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2015年5月14日 (木)

古代エジプト文字の字源・1

 始めに文字作成銀河ありき

◆数日前(2015年429)のわがブログ「日本が滅びる・167」で、約束したように「古代エジプト文字の字源」シリーズを始めることにします。

 ギリシア人は古代エジプト文字を「ヒエログリフ」と称した。ギリシア語の「ヒエログリフ」は「聖なる刻まれた文字」と意味するゆえ、漢字だと「聖刻文字」と表記される。
 古代エジプト人は「ヒエログリフ=聖刻文字」を「メドゥ・ネチェル」つまり「神の言葉」と呼んでいた。
 「メドゥ・ネチェル」は下に示す【秋の銀河と夏の銀河の各部の形状】から作られた。私は、わがブログ「日本が滅びる」シリーズにおいて下に示す写真の銀河を「文字作成銀河」と名づけることにした。

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(C) 2015 OHKAWA


◆すべての漢字は、メドゥ・ネチェル=ヒエログリフが作られた上に掲載した文字作成銀河から作られた。
 そして、わが国には現存する最古の漢字音を有する文字が残っている。
 紀元前2050年頃の中国の夏代(かだい)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)、司馬遷(しばせん)著『史記』夏本紀に登場する“夏の始祖”の帝禹()の後を継いだ帝益(えき)は、亡き禹から氏族共同政治体制の継続を託された。しかし、諸侯はじめ多くの人民が禹の息子の啓(けい)が主張する世襲国家王朝体制を望み、諸侯は啓のもとに入朝した。それゆえ帝益は啓に天下を譲って帝位を退いた。しかし、益は禹の遺志の氏族共同体制を新天地・日本列島で継続すると決意した。老いた益には幾日も小舟を漕いで大海を渡る体力を失っていたので、禹の遺志継続事業は若き孫の王子と若者たちによってなされた。これゆえ、わが日本列島に多くの氏族が共同で政事(まつりごと)を行う氏族共同体制と夏代初頭の漢字が、名門益氏の日本列島移住によって伝来した。だから、秋田県鹿角(かづの)市に所在する国の特別史跡・大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)の万座遺跡・野中堂遺跡には夏代初頭に夏音文字が伝来した痕跡が現在も明確に残っている。
 また、中国では紀元前2070年ころに啓によって国家が成立したが、禹の遺志の氏族共同体制が継続されたわが国では中国から約2250年遅れること180年ころに卑弥呼によって最初の国家が樹立された。
 中国では失ったが、益氏が伝えた夏代の漢字音がわが国の国語として現在において最古の漢字音としても失わずに残った。つまり現存する最古の漢字音の文字は、中国の正史『新唐書(しんとうじょ)』日本伝に――702年の日本国の遣唐使が「後稍(のちやや)夏音を習う(壬申の乱の後、稍々夏音文字を復興する)」と中国王朝に告げた――と記述されたとおり、益氏が伝えた文字である。これゆえ、わが国に現存する「夏代初頭に伝来した漢字」を『新唐書』日本伝の記事にもとづいて私は「夏音(かおん)文字」と名づけた。
 夏音文字は、712年に完成した『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付く多数の1字1音文字である。あるいは『魏志』倭人伝に記載される「ヒミコ」と読む「卑弥呼」は夏音文字を伝えるものであり、「壱与」を「イヨ」、「載斯烏越」を「ソシアオ」、「難升米」を「ナシメ」と読めば現存する夏音文字となる。

◆わが国に夏音文字が伝来した約950年前の紀元前3000年頃、五帝時代初頭の黄帝につかえた史官(記録官)の倉頡(そうきつ)が「一即多、多即多の理論」と漢字作成原理「鳥獣の足跡」を発明して漢字は起源した。
 わがブログ【用語の解説】の〔4・倉頡が死刑と定めた3つの掟〕で指摘したように――倉頡は自らが考案した文字が最も強大な権力、莫大な富、最高の名声を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が文字の学識を手に入れたならば王朝は容易に滅亡すると考えた。ゆえに、倉頡は下に列記する3つの掟を破った者には神罰が下って即刻に死刑に処せられると定めた。

倉頡が死刑と定めた3つの掟
(1)
 文字作成銀河の各部の形状から作られたことを暴露した者
(2)
 文字を容易に習得するために、文字作成銀河の各部に名称を付けた者
(3)
 書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者
 わが国に伝来した夏音文字の学芸の知識者たちは、上記の3つの掟を厳重にまもった。だから、(3)の掟によって夏音文字は遺跡から出土しないことになった。

 『魏志』倭人伝には「倭女王卑弥呼が文書の用いる文字(夏音文字)は、魏の都・帯方郡(たいほうぐん╱魏の出張機関の政庁が所在した朝鮮半島の現在のソオル市周辺地域の郡)・諸韓国を用いる楷書と差錯(ささく╱相違)していたので、倭の伊都(いと)国の港では卑弥呼の文書に用いられる夏音文字と中国・朝鮮半島の楷書を点検・確認して間違いのないように夏音文字と楷書を正しく変換していた」という記事がある。
 伊都国では、文字作成銀河を字書にして(観察して)、夏音文字と楷書を正しく変換していたのである。というのも、魏都・帯方郡・諸韓国で用いる楷書もまた、文字作成銀河の各部の形状から作られたからである。これゆえ『魏志』倭人伝の人名・小国名に用いられた夏音文字と『古事記』序と上巻に記載された夏音文字は楷書で表記されることになった。というのも、楷書は(3)の掟を破っても死刑にならないで済む文字であったからである。
 上記の倉頡が定めた(3)の掟は、わが国に夏音文字が伝来してから約750年後の今から約3300年前の殷代(いんだい)後半の契文(けいぶん╱甲骨文字)によって破られた。だから、卑弥呼時代(2世紀末から3世紀半ば)の魏・帯方郡・諸韓国の楷書は(3)の掟を破っても死刑に処せられない文字であった。
 しかし、契文とそれ以後の金文・篆文(てんぶん)・隷書・楷書は上記の(1)(2)の掟を厳重にまもった。だから、(1)の掟によって〔文字が銀河から作られた秘密〕は現在においても解明されず、(2)の掟によって〔文字作成銀河の各部の名称〕は存在しない。
 それゆえ、A図のごとく文字作成銀河の各部に、私は名称を付けることにした。

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(C) 2015 OHKAWA


◆上記したように、文字は最も強大な権力と莫大な富と最高の名誉を手に入れる方法であったので、古代エジプト王朝はじめヒエログリフをルーツとする原シナイ文字を用いた人々・フェニキア人・ギリシア王朝・ローマ王朝もまた(1)(2)の掟を厳重にまもった。 

アンドルー・ロビンソン著・片山陽子訳『文字の起源と歴史』(創元社)はヒエログリフについて「紀元前3100年頃、ちょうどエジプト第一王朝が始まる少し前、突然、ほとんど完成された形で出現したようにみえる」と指摘する。

漢字と同じくすべてのヒエログリフが文字作成銀河の各部の形状から作られたと証明できる遺跡とこの遺跡の複合体エリアが、わが国に存在する。
 
 山尾幸久(やまおゆきひさ)著『魏志倭人伝』(講談社)は、『魏志』倭人伝は280289年に著作されたと指摘する。
 B図とC図は共に、『魏志』倭人伝と同時代(260290)に作成された現存する夏音文字の学芸が科学的に解明できる地宜(ちぎ)遺跡を示すものである。「地宜」は「平面的に図化した地図の形」のことであるが、「地宜」は耳慣れない語であるので私はB図・C図の地宜遺跡を“「卑弥呼」の地上絵”と呼ぶことにした。
 今から約1700年前に境界線でちょう度1千万坪の大鳥の形に区切られた「卑弥呼」の地上絵(地宜)は、現在、静岡県浜松市北区の細江町の行政区域を表示する地図の形として地図帳に載っている。

2_3
(C) 2015 OHKAWA

 「卑弥呼」の地上絵は、ヒエログリフが出現してから約3350年後、倉頡が漢字を発明してから約3250年後、わが国に夏音文字が伝来してから約2300年後の3世紀後半に作成された――漢字とヒエログリフが同じ文字作成銀河から作られたと科学的に明確に証明できる奇跡の遺跡である。というのも、中国とエジプトはじめ世界中を探しても〔文字は銀河から作られた事実〕を完全証明できる「卑弥呼」の地上絵のような遺跡は残っていないにちがいないからである。どうしてかといえば、文字の学芸が革命に利用されて体制が崩壊するのを恐れた大王や王朝が、文字を明確に解明できる施設を作成するはずもなかったからである。また、文字の学芸を密かに修得する反体制側勢力があらわれたとしても、その存在を知った大王や王朝は大勢力になる前に必ず討伐して消滅したからである。
 「卑弥呼」の地上絵は伊耶那美命、伊耶那岐命、天照大御神が生存し、『魏志』倭人伝が著作された3世紀後半に作成された。
 今から約1750年前に作られた「卑弥呼」の地上絵が現存するには、天照大御神王朝とその後の王朝にもその存在が知られなかったという特別の条件・状況が必要となる。また、天照大御神の政策に抵抗した先祖の遺志を代々1750年間もまもり続けたという奇跡が必要であり、その氏族が大和王朝につかえて出世する欲を捨てて「卑弥呼」の地上絵を後世に残すという使命に燃える情熱が冷めずに継続させたという奇跡も必要となる。また、「卑弥呼」の地上絵をまもる氏族を受け継ぐ血が途中で絶えさなかったという奇跡も必要であり、さらに幾度かの消滅の危機を乗り越えることができた様々な奇跡や偶然が重らなければ、「卑弥呼」の地上絵のような特別の遺跡は現在まで残らなかった。
 現在の7割から8割の世界中の人々が使う文字のルーツとなる漢字とヒエログリフは文字作成銀河から作られた。この歴史的事実の全貌は、およそ1750年後の現在に残った「卑弥呼」の地上絵によって科学的に解明できる。
 アンドルー・ロビンソン著╱片山陽子訳『文字の起源と歴史』(創元社)の1頁〔はじめに〕の冒頭は「文字は人類の歴史上、最も偉大な発明品の一つである」と記す。
 「卑弥呼」の地上絵の偉大さは未だ誰にも知られていない。しかし――人類史上最も偉大な発明品の漢字とヒエログリフが上記の文字作成銀河から作られた事実は、様々な奇跡と後世へ残そうとした情熱と使命とそして偶然などが重なって現在まで残った「卑弥呼」の地上絵によって科学的に証明できる。

◆B図・C図の「卑弥呼」の地上絵は、『古事記』上巻の〔天照大御神と須佐之男命の誓約説話〕末部に「遠江国造(とおとうみのくにのみやつこ)の先祖(おや)」と記された遠江の豪族の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)とその一族によって作成された。
 建比良鳥命は、五人の王たちが計画したクーデターに参加した多数の人員のうちの一人であった。このクーデターは母・伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)と子・崇神(すじん)天皇の天照大御神母子王朝を倒さんとするものであった――このクーデター計画の歴史についての詳細は次回のわがブログ「古代エジプト文字の字源・2」で説明する。
 『古事記』序を書く太安万侶(おおのやすまろ)は、初頭の「陰陽斯(ここ)に開けて、二霊群品(ぐんぴん)の祖(おや)と為()る」という文で「陰の伊耶那美命が提唱し陽の伊耶那岐命が受け継いだ〔愛〕こそ、日本のすべての生みの親となった」と表現している。
 要するに、建比良鳥命は安万侶が「陰陽ここに開けて、二霊群品の祖となる」と表現したところの伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を後世に残すために「卑弥呼」の地上絵を作成した。

ゆえに「卑弥呼」の地上絵は、建比良鳥命の“愛、あざやかに永遠であれ”という願いのもとに作られた。したがって「卑弥呼」の地宜は“愛の大鳥の地上絵”であった。
 8世紀の朝廷は伊耶那美命が提唱した【日本建国の〔愛〕の理念】を呪い祟る天照大御を皇祖と崇拝し、天照大御神の聖性を汚すことを厳重に禁じていた。ゆえに、安万侶が「天照大御神よりも伊耶那美命のほうが偉大である」と表現した『古事記』は反逆の歴史書であったために時の元正天皇は献呈を拒絶した。このため、『古事記』は正史になれずに焚書(ふんしょ)されて消滅の運命にあったが、真実の歴史を記述するものであったために心ある人々にまもられてまるで正史のごとくあつかわれて今日まで残った。
 「卑弥呼」の地上絵は天照大御神母子王朝が抹殺せんとした〔愛〕を掲げて日本国が誕生した歴史を後世に伝える反逆の遺跡であった。だから、その存在が朝廷に知られたならば、朝廷と国家を滅ぼさんとする謀反(むほん)を犯すと即座に断定される大罪であったので、直ちに建比良鳥命家の一族は討伐されて滅亡することになった。
 しかし、「卑弥呼」の地上絵は天照大御神母子が居住する大和(現在の奈良県)から遠く離れていたために、その存在が知られなかった。しかも夏音文字の学芸の中心地となる都から遠く離れる片田舎に住む豪族が最も強大な政権基盤である夏音文字の学芸に精通していたことをついて天照大御神母子は考えがまったく及ばぬことであった。また、『古事記』が成立した以後の歴代天皇にあっても『古事記』上巻のテーマとなった【日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝えることを目的にして一族の滅亡を賭けた大罪をおかして作られた地宜遺跡を子々孫々大事にまもって保存されている事実に気づくはずもないことであった。また「卑弥呼」の地上絵の作成事業は今日において古代エジプト文字のすべての字源を解明できる事業であったことからしても、世界史的にも万が一にもおきるはずもない奇跡中の大奇跡であったのである。
 さらに1725年に没した新井白石以後から現在までの約300年間において、『魏志』倭人伝に「卑弥呼が文書に用いた差錯文字」と記された文字は『新唐書』日本伝に「後稍夏音を習う」という文に登場する夏音を伝える文字ではあるまいか、そして夏音を伝える文字を保存した遺跡がもしや存在するのではないかと想像した学者は一人もいなかった。この事実からしても、「卑弥呼」の地上絵は奇跡の遺跡である。

◆D図は「魂」を意味する〈バー〉を構成する「クラハシコウ」と呼ばれるアフリカ産の大コウノトリを図案するヒエログリフである。E図は「魂」〈バー〉をあらわすヒエログリフである。E図の右側のヒエログリフは「香炉」〈バー〉の図案である。なぜ「香炉」に「クラハシコウ」が加わるヒエログリフが「魂」を意味することになったか、この秘密は未だ誰にも解明されていない。

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 第一、現在、ヒエログリフが文字作成銀河の各部の形状から作られた事実について気づいた人は一人もいない。だから、「香炉」と「クラハシコウ」のヒエログリフの組み合わせがなぜ「魂」をあらわすのか、この秘密は未解明となった。
 なお、「魂」のヒエログリフの字源解明は「古代エジプト文字の字源・4」でおこなう。
 E図の「魂」のヒエログリフの秘密は、「卑弥呼」の地上絵とこの遺跡の複合体エリアによって解明される。「卑弥呼」の地上絵は単独に存在するものではなく、このブログ冒頭に「始めに文字作成銀河ありき」と記したように、この遺跡の周辺はヒエログリフの字源を解明するにあたって真っ先に必要とする文字作成銀河が形成される複合体エリアとなる。だから、「卑弥呼」の地上絵の所在地域は夏音文字の学芸を学習するあるいは保存するにあたって最も恵まれていた。これについては、「古代エジプト文字の字源・3」で説明する。
 わがブログ「日本は滅びる」の1回~167回は、「漢字が文字作成銀河から作られた事実」を詳細に科学的に証明した。ゆえに、漢字が文字作成銀河から作られたことは確かな事実であり、わが国の古代史学の最も権威ある学者や日本古代史学界が否定しても、その意見は『魏志』倭人伝と『古事記』序と上巻の随所に記載されて現に実在する多数の夏音文字を目撃しながら、この事実を無視して「夏音文字は存在しない」という立論基盤の基にただひたすら誤読を加え続けているだけの、これから千年続けても一万年続行しても真実を絶対に知ることができない科学的根拠がゼロの空論であったことが明白となる。

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