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2014年8月26日 (火)

日本が滅びる・123

漢字の字源・字形・字義は銀河各部の形状であった

愛、あざやかに永遠であれ(62)・箸墓記事と天皇の王冠(28) 

 

『魏志』倭人伝が記述した真実の日本列島地理の解説(6)

 

[]の字を配する小国の解明(2)

◆「銀河」の別称は「銀漢」である。ゆえに、「銀漢から作られた文字」を略して「漢字」と呼ばれるようになった。だから、漢字(文字)を定義する時には、現在の常識とする文字知識や字書が説明する【文字】についての意見を払拭(ふっしょく)して、真っ先に「【漢字】は銀河(銀漢)の各部の形状から作られた文字」であり、漢字の字源・字形・字義は銀河各部の形状であったと考えなければならない。

わが国が漢字を最初に習得したのは56世紀であるという意見が定説であるが――実際には今から約4050年前の中国の夏()代初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に夏音(かおん)文字が伝来し、『魏志』倭人伝の人名・小国名として現存し、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字として残った。

『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に記載された夏音文字は楷書で表記される。夏音文字は“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が「書いた文字が用済みななったならば、文字を直ちに消さない人物また消し忘れた人物も、神罰が下って即刻に死刑に処せられる」と定めた掟を厳守したのに対して、今から約3300年前の殷代(いんだい)の契文(けいぶん╱亀の甲羅に刻んだ甲骨文字)以後の文字は上記の倉頡が厳しく定めた掟を破った――これゆえ、後漢時代(25220)以後から出現した楷書も契文の伝統にもとづき倉頡の掟を破る【書いた文字を消さない文字】となった。だから、2世紀末―3世紀半ばのわが国の様子を書く『魏志』倭人伝における夏音文字は【書いた文字を消さなくてもよいとする伝統・習慣となった楷書】を用いて表記された。

したがって、『魏志』倭人伝は「倭の易における卜辞に用いる文字は、令亀(れいき)の法のごとく、つまり亀の甲羅に刻む契文(甲骨文字)のごとくであった」という文はわが国には契文が出現するより約750年以前の夏代初頭に伝来した夏音文字が存在したと指摘するものとなり、また「倭女王卑弥呼が文書に書く文字(夏音文字)は魏の都・帯方郡・諸韓国が用いる楷書と差錯(ささく╱相違)していたので、倭の伊都(いと)国の港で点検し確認して間違いないように夏音文字と楷書の変換をおこなっていた」という文で夏音文字と楷書が正しく変換できた――と今日に伝えている。

というのも、夏音文字と楷書の字源・字形・字義は秋の銀河(秋の星座が漬かる銀河範囲の西部)と夏の銀河全像(夏の星座が漬かる銀河全像)であったため、秋の銀河と夏の銀河を字書がわりにすると夏音文字と楷書の変換を正しくおこなうことができたからである。

◆今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝は、東洋最古の医学書『内経』を作ったといわれる。黄帝は《胎児が育つ女性の生殖器と胎児が誕生するまでのいのちの秘密》を研究した。しかし、当時、女性生殖器と胎児の出産の様子あらわす文字が考案されていなかった。この文字の作成を考案するのは、黄帝につかえる史官(記録官)の倉頡の役目であった。

倉頡は秋の銀河と夏の銀河全域の各部の形状から、黄帝の医学研究の成果をあらわす文字を作成できる原理を発明した。前回のわがブログで指摘したように、五帝時代、中国各地の天頂緯度線はA図下部に示す「鬼の横顔に似る銀河、北アメリカ星雲・ペリカン星雲」から上部の「十字の銀河の頭部から両足部」までを邪(なな)めに貫通していた。倉頡は、B図の女体に相似する「十字の銀河」を〔秋の銀河と夏の銀河各部の形状から作るすべての文字の母・母体〕に見立て、「十字の銀河の子宮(に相当する銀河部)」を〔すべての文字が生まれる子宮〕と見立てる――と定める漢字作成原理を発明した。この原理によって、秋の銀河と夏の銀河の各部の形状から万物の情(イメージ)に類似する多数の文字(字源・字形・字義)が生まれた。つまり、漢字は黄帝の医学研究と倉頡の発明が合体して起源するものであった。このために、《女性の生殖器と胎児の出産に関する文字》、いいかえると《いのちの誕生に関する文字》が多数作られた。

その証拠に、B図に示すように[]の金文形は――倉頡が「十字の銀河をすべての文字を生む母体とする」と定めた漢字作成原理をあらわして――〔子宮に胎児(いのち)が育つ、おなか円く突き出る妊婦の正面の姿をあらわす図案〕となった。A図では「すべての文字の母体となる十字の銀河とすべての文字が生まれる十字の銀河の子宮」が[(べん)]なり、「十字の銀河の子宮から出産した子と見立てられた鬼の姿に似る銀河」が[]の字源・字形・字義となった。

C図は、女性生殖器の側身形である。

D図に、倉頡が発明した漢字作成原理を象徴する聖なる獣となった「ジャコウウシ」を示した。

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(C) 2014 OHKAWA

C図の「女性生殖器の側身形」は〔鳥(水鳥)〕に類似すると見立てられて「鳥」、D図の「獣」、B図の「十字の銀河の子宮」が重なる「十字の銀河の右足」(乳房、腹部にも観える)から「足跡」が連想された。この「鳥」「獣」「足跡」が合体して倉頡が発明した漢字作成原理は「鳥獣の足跡」と名づけられた。

漢字作成原理「鳥獣の足跡」の秘密は漢字が起源した中国では解明できず、わが国の『古事記』『日本書紀』『万葉集』などの文献史料と日本列島各地の地宜(ちぎ╱平面的に図化した地図の形)・史跡・遺跡・遺物などで解明し証明できる。また、わがブログが証明するように、『魏志』倭人伝に記載された小国名によっても解明・証明することができる。

◆「【漢字】は銀河各部の形状から作られた文字」である事実を、わがブログ「日本が滅びる・118」から前回まで、『魏志』倭人伝に記述された小国名をもって証明してきた。

 『魏志』倭人伝に最初に登場する小国は、朝鮮半島の南端部東方に所在した「狗邪韓国(くやかんこく)」である。この狗邪韓国を1番目と数えると、6番目は「奴()国」であり、29番目は「烏奴(あな)国」、30番目はもう一つの「奴国」、31番目は「狗奴(くな)国」である。これら[]の字を配する4小国の位置と範囲が前回のわがブログで解明した。

今回のブログでは14番目の「弥奴(みな)国」、17番目の「姐奴(つな)国」、19番目の「蘇奴(さな)国」、21番目の「華奴蘇奴(かなさな)国」、24番目の「鬼奴(きな)国」など、[]の字がつく5ヶ国の位置と範囲を解明する。また、この5ヶ国と関連する3ヶ国の小国の位置と範囲をも解明する。

E図に示す[]の字の右側に付く[]の字源は、A図で〔出産する胎児=[]〕となった「鬼の姿に似る銀河」と「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」である。

F図に示す「十字の銀河の左半身(東側)」は〔左手に弓を持つ男性の姿〕に相似するのに対して、「十字の銀河の右半身(右側)」は〔乳房・子宮がある女体の姿〕に相似する。

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(C) 2014 OHKAWA

ゆえに、前回のわがブログでE図の右上の[]の字における「右手」を図案する図書はF図に示す「十字の銀河の右半身の女体」をあらわし、また「右手」を図案する図書の下にある[]はF図に記す2ヵ所の「産道」すなわち「十字の銀河の子宮の南隣の銀河部」と「長方形の暗黒天体部」をあらわす図書(字源・字形・字義)であることを証明した。

したがって、E図右下の金文形[]の字義は「みぎ(右側)」であり、字音が「ユウ」である。ゆえに、[][]の初文(最初の文字)であった。[()]の金文形は「胎児が産道=C図の内子宮口・子宮頸管(しきゅうけいかん)・外子宮口から膣口(ちくこう)を通過して、出産するまでの状況」を表現する。つまり、[][]の字源・字形・字義は「陣痛と腹圧とで胎児の頭を直角状に曲がる内子宮口・子宮頸管・外子宮口を通過させ、さらに胎児の頭が膣口を通過する時の胎児の頭が渦巻きを描いて周旋(しゅうせん)して一気に誕生するまでの母体が《いのち》を誕生させるものすごい力」をあらわした。

D図に示したジャコウウシのオスはものすごい力で角(つの)をぶっつけあって闘い、生息するツンドラ地帯の岩石のごとく凍った固い地面を足で掘って餌を食する。また、ジャコウウシは子宮と子宮に宿る胎児のいのちをまもる倉頡が発明した漢字作成原理「鳥獣の足跡」を象徴する聖獣となった。というのも、天敵のオオカミに襲撃されるとジャコウウシの群れは円陣を組んで円陣の真ん中に隠した子どもたちのいのちをまもる習性があったからである。このため、〔ジャコウウシ〕は〔女性生殖器を包囲してまもる骨盤〕に見立てられて、漢字作成原理「鳥獣の足跡」を象徴する聖獣となった。

以上からして、[]の字は「健やかな子どもたちが多数生まれて子孫が繁栄し、豊かな禾(か╱穀物)の実りに恵まれる願い」をあらわすとともに、「神秘的なものすごく巨大な力」をもあらわした。

◆中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』の繋辞上伝には「易は天地と準(なぞら)う。ゆえによく天地の道を弥綸(びりん)す。仰いでもって天文を観、俯してもって地理を察す」という文がある。この文中にある「弥綸」という語を、高田真治・後藤基巳(もとみ)訳者『易経()(岩波書店)は「つくろいおさめる、洩れなく包みこむ」と注を加えて訳する。

わがブログ「日本が滅びる」の幾回となく解説し、90回や118回でも解説したように、G図に示す「山東半島の付け根とその南北の海岸線」は〔水鳥のカンムリカイツブリの横顔と両翼〕に見立てられて、「中国全土を洩れなく包み込む」を字義とする[]の字源となった。わがブログ「日本が滅びる・118」にて、[弥]の字源となる地宜の「山東半島とその南北の海岸線の形」に似る「福岡県福津(ふくつ)市の津屋崎町の海岸線と宗像市」は「不弥(ふみ)国」(現在の福岡県北部と大分県北部)の中心地域であったことを証明した。

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(C) 2014 OHKAWA
 

 H図左下の上南下北の愛知県西部・尾張の地宜は、[]の字源「カンムリカイツブリ」が直立姿勢となって雌雄がたがいに頭振り・水草くわえなどのおこなう求愛行動するときの姿に相似する。H図左下の尾張の〔知多(ちた)半島〕は[]の字源「カンムリカイツブリの頭と頸(くび)の形」に類似し、〔尾張の地宜〕はカンムリカイツブリが[]の字源〔強い力〕で水面上に直立姿勢となる姿に相似する。ゆえに、愛知県西部・旧国の尾張の小国名は「弥奴国」であった。

◆上記したように、『魏志』倭人伝における17番目に記される小国は「姐奴国」、19番目に記される小国は「蘇奴国」、21番目の小国は「華奴蘇奴国」である。このうち「蘇奴国」と「華奴蘇奴国」の2国において「蘇奴」の2字を共有し、18番目に記される小国「対蘇(つさ)国」においては[]の1字を有する。
 I図左側に、小林石寿編者『拓影展大 金文字典』(木耳社)602頁の先頭の[]の金文形を模写した。この書物の先頭から3番目までの[]の字形はI図左側と同じく、[]の背びれと腹びれ・しりびれは一つに連結してチョウの羽のごとくに図案される。

「チョウ」は楷書で[]であるが、[]の契文と金文は出土していない。だから、I図左側の[]の金文形は「[]のイネを食べるヒメジャノメはじめ草()を食べる色々のチョウ」をあらわす図案である。チョウはまるで死骸のごとくに観える蛹(さなぎ)から羽化していのちがよみがえるゆえ、魚ではなくチョウを図案する[]の字義は「よみがえる」となった。

他方、中国で2世紀初頭に著作された“字書の聖典”と崇拝される『説文解字』は[]の字源を「桂荏(けいじん)なり」と解説し、わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は「桂荏は紫蘇(しそ)の類であるとする」と説明する。そして、『字統』は「魚に桂荏などを加え、生気を保たせる意をもつかも知れない。国名以外の古い用法がみえず、字義が確かめがたい」と説明する。このように、『字統』の[]の字義はじめ字源・字形の解説もまた不確かである。

チョウは球形の卵から孵化して幼虫となり、幼虫から何回か脱皮してあたかも死骸(しがい)のような(さなぎ)となり、蛹から羽化(うか)して華麗な姿の成虫となり、成虫となったチョウはまた卵を生んで死んでゆく。

I図の左側の[]の金文形は「チョウと魚のサケ()」の合体形にちがいない。I図右上に示す鮭は、海で大きく育って親となり生まれた川にもどって卵を生んでいのちが蘇える。鮭はじめとする魚の卵とチョウの卵は同じ円い球形であり、チョウの羽の脈は魚の背びれと腹びれ・しりびれの棘条(きょくじょう)・軟条(なんじょう)の脈に相似する。卵を生んだ鮭の親は海にもどるころには、チョウと同じように死んでしまう。

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(C) 2014 OHKAWA

J図に示すように、「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」の輪郭は円に観えるので「チョウの卵」に相似し、「鬼の姿に似る銀河」は「チョウの幼虫や蛹」のごとくに観える。「十字の銀河」と「鬼の姿に似る銀河」の背景は〔チョウの羽〕のような形状となるので、「十字の銀河」は「チョウの成虫の体」に見立てることができる。

チョウの幼虫は卵の上面に近い所を食い破って脱出する。また幼虫は脱皮が近づくと食をとらず静止し、前胸部が膨大してくる。脱皮の場合は胸部背面中央から皮膚が裂けはじめ、体をくねらせる動きによって皮膚は次第に後方に押しやられる。この脱皮をくりかえしていのちを蘇えらせるチョウの幼虫のごとくに観える「鬼の姿に似る銀河」とチョウの卵に相似する「北アメリカ星雲・ペリカン星雲」は、E図に示す[]の字源銀河である。また「チョウの円形の卵からの脱出と脱皮する時の胸部背面中央から皮膚を裂いて後方へずらす時に要する強い力」もまた[]の字源・字義をあらわす。

だから、[]は「チョウの総称(チョウの卵・幼虫・蛹・成虫)」となり、「蘇奴(さな)」は「脱皮するチョウの幼虫」を意味した。

K図に示すように、敦賀(つるが)半島で二分される現在の福井県西部・旧国の若狭(わかさ)の地宜は「蘇奴=チョウの幼虫の姿」に相似する。ゆえに、「若狭」は『魏志』倭人伝に19番目に記される小国「蘇奴国」であった。

敦賀半島で二分される現在の福井県中部・北部・旧国の越前は、『魏志』倭人伝に17番目に記される小国「姐奴(つな)国」であった。白川静著『字統』は[(しゃ)]の字義を「はは()」と解説する。K図の越前となる敦賀半島南端の境界線は「母の豊かな乳房」のごとく形となるゆえ、[]の字義「母」に合致する。越前・福井の中部から北部にかけての地宜は「体を浮揚(ふよう)させて飛ぶチョウの成虫の大きな羽」のごとくに観えるので[]の「強い力」を示す。だから、福井県の中部・北部は小国「姐奴国」であった。

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(C) 2014 OHKAWA 

『魏志』倭人伝の17番目の小国「姐奴国」の次は18番目の小国「対蘇(つさ)国」である。L図に示すように「対蘇国」は現在の岐阜県であり、旧国の美濃と飛騨であった。L図に示すように上南下北に転回させる飛騨の地宜は特異な形をした擬宝珠(ぎぼし)のようなジャコウアゲハの卵の形に類似するのに対し、美濃の地宜は太くて短いジャコウアゲハの腹部亜背部(ふくぶあはいぶ)に一対の平板状突起がならぶ蛹の特異の形に類似する。飛騨・美濃は今日の岐阜県であるゆえ、ギフチョウが容易に連想される。しかし、ギフチョウの卵は円く球形であるので飛騨の地宜には類似しない。また、ギフチョウの蛹も短く太いが、ジャコウアゲハの蛹の形のほうが美濃の地宜により類似する。ジャコウウアゲハの卵に類似する飛騨に対し、美濃の地宜は蛹の形に類似するゆえ、現在の「岐阜県」は小国「対蘇国」であった。D図のジャコウウシのオスは前足の内側に頭をこすって眼下腺(がんかせん)から麝香(じゃこう)のような良い匂いがする分泌物(ぶんぴつぶつ)を放つが、ジャコウアゲハの成虫のオスの羽もまた麝香のようなよい匂いがする。

◆M図に示すように、『魏志』倭人伝の19番目国の「蘇奴国」(福井県西部・旧国の若狭)の南隣は20番目の「呼邑(こお)国」と21番目の「華奴蘇奴(かなさな)国」である。

現在の「京都府・旧国の山城」は小国「華奴蘇奴国」であった。M図の右下の[]の金文形はヒメシロチョウが食べる草の「クサフジ」のような花の形に類似する。ゆえに、京都府の地宜は「ヒメシロチョウの成虫また幼虫」にも相似すると見立てられて「華奴蘇奴」という小国名になった。

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(C) 2014 OHKAWA

わがブログ「日本が滅びる」の87回・88回・90回はじめ幾回となく説明したように、G図の下部の「杭州湾(こうしゅうわん)」は[]の字源となった。『説文解字』は[]の字源を「息を外()くなり」と解説する。G図の〔山東半島の付け根から杭州湾までの海岸線の形〕は〔人の横顔〕や〔虎の横顔〕に類似すると見立てられ、「杭州湾」は〔人の口〕あるいは〔虎の口〕に類似すると定められた。

N図に示す銭唐江(せんとうこう)の水が〔人の口〕に見立てられた杭州湾へ流れ込む様子は『説文解字』の字源解説の「息を外くなりのイメージ」に合致し、「杭州湾」は[]の字源となった。N図に示すように、「上南下北の杭州湾」の形は「鳰(にお╱カイツブリ)」の姿に相似する。これゆえ、「鳰」は[]の字源となった。

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(C) 2014 OHKAWA

M図に示す現在の滋賀県・旧国の近江は小国「呼邑国」であった。滋賀県の市町村が周囲する「琵琶湖」の古称は“鳰の海”であった。だから、琵琶湖は“呼の海”であった。白川静著『字統』は[]の字義は「みやこ。まち。むら」と指摘するゆえ、「呼の海を邑(小国の首都はじめまちやむら)が周囲する小国」の名は「呼邑」となった。

琵琶湖は日本一大きな湖である。O図に示すように、地平線に近い空から天頂に向かってそびえる巨大な夏の銀河全像はペンギンのように立つことができる「鳰」の姿に相似する。これゆえ、日本一大きな湖の古称は「鳰の海」となったのである。

◆『魏志』倭人伝において24番目に記される小国は「鬼奴(きな)国」である。

P図に示すように、[]の金文形は「鬼の横顔に似る銀河・長方形の暗黒天体部」との合体形である。

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(C) 2014 OHKAWA

Q図に示す[(すい)]の字源銀河は「十字の銀河の子宮」である。「十字の銀河の子宮」は「鷹の横顔」に類似すると見立てられて、「鷹」は[]の字源となった。これゆえ、[]の字の一角には[]が配される。『説文解字』は[]の字源を「鳥の短尾なるものの総名なり」と解説する。この「短尾の鳥」を代表するのが、尾がないかのごとく短いN図とO図に示した「鳰」である。Q図に示すように、〔鳰の姿〕に見立てられて[]の字源となった「十字の銀河の子宮」は「鳰の姿よりも鷹の横顔に類似する」と見立てられ、また「鬼の姿に似る銀河」も「鷹の横顔」に見立てられて「鷹」は[]の字源となった。

その証拠に、R図上部に示す三重県南部・旧国の志摩(しま)の地宜は「鷹の横顔」に類似し、「英虞湾(あごわん)」は〔鷹が餌を食するときの嘴(くちばし)の形〕に類似する。ゆえに、「志摩」は『魏志』倭人伝に22番目に記載される小国「鬼国」であった。

S図に示すように、南紀白浜町の海岸線が[]の「鷹の頭」のごとくに観える。ゆえに、「和歌山県・旧国の紀伊」の地宜は[]の「強い力」がみなぎる大きな羽()で体を浮揚させる[]の「鷹」の姿に観えるので、小国「鬼奴国」であったことになる。

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『魏志』倭人伝は2世紀末~3世紀半ばのわが国の様子を記述した。T図に示すように、当時、日本列島の天頂にめぐってきた「長方形の暗黒天体部」の概略形は神社の入口の門となる「鳥居」の形に相似する。「鳥居の形」をした「長方形の暗黒天体部より北側の銀河」は「はばたく鳥の姿」に相似するので、[]の字源となった。ゆえに、「鳥の足となり、鳥が居るイメージ」となる「長方形の暗黒天体部」は「鳥居」の語源となった。

鳥居は欧米の人々にとって日本を象徴する文化であって、漢字が起源した中国を象徴する文化ではない。それというのも、2世紀から3世紀にあって中国では【文字】の「ことばをあらわす記号化」が進んで多くの文字の字源を失った。その証拠に、『説文解字』は[]の字源を「奴婢、みな古の辠(ざい)なり」つまり「罪人であった」と伝え、また上記したようにI図の[]の字源を「桂荏(けいじん)なり」と解説して[]の金文形から相違して字源を失っていたことを明確に示す。しかし、今回のブログで証明したように、『魏志』倭人伝に記載された小国名に用いられた[][]の字は正しい字源を伝える。それというのも、わが国では倉頡が定めた掟を厳守する銀河各部の形状を字源・字形・字義とする夏音文字が卑弥呼王朝の政権基盤となって栄えていたからである。だから、漢字と同じく銀河の形状から作られた鳥居は日本を象徴する文化となったのである。

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