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2014年5月17日 (土)

日本が滅びる・97-2

■日本は誤読の空論のデタラメの纏向遺跡・邪馬台国説で絶滅する・2

◆前回において、すべての邪馬台国説は〔天の北極〕を基に方位を規定する実際の日本地図を利用して立論するが、〔天の北極〕では位置(緯度)と方角(子午線)が精密に測定できないので、魏と倭を隔てる大海を渡ることができなかったことを明らかにした。
 中国では紀元前1世紀に〔天の北極〕を最も重視したシナ天文が完成した。このため、魏と朝鮮半島の一角にあった魏の出張機関・帯方郡の使節は大海を越えて倭に到着することができなかった。
 他方、倭では〔天の北極〕はまったく注目されず、緯度と子午線を精密に測定できる〔[玄]をキャッチする眼力と技(わざ)を鍛錬する習慣〕が栄えていた。
 C図の上部右側に示す〔[玄]のキャッチ〕は大海を往来できる方法であり、また卑弥呼王朝の政権基盤でもあった。
Image001(C)2014 OHKAWA

 これゆえ、〔天の北極〕を最も重視するシナ天文のために〔[玄]をキャッチする眼力と技を鍛錬する習慣〕を失った魏と帯方郡の使節は大海を渡ることができなかったが、倭の使節が大海を渡って魏・帯方郡と国交を結ぶことができたために、約2000字の『魏志』倭人伝が作成されることになった。
 すべての邪馬台国説が主張にもとづくと、倭の使節もまた大海を渡ることができない〔天の北極〕で緯度と子午線を測定してことになる。そうすると、魏・帯方郡と倭の使節は大海を渡ることができなかったことになるので、『魏志』倭人伝は著作されなかったことになる。
 したがって、すべての邪馬台国説は『魏志』倭人伝は文字が1字も書かれていなかった白紙となるので、「卑弥呼」の3字も「邪馬台国」の4字も記載されていなかったことになる。だから、すべての邪馬台国説は空理空論であったのである。
 このように〔天の北極〕では大海を渡ることができなかった【科学の法則】によって、すべての邪馬台国説は〔誤読の空論〕であることが簡単明瞭に証明することができる。

◆『魏志』倭人伝には方位を記す記事が全部で15ヶ所ある。この15か所の記事は、すべて「方位が時計回りに90度転位する転回方位規定」に則っとれば『魏志』倭人伝の全記事が【科学】が成立して真実の歴史を知ることができる仕組みとなる。(わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・88」を参照)

 たとえば一例を挙げると、『魏志』倭人伝には「その道里を計るに会稽・東治の東に在るべし」という文があるが――D図に示す転回日本列島地理は、『魏志』倭人伝の文の通りに会稽・東治の東に在って合理となる。ところが、邪馬台国説学者たちが主張する実際の日本列島地図は会稽・東政の東北に在るので明白に矛盾する。
Image002_2(C) 2014 OHKAWA

 D図の中央には「玄海灘」がある。倭の使節は玄海灘を往来して魏との外交を行った。この「玄海灘」は「天の北極では往来できないが、[]をキャッチすれば往来できた陸地から遠く離れた波が荒い海」の略称である。ゆえに玄海灘の[]の字は、すべての邪馬台国学説が〔誤読の空論〕であると簡単に証明できる【科学】の法則を明確に示す証拠資料であった。

◆E図左側に玄海灘に浮かぶ沖ノ島を配した。沖ノ島は伊豆諸島の神津島と同緯度(北緯3415)である。沖ノ島と神津島が同緯度であることは、〔[]のキャッチ〕ならば測量できたが〔天の北極〕の高度を緯度に換算する方法では測量できない。
 沖ノ島は日本列島の西端にあり、神津島は日本列島の東端に所在する。
 沖ノ島は冬になると雪が降るが、亜熱帯気候の神津島では冬になっても雪は降らず一年中暖かい。だから、日本列島の西端と東端の気候をあらわすと、F図に示すように〔西冷東暖〕となる。
Image003(C) 2014 OHKAWA

 F図に示す中国海岸線地域の北部の気候は冷たく、南部の気候は暖かい。ゆえに、中国海岸線地域の北部と南部の気候をあらわすと〔北冷南暖〕となる。
 日本列島の〔西冷〕と中国海岸線地域の〔北冷〕は〔冷たい気候〕で合致し、日本列島の〔東暖〕と中国海岸線地域の〔南暖〕は〔暖かい気候〕で一致するので、卑弥呼王朝は「日本列島は東に伸びるのではなく、中国海岸線の南の方に伸びる」という転回日本列島地理を制定したことが、C図の〔[]のキャッチ〕によって事実となる。

 前述したように、(1)E図に示す沖ノ島と神津島の同緯度は〔天の北極〕では測量できないが〔[]のキャッチ〕ならば測量できる、(2)『魏志』倭人伝の方位を記す全15ヶ所の記事はD図とF図に示す転回日本列島地理ならばすべて合理となる。
 そして決定的なのは(3)邪馬台国説は〔天の北極〕で方位を規定する日本地図を用いて立論するが、この考え方だと卑弥呼王朝も〔天の北極〕を重視していたために倭の使節もまた大海を渡ることができなかったことになり、上記したように『魏志』倭人伝には「卑弥呼」の3字も「邪馬台国」の4字も記載されなかった白紙であったことになるゆえ――すべての邪馬台国説は完全なる空理空論となる。


◆『魏志』倭人伝の方位を記す全15ヶ所の記述は、卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理を証言する。
 約280年前、当時の〔天の北極〕で方位を定める地理知識を有していた白石は、〔[]のキャッチ〕についてまったく考慮せず、強引に事実に反する錯覚の邪馬台国説を考案した。
 したがって、白石から始まる現在のすべての邪馬台国説もまた卑弥呼王朝が定めた日本列島地理と同様に錯覚の産物である。だから、多くの日本人は約280年間も学者たちが錯覚の邪馬台国説に夢中になった事実が信じられないかもしれないが、学者や学界が長い間錯覚の陥っていることは邪馬台国説という実例が存在することからして、卑弥呼王朝が制定した錯覚の転回日本列島地理もまた実在するものであったことが確かなことになる。
 また、現代の日本人に限らず欧米人も上古や先史時代の人々は〔天の北極〕で位置(緯度)と方角(経度)を定めていたと思い込んでいるが、これは歴史的事実を知らない錯覚である。
 6年前の2008年に作られたアメリカ映画の「紀元前1万年」は、主人公が〔天の北極〕を計測して遠い目的地に到着したと描いた。しかし、この演出は錯覚・思い違いである。大海を往来した3世紀の倭の使節と同じく、当然、先史時代の人々にあっても、“命あっての物種(ものだね)”ということで真っ先に“生きることができる”という保障を本能的に求める。ゆえに、〔天の北極〕では命の保障が無く死ぬことを本能で察知した先史時代の人々は本能が欲求するままに命の保障がある[]をキャッチして日々獲物を求めて移動生活をし、また遠くの地に旅していたことになる。
 邪馬台国説は〔天の北極〕によって倭の使節は大海を往来できたと考える日本人全体の思い込みによって信じられているが、【科学】の法則によって〔天の北極〕では大海を往来できなかった事実に気づけば誰もが簡単にすべての邪馬台国説は荒唐無稽のデタラメであると確信・断定できる。

◆大海で命が保障される〔[]をキャッチ〕する方法ならば精密な地図は作製できる。しかし、大海で命の保障が無く死ぬことになる〔天の北極〕では精密な地図は作製することができない。
 現在の国土地理院は天頂緯度と子午線を測量して日本経緯度原点(旧東京天文台の子午儀の中心)を設定し、この日本経度原点を基に様々な三角形の網や鎖を形作って三角点を設置して精密な地図を作製する。
 わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・1」は、G図に示すちょうど1千万坪に作られる「卑弥呼」の地上絵の解説から開始した。「卑弥呼」の地上絵は『魏志』倭人伝と同じ3世紀後半に作製され、現在の静岡県浜松市北区の細江(ほそえ)町の行政区域を表示する地図の形となる。
Image004

 G図が示すように、「卑弥呼」の地上絵は〔[]のキャッチ〕で経緯度原点の「A」の地点を設定し、A地で〔[]のキャッチ〕で同緯度の滝峯不動尊を測量し、そしてA地と滝峯不動尊の子午線(経度線)2地点から精密に29度の斜めの線が結ばれる八幡宮(浜松市北区引佐町井伊谷)を測量した一等三角本点を基に様々な三角形の網や鎖を形作って、ちょうど1千万坪の巨大な「卑弥呼」の地上絵を作製した。

 このように「卑弥呼」の地上絵には[[]のキャッチ]が保存される。
 だから、「卑弥呼」の地上絵に保存された〔[]のキャッチ〕にもとづかないすべての邪馬台国説の正体は〔誤読の空理空論〕にして荒唐無稽のデタラメであったことになる。

◆わがブログ「日本が滅びる」シリーズの9495963回は、纏向遺跡・邪馬台国説が『日本書紀』巻第五の崇神天皇紀にある箸墓記事を〔誤読〕してウソを実(まこと)しやかに騙(かた)る日本人を大虐殺する暴論であることを、三輪山頂上付近にある奥津磐座にある石像と狭井(さい)川の「狭井」は「狭い子宮頸部」をあらわすことで証明した。

 この他にも、箸墓に葬られた天照大御神(倭迹迹日百襲姫命)は伊耶那岐命のクーデターに復讐して【日本建国の〔愛〕の理念】を抹殺する事業を重点政策としたと証明できる根拠が存在するが――これらの根拠について解説する前に幾人かの学者・学士はじめ朝日新聞が喧伝(けんでん)する無責任きわまりないデマによって纏向遺跡・邪馬台国説はあたかも学説のごとくに認められる現状は見逃すわけにはいかないので、纏向遺跡・邪馬台国説は〔完全なる誤読の空論〕であることを今回に続いて2回暴いた後に、纏向遺跡・邪馬台国説は日本人を大虐殺する暴論である証明を具体的に遺物を提示しておこなう。

◆わがブログが「邪馬台国説は日本を滅ぼす」と追求する目的は、〔誤読の空論〕の邪馬台国説によって抹殺された【日本建国の〔愛」の理念】を復興するためである。【日本建国の〔愛」の理念】は『魏志』倭人伝末部に登場する倭女王の壱与(いよ╱夏音文字による名)、すなわち『古事記』に記載された伊耶那美命(愛称)が提唱した。
 これゆえ、【日本建国の〔愛」の理念】の解明は、【『魏志』倭人伝に〔誤読=文献批判〕を一点も加えずに全記事を忠実に読解する】が出発点となる。
 一昨日(2014年5月15日)、安部晋三首相は集団的自衛権の行使に向けて踏み出した。この表明は日本国憲法の崩壊を予告するものとなるのではあるまいか。
 前回の初冒頭部に、【日本建国の〔愛」の理念】は日本国憲法の前文にピッタリ合致することを証明した。
 また、日本国憲法の「第十章 最高法規」の第九十七条にも、下記のごとく全く違和感がなくピッタリと調和する。
 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、先人たちの多年にわたる【日本建国の〔愛」の理念】をまもった努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
 上記の赤文字の部分は、日本国憲法の「人類の多年にわたる自由獲得の」という文を取り代えた。
 

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