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2017年7月17日 (月)

真実の日本国誕生史・11

 ●『古事記』序の秘密(2)

◆わがブログ「真実の日本国誕生史・3」以後から前回まで一貫して証明したように――
 紀元前2050年頃にわが国に伝来した夏音(かおん)文字は、〔音〕という注が付いて『古事記』上巻の随所に2世紀頃に出現した楷書(かいしょ)で多数表記された。この夏音文字と楷書は共に下に示す〔文字作成銀河〕から作成された 
 「銀河」の別名は「銀漢」である。したがって「漢字」という語は「銀漢から作られた文字」の略称である。だから、すべての漢字――つまり、紀元前3000年ころの五帝時代初頭の黄帝につかえた倉頡(そうきつ)が発明した書契(しょけい)、紀元前2070年から始まる夏代(かだい)の夏音文字、紀元前1300年頃の殷代後半の甲骨文字、周代の金文と篆文(てんぶん)、秦代(しんだい)の隷書(れいしょ)2世紀の後漢時代後半から出現した楷書――これらのすべての漢字は、下に示す「銀漢」つまり「文字作成銀河」から作られた。
 ゆえに夏音文字と楷書は共に〔文字作成銀河〕から作られた事実を伝えるため、前回のわがブログ「真実の日本国誕生史・10」で証明したように、『古事記』の序は「古事記 上巻 幷(あわ)せて序」と記される世にも稀(まれ)な特殊な序をもって警告(けいこく)する。
Ginga
 
 わがブログ「真実の日本国誕生史・3」で詳細に証明したように、夏代初頭=後期縄文時代初頭に伝来した夏音文字の字源・字形・字義は、文字作成銀河の各部の形状であった。というのも漢字を発明した倉頡が「書いた文字が用済みになったならば文字をただちに消さない者また消しわすれた者には、天罰が下されて即刻に死刑に処せられる」と定めた掟を厳重にまもったからである。このため、夏音文字は書いた文字が残されなくなったので、文字作成銀河各部の形状が文字となった。そして、中国でもわが国でも夏音文字を書いた史料が出土しないため、学者たちは「夏音文字はこの世に存在しない」と断定する。
 ところが、夏音文字は『古事記』上巻のみならず、また『魏志』倭人伝の人名・小国名・官職名に用いられて楷書で表記されて残った。だから、夏音文字は実在した文字であった。
 前回のわがブログ「真実の日本国誕生史・10」で解説し証明したように、“夏の始祖”とされる禹()帝の後を継いだ益(えき)帝の孫の王子であった天祖(てんそ)と益氏の若者たちは、紀元前2050年頃に中国から、A図に示す男鹿(おが)半島・米代川(よねしろがわ)文化圏に移住して夏音文字の学芸を日本列島に根づかせた。
S281
(C) 2017 OHKAWA

 
 『古事記』の序を書いた太安万侶(おおのやすまろ)は、夏音文字の伝来と習得の歴史をA図の男鹿半島・米代川文化圏ではなく、前期縄文時代に土器芸術革命が起きた関東地方における夏音文字の習得から始めた。後期縄文時代初頭、B図に示す関東地方の土器・土偶を造った芸術家たちは男鹿半島・米代川文化圏に旅して、益氏から夏音文字の学芸を習得した。
S282
(C) 2017 OHKAWA
 
 前回のわがブログ「真実の日本国誕生史・10」で証明した通り――前期縄文と中期縄文に関東地方で造られた土器は、すべての漢字が生まれた文字作成銀河全体の形状を表現するものであった。ゆえに、関東地方の芸術家たちは益氏が教える夏音文字の学芸を習得できた。
 B図に示す東海・関東地方は、230年頃、伊耶那美命が女王に伊耶那岐命が軍王(いくさのおおきみ)に選ばれて赴任(ふにん)して誕生した小国・日本であった。この時、伊耶那美命は小国・日本の国作りの柱を〔愛〕と定めた。この【日本建国の〔愛〕の理念】は、『古事記』上巻に首尾一貫して語られる。『古事記』は【日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝えるために作成された――だから、太安万侶は「古事記 上巻 幷せて序」の真っ先にて「小国・日本(東海・関東地方)に夏音文字が習得された歴史」を語ることにしたのである。

◆『古事記』序の冒頭は「臣(しん)安万侶言(もう)す。それ混元(こんげん)すでに凝()りて、気象は未(いま)だ効(あらわ)れず、名も無く為(わざ)も無し。誰(たれ)かその形を知らむ。しかれども乾坤(けんこん)初めて分かれて、参神造化(さんしんぞうか)の首(はじめ)を作()し、陰陽ここに開けて、二霊群品(ぐんぴん)の祖(おや)と為()る」と記述する。
 この記事に登場する「参神造化の首(はじめ)をなす」は「後期縄文時代初頭、わが国に夏音文字が関東地方(3世紀に誕生した小国・日本)に伝来して習得された」と意味した。
 そして「参神造化」は、要するに、C図に示す(1)(2)(3)の「関東地方における、文字作成銀河から土器・土偶(どぐう)を造った芸術の三つの時代の神々」を意味した。
S283
(C) 2017 OHKAWA
 
 (1)は前期縄文に関東地方の天頂緯度線が貫通した銀河から付けられた「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)(2)は中期縄文時に関東地方の天頂緯度線が貫通した銀河から付けられた「高御産巣日神(たかみむすひのかみ)」、(3)は後期縄文初頭に関東地方の天頂緯度線が貫通した銀河から付けられた「神産巣日神(かむむすひのかみ)」である。
 前回のわがブログ「真実の日本国誕生史・10」では、関東地方で造られた前期・中期縄文の土器は文字作成銀河全体を造形表現するものであったことを証明した。
 今回は、D図に示す日本最古の国宝「縄文のビーナス」と名づけられた土偶が文字作成銀河全体を表現する作品であったことを証明する。
S284
(C) 2017 OHKAWA
 
 縄文のビーナスは、C図に示す5000年前の中期縄文時代初頭の(2)高御産巣日神時代の作品である。C図の3本の線は〔歳差(さいさ)〕という天文現象にもとづいて再現した北緯36度の天頂緯度線である。縄文のビーナスはC図の北緯36度つまり長野県茅野(ちの)市に所在する尖石(とがりいし)遺跡のうちの棚畑(たなばたけ)遺跡から出土した。

◆E図に、縄文のビーナスの正面・側身・背面の形を示した。
S285

(C) 2017 OHKAWA 
 
 縄文のビーナスは上掲した〔文字作成銀河の各部の形状〕を表現するものであるが、〔文字作成銀河の各部の名称〕は世界中さがしても存在しないので、私は下記のごとく定めた。
Photo
(C) 2017 OHKAWA
 
 C図に示したように、縄文のビーナスが造られた(2)「高御産巣日神」の時代(中期縄文時代初頭)、尖石遺跡の天頂に「十字の銀河の顔と肘(ひじ)」がめぐってきた。(注 「十字の銀河」は、上の〔文字作成銀河各部の名称図〕における左上にある)
 F図の右図の「十字の銀河」は、C図の「十字の銀河」を裏返した図である。天文学では多数の星がある南を正面とするゆえ、C図の〔右西・左東の形式〕が定式となる。この定式だと、F図の場合に難解となるので〔右東・左西〕の形式(C図の裏返し)にした。
S291
(C) 2017 OHKAWA
 
 F図に示すように、〔縄文のビーナスの十字形となる胸部と肘から下の手が無い形状〕は「十字の銀河の顔と胸部と肘までの形状」にソックリである。また、縄文のビーナスは妊娠(にんしん)像である。「十字の銀河の腹部」は「妊婦(にんぷ)の腹部」に相似し、また「十字の銀河の腹部」には「十字の銀河の子宮(に相当する銀河)」が重なる。この「十字の銀河の子宮と重なる腹部」は「十字の銀河の腰」にも観える。ゆえに、〔縄文のビーナスの腰〕は〔妊娠した女性の大きな骨盤を有する腰〕を模(かたど)るように造られている。
 だから〔縄文のビーナスの顔・胸・両肩・腹部・腰・臀のモデル〕は「十字の銀河の顔・胸・両肩・腹部」であったことになる。
S292
(C) 2017 OHKAWA
 
 G図に示すように、〔縄文の側身形におけるビーナスの帽子〕は「鬼の身に相当する銀河〔鬼の姿に似る銀河のうちの身体部〕」に相当する。また〔縄文のビーナスの横顔〕は「北アメリカ星雲」の形に相似するように造られている。また〔縄文のビーナスの首から腰までの形〕は真っ黒な銀河部の「コールサック」の形状に相似する。(「コールサック」は「石炭を入れる袋のように真っ黒な銀河部」を意味する国際天文学が定めた名称である)
 だから、〔縄文のビーナスの側身〕はG図に示す銀河部がモデルとなった。
S293
(C) 2017 OHKAWA
 
 H図の天頂緯度線が貫通する「十字の銀河の頭部の両目の部分」は同緯度となる「三つ輪の銀河における最北の輪の銀河の渦巻」を見つめているかのように観える。
 同様に天頂緯度線が貫通する「鬼の後頭部につく目」は「はくちょう座α星」を見つめるイメージとなる。また「鬼のアゴにつく細い目」も「はくちょう座α星」を見つめるイメージとなる。「はくちょう座α星」は1.3等で白色に輝く美しい星である。これゆえ、天頂緯度をキャッチするのに実に好都合な目星となった。「はくちょう座α星」は、G図に示した〔縄文のビーナスの帽子〕となる「鬼の身に相当する銀河」の範囲内に存在する。
 だから、「十字の銀河の頭部の両目の部分」が見つめる「三つ輪の銀河における最北の輪の銀河の渦巻」は「鬼の後頭部につく目」が見つめる「はくちょう座α星」に見立てられて、〔縄文のビーナスの帽子〕に〔渦巻文〕が刻まれた。
 I図に示すがごとく、「十字の銀河の腹部」は「腰・右足・乳房」のイメージにもなる。
S294
(C) 2017 OHKAWA
 
 J図に示す「夏の銀河の西南部」は〔妊娠した女性の腹部〕のような形をしているゆえ「十字の銀河の腹部」に相似する。ゆえに、「夏の銀河の西南部」は「十字の銀河の腹部・腰・右足・乳房」に見立てられた。したがって、「夏の銀河の西南部」は〔縄文のビーナスの側身形の腹部・腰・右足・乳房〕のモデルでもあった。
S295
(C) 2017 OHKAWA
 
 前述したように、天文学では〔北〕を正面とせず、〔南〕を正面とする。
 K図のごとく〔南〕を正面すると、「夏の銀河の西南部」は〔人の頭〕のイメージとなる。
S296
(C) 2017 OHKAWA

 上古のおいては、天頂緯度が各地における緯度となった。ゆえに、「天頂緯度」は〔歩く人の足
〕の位置に見立てられた。M図の下部に、J図の示した天頂緯度線を記入すると、西側の「人の横顔に酷似する銀河」は〔縄文のビーナスの短い右の足〕に、東側の「鬼の姿に似る銀河」は〔縄文のビーナスの長い左の足〕に符合する。
 だから、〔縄文のビーナスの頭部〕は「夏の銀河の西南部」に見立てられて、〔縄文のビーナスの帽子〕には「夏の銀河の西南部」の形状「渦巻文」がほどこされることになった。
 L図に示す「夏の銀河の西南部」について、上掲した文字作成銀河の写真を撮影した藤井旭(あきら)氏が著作する『透視版 星座アルバム』(誠文堂新光社発行)115頁で「わが銀河系の中心方向にむらがる無数の星と、入り乱れる星間物質が、わきあがる入道雲のように迫力に満ちた姿でせまる」と記す。
S301
(C) 2017 OHKAWA
 
 藤井氏が指摘するように、L図の「夏の銀河の西南部」は「銀河の中心(銀河系の中心)」を中心として〔迫力に満ちた巨大な渦巻文〕となる。
 以上をもって、〔縄文のビーナス〕は上掲した「文字作成銀河全域の各部の形状」を表現するものであったことを証明した。
 だから、前回のわがブログ「真実の日本国誕生史・10」で詳細に証明したM図の渦巻文を装飾モチーフとした土器や、そして〔縄文のビーナス〕を造った尖石台地の芸術家たちは、天祖(帝益の孫の王子)一行が男鹿半島・米代川文化圏に定住した直後いちはやく文字作成銀河各部の形状を文字とした夏音文字の学芸を習得することができたのである。
S302
(C) 2017 OHKAWA
 
◆『古事記』序は、『古事記』上巻の原典は「本辞(ほんじ)」「旧辞(きゅうじ)」「先代の旧辞」などと呼ばれていたと記述する。したがって、「本辞」「旧辞」「先代の旧辞」と呼ばれていた文献は、夏音文字でのみで表記されていたことになる。
 夏音文字の学芸は、われわれが義務教育や生活習慣で鍛錬された左脳思考ではなく、頭脳の右半球の右脳を用いて文字作成銀河の各部の形状を文字と定めた。
 頭脳の右半球(右脳)と左半球(左脳)はそれぞれ固有の思考形態と記憶能力を有する。
 T・R・ブレークスリー著/大前研一訳『右脳革命』(プレジデント社発行)は「左脳は言語と論理的思考を扱い、右脳は言葉に置き換えがたいことを扱っている。右脳は、言葉ではなくイメージ(映像、心像)で考えることによって、群衆の中から一人の友人を見分けるとか、バラバラなジグゾソー・パズルをまとめ上げる、といった作業をする。論理的な左脳にとっては、こうした作業は全く苦手である。」と指摘する。
 『古事記』序は、夏音文字について「上古の時の言(ことば)と意(こころ)は並びに朴(すなお)」と記す。
 言葉が達者(たっしゃ)になって左脳思考を優先する成人の場合、左脳がイメージで考える作業を不得手とするために素朴な右脳思考を否定するようになる。ゆえに、夏音文字の学芸の習得適正年齢は6歳ころ~14歳ころまでとなった。徳川家康は竹千代(たけちよ)と呼ばれていた8歳~14歳までの少年時代、夏音文字の学芸に精通した大原雪斎(たいげんせっさい)から教育された。雪斎は家康が14歳の時に没した、臨済宗妙心寺(りんざいしゅうみょうしんじ)派の高僧であった。京都市に所在する世界的に有名な石庭(せきてい)がある龍安寺(りょうあんじ)は臨済宗妙心寺派の寺であり、その石庭は文字作成銀河全域各部の形状をデザインする作品であることが証明できる。ゆえに、臨済宗妙心寺派の基盤教義は夏音文字の学芸であったのである。
 わがブログ「真実の日本国誕生史」の8回・9回で証明した夏音文字の学芸遺跡・卑弥呼呼の地上絵をまもった、今年度のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」のヒロイン次郎法師もまた6歳~14歳ころまで、夏音文字の学芸を学ぶものであったと考えられる。その証拠に、井伊氏の菩提寺(ぼだいじ)の龍潭寺(りょうたんじ)は臨済宗妙心寺派の寺である。
 夏音文字は素直に考える右脳優秀な6歳~14歳ころまでの少年・少女が学ぶものであったゆえ、『古事記』序は「上古の時の言・意は並びに朴(すなお)」と記述したのである。

◆『古事記』序の末部には「辞理の見えがたき」という文がある。つまり、「文字作成銀河をもって夏音文字を楷書に変換したものの、その楷書では夏音文字の辞(言葉と文字)の意味が伝わらない状況」を「辞理の見えがたき」と表現したことになる。このような場合は「夏音文字をそのまま用いて注とした」と、『古事記』序は記述する。
 『古事記』序の末部には「姓(うじ)において日下(にちげ)を玖沙訶(くさか)といい、名において帯(たい)を多羅斯(たらし)という」という文がある。
 []という字は[][]が加わる字であるゆえ、『説文解字』は「人の生まれる所以(ゆえん)なり」と解説する。ゆえに[]の字源銀河は、〔子どもを生む女性の生殖器〕であるN図の「十字の銀河の子宮」となる。
S303
(C) 2017 OHKAWA
 
 N図の「三つ輪の銀河」が楷書の[]、「三つ輪の銀河」より下にあるように見える「十字の銀河の子宮」が楷書の[]となる。ゆえに、[]の字源「十字の銀河」が「日下」の語源となる。楷書の「日下」と夏音文字の「玖沙訶」は同義であるから、「十字の銀河の子宮」が「玖沙訶」の語源となる。
 []の字義は「玉に次ぐ、黒色の美しい石」である。だから、〔黒い夜陰に美しく輝く小さい石の粒(つぶ)が集まる形状〕の「三つ輪の銀河()・十字の銀河()」が[]の字源となる。〔黒い夜陰に美しく輝く小さい石の粒〕はつまり[]の字義「砂(すな)」をあらわす。
 O図に示す「十字の銀河の腹部と鬼の横顔に似る銀阿の口をつなげる3本線に見える帯」は〔河〕のイメージとなるゆえ、[][]が加わる[]は〔十字の銀河の子宮を源として言(ことば)が流れる河〕と解釈できる。だから「3本線の帯の銀河」が[]の字源となる。[]の字義は「うた()」である。この[]の秘密は後でも追加説明する。
S304
(C) 2017 OHKAWA
 
 わがブログ「真実の日本国誕生史」の4回・5回・7回で解説したように、「十字の銀河」は「文字作成銀河の各部の形状から作られた多数の文字を生む母体」であった。これゆえ、P図に示すように「十字の銀河」は[]の字源となった。また、P図に示すように、「十字の銀河」は[]の字源でもあった。したがって、「十字の銀河」は「多羅」をあらわした。
S305
(C) 2017 OHKAWA
 
 C図に示したように夏代(後期縄文時代)においては、中国とわが国の各地の天頂に「十字の銀河」がめぐってきたので、P図に示すように「十字の銀河」は各地の緯度(天頂緯度線)と経度(子午線)が網目(あみめ)のごとく交わる羅針盤(らしんばん)となった。だから、[]の字源は「糸(天頂緯度と子午線)が交差する网(網・羅針盤)」であった。
 Q図の「十字の銀河の北側の乳房」と重なる「M39」と名がつく散開星団(さんかいせいだん)は、双眼鏡で見るよりも肉眼のほうがよく見える。「M39」は「女性の乳房」に相似し、また「巣から頭を出す隹(小鳥)の姿」に相似する。そして「十字の銀河の子宮」もまた「隹(小鳥)の姿」に相似する。ゆえに、[]の字は[]の下の[]には[]の字が配された。
S306
(C) 2017 OHKAWA
 

『説文解字』は「多羅斯」の[]の字源を「柝()くなり」と解説する。だから、O図で[]の字源となった「3本線の帯の銀河」は、P図に示すように「十字の銀河の南の乳房」(I図の右図参照)から柝()けているゆえ[]の字源でもあったことになる。前述したように、「十字の銀河の南の乳房」と「十字の銀河の子宮」は「腰」に相当するゆえ、[]の字源「3本線の帯の銀河」は「腰に巻く長い布の帯が、いまだ腰に巻かれていない帯の部分」のように観える。また「3本線の帯の銀河」は「十字の銀河の子宮の胎盤(たいばん)とつながるへその緒()の帯つまり臍帯(さいたい)」にも観える。だから、P図に示した「十字の銀河・3本線の帯の銀河」が[]の字源と「多羅斯」の語源であったことになる。

◆太安万侶が書く『古事記』序は、28歳で聡明(そうめい)な舎人(とねり)の稗田阿礼(ひえだのあれ)は天武(てんむ)天皇が命令した帝皇日継(ていおうのひつぎ/各代天皇についての記述)と先代の旧辞(『古事記』上巻の原典)に用いられた夏音文字の誦習(しょうしゅう)について、下記のごとく記述する。
 「目に度(わた)れば口に誦()み、耳に払()るれば心に勒(しる)す。」
 R図に示すように、「鬼の横顔の両目から鬼の後頭部・アゴにつく両目まで」が「目に度()れば」となる。
S311
(C) 2017 OHKAWA
 
 「鬼の横顔の両目」の位置を基準にすると、「鬼の後頭部・アゴにつく両目の中間」が耳の位置となるので〔小さな耳の図〕を記した。「鬼の後頭部・アゴにつく両目」を基準にすると、耳は「長方形の暗黒天体部の内」に存在する――この「長方形の暗黒天体部内にある耳」を図案したのが、[]の契文(甲骨文字)の字形であり、「耳に払るれば」ということになる。わがブログ「真実の日本国誕生史・5」の末部で「長方形の暗黒天体部」は[]の字源であることを証明した。だから「長方形の暗黒天体部とその内にある耳」が「耳に払るれば」つまり「訶を聞く」と意味した。というのも、「長方形の暗黒天体部」の東隣の「激流の銀河」もまたO図に示した「河」に見立てられるゆえ「訶」と解釈できるからである。
 S図に示すように、「心に勒す」の[][]の字源も「長方形の暗黒天体部」となる。
S312
 
 []の字義は「なめした動物の皮」であり、「なめす」は「動物の皮から脂肪を取り去ってやわらかくする」である。上古は口にくわえてなめて脂肪を取り去り、アゴに力を加えて歯で噛()んで皮をやわらかくした。ゆえに、S図の[]の字源「左手の銀河」は「皮をやわらかくするアゴと歯の力」をあらわすことになる。ゆえに、「勒す」は「文字銀河各部の形状を見て生まれたイメージが訶()となって心に響く」と意味したと考えられる。
 以上のごとく、稗田阿礼が『古事記』上巻の原典である旧辞から誦習した夏音文字は訶()にして暗誦(あんしょう)するものであった。というのも、漢字作成原理を発明した倉頡の掟によって「書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者また消し忘れた者は即刻に死刑に処せられる」と厳しく定められていたからである。だから、夏音文字の字形は王朝が独占管理して厳重に機密を保持されて、王朝につかえる舎人であってもその字形を公然と使用することは厳重に禁止されていた。しかし、「玖沙訶」の[]の字が示すように、夏音文字は〔神のことばをあらわすもの〕であったゆえ、「神のことば」である「訶」にすれば公然と用いることはできた。だから、夏音文字の保存に努める役職の舎人は節とリズムをつけて、旧辞に書かれていた夏音文字の文章を誦習・暗記した。訶にすると記憶力が一気に増大して飛躍的に多数の文字を覚えることができる。その証拠に、僧侶の読経(どきょう)や歌手たちが覚える多数の詞は、文字に節とリズムをつけて記憶される。したがって、夏音文字は「神のことば」の「訶」であったゆえ、素朴な節とリズムを有するものであった。だから、夏音文字は「
訶」は〔音声〕で記憶されて用いられ、「訶となる音声」で実在するものであったゆえ、わが国では「夏代の文字」を「夏音文字」と呼んでいたことになる。

 以上のごとく、「古事記 上巻 幷せて序」の冒頭は「東日本(230年ころに誕生した小国・日本の範囲)における夏音文字の学芸の習得」を語り、その末部で「楷書も夏音文字も文字作成銀河から作られた事実」を伝えて、この事実を解明しないと「『古事記』上巻に記述された真実の歴史は解明できない」と警告するものであった。ゆえに、新井白石以前の先人たちは〔文字作成銀河から作られた漢字の学術〕を学んで真実の歴史を知ったが、白石以後から今日までの学者たちは一人も『古事記』序の警告を無視・排除して〔漢字が文字作成銀河から作られた事実〕を解明しないため、その意見は虚偽・空想・空理空論ということになる。

 

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