« 古代エジプト文字の字源・8 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・10 »

2015年6月14日 (日)

古代エジプト文字の字源・9

 ヒエログリフ「霊」の字源解説・Ⅰ

◆「銀河」の別名は「銀漢」または「天漢」である。「銀漢から作られた文字」を略して「漢字」と名づけられた。したがって「銀漢の各部の形状」が「漢字」(字源・字形・字義)となったゆえ、「天にすべての文字ありき」ということになったために「天文」と名づけられた。この秘密を、中国の五経の第一に挙げられる古典『易経』は繋辞(けいじ)下伝で「仰いでは天象を観、俯しては地法を観、鳥獣の文と地宜(ちぎ)を観る。(中略)。もって万物の情(イメージ)に類して文字を作った」と説明して――すべての漢字は「天象」すなわち「銀漢(銀河)」から作られたと伝えた。
 わがブログ「日本は滅びる」は1回~167回をもって、すべての漢字は私が「文字作成銀河」と名づけた銀河範囲から作成された事実を証明した。この「文字作成銀河」の写真は「古代エジプト文字の字源・4」の冒頭に掲載したので参照していただきたい。
 この「古代エジプト文字の字源」シリーズでは、古代エジプト人が「メドゥウ・ネチェル」つまり「神の言葉」と呼んでいた自分たちのことばを書き記したすべての文字――言い換えるとギリシア人が「ヒエログリフ(聖なる刻まれた文字)」と呼んだすべての文字も、漢字と同一の「文字作成銀河」から作成された事実を証明する。ゆえに〔古代エジプト文字=ヒエログリフの字源・字形・字義〕は、〔文字作成銀河における各部の形状〕であった。
 エジプト・中国はじめわが国には文字となった〔文字作成銀河の各部〕には名称が存在しない。ゆえに、私は〔文字作成銀河の各部の名称〕を下記のごとく定めた。
Photo
(C) 2015 OHKAWA


◆わがブログ「古代エジプト文字の字源」は485回で、「魂」を意味するヒエログリフの字源(字源銀河)を解明・証明した。ゆえに、「霊魂」という語にもとづいて、今回からは「霊魂」のうちの「霊」を意味する〈カー〉のヒエログリフの字源の秘密を解明する。
 A図は表意文字の「霊」を意味する〈カー〉と発音する両腕のヒエログリフであり、ヒエログリフの分類法で定評があるガーディナーのリストでは「D28」と分類される。


E35
(C) 2015 OHKAWA


 A図の「霊」のヒエオログリフは、B図の右上に示す中国の[]の漢字と同義である。
 B図右上に配する[]の字は[(とう)]の下に[(よう)]が加わる。

後漢の許慎(きょしん)が著作した字源を解説する“字書の聖典”と讃えられる『説文解字』は、[]の字源を「小なり。子の初生の形に象(かたど)る」と解説する。

E35_2
(C)2015 OHKAWA


 ゆえに、C図に示すように[]の上部の[]は「天頂緯度線と天頂点の真北あるいは真南の目星(顕著な銀河部位や星など)とを結ぶ子午線」を、下部の[]は「頭が誕生する出産第2期=娩出期(べんしゅつき)の初生の子(新生児)」をあらわす。というのも、中国では[]をキャッチする時の心得・原則は「産道を通過して誕生する胎児のごとく無欲であれ。必ず“[]をキャッチ”する欲を有すると[]がキャッチできずに道に迷って命を落として野晒し(のざらしの)の白骨体となる」であったからである。
 この[]すなわち「天頂緯度線と子午線」をキャッチする時の心得・原則は、古代エジプトにおいても同じであったのである。

 人類は原始において食料となる獲物を追って日々移動生活を過ごすなかで“いのちあっての物だね”と考えて生きることを最優先し、しかも大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)には“たくましく”生きてゆく本能行動と情動行為が分担されていた。ゆえに、原始の時から黙々と営(いと)なまれた生活習慣にもとづき、日々の鍛錬を怠らなければ人間の目には[]をキャッチすることができる能力がそなわっていた。46秒間で西から東へ移動する天頂点を通過する銀河部の横に平らに[]の細線を描く軌道すなわち[]をキャッチすると、土地の緯度が1分の緯度差を測量できるほど精密に計測できた。ゆえに、原始の人々も太古の人々も古代エジプト人もわが国の縄文人も弥生人もまた、狩りに出た時もまた遠くまで旅を続けた時もあるいは大海を渡る時にも、[]をキャッチすれば命を失わずに生きてゆくことができた。

◆マリア・カルメラ・ベトロ著╱南條郁子訳『[図説]ヒエログリフ事典』(創元社)9頁に「エジプト最古の文字は、紀元前3150年頃に出現した。この頃、エジプトはすでに統一されていたが、第一王朝はまだはじまっていなかった。さそり、ナルメル、カーなどの名で知られる当時の王たちは云々」と記述する。
 当時の王たちは[]つまりA図の「霊」をあらわす〔両腕〕の字形であらわされたB図の「天頂緯度線と子午線をキャッチする、すなわち[]をキャッチする能力」が特別に優れていた。だから、王たちは「カー」と呼ばれて尊敬されていたのである。
 『[図説]ヒエログリフ事典』は、243頁でA図の〈カー〉について下記のごとく解説する。
 「人格の一側面をあらわす言葉。一種の生命力で、神にも人間にもそなわり、父から子、神から人へとつたわりうる。おそらく最初は精力や生殖力と関係づけられていたのであろう。原則として各人の分身とみなされ、その人の肉体が消滅したあとは独立した存在となって、供物を食しながら墓の中で生き続けると考えられた。」
 本来、人間にはB図・C図に示した〔[]をキャッチする能力〕がそなわっていた。現代人においても半年ぐらい訓練すれば、多分、大多数の人々は[](天頂緯度線と子午線)をキャッチできる能力がそなわるにちがいない。
E35_3
(C) 2015 OHKAWA


 私はかつて730人ぐらいを雇うグラフィック・デザインの有限会社を経営していたが、ある会社から1ミリの10分の1ミリ(0.1ミリ)の誤差を要求される精密な仕事を10年間依頼され続けた。この仕事を、わが会社では縦型の製版カメラで撮影者が約70センチに前にある原寸大(100パーセント)を示す約0.7ミリの目盛りの線を研ぎ澄まされた眼力で6分の1(0.12ミリ)に分割して上から2番目となる箇所を感覚(第六感・直感力)でキャッチするものであった。上掲したD図に示す60センチの二本の棒の先の1センチの幅が、1度=60分である。ゆえに、D図における1ミリの幅は6分となり、その1ミリを6分の1で割る幅が1分となる。真っ暗闇の写真撮影の暗室で70センチ離れた前にある0.7ミリの目盛りの線を研ぎ澄まし感覚で6分の1に割って2番目の箇所を感覚でとらえてピッタリ原寸大にした能力は、夜間で天頂を仰いで1分の緯度差が測定できる〔[]のキャッチ〕に共通する。半年間、新入社員に他の仕事を与えて眼力を日々鍛錬させると、中には年に1回か2回ぐらい失敗する珍しい人物もいたが、延べ10年間でこの仕事に携わった他の145人の社員たちは70センチ離れた0.7ミリの目盛り線の上端から0.12ミリ離れた2番目の箇所を研ぎ澄まされた感覚でキャッチして0.1ミリの精度を求められた仕事を一度も失敗しないでやりこなした。この時、私は人間には夜間の暗闇でB図・C図に示した1分の緯度差を測定できる〔[]をキャッチできる能力〕が本来そなわっていると実感した。
 だから上記した『[図説]ヒエログリフ事典』の「人格の一側面をあらわす言葉」と指摘する文は「本来、人間には[玄]をキャッチできる能力すなわち〈カー〉と呼んだ霊力がそなわっており、その霊力の優劣によって各人の人格が評価された」と解説するものであった。次に続く「一種の生命力で、神にも人間にもそなわり、父から子、神から人へと伝わりうる。おそらく最初は精力や生殖力と関係づけられていたのであろう。原則として各人の分身とみなされた」という解説文は「[玄]をキャッチする霊力は生命力となり、〔天頂緯度線〕を“神”と呼び、天頂緯度線()の神秘的な霊力は人間にもキャッチできる能力(神通力)がそなわっているので、人間は精密に地上の緯度(位置)が測定できることになったと信じられていた。この[]をキャッチする霊力は父から子へと日々訓練して受け継がれるものであった。また、[玄]のキャッチに失敗すれば道に迷って死ぬことになったので、古代エジプト人たちにとっては[]をキャッチする霊力は生きてゆくための精力(生命力)や子孫へ命がリレーされる生殖力となった。また、[]のキャッチする霊力は各人が日々鍛錬すればそなわるものであったので、各人の分身とみなされた」という事実を指すものであったことになる。

◆E図の写真は、リチャード・H・ウィルキンソン著╱伊藤はるみ訳『図解古代エジプトシンボル事典』(原書房)より転載した第2中間期の第13王朝のホル王のカー像である。この像は、頭上にA図に示した「霊」〈カー〉のヒエログルフを戴(いただ)く。
E36_5

(C) 2015 OHKAWA


 E図の〈カー〉のヒエログリフの両腕が連結する中央部から重力の方向(鉛直線)を上方に延ばして天球と交わる点は天頂点である。だから、A図の「霊」をあらわすヒエログリはB図・C図に示した「[]をキャッチする能力(神秘的な神通力)」であったことになる。
 わがブログ「古代エジプト文字の字源」の4回・6回・7回・8回では〔歳差(さいさ)〕という天文現象を用いて、F図に示すように、(1)紀元前4000(先史時代)(2)紀元前3000(ヒエログリフが最初に出現した時代)(3)紀元前2000(6王朝)時代における首都メンフィス(北緯30)における天頂を通過した銀河を再現した。
E36_2
(C)2015 OHKAWA 


 F図に示すように、ヒエログリフが出現していなかった紀元前4000年から、紀元前2000年までのメンフィスの天頂には「激流の銀河・長方形の暗黒天体部」がめぐってきた。「激流の銀河」は「豊かな実りを与えるナイル川の氾濫」に見立てられ、「長方形の暗黒天体」は「洪水で見舞われて土が泥状にやわかくなったために、原始的な木製の刃先の鋤(すき)でもたやすく耕すことが出来るナイル川流域の広大な農地」に見立てられた。
 だから、A図に示した「霊」〈カー〉の字源銀河は、G図に示す「激流の銀河と長方形の暗黒天体部(ニ連菱形の銀河を含む)・その南部の銀河」であったことになる。
E36_3
(C) 2015 OHKAWA


 ヒエログリフが用いられた北限と南限の緯度が約11度隔たるエジプト(北緯33度~北緯22)全土の天頂に、G図に示す緯度の長さが11度となる銀河がめぐってきた。また、G図に示す「激流の銀河」は「豊かな実りをもたらすナイル川の氾濫」、「長方形の暗黒天体部」は「ナイル川流域の広大な農地」、そして「ニ連菱形の銀河より南部の銀河」は「ナイル川が流れるエジプト南部の大地」に見立てられた。だから、上掲の『[図説]ヒエログリフ事典』は「霊」〈カー〉のヒエログリフについて「その人の肉体が消滅したあとは独立した存在となって、供物を食しながら墓の中で生き続けると考えられた」と指摘することになったのである。つまり、「死者は豊かな食物をもたらすナイル川の氾濫が永久に続くことをまもる霊となる。ゆえに、死者の霊はナイル川の氾濫によって得られた供物を食しながら墓の中で生き続ける」と信仰されることになった。だから、「霊」をあらわすヒエログリフの字源はエジプト全土の天頂にめぐってきたG図に示す銀河であったことになる。

◆すべての漢字とすべてのヒエログリフは冒頭に各部の名称を記した「文字作成銀河」から作られ、古代エジプト王朝と古代中国王朝とわが国の古代王朝の政権基盤は〔銀河から作られた文字の学芸〕であったゆえ厳重な機密として独占管理した。ゆえに反体制側の人々が文字の学芸を習得して革命に利用するのを心配して、銀河各部に名称をつけなかった。この文字の学芸の基軸はヒエログリフでは「霊」、漢字では「[]のキャッチ」であった。だから、E図に示すホル王の頭上に戴く「霊」の両腕のヒエログリフが「天頂点」を明確に指し示しているにも関わらず――原始の時から人類はヒエログリフの「霊」つまり「[]のキャッチ」すなわち天頂緯度・子午線をキャッチする能力を有したゆえに人類は絶滅しなかったことに――学者たちは誰一人も気づかない。
 学者たちは、原始の時から人類はH図に示す北極星で緯度の測定を行っていたと思い込んでいる。
E36_4


 というのも15世紀後半から西欧の探検者たちが新しい大陸や航路を発見する大航海時代が始まると――夜に北極星の高度を測れば、ほぼ現在地の緯度を示すことになる――と簡単に片付けられて、もっぱら経度の測定の秘密の探求に精力がそそがれたからである。

原始人・太古の人々・古代の人々にとって、北極星の高度を緯度に換算する方法では1分の緯度差が測定できないために道に迷って命を落とすことになった。
 H図に示すように、現在の北極星・こぐま座α星の軌道は天の北極から約1度(60)離れて円を描く。ゆえに、その円を描く上経過と下経過の直径となる約2度・120分は誤差を示すことになるので、古代エジプト人が求めた1分の精度からほど遠い。西暦2100年ころ、現在の北極星は天の北極に最も近づき上経過と下経過の直径は約1.5(90分、満月3個分の大きさ)となるが、古代エジプト人が求めた1分の精度からほど遠い。H図のBC3000(紀元前3000)の北極星はりゅう座α星であるが、天の北極からの距離は現在の北極星とほぼ同じであるから、これまた古代エジプト人が求めた1分の精度からほど遠い。H図に示すように天の北極は約25,800年で一周するが、天の北極に最接近する北極星は現在の北極星とりゅう座α星である。したがって、すべての時代の北極星は原始人・太古人・古代人が1分の精度を求めた緯度を測定する基準にはなれなかった。彼らは「1分の精度で測定できる天頂点を通過する銀河」を「神」と呼び、C図の[]の字源となった「産道を通過する胎児のように無欲」になって神=天頂緯度線に命を委(ゆだ)ねた。だから、彼らの「神」は[]のヒエログリフとなったB図・C図の「46秒間で測定する天頂緯度線と子午線が測定できる形を有する銀河」であったのである。
 中国では紀元前1世紀に天の北極を最も重視するシナ天文が完成したため、中国の人々は[]をキャッチする習慣が廃(すた)れたために、中国と日本列島を隔てる大海を渡ることができなくなった。中国と日本列島を隔てる大海の一角は「玄界灘」である。「玄界灘」という名は「北極星の高度を緯度とする方法では命を落とすが、[]をキャッチする方法ならば往来できた陸地から遠く離れた波の荒い大海」であると現在に伝えている。中国の正史『後漢書(ごかんじょ)』倭伝の末部は――[]をキャッチする習慣が廃絶されていなかった紀元前3世紀に生存した徐福(じょふく)一行は大海を越えて日本列島に定住できたが、卑弥呼が生存した三世紀になると大海中に所在する日本列島は中国の人々にとって遥か遠くに所在して海の道は途中で絶えていることになり往来することができなかった――と記述する。というのも、H図に示すように当時の北極星(こぐま座β星)は天の北極から約10度も離れる上経過と下経過の直径が約20(1200)となった。したがって、『後漢書』倭伝に記載されたように、3世紀、中国の人々は1分の精度が求められた玄界灘を渡ることができなかった。
 卑弥呼が登場することで有名な『魏志』倭人伝は、中国の魏の使節も朝鮮半島の一角の帯方郡(たいほうぐん)に所在した魏の出張政庁の使節も大海を渡ることが出来なかったので、倭の使節が大海を往来して魏・帯方郡との国交を結ぶことができたので現存することになったのである。もしも倭においても[]をキャッチする習慣が廃れていたならば、魏と倭は国交を結ぶことができなかったので『魏志』倭人伝は実在しなかったことになる。(倭に[]をキャッチする習慣が確かに実在したことは、わがブログ「古代エジプト文字の字源・3」のN図の[]の解説とO図の「卑弥呼」の地上絵で科学的に立証した)
 学者たちは〔3世紀の人々は、北極星の高度で緯度を測定できた〕と思い込む。このために真実の扉は閉ざされ、原始からの人類史にとって重大な[]のキャッチがあたかもまったく存在しなかったごとくに排除された。しかし、「玄界灘」という名はE図のホル王の頭上に戴く「霊」〈カー〉のヒエログリフの字源銀河を今日に明確に伝え、従来の学界において閉ざしていた真実の扉を開けることができる重大な資料となる。

◆孔子と並ぶ中国の思想家の老子(紀元前45世紀に生存した)は〔[]のキャッチ〕の重大さを伝えて、『老子』冒頭の第1章で以下のごとくに説く。
 「道の道とすべきは常の道に非(あら)ず。名の名とすべきは常の名に非ず。天地の始めには、名は無し。万物の母で名は有り。ゆえに常に無欲にしてもって其の妙を観、常に有欲(ゆうよく)にしてもって其の皦(きょう)を観る。この両者は、同じく出()でて名を異(こと)にし、同じく玄と謂()う。玄のまた玄、衆妙の門」
 老子は「常人は人や車が行き来する道路を道と思い込んでいるが、ほんとうの道は天頂点が重なる[]の字源銀河であった。常人は名をあらわす文字の字源はこの世の様々の事物であると思い込んでいるが、ほんとうの字源・字形・字義は銀河各部の形状である。最初に天と地のイメージを示す銀河が出現した時には文字は存在しなかったが、“漢字の始祖”と崇拝された倉頡(そうきつ)が天頂にめぐってきた女体に相似する銀河(冒頭の文字作成銀河における各部の名称図の左上に配した「十字の銀河」)を万物の情に類似する銀河各部の形状から作成したすべての文字を生む万物の母と定めた発明によって、文字が存在することになった。この文字の学芸体系における基軸は、[]のキャッチであった。この[]は常に産道を通過する胎児のごとくに無欲であれば[]の字源となった絶妙な研ぎ澄まされた感覚でキャッチすることができるが、常に“必ず[]をキャッチする”と欲を有すると道に迷い命が尽きて[]つまり野晒(のざら)しの白骨体となる。この[][]の字源は同じ銀河部であるが文字は異なる。また[][]と同じ字源銀河から[]の字が作られた。その[]の不思議さは[]なるが上に[]となる。[]は一切万物の生命が生まれる門であり、すべての文字を生む万物の母の膣口(ちつこう)の門となり、銀河各部の形状が文字であった学芸によって古(いにしえ)の真実の歴史を貯蔵する倉を開ける入口の門となる」と説き、老子は真実を知る時には必ず〔[]のキャッチ〕が必要であり最も重大であるという考えを示した。

人類は[]のキャッチによって絶滅しなかった。したがって、[]は確実に実在した。古代エジプト人は「[]のキャッチ」を「霊」と認識して、〈カー〉と呼んでG図のエジプト全土の天頂にめぐってきた銀河の形状を「両腕」に見立てた図案で表現したのである。

|

« 古代エジプト文字の字源・8 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・10 »

学問・資格」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

卑弥呼」カテゴリの記事

邪馬台国」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

漢字の起源」カテゴリの記事

ヒエログリフ(聖刻文字)」カテゴリの記事

ピラミッド」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 古代エジプト文字の字源・8 | トップページ | 古代エジプト文字の字源・10 »