本建国の〔愛〕の理念】の祟りの歴史は、前回のブログで指摘したように、D図とE図に示す三輪山・大神(おおみわ)神社・狭井(さい)神社の配置に明確に保存されて、〔誤読の空論〕の箸墓・卑弥呼説と纏向遺跡・邪馬台国説によって蘇えった。
Image(C)2014 OHKAWA
 


 D図における狭井(さい)神社は北を正面にすると大神(おおみわ)神社の右手側に所在するが――D図の大神神と三輪山を線で結ぶと天照大御神の祟りが浮上して、E図が示すように大神神社と三輪山(大神神社の神体山)の頂上を結ぶ視線(の糸)によって、D図で右手側にあった狭井神社は左手側に移動する。この(1)大神神社の子午線と(2)大神神社・三輪山の頂上を結ぶ視線の二つの糸が狭井神社を【右】から【左】へ移動させて交わる、この[][]の字が加わる[]の字をあらわす魔法は、天照大御神が「汝の国の人草、一日に千頭り殺さむ」と呪い誓った祟りをあらわす。
 大神神社には社殿がなく拝殿のみしか存在せず、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る法式となる。ゆえに、拝殿から三輪山を眺めて参拝する人々は天照大御神に霊になりかわって母親たちの子宮で育つ胎児たちに向かって「必ず一日に千人ずつの頸を絞(くび)って殺す!」と祟る儀式をおこなうことになる。この結果、今日、少子化が急速に進んで21世紀半ばには日本国滅亡が予想される状況になった。この急速な少子化は、〔熊野の千引石の前で誓った天照大御神の呪い〕と箸墓記事が伝える歴史を学者たちが〔誤読〕を用いて抹殺したことが最たる原因となる。もしも、この重大な歴史が抹殺されなかったならば、少子化は起こるはずがなかったことになる。

712年に完成した、伊耶那岐命の黄泉国訪問説話を記載する『古事記』は皇祖天照大御神の聖性を著しく汚す反逆の書物であることを元明天皇に見破られ献呈拒否されて正史になれず排除された。これゆえ、編纂スタッフは正史にすることを目的にして、8年後に反逆の記述をズット少なくした『日本書紀』を完成させて、元明天皇の娘の元正天皇の献呈承認を得て正史にすることに成功した。しかし、『日本書紀』にも激しい反逆を示す記事が存在し――編纂スタッフは天照大御神への憎悪の念を崇神天皇紀の箸墓記事で示した。
 皇祖・天照大御神への敵意を具体的に表現すれば『日本書紀』も禁断の書物となるので、箸墓記事は象徴と隠喩(いんゆ)を用いまた高度の字源学を駆使して、天照大御神の祟りを嘲笑し風刺し軽蔑する構成になっている。
 『日本書紀』巻第五・崇神天皇紀にある箸墓記事は「大物主神は昼は来ないで、夜だけやってくる」や「倭迹迹日百襲姫命は仰ぎみて悔い」という説明で「漢字は銀河各部の形状から作られた。ゆえに銀河を仰ぎみて箸墓記事に使用される漢字の字源を解明すれば正しく解釈できる」と指摘していることになる。これゆえ、銀河で字源・本義を明らかにして箸墓記事の秘密を解明すれば正確・詳細に解釈できることを、わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」の35回~39回までの5回でおこなった。しかし、この字源解説は天皇政治の土台となった高度の学芸知識であったゆえ――難解であると多くの人々から指摘されるので、今回以後の幾回かは銀河で字源・本義を解明する方法を用いないことにした。この方法でなくても、“字書の聖典”と崇められた『説文解字』とわが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)の字源解説を利用する方法でも箸墓記事に書かれた歴史を明確に示すことができる。

◆学者たちは、大物主神と倭迹迹日百襲姫命が結婚したとする箸墓記事を精霊と女性が結婚したと〔誤読〕して歴史を語るものではないと断定する。
 しかし、箸墓記事は「崇神天皇の生母の天照大御神・倭迹迹日百襲姫命は三輪山を大神神社の神体と定めて、大神神社に大物主神を祭り、大物主神の子の日向御子神を祭る狭井神社を創設して、大物主神の呪霊(じゅれい)で【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する人民を迫害する政事(まつりごと)をおこなった」と歴史の事実を記述するものであった。なぜならば、「神霊の妻となる」という表現の正しい解釈は「神社を創設する」であるゆえ、「神霊の大物主神と人間の女性の倭迹迹日百襲姫命が夫婦となった」という学者たちの解釈はもとより誤読・誤訳であったことになる。
 その証拠に、『古事記』上巻にある神生み説話の「神生み」の正しい解釈は「優れた発明や考案や考え方・学術などを尊び、神として祭ることにした」であり、「国生み」は「伊耶那美命が国を出産した」ではなく、「伊耶那美命が優れた地名(国名)を考えた」という解釈が正しい。だから、『古事記』と『日本書紀』の上古史における「神霊と女性の結婚」は「巫女が神霊を祭る神社を創設した」という解釈が正しいことになる。

◆『日本書紀』巻第五の崇神天皇紀の箸墓記事は「この後、倭迹迹日百襲姫命は、大物主神の妻となった」という説明から始まる。
 この説明は、上記したように「箸墓古墳に葬られた天照大御神・倭迹迹日百襲姫命は大物主神を祭る大神神社を創設した」と記述するものであった。だから、朝廷が最も崇拝した皇祖・天照大御神が創設した大神神社の主祭神を変えることは天照大御神の聖性を汚すと厳重に禁じられて変更することができなかったので、現在においても大物主神が大神神社の主祭神となる。したがって、「大物主神を祭る大神神社を倭迹迹日百襲姫命が創設した歴史」を、箸墓記事は「倭迹迹日百襲姫命は大物主神の妻となった」と記述した。
 「大物主神」という名にある[]の字源を『説文解字』は「牛は大物と為す」と解説し、また『説文解字』は[(すい)]の字源を「神の禍(わざわい)なり」と解説する。白川静著『字統』は[]の字の字源を「呪霊(じゅれい)をもつ獣の形。(中略)。卜文・金文の字形では、毛の深い獣の形にかかれている」と指摘する。
 F図の右上の[]の「契文(甲骨文)」を『字統』は「卜文」と呼ぶ。
Image_2(C)2014 OHKAWA

 []の字源はF図に示す〔胎児の姿〕に類似すると見立てられた「ジャコウウシ」である。F図の左端の「ジャコウウシ」は白川静著『字統』が[]の字源を「呪霊をもつ獣の形。(中略)。毛の深い獣」という解説に合致する。また、天敵の狼に襲われるとジャコウウシの群れは子を真ん中に隠して円陣を組む習性があるので、[]の契文(卜文)の字形に合致する。また、F図の右下の[]の金文は[]字形であるから、「大物主神」の[]の字をあらわす。さらに、ジャコウウシは有史以前において広く北半球の寒帯に分布していたが、ジャコウウシの肉は麝香(じゃこう)の香りがして美味しく、その毛皮は最高の防寒具となり、狼に襲われると子を真ん中に隠して円陣を組んで守衛する習性が神々しいということで災厄を祓うために神に捧げる供え物の中で最も優れる生贄(いけにえ)となったので牛偏が付く[][]の字源となり、[][]の字義は「生贄」となった。だから、「ジャコウウシ」は[]の字源の「呪霊をもつ獣」であり、上記した『説文解字』が[]の字源を「牛は大物と為す」と解説する[]であった。
 以上のごとく、大神神社の主祭神の「大物主神」は[][]の字源「ジャコウウシ」であった。大神神社の「主(ぬし)」すなわち「主祭神」である大物主神は[]の字源「怨霊(おんりょう)の禍」となった「ジャコウウシ」であった。これゆえ、上記したように(1)大神神社の子午線と(2)大神神社と神体山の三輪山を結ぶ視線に対して右にあった狭井神社が左に移動する、この「糸の交わり」は天照大御神が千引石の前で「【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する母親たちの子宮頸部が狭くなるように呪って、一日に必ず千人の胎児の頭を狭い子宮頸部で絞め殺す」と誓った祟りをあらわすことになる。
 次回も、箸墓記事が伝える天照大御神の祟りの歴史的事実を解明する。

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