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2014年8月30日 (土)

日本が滅びる・124

『魏志』倭人伝に記載された倭国の残るすべての小国の解明をめざして(1)

愛、あざやかに永遠であれ(63)・箸墓記事と天皇の王冠(29)

 

■『魏志』倭人伝が記述した真実の日本列島地理の解説(7)

 

◆わがブログは「日本が滅びる・118」より、『魏志』倭人伝の15ヶ所の方位記事は卑弥呼王朝が制定した[]の字源をあらわす錯覚の転回日本列島地理を今日に伝えるものであることをテーマと定め、『魏志』倭人伝に記載された小国の位置と範囲を解明してきた。

この小国の秘密の解明には――真っ先に「銀河(秋の銀河と夏の銀河全像)、すなわち銀漢の各部の形状から作られた文字である」から「漢字」と呼ばれることになった事実を理解しなければならない。

学者たちまた字書においては、「【文字・漢字】は銀河各部の形状から作られた図書である」という意見をまったく示さない。しかし、「【文字・漢字】は銀河の形状を図案する記号」であった――この事実はわがブログは何回も繰り返して証明し、「日本が滅びる・118」以後においても一貫してこの事実を証明する。

わが国には今から約4050年前の中国の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に、銀河各部の形状を字源・字形・字義とする夏音(かおん)文字が伝来していた。夏音文字は『魏志』倭人伝の小国名・人名に用いられて現存し、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字として多数記載されて現存する。

『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に記載された夏音文字は楷書で表記される。それというのも、楷書の字源・字形・字義もまた銀河各部の形状であったからである。前回のわがブログ「日本が滅びる・123」で指摘したように、夏音文字は今から約5000年前に生存した“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が「書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない人物または消し忘れた人物も、神罰が下って即刻に死刑に処せられる」と定めた掟を厳守した。ところが、この掟は今から約3300年前の殷代(いんだい)の契文(けいぶん╱亀の甲羅に刻んだ甲骨文字)によって最初に破られ、その後の漢字の発達とともに契文の伝統は受け継がれて、後漢時代(25220)以後から出現した楷書もまた契文の【書いた文字を消さない文字】の伝統を受け継いだ。

このため、2世紀末から3世紀半ばのわが国の様子を書く『魏志』倭人伝には「倭女王卑弥呼が文書に書く文字(すなわち、夏音文字)は魏の都・帯方郡・諸韓国が用いる楷書と差錯(ささく╱相違)していたが、倭の小国・伊都(いと)国の港ですべて点検し確認して間違いが生じないように夏音文字と楷書を正しく変換できた」と記述されることになった。夏音文字と楷書の字源・字形・字義は銀河各部の形状であったゆえ、倭の伊都国の港では銀河各部の形状を観察して夏音文字と楷書を正しく変換できたのである。

わがブログは一貫して、夏音文字と楷書はもちろん、古代エジプト文字もABCアルファベットのルーツとされるワディ・エル・ホル碑文の文字・原シナイ文字・フェニキア文字も同じ銀河の範囲(秋の銀河の西部・夏の銀河全像)の各部の形状から作られた事実を証明する。人類は文字を銀河から作成し、世界の古代王朝は文字が強大な政権基盤・莫大な富・最高の名誉を手に入れる方法であることに一様に気づいた。ゆえに、古代王朝は反体制側が文字の学芸を手に入れて革命に利用すると王朝は容易に滅亡するとおそれた。このため、文字が銀河から作成したことを厳重な秘密にし、文字となった銀河各部に名称をつけなかった。だから、世界中探しても文字となった銀河各部の名称は存在しない。銀河各部に名称が存在しないのは、世界中の古代文字は銀河から作られた証拠である。

◆『魏志』倭人伝に楷書で表記された33ヶ国の小国名によって、夏音文字と楷書の字源・字形・字義は共に銀河各部の形状であった事実を解明・証明することができる。

33ヶ国のうち、今まで21ヶ国の小国の位置と範囲を解明し証明したので、残る12ヶ国の位置と範囲をこれより6~7回ぐらいに分けて解明する。

『魏志』倭人伝に最初に記載される小国は朝鮮半島の南端の東方に所在した「狗邪韓国(くやかんこく)」である。この狗邪韓国を1番目の小国と数えると、対馬国が2番目となり、11番目の小国は「巳百支(じはき)国」である。

この小国名の先頭の[]の字源を、『説文解字』は「巳を蛇と為()す。象形」と解説する。わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統』(平凡社)は――第六辰の「み」は、卜文では子()の字を用いており、巳を用いることはない――と指摘して、[巳]には「へび」の字義がなかったと反論する(『字統』の「卜文」は「契文=甲骨文字」のことである)

しかし、『説文解字』の「巳を蛇と為す」という解説は、白川静著『字統』の「卜文では子()の字を、第六辰(十二支)の「み」に用いる」と指摘する――『字統』の[子]の解説にもとづくと正しいことになる。

◆A図に〔歳差(さいさ)〕という天文現象にもとづき、漢字作成原理「鳥獣の足跡」を発明して“漢字の始祖”と先人たちが崇拝した倉頡が生存した今から約5000年前の五帝時代初頭の黄帝時代における中国の天頂緯度線を再現した。A図下部の「鬼の横顔に似る銀河の天(十字の銀河)を仰ぐ両目、鬼の横顔の首に付く両目の、合わせて四つの目の銀河」が[]の字源となった。

B図に示すように、古代の倉頡の肖像画は「四つ目」に描かれた。幾度となく指摘し、前回のブログ「日本が滅びる・123」でも指摘したように、漢字は(1)黄帝の女性生殖器・子どもの出産の医学研究と(2)倉頡の漢字作成原理「鳥獣の足跡」の発明が合体して起源した。ゆえに、黄帝の両目と倉頡の両目で目は四つになるので、古代の倉頡の肖像画はA図下部の[]の字源「鬼の横顔と首に付く両目、合わせて四つの目」を有することになった。

このように中国の五帝時代においても、またわが国の中期縄文時代でも「四つ目の銀河」は「ヘビの目」に見立てられて重視されていた。

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(C) 2014 OHKAWA

C図左図の[]の金文形は、倉頡が発明した漢字作成原理「鳥獣の足跡」を示す図案である。倉頡は、C図左図の[(べん)]の字源となる「十字の銀河」を「秋の銀河と夏の銀河全像の各部の形状から作られたすべての文字を生む母(母体)」と定め、この「十字の銀河の母から出産する子」(C図の右図を参照)を「鬼の姿に似る銀河」と定めて一個の【文字】のモデルとした。

C図右図が示すように、[]の字源となる「鬼の横顔の首に付く両目」は「出産する胎児の首」に相当し、「鬼の姿に似る銀河」は「頭が誕生する出産第2期の娩出期(べんしゅつき)の終わり」に見立てられた。

白川静著『字統』は[]の字源を――幼子の象。『説文解字』には十二支の「ね」と解して、(中略)。卜辞において、十二支の「ね」には籀文(ちゅうぶん)の字形を用い、子はのちの巳()に用いる。子はいうまでもなく生子の象で、子を意味する字である――と解説する。

卜文(契文)[][](へび)に用いられたのは、C図に示す胎児が羊水で湿潤(しつじゅん)する産道を巳()のごとくくねって通過して出産するからである。上記した『説文解字』の「巳を蛇と為す」という字源解説は「胎児が羊水で湿潤した産道を蛇のごとくくねって出産する」と意味するものであった。

上古の人々は「鬼の横顔の首に付く両目」を「巳()の目」に相似すると感じた。そして、蛇の目には瞼(まぶた)がなく、目は透明なうろこにおおわれていて、とじることができない。

上古の人々は、D図右上に示す「46秒間で通過する天頂緯度線と子午線」すなわち「[]のキャッチ」に《いのち》を委(ゆだ)ねて日常生活を過ごしていた。彼等は生計を立てるために山や谷や森や原野を歩いて食料はじめ生きてゆくために必要な道具や物を求め、余所(よそ)の地の優れた発明や文化を取り入れるために遠くの地に旅しまたは大海を往来した。この時、彼等はD図右上に示した[]をキャッチして道に迷わないようにして《いのち》を確保した。しかし、この[]のキャッチに失敗すると道に迷って野垂れ死ぬことになった。ゆえに、蛇の目のように瞼がなければとじることがなく瞬(まばた)きをしない優秀な目を有すれば、彼等は[]をキャッチする46秒の間に瞬きをして失敗することがなく野垂れ死ぬことがないから道に迷って死なないですむと考えて、蛇の目に憧れた。この「蛇の目」をあらわすのが、[]の字源の「鬼の横顔に首に付く両目」であった。

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(C)2014 OHKAWA

◆わがブログ「日本が滅びる・104」でその秘密を解明したように、日本民俗学会会員で学習院短期大学教授の吉野裕子女史が注目したE図の写真「頭上にマムシを乗せた土偶」は、[]の字源「四つ目の銀河」と「十字の銀河」の合体作品であった。

E図の写真の土偶は今から約4500年前の中期縄文時代中半となる長野県の遺跡から出土した。南北に長い長野県の中央に茅野(ちの)市が所在し、茅野市は北緯36度である。

〔歳差〕という天文現象にもとづいて、今から約6000年前の前期縄文初頭、今から約5000年前の中期縄文初頭、今から約4000年前の後期縄文初頭の長野県・北緯36度の天頂緯度線を再現するとF図のごとくになる。

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(C) 2014 OHKAWA
 

 

F図に記した点線は、「頭上にマムシを乗せた土偶」が作られた中期縄文時代中半の長野県・北緯36度の天頂緯度線である。

中期縄文中半の北緯36度の天頂緯度線は、F図に示すように――[]の字源「鬼の銀河の横顔の首(後頭部)に付く目の中央」を通過し、[]の字源「鬼の横顔に似る銀河の両目の北隣(鬼の角の部分)」を通過し、さらに「十字の銀河の頭部の南端」を貫通していた。

G図の「鬼の横顔に似る銀河の両目」は「まっすぐに立った時の天を仰ぐ頭の傾きと視線の角度」を示し、H図の「鬼の横顔に似る銀河の首(後頭部と顎)に付く両目」は「天頂点をキャッチする時の頭の傾きと天頂緯度線と視線の角度(90)」を示した。この「四つ目の銀河」は、C図をもって解説したようにで「羊水で湿潤する産道を蛇のようにくねって出産する胎児」をあらわして、[]の字源となった。

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(C) 2014 OHKAWA

I図左図に、「十字の銀河」を貫通する長野県の中期縄文中半と後期縄文初頭の天頂緯度線を示した。
 
I図中央の菱形は、(1)D図右上の[](天頂緯度線と子午線)と、また(2)I図右図の出産する胎児の頭が通過する時に子宮頸管(しきゅうけいかん)がすっかり開く・全開大(ぜんかいだい)となる状況と出産時以外に閉じている子宮頸管の様子を合体させる図案である。
 
I図中央の《菱形》と同じく、I図左図の「十字の銀河の胸部と両腕」もまた《菱形》である。だから、J図の頭にマムシを乗せる土偶の十字形の胸部には、中期縄文中半から後期縄文初頭にかける天頂緯度線の貫通を表示してI図中央の菱形の図案が刻まれた。
 そして、「十字の銀河の頭部」はG図左図とH図左図に示す[]の字源「四つ目の銀河」が示す〔G図右図とH図右図の頭の傾きと視線の角度〕をあらわすものとなった。ゆえに、J図「十字の銀河の頭部」に相当する土偶の頭には、[]の字源「ヘビ」の「マムシ」が表現された。

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(C) 2014 OHKAWA


 中期縄文中半から約450年後の後期縄文時代初頭に、わが国に夏音文字が伝来した。五帝時代初頭の「四つ目の銀河」のC図右図による[]の字源・字形・字義とJ図に示す「四つ目の銀河」を表現した土偶の頭に乗る「マムシ」は、共に同一の「羊水で湿潤する産道をヘビのごとくくねって出産する胎児の様子」をあらわした。

 K図の[]の下部の[(よう)]はB図に示した四つ目に描かれた倉頡の肖像画の秘密、つまり文字は倉頡が発明した漢字作成原理「鳥獣の足跡」と黄帝の幺(子ども)の出産の研究とが合体して起源したことをあらわした。[]の楷書形の[]が示す漢字作成原理「鳥獣の足跡」は、夏音文字の学芸の基本中の基本となる難解な基礎理論であり、この基礎理論が理解できないと夏音文字の学芸を習得できないことになった。

しかし、銀河各部の形状から土器・土偶を作った後期縄文初頭の芸術家たちには夏音はチンプンカンプで理解できなかったが、J図のヘビ(マムシ)造形と菱形の図案が理解できたために、彼等には中国大陸から日本列島に移住して夏音文字の学芸を教える人々(名門・益氏の若者たち)が銀河部を指差し地面に絵を描いて説明する「ヘビ」のイメージ解釈と菱形の図案が示すC図の出産する幺(新生児)や子宮頸管(I図右図)の解釈が理解できた。だから、縄文の芸術家たちによって難解な倉頡が発明した漢字作成原理「鳥獣の足跡」が理解されたゆえ、わが国では銀河各部の形状を字源・字形・字義とする夏音文字が習得されて根づいたのである。

◆『魏志』倭人伝に11番目に記載された小国「巳百支(じはき)国」は、L図に示した[]の契文・金文の字形が相似する現在の「京都府の北部、旧国の丹後」であった。

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(C) 2014 OHKAWA

M図に「巳百支」の[]の字源銀河部を示した。[]の字源銀河の範囲となる「鬼の横顔に似る銀河の両目」は「四つ目の銀河」のうちの半分となる[]の字源部である。

M図の[]の字源銀河についてはわがブログ「日本が滅びる・54」で詳細に解説した。『日本書紀』巻第五の崇神天皇紀にある箸墓築造記事は「箸墓古墳に倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)に葬った」と記す。M図に示す「南に穂が垂れるイネの象形」は[]の字源「南→西の時計回りの90度の転回方位」をあらわした。『魏志』倭人伝の15ヶ所の全方位記事は[]の字源を基に一点の矛盾も派生せずすべてが合理となって【科学】が成立し「卑弥呼王朝は錯覚の転回日本列島地理を制定していた」と証言する。ゆえに、卑弥呼が統治した国名は「倭」となった。『説文解字』は[]の字源を「歩む處なり」と解説するゆえ、[迹迹]はM図において「歩む處」となる「十字の銀河の両足」が字源となる。M図の左下の「日輪の銀河」が[]の字源となり、〔「押し寄せて襲いかかる高潮」のごとくに観える「激流の銀河」が[]の字源となる。

『説文解字』は[]の字源を「十の十なり。一白に従ふ。数、十十を百と為す。百は白なり」と解説する。人間の目は自動露出カメラと同じような仕組みとなり、本人の意志にかかわりなく目の周囲の明るさに応じて絞りが働いて、瞳孔径(どうこうけい╱瞳孔の直径)が約1.5mm8mmぐらいにまで縮小され拡大されて変化する。暗い場所で見ると、M図の[]の字源銀河部の北部の「鬼の横顔に似る銀河」は「桃色に輝く」が、目に少し光が入ると「鬼の横顔に似る銀河」は「真っ白」となる。この変化については、わがブログ「日本が滅びる・105」において指摘した。瞳孔径の変化で「鬼の横顔に似る銀河」が「真っ白」になると、M図の[]の字源下部の「激流の銀河」もまた「真っ白」となる。この「真っ白の銀河」が[]の字源であるので、『説文解字』は[]の字源を「百は白なり」と解説した。

「巳百支」の[]の字源について、白川静著『字統』は「木の小枝を持つ形で、枝の初文」と解説する。N図のように解釈すると「十字の銀河」は「木の小枝」となり、N図における「十字の銀河」が『字統』が解説する「木の小枝」となる。

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(C) 2014 OHKAWA
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『説文解字』は[]の字源を「竹の枝を去るなり。手に半竹を持つに従ふ」と解説する。O図に示すように「十字の銀河の頭部」は「竹の筒」の形に相似し、「十字の銀河の身体部の線状の暗黒天体部」は「竹の枝の筒の凹み」に観えるので、「十字の銀河の頭部から暗黒天体部の南端まで」は『説文解字』の[]の字源解説をあらわして「鬼の姿に似る銀河が手に持つ筒状の竹の枝」となる。また「線状の暗黒天体部の南端から日輪の銀河」までは「竹の筒を半分に割った竹の枝」の形に相似する。O図左端にイラストで示したように、北側の「筒状の竹の枝」と南側の「竹の筒を半分に割った竹の枝」の長さはほぼ同じである。ゆえに、両者ともいわゆる「半竹」となる。そのうち、O図に「半竹を持つ手」と記した銀河部は「北側の筒状の竹の枝を持つ鬼の姿に似る銀河の右手」となるので、『説文解字』は[]の字源を「手に半竹を持つに従ふ」と解説した。「半竹の銀河」は「鬼の横顔に似る銀河から去る」ように観えるゆえ、『説文解字』は[]の字源「竹の枝を去るなり」とも解説した。

O図に示す[]の字源「竹の枝」はL図の[]の字源「四つ目の銀河」より東に存在し、M図の[]の字源の「鬼の横顔に似る銀河」の南にある「激流の銀河」もまた〔竹の根が伸び広がって生える地面〕のごとくに観える。

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(C) 2014 OHKAWA

ゆえにP図に示す[巳百]の字源を示す地宜となる丹後半島より東部の「舞鶴湾」と丹後半島の真南の「宮津湾・阿蘇海(あそかい)、また日本三景の一つに数えられる全長3.6kmの砂嘴(さし)の天の橋立」などが、巳百支国の[]の字源に合致する地宜となった。

M図の[]の契文形の[]部分となる「激流の銀河の先端部」は、P図における「紺碧の海の舞鶴湾や宮津湾・阿蘇海の磯の岩にぶつかってくだけ散る白い波の花や、また白い波頭が天の橋立の浜に寄せる波濤(はとう)」をあらし、[]の字源を示すものとなる。

◆『魏志』倭人伝において10番目に記される小国「斯馬(しま)国」は、Q図に示す「現在の鳥取県東部、旧国の因幡(いなば)・但馬(たじま)」であった。この「斯馬国」の位置と範囲は、わがブログ「日本が滅びる・121」で解明・証明した。『魏志』倭人伝の11番目に記される小国「巳百支国」は、今まで解説したように「現在の京都府北部、旧国の丹後」である。『魏志』倭人伝の12番目に記される小国は「伊邪(いや)国」である。Q図に示すように、「伊邪国」は「現在の京都府中部・兵庫県の一部、旧国の丹波」であった。

「伊邪(伊耶)国」は『古事記』上巻に登場する「伊耶那美命」の出身国である。というのも、『古事記』中巻の開化天皇紀に「天皇(若き日の伊耶那岐命)は丹波の大県主(おおあがたぬし)の由碁理(ゆごり)という方の娘である竹野比売(たかのひめ)と結婚された」と記されるからである。したがって、「伊耶那美命」は「伊耶国出身の美しい女王」を略した、多くの人民が敬愛されて呼ばれた愛称であり、本名は「竹野比売」であった。
 竹野比売・伊耶那美命は『魏志』倭人伝末部に「十三歳で卑弥呼の宗女(卑弥呼が率いる巫女界の代表に選ばれた)の壱与(いよ)」と記され、壱与は小国・日本の女王に就任して、小国・日本の国作りの柱を〔愛〕と定めた。後年、彼女は倭女王に就任した。したがって、「壱与」は伊耶那美命の夏音名であった。

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(C) 2014 OHKAWA

R図に[][]の字源銀河を示した。[]の字源は「十字の銀河の東半身、身体部の暗黒天体部、右手となる鬼の姿に似る銀河」となる。[]の字源は「激流の銀河」である。

S図は、わがブログ「日本が滅びる・121」で「斯馬国」の位置と範囲を解明するために用いたものである。「邪馬の顔」すなわち[]の字源「フタコブラクダの横顔」と「ラクダのコブ」が《邪(なな)め》になる箇所は「激流の銀河」である。ゆえに、[]の字源は「激流の銀河」であった。

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 T図に示すように、伊耶那美命の夏音名の「壱与」の[]の字源は「十字の銀河の子宮」であり、[()]の中央の[]の字源は「激流の銀河と、長方形の暗黒天体部」である。

だから、「耶」の字源銀河は[]の字源の一部となる「激流の銀河」であった。

R図に示すように、[]の字源「激流の銀河」は「川から立ち上がる地气(ちき)」つまり「霧」をあらわすものであると考えられる。『説文解字』は[]の字源を「地气発して、天応ぜざるを霧という」と解説する。
 伊耶那美命の出身地は“霧の丹波”と言われて有名である。だから、小国「伊耶国」は山深い郷の旧国「丹波」であったことになる。

伊耶那美命は熊野の那智の大滝の精霊となり、那智大社の主祭神として祀られる。那智の大滝周辺地域は、丹波のごとく霧深い。だから、伊耶那美命・壱与・竹野比売は出身地の伊耶国・丹波の霧のような水飛沫(みずしぶき)が立ち込める那智の大滝・飛瀧権現(ひろうげんげん)の精霊となって祀られたのである。
 なお、白川静著『字統』は[()]の字源について――〔広義校訂(こうぎこうてい)〕に、字は水に従うものであるから、急流の水を本義とすべしという。わが国の『万葉集』の用法はその意で、「雨零()れば瀧(たぎ)つ山川」(十巻の2308)のようにいう――と指摘する。
 「激流の銀河」はまさに「雨零れば瀧つ山川」の形状となる。ゆえに、伊耶那美命は那智の大滝の精霊として祀られることになったのである。

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