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2014年5月30日 (金)

日本が滅びる・102

愛、あざやかに永遠であれ(42)・箸墓記事と天皇の王冠(8)

箸墓記事の「櫛笥の小蛇」に秘められた天照大御神の祟りの解明(1)
 
712年に完成して元明天皇に献上した『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話に登場する「伊耶那美命」は「伊耶那美命」とする考えが、現在の定説となる。
 しかし、先人たちは「伊耶那美命」の正体は朝廷が最も崇拝する皇祖の「天照大御神」であることを知っていた。『古事記』は皇祖・天照大御神の聖性を汚す反逆の歴史書であった。ゆえに、天照大御神が【日本建国の〔愛〕の理念】を祟(たた)った歴史を書くにあたって、「天照大御神」と明確に表記することはできなかったので、編纂スタッフは朝廷が憎悪・敵視した「伊耶那美命」の名を用いて「天照大御神」を「伊耶那美命」と表現して朝廷の欲求にかなえたと見せかけて、『古事記』を正史にしようと企んだのである。
◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」の99回と100回で証明したように、伊耶那岐命の黄泉国訪問説話は――倭女王の伊耶那美命は伊耶那岐命(後の第9代開化天皇)の正妃であった。伊耶那岐命の第二后は伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)であった。伊耶那美命の後を継いで伊迦賀色許売命が倭女王に選ばれた。伊耶那美命の墓が熊野本宮大社の旧社地の大斎原(おおゆのはら)に築造されたとき、倭女王・伊迦賀色許売命は雷神に雨乞い祈願する犠牲(いけにえ)としてささげるために多数の18歳くらいの青年と13歳くらいの乙女たちを殺して伊耶那美命の墓に埋める徇葬(じゅんそう)を陣頭指揮した。この残虐な徇葬は伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を否定する行為であると怒った伊耶那岐命はクーデターを断行して成功した。このため、伊迦賀色許売命は倭女王から失脚し、また離縁をA図に示す神倉(かんのくら)神社の神体の千引石(ちびきのいわ)の前で言い渡された。なお、千引石は現在、“ごとびき岩”と呼ばれる。
 現在、伊迦賀色許売命が離縁された和歌山県新宮市磐盾(いわたて)町に所在する千引石の前の空洞には神倉神社の社殿が建てられる。この神倉神社は天照大御神を主祭神として祀り、伊耶那岐命の黄泉国説話に登場する「伊耶那美命」は「崇神天皇の生母の伊迦賀色許売命」であり、「伊迦賀色許売命」の異名が「天照大御神」であったと伝える。
 A図に示す熊野の各神社が上記の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話の舞台となる。
Image(C)2014 OHAKAWA

 『古事記』の伊耶那岐命の黄泉国訪問末部に記載されているように――千引石の前で倭女王失脚と離縁の屈辱で激怒した天照大御神は「汝(いまし)の国の人草、一日に千頭絞(ちがしら・くび)り殺さむ」と誓った。この誓いは「前の倭女王・伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する人民の母親たちのB図に示す子宮頸部(しきゅうけいぶ)を狭くなるように呪って、一日に千人の胎児を狭い子宮頸部で絞め殺す」と意味した。
 わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・99」で、崇神天皇の生母の天照大御神・伊迦賀色許売命は、C図に示す箸墓古墳に埋葬された倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)であることを証明した。

◆前々回のわがブログ「日本が滅びる・100」において、D図とE図に示される大神(おおみわ)神社・狭井(さい)神社・三輪山の配置は、千引石の前で天照大御神が「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」と誓った[]の字が示す祟りをあらわしていることを証明した。
Image_2(C)2014 OHKAWA

 大神神社の主祭神は、大物主神である。前回のわがブログ「日本が滅びる・101」で、「大物主神」はF図に示す[]の字源となった「中国の地から絶滅したジャコウウシの呪霊(じゅれい)の禍(わざわい)、すなわち祟り」であることを証明した。
Image_3(C)2014 OHKAWA

◆反逆の史書『古事記』は、712(和銅5)128日に元明天皇に献上された。ところが、『古事記』上巻は――皇祖・天照大御神が呪い祟った【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重すると明確に示すものであるゆえ、皇祖を敵視して天照大御神の事績を批判・否定するものであることは歴然としており、特に伊耶那岐命の黄泉国訪問説話はA図に示す熊野に旅して神倉神社に到着すれば天照大御神が残虐な徇葬を決行したがために倭女王から失脚し離縁された屈辱の歴史が明白となるゆえ――即座に元明天皇は『古事記』献呈を拒否した。
 『続日本紀(しょくにほんぎ)』が『古事記』が完成した翌713年=和銅652日の箇所に記載しているように、元明天皇は全国の60余ヵ国に『風土記』の編纂と提出を「畿内・七道諸国の郡郷の名に好字(よきじ)を著()け、その郡内に生ずる所の銀銅・彩色・草木・禽獣・魚虫等の物は具(つぶさ)に色目を録(しる)し、及び土地の沃塉(よくせき)、山川原野の名号の所由また古老相伝ふる旧聞異事、史籍に載せて言上せよ」という文で命令した。
 上記の元明帝の地誌編纂命令は――(1)郡・郷の地名に好きな2字で表記することと(2)山川原野などの地名の由来を記載せよという文で『古事記』上巻に記載された地名の改正を命令し、(3)古老たちが伝える古伝承や異様な事柄を語る話の中には上古の歴史を語るものや、異様・不可思議な現象を語るがごとく装ってほんとうは天照大御神への批判・憎悪を示す話など、『古事記』上巻に記載された歴史の事実を語り伝える話もあったので、これら古老たちが記憶する旧聞異事の消滅を謀って――『古事記』上巻が伝える歴史を抹殺することを目的とするものであった。しかし、正史になれずに野史となって消滅の可能性があった『古事記』は真実の歴史を記載するものであったために完全な形を残す写本が現存することになったが、『古事記』に記載された朝廷にとって不都合な歴史の抹殺を目的として作成された『風土記』は完全な写本で残ったのは出雲国1ヵ所だけで、不完全な形で保存されたものもわずか4ヵ国分にすぎないこととなった。
 『古事記』完成から8年後の720(養老4)521日、反逆の記事をズット少なくして正史になることを目的にして編纂された『日本書紀』30巻が完成して、元明帝の娘の元正天皇が献呈許可して『日本書紀』は正史となった。
 『古事記』完成から8年後に完成した『日本書紀』の編纂スッタフのうち幾人かは没していたものの『古事記』編纂スタッフの中心メンバーの大半は存命であったゆえ、『古事記』の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話で示した反逆の意志を『日本書紀』巻第五の崇神天皇紀の箸墓記事にて表示した。というのも、713年の元明天皇の『風土記』編纂命令にあって、皇祖・天照大御神の聖性を汚すことになるとして天照大御神に関する歴史を伝える郡・郷の地名、山川原野などの地名、古老たちが伝える旧聞異事(古くからの伝承や異様な事柄を伝える話)については、朝廷は特別扱いにし消滅しなかったからである。
 したがって、箸墓記事は朝廷が消滅を禁止した古老が伝える三輪山の旧聞異事(神秘的な創作物語の形式で歴史の事実を伝える証言)を多分そのまま利用するようにして――上記のD図・E図とF図にて指摘したように、箸墓記事には編纂スタッフの皇室と皇祖・天照大御神への激しい反逆意志が示されることになった。また、大神神社の神体山の三輪山や大神神社・狭井神社や狭井川などの地名や神社名は箸墓記事に秘められた天照大御神の祟りや天照大御神が箸墓に葬られた歴史を伝える役目を有するものとなったので、後世に鮮明に歴史を伝える確かな史料となった。

◆編纂スタッフが命を賭けて朝廷に抵抗し――皇祖・天照大御神(倭迹迹日百襲姫命)は千引石の前で誓った【日本建国の〔愛〕の理念】の呪いを死ぬまで忘れず、さらに死後も彼女の魂は大和朝廷の礎石(いしずえ)となり【日本建国の〔愛〕の理念】に祟る呪霊 (じゅれい)となった――と歴史を記載した『日本書紀』巻第五の崇神天皇紀の箸墓記事を、宇治谷孟 (うじたに・つとむ)訳者『日本書紀()(講談社)は下記のごとく現代語訳する。
――この後、倭迹迹日百襲姫命は、大物主神の妻となった。けれどもその神は昼は来ないで、夜だけやってきた。倭迹迹日百襲姫命は夫にいった。「あなたはいつも昼においでにならぬので、そのお顔を見ることができません。どうかもうしばらく留まって下さい。朝になったらうるわしいお姿をみられるでしょうから」と。大神は答えて「もっともなことである。あしたの朝あなたの櫛笥(くしげ)に入っていよう。どうか私の形に驚かないように」と。倭迹迹日百襲姫命は変に思った。明けるのを待って櫛函を見ると、まことにうるわしい小蛇 (こおろち)がはいっていた。その長さ太さは衣紐(したひも)ほどであった。驚いて叫んだ。すると大神は恥じて、たちまち人の姿となった。そして「お前ががまんできなくて、私に恥をかかせた。今度は私がお前にはずかしいめをさせよう」といい、大空を踏んで御諸山 (みもろやま╱三輪山)に登られた。倭迹迹日百襲姫命は仰ぎみて悔い、どすんと坐りこんだ。そのとき箸で陰部を撞いて死んでしまわれた。それで大市(おおち)に葬った。ときの人はその墓を名づけて箸墓という。

◆箸墓記事に登場する「櫛笥に入っている小蛇」について、日本民俗学会会員で学習院短期大学講師であった吉野裕子女史は、相賀徹夫編集著作『神々のふる里 五 飛鳥から難波へ』(小学館)53頁で、「蛇巫」と題して下記のごとく指摘する。
 「日本古代蛇信仰は種々な要素を入れ、複雑の内容をもって展開するが、縄文につづいて弥生・古墳時代にも蛇巫(へびふ)は存在し、彼女らは祖神の蛇と交わり、幼蛇を生むことになっていた。しかし、現実には山野から蛇を捕えて来て、これを甕(みか)・桶・笥(はこ)のなかに飼い、祖霊としてこれを祀っていたのである。三輪山伝説のヤマトトトヒモモソヒメノミコトや『常陸(ひたち)風土記』のヌカヒメ伝承はその様相を伝えるものとして受けとられる。皇祖神の天照大神も、本来は蛇を祀る蛇巫であったが、彼女はその後、祀るものから、祀られる伊勢大神にまで昇格したのである。天照大神の本質を受けつぐ後代の伊勢斎宮(いせさいぐう)は、夜毎祖神と交わるが、その衾(ふすま)には蛇のウロコが落ちているから、伊勢大神は蛇であろうという伝承からもそれはうかがわれるのである。
 祀るものと、祀られるものの関係にみられるこの錯綜(さくそう)は、容器とその内容との関係にも及ぶ。つまり、甕(みか)や瓮()、桶(おけ)、櫛笥(くしげ)などの神蛇が飼われると、いつかその容器が神格化され、前期ヌカヒメ伝承にも昇天に失敗した蛇神の容器と甕(みか)と瓮()が、後の世まで祀られているという記述がある。」

◆上記の吉野裕子女子の指摘が示すように、箸墓記事に登場する「小蛇が入っていた櫛笥」によって箸墓に葬られた倭迹迹日百襲姫命は天照大御神であったことが確実となる。
 わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・95」で――G図に示す大神神社の神体山の三輪山の山頂付近にある奥津磐座(おくついわくら)における主石の石像は、箸墓記事に登場する「小蛇が入る櫛笥」をあらわすものである――と詳細に証明し
た。
 

Image_5(C)2014 OHKAWA

 つまり、H図で「子宮頸」と記した「台座の石」は「櫛笥」を、「台座の石の中央の穴から上へ首が伸びる石」は「鎌首を擡(もた)げる小蛇」をあらわす。
 またH図に示すように、「小蛇が入る櫛笥」の石像は千引石の前で天照大御神が「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」と誓った、「
【日本建国〔愛〕の理念】を尊重する人民の母親たちの子宮頸部が狭くなるように呪い、一日に必ず狭い子宮頸部で胎児の頭を絞め殺す」と誓った祟りをあらわす神体であった。
 ただし、今回のブログを容易に理解していただくために、私はH図の各部の名称は改めた。つまり、C図で「子宮頸部」と記した箇所をH図では「子宮頸」と改め、C図の「子宮頸部」をH図では「管(くだ)」とすると「狭い子宮頸部」の様子が明確となるので、「子宮頸部」の別名の「子宮頸管(しきゅうけいか
)」に改めた。このH図の指摘は、わがブログ「日本が滅びる・95」のC図に示した解釈と異なるが、吉野裕子女史の指摘に則ると今回のH図の指摘のごとくに解釈すべきことになる。
 H図の解釈にもとづくと、I図の上図に示す三輪山の山頂付近にある「奥津磐座」を「一日に千人の胎児の頭を絞め殺す、岩群れの岩石で堅くした子宮頸」(I図の下図)に見立て、「奥津磐座の岩群れの地下に浸透した雨水が狭井川(三輪山の真西にある、水の流れの少ない川幅が狭い小さな谷川)の源となって地上に湧き出る泉まで」を「狭い子宮頸管」(I図の下図)」に見立てるものであったことになる。
 なお、ブログのフリー百科事典『ウィキペディア』は、三輪山の山頂近くにある奥津磐座について「東西約30m、南北10mの広場に高さ2mの岩がたくさんある」と指摘する。
 G図に示す台座(櫛笥)から伸びる高さ1mぐらいの「鎌首を擡げる蛇の姿に観える石」は“蛇であったならば大蛇”に相当するゆえ「小蛇」をあらわすものではなく、「1mくらいの大蛇」をあらわすと考えると誤解となる。なぜならば、巨大な楕円形の「奥津磐座」はI図の下図に示すように「女性の子宮頸」に見立てられるゆえ、奥津磐座の広場と比較してはるかに「小さい櫛笥から上へと首が伸びる石」は「小蛇」をあらわすことになるからである。
 蛇は口よりも大きな獲物の頭や体を絞めて砕いて呑みこむゆえ、「小蛇」は「狭い子宮頸管の直径より大きな胎児の頭を絞めて殺す呪いと祟り」をあらわすことになったのである。
 わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は、[]の字の右側の[()]の字について「蛇の形で蛇の初文。祟りの意味に用いる」と解説する。だから、「櫛笥に入る小蛇の石像」は天照大御神が千引石の前で「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」と誓った祟りを表現するものであったことになる。

◆上記したように、吉野裕子女史は「蛇巫は縄文時代以来の古代信仰によるもの」と指摘し、また「山野から蛇を捕えて来て、これを甕・桶・笥のなかに飼い祖霊としてこれを祀る、この弥生・古墳時代の蛇巫の行為は幼蛇を生むことになる」と指摘する。
 次回はこの「巫女が蛇を飼って祀ると、小さい蛇(幼蛇)を生むことになる信仰」の秘密について解明する。

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