« 古代エジプト文字の字源・10 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・12 »

2015年6月21日 (日)

古代エジプト文字の字源・11

 ヒエログリフ「霊」の字源解説・Ⅲ

◆わがブログ「日本が滅びる」では1167回をもって、すべての漢字は私が「文字作成銀河」と名づけた銀河範囲から作成された事実を証明した。
 このブログのシリーズでは、古代エジプト文字=ヒエログリフは漢字と同一の「文字作成銀河」から作られた事実を証明する。したがって、ヒエログリフにおいては漢字と同様に「文字作成銀河の各部の形状」が文字(字源・字形・字義)であったことになる。
 ヒエログリフと漢字が作られた「文字作成銀河」の写真は、わがブログ「古代エジプト文字の字源・4」の冒頭に掲載した。
 エジプト・中国にもそしてわが国においても、〔文字作成銀河の各部〕には名称が存在しない。だから、私は下に示すがごとく〔文字作成銀河の各部の名称〕を定めた。

Photo
(C) 2015 OHKAWA

◆前回の「古代エジプト文字の字源・10」で力説したように、現代の学者はじめ現代人は太古や古代の人々にとってA図に示す北極星は緯度を測量する重大な星であったとする頑迷な先入観・幻想を抱くが――北極星は原始の時から人類にとって「命(いのち)」にまったく無関係の役立たずの星であった。
 原始の人々、太古の人々、また古代エジプト人やわが国の縄文人・弥生人の「命」と直結したのは、B図に示す漢字でいう[(げん)]すなわち「天頂緯度線と子午線」であった。
 [玄]の「天頂緯度線」は「精密に1分の緯度の差を測定できる平らな極細な線」である。これに対して、「北極星」はすべての時代において最小約1.5(90分╱満月の3個分)より以上の大きな円を描く。だから、北極星では原始・太古の人々が求めた無事に「命」を手に入れることができる1分の精度の緯度を計測することができなかった。

42


(C) 2015 OHKAWA


 A図に示す天の北極は約25,800年で一周するが、この間に北極星が天の北極に最も接近するのは紀元前2790年ころのりゅう座α星と、現在の北極星のこぐま座α星が約85年後の西暦2100年ころの二つである。この二つの北極星は天の北極を中心に円を描き、その直径は約1.5(90)となった。ゆえに、この二つの北極星の高度で緯度換算する方法だと、誤差が約90分となった。(なお、現在の北極星の直径=誤差は約2度・約120分となる)。卑弥呼が生存した3世紀・後期弥生時代の北極星の直径=誤差は約20度・約1200分であった。
 砂漠を旅する古代エジプト人や狩りに出たわが国の縄文人・弥生人が迷わずに家族が待つ家に帰還できるのは、北極星ではなく、B図に示す1分の緯度の差が測定できるヒエログリフの「霊」にして漢字の[]となった「天頂緯度線」であった。この〔天頂緯度線は46秒間ぐらいの寸秒でキャッチするもの〕であったゆえ、古代エジプトでは「一瞬(最小の時間単位)」と定めて〈アト〉と言った。
 上記したように、A図が示すすべての時代における北極星は古代エジプト人や縄文人や弥生人が求めた1分の精度で緯度を精密に測定することはできなかった。したがって、大昔の人々が北極星で緯度計測すると道に迷って死の淵をさまよって命が尽きる羽目になった。だから人類は北極星には命を委(ゆだ)ねず、命をまもってくれるB図の[]の「天頂緯度線・子午線」に命を委ねて「神」と崇拝した。

◆原始の時からの生活習慣でヒトにそなわった「1分の緯度の差を測定できる、神がかり的な眼力」は漢字では[]の文字となり、古代エジプトではC図の「霊」を意味する〔両腕〕の字形であらわす〈カー〉のヒエログリフとなった。
 前回のブログ「古代エジプト文字の字源・10」で解明したように、[]の字源はD図に示す「激流の銀河と長方形の暗黒天体部」であった。
42_2
(C) 2015 OHKAWA


 わがブログ「古代エジプト文字の字源」の4回を手始めとして6回~10回までにおいて、A図に示した〔歳差(さいさ)〕を用いて、E図に示すように、(1)紀元前4000(先史時代)(2)紀元前3000(ヒエログリフが最初に出現した時代)(3)紀元前2000(6王朝)までの首都であったメンフィス(北緯30)の天頂緯度線が貫通した銀河を再現した。

43
(C) 2015 OHKAWA 


 F図の写真中央に、E図の下部に示した「人の横顔に酷似する銀河」がある。 
43_4
(C) 2015 OHKAWA

 マリア・カルメラ・ベトロ著╱南條郁子訳『[図説]ヒエログリフ事典』(創元社)9頁で「エジプト最古の文字は、紀元前3150年頃に出現した。さそり、ナルメラ、カーなどの名で知られる当時の王たちは、後世の王名表の中で半分神のような王の総称でよばれており、個人の区別は、はっきりしていない。」と記す。

E図の写真の銀河に、最古の文字が出現した紀元前3150年頃の「王」とともに“カー”という総称でよばれたメンフィスの「天頂緯度線」を加えると、G図のごとくになる。

44
(C) 2015 OHKAWA


 G図に示す「人の横顔に酷似する銀河の両腕・両手に観える銀河」は「怒り肩(がた╱角ばった肩)と両腕・両手」のごとくに観える。ゆえに、C図に示した[]の字形は「怒り肩と両腕・両腕」となった。したがって、[霊]の字源は、D図に示す「激流の銀河と長方形の暗黒天体部」だけに限定されるものでなく、むしろG図に示す「怒り肩と両腕・両手に似る銀河」のほうが本家本元の字源であったことになる。
 B図に示した[]の秘密の詳細を、H図に示した。[]の上部の[(とう)]は「天頂緯度線と子午線」の図案であり、下部の[]は「頭が誕生した娩出期(べんしゅつき)の胎児」をあらわす。というのも、〔[]をキャッチするときの鉄則・心得〕は「産道を通過する時の胎児のごとくに無欲であれ」であり、必ず[]をキャッチすると欲を有すると道に迷い命が尽きて白骨体となったからである。孔子と並ぶ中国の思想家の老子は『老子』第1章で[]をテーマにして「常に無欲にしてもってその妙を観(玄妙な[]をキャッチできるが)、常に有欲(ゆうよく)にしてもってその皦(きょう╱白骨体)を観る」と証言する。

44_2

(C) 2015 OHKAWA

 したがって、古代エジプト人たちが〔天頂緯度線と子午線をキャッチする時の心得・鉄則〕もまた「頭で考えるな! 無心無欲になれ!」であったことになる。だから、C図に示した[]の字形は「頭部が無い、怒り肩の両腕と両手」となった。
 
 では、どうして[]の字形は〔筋肉の塊(かたまり)がもりあがる、力がみなぎる両腕と両手の形〕となったかと言えば、下記のごとくの理由であったからである。


 
◆前回のわがブログ「古代エジプト文字の字源・10」でも詳細に解説したように、その相似性からG図に示す「激流の銀河」は〔エジプトに豊かな恵みをもたらすナイル川の氾濫(はんらん)〕に見立てられた。ゆえに、「激流の銀河」と連結する「長方形の暗黒天体部」は〔ナイル川の氾濫で冠水した緑豊かな耕地(農地)〕に見立てられた。
 G図に示すように、[]〈カー〉の文字が出現した当時、「激流の銀河と長方形の暗黒天体部」はメンフィス周辺地域の天頂にめぐってきた。食べて命となる作物を育て収穫する農作業に従事する男たちは怒り肩となり、腕は隆起した肉塊で張り肉塊と肉塊の間の谷には力がみなぎって大きな手を有するようになった。だから、[]の字形は〔怒り肩と筋肉が隆起した腕と大きな手を天頂に向ける形〕となったのである。
 また、男たちは家族が食する獲物を求めて遠くの地まで狩りに出て[]の1分の精度で測量できる「天頂緯度線と子午線」をキャッチして家族が待つ家に無事に帰還した。この男たちはおのずと怒り肩となり、その弓手(ゆんで╱弓を持つ左手)と矢手(やて╱矢を持つ右手)は筋肉が盛り上がる太い腕となりまた力みなぎる大きな手となった。
 G図左下の「人の横顔に酷似する銀河」の左肩と重なる「牽牛の顔に似る銀河」は〔鋤(すき)を牽引(けんいん)して牡牛の顔〕に相似する。この〔精力的な、力あふれる牡牛のような男性の筋肉が盛り上がる太い腕と手〕ということをもあらわして、[]の字形は農作業にたずさわり、そして狩りをする男たちの太い両腕・両手の形となったのである。
 上掲した『[図説]ヒエログリフ事典』は「霊」〈カー〉の文字について下記のごとく解説する。
 「古代エジプトの思想で、人間を構成するといわれた要素のうち、カーは生命に最も近く、その本質において、食べ物と精力にむすびついている。現在最も一般的な解釈によれば、この文字の腕は前方にさしだされ、祭儀や葬儀の中でとくに重要な、供物を捧げる動作をあらわしているという。」
 G図に示す「両腕に似る銀河」は前方にさしだされる。また、豊かな実りをもたらすナイル川の氾濫で栄える古代エジプトの祭儀や葬儀は、〔ナイル川の氾濫とナイル川流域の耕地〕に見立てられた「激流の銀河と長方形の暗黒天体部」に供物を捧げられておこなわれた。だから、『[図説]ヒエログリフ事典』は上記のごとく解説することになった。

◆G図に示すように、メンフィス・北緯30度の天頂緯度線は「北天の最輝部(さいきぶ)の下部」を貫通する。「北天の最輝部」は国際的天文学界の名称であり、「北半球に住む人々が最も輝いて銀白色に見える銀河部(天体部)」のことである。
 銀白色に燦然(さんぜん)と輝く「北天の最輝部と周辺」の形状を細密画風に表現すると、I図の左図のごとくになる。I図の中央に「北天の最輝部」の形を示したが、この「北天の最輝部」の上下を転回させるとガーディナーのリストの「T36」の字形に相似する。

44_3
(C) 2015 OHKAWA


 上掲の『[図説]ヒエログリフ事典』は「T36」を「洗濯用のたたき棒」を図案した表意文字とする。ということは、ナイル川の岸辺などで用いた一般的な「洗濯用のたたき棒」はI図中央の〔北天の最輝部の上下をひっくりかえしたような形〕をしていたのであろう。というのも、I図の左図は〔洗濯用のたたき棒と飛び散り水の飛沫(しぶき)〕に観えるからである。また、I図中央の「北天の最輝部」は上北・下南の図にしたが、G図の基に高度であらわすと天頂を通過した下部が高くて上・上部が低い下となって上下がひっくりかえるゆえ、「洗濯用のたたき棒」の字形に相似する。さらに、「北天の最輝部」は〔洗い清めて汚れを落として日光で乾かす布のごとく白色〕である。
 この「T36」の文字は「偉大なる」と意味し、『[図説]ヒエログリフ事典』は――「洗濯夫」を意味する〈ヘムゥ〉や「下僕」を意味する〈ヘム〉の中で使われる――と指摘する。
 G図に示す「両手・両腕の銀河の中央を東に向かって延びる天頂緯度線が貫通した北天の最輝部」は「汚れた衣服をたたいてきれいにする洗濯用のたたき棒」に相似する。だから、「洗濯用のたたき棒」を図案する文字は「偉大なる」という意味を有することになった。
 前回の「古代エジプト文字の字源・10」にて、J図の「霊」の中央に「洗濯用のたたき棒」を配置する文字とガーディナーのリストの「A1」の「男」の決定詞を加えるヒエログリフは「偉大なる[]の神の下僕である男」を意味するからすなわち「神官」をあらわすと指摘した。さらに詳細にいうと「洗濯用のたたき棒のようにこの世の汚れを清める[]の神の下僕である男」であるから「神官」をあらわすことになった。

45
(C) 2015 OHKAWA


◆上掲の『[図説]ヒエログリフ事典』は、K図のガーディナーのリスト「D35」について――表意文字として、否定の副詞〈ン〉〈ネン〉や、「~しない人()」をあらわす否定関係代名詞〈イウティ〉を構成する文字の中で使われる。決定詞として、否定をあらわすさまざまな動詞を決定する。「知らない」を意味する〈ケム〉の中で、決定詞として用いられる――と解説する。
45_2
(C) 2015 OHKAWA


 天頂緯度線をキャッチする時の心得・鉄則の「考えるな!」と示すために、「霊」の字形はG図の「人の横顔に酷似する銀河」の〔頭と首〕を削除した。ゆえに、K図のガーディナーのリストの「D35」中央に加える三角形は「首」を連想するので否定された。これゆえ、「D35」は否定あらわすさまざまな動詞を決定するための文字となったのであろう。
 C図に示した両腕・両手の字形の「霊」〈カー〉の文字は、要するに漢字の[]の上部の[]の「天頂緯度線と子午線」をあらわした。
 G図に示すように、「右腕・右手の銀河」と「左腕・左手の銀河」の中央を「天頂緯度線」が貫通する。したがって、この左右の「腕・手の銀河」から、L図の左図のガーディナーのリストの「D36」の「腕・手」を字形とする文字が作られた。(注 F図に示した写真を見れば、左右の「腕・手の銀河」の肘(ひじ)が直角状に曲がって観える)
45_3
(C) 2015 OHKAWA


 L図の右側のガーディナーのリストの「D37」について、上掲の『[図説]ヒエログリフ事典』は――表意文字として「あたえる」を意味する〈ディ〉を構成する文字の中で使われる。古くは「あたえる」の古語〈イミ〉の命令形でも用いられた。
 手のひらにのっているこの三角形のものは、パンではないかと考えられている(ただし、具体的な証拠があるわけではない)――と解説する。
 前回のわがブログ「古代エジプト文字の字源・10」で、M図右端のガーディナーのリストの「Q12」の字源を、左図のごとくに解説した。
45_4

(C) 2015 OHKAWA


 M図左図の右上に飛び出す「三角形」は、B図右上の[亠]の「天頂緯度線と子午線」と合致する。ゆえに、L図の右図の「三角形」は「パン」を表現するものでないとしたならば、「天頂緯度線と子午線」をあらわす図案かもしれない。
 というのも、前回の「古代エジプト文字の字源・10」で、M図右端の「Q12」の「神像をのせる旗竿」について『[図説]ヒエログリフ事典』は「原初の丘〈イアト〉」と同音であり、神の現れる場所、しかも高い場所という共通点をもっている」と解説するからである。前述したように、古代エジプトでは「天頂緯度線・子午線を測定する46秒間」を〔最小の時間単位〕の「一瞬」と定めて〈アト〉と発音した。「神像をのせる旗竿」と同音の「原初の丘」は〈イ〉に「一瞬」の〈アト〉が加わる〈イアト〉である。ゆえに、M図の左図の右上の「天頂緯度線と子午線の三角形」は、神の現れる場所の最も高い天体部の天頂であるゆえ〈イアト〉の「原初の丘」をあらわしたと解釈できる。だから、「パン」でなければ「D37」の手にのる〈三角形〉は「原初の丘」〈イアト〉を表現する図案と考えられる。
 「天頂緯度線」が〔腕・手〕の字形であらわされた文字は、N図に示すガーディナーのリストの「D38」から「D46」までの他に、「D47」から「D49」まで多数存在する。
 「腕・手」のヒエログリフは、K図の「D35」から数えると「D49」まで計16字となる。
46_2

 なお、上掲の『図解古代エジプトシンボル事典』と『[図説]ヒエログリフ事典』ではガーディナーのリストのアルファベット・数字が異なるので、後者の本に従うことにした。

|

« 古代エジプト文字の字源・10 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・12 »

学問・資格」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

卑弥呼」カテゴリの記事

邪馬台国」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

漢字の起源」カテゴリの記事

ヒエログリフ(聖刻文字)」カテゴリの記事

ピラミッド」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 古代エジプト文字の字源・10 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・12 »