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2014年7月 8日 (火)

日本が滅びる・111

学者たちは【日本人絶滅の祟り】を蘇えらした!

愛、あざやかに永遠であれ(50)・箸墓記事と天皇の王冠(16)

 

桜井市の大神神社・狭井神社は【日本人絶滅の祟り】を祀る

◆まず、最初に“御免なさい”、世界の学者たちよ、御免なさい。

上記冒頭の「学者たち」は「箸墓・卑弥呼の墓説を唱える学者たちとこの説を“誤読の空論”であると断定して日本人の命の尊厳を守らない古代史学者たち」を指していることであって、「世界の学者たち」のことではありません。

世界の学者たちは〔誤読の空論〕をもとより「正しい学問」なんて絶対に考えない。だから、このブログは「世界の学者」たちを非難するものではありません。

◆ところが、日本の古代史学者たちは特に日本の考古学者たちはよりによって〔誤読の空論〕を「正しい学問的意見である」と思い込む。

その証拠に、NHKテレビ放送と朝日新聞は日本の学者たちの〔誤読の空論〕を「正しい考え方」と定める学者たちの意見は正しいにちがいないと思い込み、奈良県桜井市に所在する箸墓古墳は卑弥呼の墓であり、纏向(まきむく)遺跡は邪馬台国であるとデッチ上げる〔誤読の空論〕に太鼓判を押した。NHKテレビと朝日新聞は、この世の偽りや真実を抹殺する不正・禍(わざわい)に立ち向かって闘うことを本来の役目とするマスコミとジャーナリストの使命を放棄している。したがって学者たちの妄想のお先棒をかつぎ、一日に千人ずつ日本人を絞殺する天照大御神の祟りを蘇えらす古代史学者たちの〔誤読の空論〕の尻馬に乗るNHKテレビと朝日新聞はマスコミまたはジャーナリストと呼べない。

箸墓・卑弥呼の墓説と纏向遺跡・邪馬台国説は天照大御神が「一日に必ず日本人を千人ずつ絞殺する」と誓った呪いを蘇えらす、日本人絶滅の〔誤読の空論〕である――このことは『魏志』倭人伝と『古事記』序・上巻を忠実に読めば明らかとなる。また、箸墓・卑弥呼説と纏向遺跡・邪馬台国説が〔誤読の空論〕であると科学的に証明できる史跡・遺跡・遺物は幾つか存在する。

NHKテレビよ朝日新聞よ、あなたたちは古代史学者たちに手玉に取られて騙されている! 目覚めよ、マスコミとジャーナリストとして誇りと使命を取り戻せ。このままでは日本人は滅びる、学者たちの〔誤読の空論〕の妄想で日本人は絶滅種となる。

◆前回のわがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる・109」で解説したように、学者たちは「わが国が最初に漢字を習得したのは5世紀あるいは6世紀である」と断定するが、この定説は複雑な歴史的事実を傲慢(ごうまん)に単純化して捏造(ねつぞう)した錯覚であり、わが国には原初漢字の夏音(かおん)文字が今から約4050年前の夏代初頭に伝来していた。

 夏代初頭に作られたとされる秋田県鹿角(かづの)市に所在する国の特別史跡の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)の万座遺跡と野中堂遺跡には夏音文字の学術が伝来した痕跡が現在も明確に残っている。この夏音文字の伝来史は、司馬遷著『史記』夏本紀に帝益が禹の息子・啓に譲位する記事で示され、『日本書紀』神武天皇紀の天祖降臨説話に記述され、『古事記』序の初頭の文で語られ、『古事記』上巻の天孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)の筑紫降臨説話でも示唆される。また、『魏志』倭人伝の倭女王「卑弥呼」という名は「帝益の孫の王子と若者たちが日本列島に移住して夏音文字の学芸を根付かせた」と伝えるものとなる。なぜならば、[]の字源は「益なり」であるからである。ゆえに、倭女王は「夏代初頭に日本列島に移住した名門・益氏がもたらした夏音文字の学芸を政権基盤とする巫女(弥呼)の女王」と示す「卑弥呼」という名で、夏音文字の学芸に最も精通すると威厳を示して倭国を統治したことになる。この様子を『魏志』倭人伝は「卑弥呼は鬼道を事(まつ)りて、よく衆を惑(まど)わす」と記述するが、多くの学者たちは「よく衆を惑わす」という文を「よく民衆を妖(あや)しく惑わす」と誤読する。「よく衆を惑わす」とは「よく民衆の心を一つにまとめる」と意味する。というのも、[]という字が[()]の中に[]の字を加えて成立し、さらに[][]の下に[]が加わる字であるゆえ、[][]の初文であり[]の中に入る[]の初義は「人民の心を一つにまとめる」だったからである。

◆前回のわがブログ「日本が滅びる・110」でも指摘したように、夏音文字の字源・字形・字義・字音は下に示す「秋の銀河と夏の銀河各部の形状」であった。下に示した写真は、わが国の天体写真家の第一人者とされる藤井旭氏が撮影なされた。

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「天の川」は「銀河」あるいは「銀漢」「天漢」と呼ばれ、「銀漢から作られた文字」を略して「漢字」と名づけられた。

したがって上の写真に示す「天に存在する銀漢の各部(秋の銀河と夏の銀河の各部)の形状が万物の情(イメージ)をあらわす多数の文字であった」ゆえ、「天」は「天文」と呼ばれることになったのである。

前回のブログでも解説したように、今から約5000年前に生存した倉頡(そうきつ)は漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を発明して、「秋の銀河と夏の銀河の各部の形状」を【文字】と定めた。“漢字の始祖”と崇拝された倉頡は、五帝時代初頭の黄帝につかえた史官(記録官)であった。

現在の学者たちは【文字】を「ことばをあらわす記号」と定義する。

このような学者たちの【文字】の定義とまったく異なり、倉頡が発明した【文字】は「医術・天文地理学はじめとする深遠な学術に使用するために、秋の銀河と夏の銀河各部の形状から作られた記号」であった。

これゆえ、倉頡はみずからが考案した文字が最も強大な権力、莫大な富、最高の名声を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が文字の学識を手に入れて革命に利用したならば王朝は容易に滅亡すると警戒した。そこで、倉頡は下に列記する3つの掟を破った人物には神罰が下って即刻に死刑に処せられると定めた。

(1) 秋の銀河と夏の銀河の各部の形状から文字が作られたことを暴露した者

(2) 文字を容易に習得するために、文字となる銀河各部に名称を付けた者

(3) 書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者

 

(2)の倉頡の掟のために、文字となった銀河各部の名称が存在しない。

しかし、〔各部の銀河が文字(字源・字形・字義)となった秘密〕を明らかにし、その字源・字形・字義を解説するにあたって銀河各部に名称が存在しないのは極めて不便であるので、私はA図のごとく〔銀河各部の名称〕を定めた。
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(C) 2014 OHKAWA


上記した倉頡が定めた(3)の掟のために、夏音文字は書いた文字が出土しない文字となった。だから、『魏志』倭人伝に記載された夏音文字は出土されていない。夏音文字は銀河各部の形状が文字(字源・字形・字義・字音)であり、天に存在した。

◆その証拠に、2世紀末から3世紀半ばまでのわが国の様子を記述する『魏志』倭人伝は(1)「倭の易における卜辞に用いる文字は、中国の殷代後半(紀元前1300年~同1050)に出現した令亀法(れいきのほう╱亀の甲羅に刻まれた契文=甲骨文字)のごとき文字であった」と明記し、また(2)「倭女王・卑弥呼が書く文字と魏都・帯方郡・諸韓国が文書に書く文字(楷書)は差錯(ささく╱相違)していたので、倭の伊都(いと)国の港において点検し確認して間違いが生じないように正しく変換していた」と記載する。

B図は、私が“「卑弥呼」の地上絵”と名づけた史跡である。(左に掲示した幻冬舎ルネッサンスから出版された拙著『邪馬台国説は日本を滅ぼす』では“建比良鳥(たけひらとり)の地上絵”と呼んだ)。この「卑弥呼」の地上絵は260年~290年に作成されたゆえ、280年から289年に著作された『魏志』倭人伝と同じ3世紀後半に作成された。
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(C) 2014 OHKAWA

B図の「卑弥呼」の地上絵は、(1)『魏志』倭人伝のすべての記事は事実を伝えると科学的に証明でき、(2)『古事記』上巻に記述された歴史も科学的に証明でき、(3)夏音文字の全貌の秘密と(4)漢字の起源の秘密も科学的に解明できる世界史的に第一級の貴重な史跡である。
 「卑弥呼」の地上絵によって、18世紀前半に生存した新井白石以来から今日までの古代史学者たちが『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に加えた“文献批判”はすべて「誤読」であったことが科学的に具体的に証明され、何人(なんびと)にあってもまたどのような組織にあっても“文献批判は誤読ではない”と否定することはできないことになる。

古代史学においては学者たちが主張する「科学」がまったく成立しない意見よりも、先人が作成した文献史料(『魏志』倭人伝と『古事記』と『日本書紀』など)の記事に合致する史跡によって成立する「科学」のほうが優先される。なぜならば、過去に作られた文献の記事と史跡・遺跡・遺物などの合致によって成立する「科学」によって、真実の歴史が明らかとなるからである。この「真理」の原理は、過去に起きた殺人事件の容疑者の証言を無視・排除しておこなわれた刑事たちの調査が、確かな証拠や真犯人が発見されて「冤罪」となる仕組みとまったく同じである。
 「卑弥呼」の地上絵によって、古代史学者たちが『魏志』倭人伝と『古事記』と『日本書紀』に加えた“文献批判”は冤罪と同じく妄想であったことが証明される。

◆前回のわがブログで解説したように、今から約5000年前の五帝王時代初頭の黄帝は東洋最初の医学書『内経』を作成した。この黄帝の医学研究は〔女性の生殖器、胎児の出産〕を中心とするものであった。当時、医学の研究をあらわす文字が存在しなかった。この文字作成の任務は、黄帝につかえる史官(記録官)であった倉頡に課せられた。
 当時、中国全土の天頂に、A図左上に示す私が「十字の銀河」と名づけた銀河がめぐってきた。C図に示すように「十字の銀河」の西側には〔妊婦の乳房、妊婦のおなか〕に観える箇所とそして〔女性の子宮〕に相当する銀河部が存在した。
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(C) 2014 OHKAWA

そこで、倉頡は「秋の銀河と夏の銀河」各部の形状から作られたすべての文字は、「十字の銀河の子宮」から生まれるように定めた。これゆえC図左図の金文は、[]の字源・字形・字義となる「十字の銀河」を「胎児が子宮に宿る妊婦の正面形」の図案となった。そしてC図右図に示すように、すべての文字を生む母体となる「十字の銀河」は[(べん)]の字源・字形・字義となり、「鬼の姿に似る銀河」は〔「十字の銀河の子宮」から生まれた胎児〕に見立てられて[]の字源・字形・字義となり、[]の下に[]が加わる[]の字が生まれた。

D図に示す〔女性の生殖器の側身形〕は〔(水鳥)の側身形〕に相似すると見立てられた。

E図に示す〔ジャコウウシの側身形〕は〔子宮に宿る胎児の側身形〕に見立てられて、ジャコウウシは倉頡が発明した漢字作成原理を象徴する〔聖なる〕と定められた。
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(C) 2014 OHKAWA

C図左図の「十字の銀河の子宮」と重なる「十字の銀河の腹部」は〔妊婦のおなか〕のような形をし、また「十字の銀河の右足」にも観えて〔足跡〕が連想できる。
 これゆえ、D図の「鳥」とE図の「獣」とC図の「足跡」から、C図の[][]の作字で示された漢字作成原理の名は「鳥獣の足跡」と呼ばれることとなった。

 [][]の文字(字源・字形・字義)は――すべての文字の母体は「十字の銀河」、すべての文字は「十字の銀河の子宮」から生まれる――と定めた倉頡が発明した漢字作成原理をあらわした。これゆえ、妊婦の姿に酷似し子宮部が浮いて見える「十字の銀河」によって倉頡が発明した漢字の造化(造形)理論は中国の人々はじめわが国の縄文の芸術家にも理解されることになった。というのも縄文時代、中国と同様に「十字の銀河」が日本列島各地の天頂にめぐってきたからである。

上記したように倉頡の最も重要な任務は〔黄帝の女性生殖器と胎児の出産の研究をあらわす記号となる文字〕を考案することであった。これゆえ、〔女性生殖器、胎児の出産〕とそして漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕は文字の学術の基本知識となった。

E図左図に示した漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕を象徴する「ジャコウウシ」は『魏志』倭人伝が「倭には牛が無い(倭には牛は生息していない)」と記述した[]の字源・字形・字義をあらわした。このためわが国に生息していなかったジャコウウシに関する詳細な知識は、夏音文字が習得された後期縄文時代初頭から大嘗会(だいじょうえ)が本格的に復興した1738年の江戸時代まで、文字学の基本知識として保存されて失われなかった。

◆F図に示す銀河の領域は、五帝時代初頭から秦の始皇帝の時代(紀元前3世紀)まで中国全土の天頂にめぐってきたため、黄帝の医学研究の中心と倉頡の漢字作成原理によって文字学の基本知識となった〔女性の生殖器、胎児の出産、漢字作成原理・鳥獣の足跡、ジャコウウシの生態〕を記憶する箇所となり、F図に示す銀河から最も多くの文字が生まれた。

G図に、『日本書紀』巻第五の崇神(すじん)天皇紀に記述された天照大御神(崇神天皇の生母)と崇神天皇王朝の中心部をあらわす、奈良県桜井市の地図である。
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(C) 2014 OHKAWA

『日本書紀』崇神天皇紀は、G図左上にある「箸墓古墳に倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)を葬った」と記述する。わがブログ「日本が滅びる・64」で解説したように、夏音文字と同じく楷書の字源・字形・字義もまた銀河各部の形状であった文字学の秘密に気づくと、箸墓に葬られた倭迹迹日百襲姫命は崇神天皇の生母の伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)であり、また天照大御神であったと証明できる

 G図の右端に配する「三輪山」は、F図左上の「三つ輪の銀河」から名づけられた。

三輪山は大神(おおみわ)神社の神体山であり、大神神社の主祭神は大物主神である。

“字書の聖典”とされる『説文解字』は[]の字を「万物なり」と説き、「牛を大物と為す」と字源解説する。したがって、大神神社の主祭神の「大物主神」はE図左図の「ジャコウウウシ」を祀るものであった。

ジャコウウシは天敵のオオカミに襲われると、子を真ん中に隠して群れは円陣を組む。ゆえに、H図上部に示すように、「三つ輪の銀河」における円陣の形に相似する「北の輪の銀河」は〔ジャコウウシの群れの円陣〕に見立てられ、また「北の輪の銀河の北端の銀河部」は〔ジャコウウシの首〕に見立てられた。

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(C) 2014 OHKAWA

 女性の生殖器の大部分は骨盤に包囲され、外部からの衝撃を禦(ふせ)いで子宮に宿る胎児の命を守る。これゆえ、〔ジャコウシの子を真ん中に置いて群れが組む円陣〕は〔子宮に宿る胎児の命が死なないように外からの衝撃を禦ぐ女性の骨盤〕に見立てられた。だから、「十字の子宮周辺部」は〔ジャコウウシ〕と〔女性の骨盤〕に見立てられた。

[]の字は[]の下に[]を加える字であるがごとく、白川静著『字統』は「御は禦の初文」と指摘する。

ゆえに、H図上部の〔ジャコウウシの円陣と首〕に見立てられた「北の輪の銀河」と〔ジャコウウシ〕に見立てられた「十字の銀河周辺部」は共に[]の字源・字形・字義をあらわした。上記したように、『説文解字』の[]の字源解説に登場する[]の字源は「ジャコウウシ」であり、『説文解字』が[]を訓する「万物なり」はすなわち「諸々(もろもろ)」をあらわして「ジャコウウシ」は[]の字源・字形・字義となった。というのも、文字が生まれた「秋の銀河と夏の銀河」の全域には〔ジャコウウシに類似すると見立てることができる諸々の銀河部が分散する〕ゆえ、「ジャコウウシ」は[]の字源となったからである。

前述したように、H図の上部の「三つ輪の銀河における北の輪の銀河」とH図下部の「十字の銀河の子宮周辺部」は共に[][]の字源をあらわす〔ジャコウウシ〕と見立てられたゆえ、「三つ輪の銀河」から名づけられたG図右端にある「三輪山」は「御諸山」とも呼ばれたることになった。

◆上記したように、G図右端にある「三輪山・御諸山」という名は、H図に示す「三つ輪の銀河における北の輪の銀河」と「十字の銀河の子宮周辺部」を基にして作られた。

 I図右側に配する「十字の銀河」は〔大神神社〕の[]の字源である。
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(C) 2014 OHKAWA

J図は〔狭井(さい)神社〕の[]の字源解説図である。F図の「最も多くの文字が生まれた銀河の領域」における――J図に示した「長方形の暗黒天体部」における北側の「方形の暗黒天体部」と、「十字の銀河の子宮」における北側の「方形の暗黒天体部」は、[]の「井桁(いげた)」の形を示す。そのうち、J図中央の「長方形の暗黒天体部」の「広い方形の暗黒天体部」に対する、右側の「十字の銀河の子宮」における「狭い方形の暗黒天体部」は「狭井」をあらわすことになった。

J図中央の広い「長方形の暗黒天体部」における「激流の銀河」は「波が寄せる磯」のイメージとなり「方形の暗黒天体部」は「瑞籬(みずかき)=水垣」と連想できるゆえ、天照大御神と崇神天皇が住んだ宮殿名は「磯城(しき)の瑞籬宮(みずかきのみや)」となった。したがって、「磯城の瑞籬宮」という名は「広い方形の暗黒天体部」にもとづいて作られたことになる。

◆わがブログ「日本が滅びる・100」でも指摘したように、G図の大神神社・狭井神社・三輪山の配置は、『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話末部に記載された天照大御神が千引石(ちびきのいわ)の前で「汝(いまし)の国の人草、一日に千頭絞(ちがしらくび)り殺さむ」と誓った呪いをあらした。この誓いは「伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重する人民の母親たちの子宮頸管(D図参照)が狭くなるように呪って、一日に必ず千人の胎児の頭を狭い子宮頸部で絞め殺す」と意味した。

ゆえに、狭井神社の「狭井」は、箸墓に葬られた倭迹迹日百襲姫命・天照大御神が千引石の前で誓った呪いの「狭い子宮頸管」をあらわしていることになる。

G図では、狭井神社は真北を正面にすると大神神社の右手側に在る。

K図に示すように、大神神社と三輪山の頂上を線(視線)で結ぶと、北を向いて右手側にあった狭井神社は大神神社の左手側に移動する。G図においても大神神社と三輪山山頂を線で結ぶと、真北を向いて大神神社の右手側にあった狭井神社は左手側に移動する。
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 このような〔大神神社の子午線と大神神社・三輪山山頂を結ぶ視線の二つの糸が狭井神社を右から左へ移動させて交わる魔法〕は[][]を加える[]の字をあらわす。だから、この〔[]の字をあらわすわ魔法〕は、天照大御神が千引石の前で誓った「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」という呪いをあらわした。

L図に示すように、「祟(たた)り」を字義とする[]の契文形は「北の輪の銀河」から生まれ、[]の金文形は「十字の銀河の子宮」から作られた。

前述したように、[]の字源銀河の「北の輪の銀河」と「十字の銀河の子宮周辺部」は「ジャコウウシ」をあらわした。
 ジャコウウシは有史以前に広く北半球に分布して生息していたが、その肉は麝香(じゃこう)の香りがして美味しく、その毛皮は最高の防寒具となり、天敵のオオカミに襲われると子を真ん中に隠して群れが円陣を組む習性が神聖視されて、ジャコウウシの肉は神に捧げる最も優れる供え物となった。このために、中国ではジャコウウシは乱獲されて絶滅した。

◆だから、天照大御神の「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」という呪いは「【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重しない人民には祟らない。しかし、【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重して日本人と生きてゆく人民は一日に千人ずつ殺して、ジャコウウシのごとく絶滅させる」となり――つまり、「日本人絶滅」が真意であった。

わがブログ「日本が滅びる」で幾度なく指摘し、「日本が滅びる・100」においても指摘したように――『古事記』上巻の伊耶那岐命の黄泉国訪問説話にて朝廷が崇拝する「皇祖・天照大御神」を「伊耶那美命」と表記する別人仕立てにする方法ならば、朝廷の〔天照大御神の聖性を汚す史実を削除する偽書を作成せよ〕という欲求に応じたことになろうと期待したが、『古事記』を献上した元明天皇から拒絶されて、編纂スタッフの『古事記』を正史にしようとした企みは失敗した。というのも、この説話の末部に伊耶那美(天照大御神・倭迹迹日百襲姫命)が「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」と誓った呪いが記述され、真実の歴史を伝えて朝廷が崇拝する皇祖・天照大御神の聖性を著しく汚すものであったからである。

以上のごとく、G図に示す狭井神社・大神神社・三輪山(御諸山)と、そして箸墓という名もまた「日本人として生きてゆく人民を絶滅させる」という倭迹迹日百襲姫命・天照大御神の祟りをあらわした。だから、倭迹迹日百襲姫命・天照大御神が葬られた箸墓は卑弥呼の墓であると捏造する学者たちとこの意見を〔誤読の空論〕と断定することが出来ない学者たちは真実の歴史を葬って天照大御神の祟りを蘇えらせるものとなるから、「日本人絶滅」を声高に叫んで「日本人絶滅」を着々と推進していることになる。 

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