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2014年9月20日 (土)

日本が滅びる・129

『魏志』倭人伝に記載された倭国の残るすべての小国の解明をめざして(5)

愛、あざやかに永遠であれ(67)・箸墓記事と天皇の王冠(33)

 

『魏志』倭人伝が記述した真実の日本列島の解説(11)

 

◆わがブログ「卑弥呼の逆襲:日本が滅びる」は118回から126回までの9回において、『魏志』倭人伝に名が記載された33ヶ国のうちの26ヶ国の小国の位置と範囲を解明した。
 わがブログ「日本が滅びる・127」において――小国・不呼国(現在の静岡県西部、旧国の遠江)には『魏志』倭人伝(280289年に成立)と同時代の260年~290年に作製された1千万坪の巨大な鳥の地上絵=「卑弥呼」の地上絵が現存する。

 『魏志』倭人伝の方位を書く15ヶ所すべての記事に“文献批判”をいっさい加えずに忠実に読解すると、卑弥呼王朝はA図に示す錯覚の転回日本列島地理を制定していたことが事実となる。

『魏志』倭人伝は倭女王卑弥呼が統治した国の名は[]であったと記載する。

B図に示すように、[]の字源は「時計回りに方角を90度転回する方位規定」である。この事実は、「卑弥呼」の地上絵によって【科学】の基に証明される。だから、A図に示す錯覚の転回日本列島地理は疑う余地もなく明白なる事実であったことになる。

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(C) 2014 OHKAWA

また「卑弥呼」の地上絵によって――天頂緯度線と子午線を測定できるC図の〔[玄]をキャッチする方法〕で倭の使節は中国大陸と倭国を隔てる玄界灘を往来していた歴史的事実――が証明される。

他方、学者たちは「〔天の北極〕がある方角を《北》とする今日と同じ実際の日本地図」にしたがって立論する。しかし、学者たちの論法だと倭の使節は必ず往来することになる玄界灘で命を失って魏との国交を結ぶことができなかったことになる。というのも、「玄界灘」という名は「天の北極では渡ることができずに落命する。しかし、[玄]がキャッチできれば往来することができる陸地から遠く離れた波の荒い海」と表示するからである。

したがって、学者たちの方法だと倭の使節は魏との国交を結ぶことができなかったことになる。そうすると、約2000字で構成される『魏志』倭人伝には文字が1字も書かれていなかった白紙であったことになる。

このように、学者たちの実際の日本地図を立論基盤とする意見はナンセンスきわまりない〔完全なる空論〕である。だから、学者たちが自由自在にあやつる“文献批判”は正真正銘の〔誤読〕であった。

◆『魏志』倭人伝は「倭の易における卜辞に用いる文字は令亀(れいき)の法の如くであった」と記述し、「倭には令亀の法すなわち殷代(いんだい)後半の亀の甲羅に刻んだ契文(けいぶん╱甲骨文字)の如き文字があった」と証言する。この文字は今から約4050年前の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)に伝来した夏音(かおん)文字である。

「卑弥呼」の地上絵によって、夏音文字の全貌が【科学】の基に解明・証明できる。また夏音文字は『魏志』倭人伝の小国名・人名に用いられて残存し、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く1字1音文字として多数現存する。

夏音文字は「秋の銀河と夏の銀河各部の形状」を字源・字形・字義とした。というのも、今から5000年前の五帝時代初頭に生存した“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)は「書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者」には神罰が下って即刻に死刑とすると厳しい掟を定めるものであったからである。この掟を厳重にまもったために、『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に現存する夏音文字は遺跡から史料が出土しない文字となった。

上記の倉頡が定めた掟は、今から約3300年前に出現した契文(甲骨文字)によって破られ、以後の金文・篆文(てんぶん)・隷書・楷書は契文にならって上記の倉頡が定めた掟を破った。しかし、楷書を含むすべての古代漢字は倉頡に発明にしたがって夏音文字と同じく「字源・字形(字形の原形)・字義」を「秋の銀河と夏の銀河各部の形状」とした。ゆえに、『魏志』倭人伝と『古事記』上巻の夏音文字は楷書で表記されて現存することになった。

〔夏音文字と楷書の字源・字形・字義は銀河各部の形状〕であったことは、「卑弥呼」の地上絵を調査すれば歴史的事実となる。

中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』の繋辞(けいじ)下伝は、文字(漢字)の起源について「仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜(ちぎ)を観る。(中略)。もって万物の情に類して文字を作った」と説明する。

「卑弥呼」の地上絵は、上記の漢字起源記事は歴史的事実であったと伝える。

上記の「天象」は「秋の銀河と夏の銀河各部の形状」であり、「地法」は「東から西へ移動する銀河各部の運行に対して逆向きに水が大地を西から東へ移動する黄河の流れの法則」であり、「鳥獣の文」は「倉頡が発明した漢字作成原理〔鳥獣の足跡〕の別称」であり、「地宜」は「平面的に図化した地図の形」である。

『魏志』倭人伝に記載された33ヶ国の小国名は「天象・地法・鳥獣の足跡・地宜」の四つの要素で構成されることを、わがブログ「日本は滅びる・118」以後に証明してきた。

◆『魏志』倭人伝に23番目に記載される小国「為吾(いが)国」は、D図に示す「現在の三重県北西部、旧国の伊賀」である。

わがブログ「日本が滅びる・121」で証明したように、『魏志』倭人伝に25番目に記載される「邪馬(やま)国」は、D図に示す「現在の奈良県、旧国の大和」である。わがブログ「日本が滅びる・123」において、24番目国の「鬼奴(きな)国」は邪馬国に隣接する「現在の和歌山県、旧国の紀伊中西部」であった。これゆえ、23番目国の「為吾国」は25番目の邪馬国・大和の隣国の伊賀であったと考えるべきことになる。

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(C) 2014 OHKAWA

わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる白川静博士が著作した『字統』(平凡社)[]の字源を「手と象(ぞう)とに従う。手をもって象を使役する形で、土木工事などの工作をすることをいう」と解説する。この解説とおり、E図右下に配する[]の契文形は「象の姿」にデザインされる。[]の篆文形はE図の「激流の銀河」をデザインする。「激流の銀河」を「象が飲む水」に見立てて、「北アメリカ星雲」を「象の頭と鼻」に見立てて、[]の契文形は「北アメリカ星雲を象の頭と鼻に類似すると思い、さらに象の胴体・尾を連想して創造する」という字義をあらわした。だから、[]の字義は「まねする・つくる・おもう」などとなり、人偏が加わる[]の字義は「いつわる・うそ」となった。

『説文解字』は[]の字源を「我自ら稱()ふなり」つまり「ことばを稱(しょう)する・言う自分である」と解説する。D図に示す「旧国・伊賀」の地宜は右端に配する〔人の正面の顔のイラス〕が示すように「ことばを言う人(自分)の顔」に類似する。だから、「伊賀」は小国「為吾国」であった。

◆『魏志』倭人伝の26番目に記載れる小国は「躬臣(こじ)国」、27番目の小国は「巴利(はり)国」である。

F図に示すように、「躬臣国」は「現在の大阪府と兵庫県東部、旧国の摂津(せっつ╱大阪府北部と兵庫県東部)・河内(かわち)・和泉(いずみ)」であり、「巴利国」は「現在の兵庫県南西部、旧国の播磨(はりま)」であった。

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(C) 2014 OHKAWA

『説文解字』は[]の字源を「身なり」と解説する。[(きゅう)]の字義は「曲がる」であり、[]の字は[][]が加わる字である。したがって、[]の字源はG図に示す「身が弓形(ゆみなり)に曲がる、鬼の姿に似る銀河から人の横顔に酷似する銀河の額(ひたい)までの銀河」であると解釈できる。F図に示す摂津・河内・和泉は弓形に曲がる。白川静著『字統』は[]の字について「目を上げて上を視る形。目の瞳(ひとみ)を示す字形である」と解説する。[]の字義は「けらい・つかえる」であるゆえ、G図に示す「十字の銀河」を主君として仰ぎ視る「下臣」のように見える「鬼の姿に似る銀河」が[]の字源銀河となる。

『説文解字』の[]の字源解説「身なり」の[]について、白川静著『字統』は「みごもっている人の側身形」と解説する。ゆえに、「躬臣国」とは「天の鬼神が祝福するところの水量豊かな湖(河内湖)や河川(旧淀川)に恵まれて――多数の子が生まれ豊かな農作物が恵まれて栄える地域」と意味するものであったと考えられる。

◆『説文解字』は「巴利」の[]の字源を「象を食(くら)ふ蛇なりと、象形」と解説する。E図の[]の字源「北アメリカ星雲」は「象の頭・鼻」に見立てられた。

わがブログ「日本が滅びる・104」で証明したように、H図左図の北アメリカ星雲に隣接する「鬼の横顔に似る銀河の首に付く両目」は、I図の中期縄文時代中半に作られた長野県の遺跡から出土した「頭上にマムシを乗せた土偶」の写真が示すマムシを頭に乗せた土偶のモデルとなった「蛇(マムシ)の両目」であった。

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(C) 2014 OHKAWA

「蛇」は古代人たちが常々祈り願った「雨乞(あまご)い」すなわち「天から雨を降らす神」であった。これについてはわがブログ「日本が滅びる」の102回や105回で注目した奈良県桜井市に所在する三輪山の山頂付近にある奥津磐座(おくついわくら)の主石を注目すると知ることができる。この主石は『日本書紀』崇神天皇紀にある箸墓築造記事に登場する「櫛笥(くしげ)の小蛇(こおろち)」という「蛇」の神体であった。

イワクラ(磐座)学会が20091118日に掲載したブログ「三輪山のイワクラ(磐座)めぐり」は下記のごとく指摘する。

「三輪山の山頂には太陽信仰とかかわるとされる大神神社の摂社である高宮(こうのみや)神社がある。(中略)。本殿は小さな池の中にあり、古来、旱魃の時に氏子が登拝し、降雨を祈ればかならず霊験ありとされている。これは『日本霊異記』にも出ている雨を支配する竜神信仰が生き継がれていえるが、今日でも旱魃時は神職参籠の上、登拝して祈雨祭をおこなうときがある。」

ゆえに、E図とH図の「象」と見立てられた「北アメリカ星雲」の隣の「鬼の横顔の首に付く両目」は、『説文解字』の[]の字源解説となる「象を食(くら)う大蛇」をあらわした。

◆「巴利」の[]の字について白川静著『字統』は――禾()と刀とに従う。禾を刈る意。『説文解字』に「銛(するど)きなり。刀に従ふ。和して然るのちに利あり。和の省に従ふ」とし、和よりして利をうるとするが、和は軍門媾和(こうわ)の字で、その従うところの禾も両禾軍門の形である。字は字形のままに禾を刈って収益する意で、鋭利の義は利鎌(とがま)をいうとみてよい。(中略)。利は犂鋤(りじょ)の犂(すき)の初文とすべき――と、複雑で要領を得ない解説を記載する。

J図に示すように、[]の金文形は「鬼の姿に似る銀河の身に相当する銀河部」を図案する。ゆえに、K図のごとく見立てると「十字の銀河」は「土地を耕す犂鋤、未開の土地を開墾する犂」のイメージとなって[]の字源となる。

B図に示すように「十字の銀河」は[]の字源でもある。また、K図に示すように「十字の銀河」は[]すなわち「犂」に見立てられて、[][](が加わる[]の字源となった。

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(C) 2014 OHKAWA

なにゆえ[]が「犂」に見立てられたかというと――上記の白川静著『字統』の[]の字源解説に登場する「両禾軍門の形である」という文は、L図に示すように「門の形にした装置を作って、二本の刀すなわち矛(ほこ)・剣・戈()の最も薄い部分=鋭い刃の部分が上下和して1本の極細線に見えるように合致させて[]をキャッチする方法」を説明するものであったと考えられるからである。ゆえに、『説文解字』の「銛きなり。刀に従ふ。和して然るに利あり。和の省に従ふ」という解説もまた、L図に示す「軍(いくさ)に使う二本の刀(矛・剣・戈)を門の形に組む装置を作って、その二本の刀の刃が和して生じる極細の線()[]をキャッチして緯度と子午線を測量する」と説明するものであったことになる。

武器の矛・剣・矛は農具の犂にもなった。ゆえに、[]の初文の字義は「犂になった矛・剣・戈」であったことになる。

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(C) 2014 OHKAWA

M図に示すように、鳴門の渦潮は北緯3414分である。

N図に示すように、日本列島の西端の沖ノ島と東端の神津島もまた北緯3414分である。

ゆえに、沖ノ島・鳴門の渦潮・神津島は同緯度となる。
 わがブログで幾度もくりかえして解説し、O図を用いて前々回のブログ「日本が滅びる・127」でも説明したように、日本列島の北緯3414分の沖ノ島の〔西冷〕と中国北部の海岸線地域〔北冷〕が合致し、日本列島の北緯3414分の神津島の〔東暖〕と中国南部の海岸線地域〔南暖〕が合致する。ゆえに、卑弥呼王朝は日本列島の東端は中国南部の海岸線地域のほうに伸びていると思い込む、A図に示す錯覚の転回日本列島地理を制定した。

だからB図に示したように、卑弥呼王朝が制定した日本列島地理は[倭]の字源とおりに〔時計回りに方角が90度転回する〕ものであったゆえ、日本列島の地底には潮(海水)が進入して淤(どろ)のように柔らかく碁呂(ころ)がるつまり90度転回できる状況になっていると立論されたことになる。したがって、A図は[]の字源を示す「淤能碁呂島(おのころしま)理論」によって転回された錯覚の地理であったことになる。

『古事記』上巻の伊耶那岐命と伊耶那美命の淤能碁呂島における聖婚説話は「伊耶那岐命と伊耶那美命は天浮橋(あめのうきはし)に立って、天沼矛(あめのぬぼこ)を指しおろしてかき回すと、海水はコオロコオロと鳴り響いいた。天沼矛を引き上げる時に、その矛の末(さき╱末端)よりしたたり落ちる塩(塩を作る釜で煮詰まった海水)が重なり積もって島となった。これが淤能碁島である」と説明する。

上記の聖婚説話に登場する「天浮橋」はK図に示す「鬼の姿に似る銀河」を模して作った聖婚会場に設けられた「橋のような建造物」であり、「天沼矛」は[]の字源「十字の銀河」(K図)に見立てられた「淡路島の地宜の形」(M図)を模して作った「矛」であり、「コオロコオロと鳴り響く海水」は「激流の銀河」に見立てられた「鳴門の渦潮」をあらわすものであったことになる。また、「天沼矛を引き上げると、海水が重なり積もった島」は「淡路島」をあらわすものであったことになる。

◆M図左下の「鳴門の渦潮」が[]、「淡路島」が[](犂・天沼矛)をあらわす。

鳴門の渦潮の潮流は時速20km以上になることもあり、世界で最高級の速度であるといわれている。豪快に巻く渦の直径は20mに達するものもある。このような「鳴門の渦潮」は「象を食らう巨大な蛇のとぐろ」のごとくであると解釈された。これゆえ、「鳴門の渦潮」は『説文解字』が「象を食らう蛇なり」と解説する[]の字源を示すことになった。

わがブログ「日本が滅びる・122」で指摘したように――海底に天沼矛を突き刺してかきまわすがごとく巨大な渦を巻いて轟々(ごうごう)とすさまじい音を立てる鳴門の渦潮は、胎児を出産する母親が雷のごとく大声を出す怒責(どせき)に類似する。ゆえに、鳴門の渦潮の地響きは海の女神の怒責となり、愛媛県(伊予)・香川県(讃岐)・徳島県(阿波)の土地に豊かな農作物を恵み多数の子どもを出産させて子孫繁栄をもたらす、「神の威力を示す神秘的なものすごいエネルギー」をあらわす[]の字源を示した。したがって、「鳴門の渦潮」は四国の奴国(愛媛県・香川県・徳島県)の「奴国」という名の由来となった。

これゆえ、[]の字源「鳴門の渦潮」の潮をかきまわす[]の「天沼矛」に見立てられた「淡路島」は、巴利国にも四国の奴国にも属さなかったと考えるべきことになる。

F図に示す淡路島は、躬臣国の[]の字義「大きな大阪府の家来」をあらわすがごとく小さい。でも、「淡路島」は躬臣国の[]をあらわす地宜ではなかったにちがいない。

淡路島はA図に示す「転回日本列島地理=淤能碁島理論」の神聖な「天沼矛」であったゆえ、どこの小国にも属さなかったと考えるべきことになる。

O図の右側に示すように沖ノ島と神津島のほぼ中央は鳴門の渦潮である。ということは、小国「巴利国」は「転回日本列島地理の基準緯度軸(北緯3414)のほぼ中央」つまり[]は「日本列島を90度転回させる象を食らうほどの大蛇のとぐろ=鳴門の渦潮」、[]は「日本列島を90度転回させる鳴門の渦潮をかきまわす天沼矛・淡路島」をあらわすものであったと考えられる。

ゆえに、小国名の「巴利」は「木製の犂の刃先でも容易に開墾・耕作できる淤(どろ)のように柔らかな土地に恵まれて、豊かな農作物の恵みと多数の子どもが生まれて子孫が繁栄する」と意味するものであったであろう。

◆『魏志』倭人伝において28番目に記載される小国は「支惟(きい)国」である。

わがブログ「日本が滅びる・121」で8番目国の「投馬(つま)国」は「山口県(旧国の長門・周防)」、9番目国の倭女王卑弥呼が居住した「邪馬壱国」は「島根県・鳥取県西部(旧国の石見・出雲・伯耆)」であると証明した。また、わがブログ「日本が滅びる・122」において31番目国「狗奴(くな)国」は、P図に示す「香川県の小豆島と岡山県(旧国の美作・備前・備中)と広島県東部(備後の東部)」であると証明した。

したがって、Q図において証明してない空白地となる「広島県(旧国の安芸・備後の西部)」が小国「支惟国」であったことになる。

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(C) 2014 OHKAWA

支惟国の[]の字義は「深く考える」である。B図の[]、D図の[]、E図の[]、G図の[]、H図の[]、J図の[]、K図の[]などの字源解釈は、[]の字義となる〔心に浮かぶイメージを頭脳で深く考えて生まれた学芸知識〕であった。だから、R図に示すように「支惟国」の範囲は〔深く考える器官・脳がおさまる頭蓋骨の側面形〕となる現在の広島県」であったと考えられる。

備後を東西に分ける広島県三次(みよし)市に馬洗川が流れ、同県福山市に芦田川が流れる。この二つの川が流れる地域を福塩線が走る。この福塩線より広島県の地宜は頭蓋骨の側面形となる。ゆえに、支惟国と狗奴国の境界線は福塩線が走る地域であったことになる。

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[]の右側の[]の字源銀河は、S図に示す「十字の銀河の子宮」である。

[]の偏の[](心と心臓)となる字源部は、T図に示すように「十字の銀河の心臓」と「鬼の姿に似る銀河の心臓」に支(わか)れる。

U図に示すように[]の字は[][]とで構成される。『説文解字』は[]の字源を「一を東西と為()し、丨(こん)を南北と為す。則ち四方中央備はれり」と解説する。U図に示すように「十字の銀河の胸部」は[]字形となり、「十字の銀河」は縄文時代に東西・南北(天頂緯度線と子午線)をキャッチする基準となった。ゆえに、[]の字源は[]の字源となる「十字の銀河」と[(ゆう)]の字義「右手」をあらわす「鬼の姿に似る銀河」が合体して字義「支(わけ)る」をあらわした。

T図に示すように、[]の字源「鬼の姿に似る銀河」は[]の字源となる〔人の姿〕に酷似する「十字の銀河」の〔通路〕(通行する地面)に観える。T図のごとく解釈すると〔心〕のイメージとなる「鬼の姿に似る銀河の心臓」と[]の字源「十字の銀河の子宮」が繋(つな)がって[]と字となる。

ゆえに、「支惟」は「支(わか)れる銀河各部の形状を繋げて、心に浮かぶイメージを頭脳で全体論的に深く考えて正しい字源・字形・字義や語源を知る」と意味することになるが――R図の「支惟国」の地宜は「頭蓋骨におさまる脳の側面形」に相似するので、単に「右半球の脳(右脳)・左半球の脳(左脳)」を「支惟」とあらわしたのかもしれない。

「支惟」の意味は判然としないが――「支惟国」は、R図に示す「頭蓋骨の側面形に似る地宜」となるQ図に示す空白地となる「広島県」であったことは確かなことになる。

三次市の真北にある島根県の宍道湖の西隣は旧(もと)平田(ひらた)市であった。この平田市西北部の猪目鼻の西側の岸壁は、古代において「脳(なづき)の礒(いそ)」と呼ばれていたと『出雲風土記』の脳の礒説話に記述される。このように「頭脳」をあらわす語は古代に存在した。だから、「支惟国」は「脳や頭蓋骨の側面形の地宜」となるR図に示す「広島県」であったにちがいない。

 

以上のごとく、次回で北陸3ヶ国(侏儒国、裸国、黒歯国)を証明するが、A図に示すように『魏志』倭人伝に記載された30ヶ国の小国と「その余の旁国」(大分県・宮崎県)と「女王国の東、海を渡る千余里」の名称不明の小国(隠岐群島)の位置と範囲は西日本地域に一寸の余白もなくぴったりと合致し、しかも一点の矛盾もなく不合理な点もまったく生じず、さらに各小国名は他の小国名と相互に関連しあって【科学】が成立する統合体となる。

学者たちは深く考える「思惟・思索」を省(はぶ)き横着を決め込んで多数の“文献批判”を駆使して、【科学】がまったく成立しない空想・妄想を主張する。というのも学者たちの立論基盤となる〔天の北極〕では倭の使節はO図の玄界灘を渡ることができなかったゆえ、『魏志』倭人伝は文字が1字も書かれていなかった白紙であったことになってナンセンスきわまりない誤読の空論であることが明々白々となるからである。

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