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2018年1月11日 (木)

真実の日本国誕生史・35

 ●要約と結論・1
■他に事例が無い『古事記』の「序」の秘密
 
 あらかじめ「真実の日本国誕生史・34(前回)で終わりにしようと考えていた。しかし、「要約と結論」の6回を加えて、「真実の日本国誕生史シリーズ」は40回で終了することにした。

はじめに
 

 現存する最古の『古事記』の写本は、1372(応安5)に愛知県真福寺の僧侶によって書写された国宝の「真福寺(しんぷくじ)本」である。

Photo
▲国宝・真福寺本『古事記』愛知・真福寺宝生院蔵

 上に示すように、真福寺本の『古事記』の序は「古事記上巻 序幷(古事記上巻 幷 (あわ)せて序)」と表記する。このような「序」は他に事例がなく、極めて特殊である。
 朝廷は大和朝廷の基礎を築いた、朝廷が最も崇拝する最高の先祖である皇祖天照大御神(母子)にとって恥辱的な歴史となる日本国誕生史の真相を絶対に後世に伝えてはならぬと厳重に禁じた。しかし、編纂(へんさん)スタッフは抵抗して『古事記』上巻の随所に〔日本国誕生史の真相が解明できる仕掛け〕を仕組んだ。この〔仕掛け〕を『古事記』上巻の冒頭の「序」で説明しなければならなかった。だから、「古事記上巻 序幷」」と表記されることになったのである。

1 漢字は銀河から作られた

 『古事記』は上巻・中巻・下巻の3巻で構成される。このように3巻に分かれる書物の場合、ふつう「序」は「全3巻の序」ということになる。
 しかし、『古事記』の「序」は『古事記』上巻だけに限る「序」である。この秘密をあらわして「古事記上巻 序幷」と表記された。

 『古事記』の中巻と下巻には記載されずに、上巻だけの随所に〔音〕という注を付く文字が多数記載された。この音文字は、紀元前2070年~紀元前2050年頃の後期縄文時代初頭、中国からわが国に伝来した。後期縄文時代初頭は、中国の夏代 (かだい)初頭である。ゆえに、『古事記』の上巻だけに記載された〔音文字〕は「夏音(かおん)文字」であった。
 夏音文字は、下に示す写真「文字作成銀河の各部の形状」を「字源・字形・字義」とし、書いた文字が用済みになったならば即座に消さない者あるいは消し忘れた者は天罰がくだって死刑に処せられるという厳重な掟(おきて)が定められた原初漢字であった。

Ginga
▲文字作成銀河の写真

 
 このため、夏音文字が記された資料は中国でもわが国でもいまだ1点も発見されていない。
 これゆえ、学者たちは「夏音文字はわが国には伝来していない」と思い込み、「わが国が最初に漢字を習得したのは5世紀あるいは6世紀である」と断定した。
 でも、夏音文字は『古事記』上巻に多数記載されて現存し、『魏志』倭人伝にも幾つかの夏音文字は記載され、「卑弥呼」を「ヒミコ」と読むのは夏音文字の字音である。だから、学者たちの〔思い込みと誤読の空論〕で「わが国には夏音文字は伝来していない」と断定した定説に反して、わが国に後期縄文時代初頭に伝来した原初漢字の夏音文字は実在することになった。
 『古事記』上巻の序の末部において「楷書の〔日下(にちげ)〕は夏音文字の〔玖沙訶(くさか)〕と同義である、楷書の〔帯(たい)〕は夏音文字の〔多羅斯(たらし)〕と同義である」と解説する。
 学者たちは「玖沙訶」と「多羅斯」は〔音だけが存在するが、楷書のごとく字源・字形・字義は存在しないはずだ〕と思い込んだ。しかし、夏音文字「玖沙訶」と「多羅斯」の各字は楷書と同じく字源・字形・字義を有した。だから、夏音文字「玖沙訶」は楷書「日下」、「夏音文字「多羅斯」は楷書「帯」と同義という関係が成立したのである。
 つまり、『古事記』が成立した712(和銅5)当時の楷書より以前の夏音文字を含むすべての漢字は必ず文字作成銀河各部の形状を字源・字形・字義とした。ゆえに、『古事記』に用いられる夏音文字と楷書は文字作成銀河各部の形状から作られ、幾つかの夏音文字と楷書を連ねて組織される語(ことば)の語源は文字作成銀河各部の形状であった――この文字作成銀河各部の形状が「辞(語と漢字)の原理」となる事実を、『古事記』上巻の序の末部で「辞理(じり)の見えがたきは、注を以て明らかにした」という文で説明した。つまり、「文字作成銀河各部の形状を見て、夏音文字が連なる字の語の語源を楷書で表記できない場合は注を加えて明らかにした」という、この状況を「辞理の見えがたきは、注を以て明らかにした」と説明したのである。

 『古事記』上巻の序の初頭部には「陰陽斯(ここ)に開けて、二霊群品(にれいぐんぴん)の祖(おや)と為()る」と読み下(くだ)す文がある。この文は「陰の伊耶那美命と陽の伊耶那岐命の二人が、わが日本国のすべての生みの親となった」と意味した。ゆえに『古事記』編纂スタッフは朝廷の欲求を無視して「伊耶那美命と伊耶那岐命を日本国の思想・学術・芸術・産業・文化・風習の生みの親であり、二霊は日本国民が敬愛して最も尊んだ至上神(最高神)である」と後世に伝える役目を人間として実行しなければならない使命としたのである。
 いっぽう、朝廷にとっての最高神(最高の先祖)は天照大御神母子であった。
 大和朝廷が最も崇拝した天照大御神母子は【日本建国の〔愛〕の理念】を唱えた伊耶那美命と伊耶那美命没後に【日本建国の〔愛〕の理念】を継承した伊耶那岐命を憎悪し、人民が【日本建国の〔愛〕の理念】を尊重することを厳重に禁じた。したがって、『古事記』編纂事業は、朝廷と国家に歯向かう抵抗運動(レジスタンス)であったのである。
 前述したように、伊耶那美命と伊耶那岐命によって築かれた日本国誕生史は天照大御神母子の聖性をいちじるしく汚すものとなった。ゆえに、朝廷は編纂スタッフに――天照大御神母子が日本国を誕生させた生みの親であると捏造(ねつぞう)する偽書の作成――を欲求した。言いかえると、朝廷は【日本建国の〔愛〕の理念】を後世に伝える史書は即刻に焚書(ふんしょ)・抹殺(まっさつ)すると脅迫していた。
 この朝廷の脅迫は、中国の正史『新唐書 (しんとうじょ)』日本伝に「後稍(のちやや)夏音を習う」と記述されて残った。『古事記』が元明天皇に献呈された10年前の702年に派遣された遣唐使は、中国王朝に「後稍夏音を習う」つまり、「壬申(じんしん)の乱(672)稍々夏音文字を復興することになった」と伝えていた。
 天照大御神母子は夏音文字の学芸(学術と芸術)を政権基盤にして、大和朝廷の基礎を築いた。ゆえに、夏音文字をまったく記載しないと天照大御神王朝が最も重視した政治基盤であった夏音文字の学芸が何時(いつ)しか滅びることになるので、朝廷は後世の天皇たちが天照大御神母子を模範(もはん)にして夏音文字の学芸を最も尊重すれば皇室は永遠に衰退・滅亡しないと考えた。ゆえに、夏音文字の学芸を朝廷と国家が独占管理して厳重に機密保持できるようにするために、朝廷は夏音文字を稍々(少しだけ)復興する偽書を作成するよう編纂スタッフを脅迫した。
 この朝廷の「後稍夏音を習う」という欲求がヒントとなって、編纂スタッフは夏音文字を〔稍(少し)〕ではなく〔多数〕記載すれば後人(こうじん)は夏音文字と楷書を銀河各部の形状に変換して真実の歴史を知ることができると逆発想したのである。

◆だから、『古事記』上巻に多数の夏音文字が記載された。
 『古事記』が編纂された8世紀初頭当時、絶大な権力を国家の柱とする天照大御神母子を崇拝する皇族・体制側グループと対立して、『古事記』編纂スタッフは伊耶那美命・伊耶那岐命を崇拝する、夏音文字の学芸に精通する皇族や学識者たちで組織されていた。
 編纂スタッフは――『古事記』上巻の随所に多数の夏音文字を記載すれば、後人(こうじん)たちは多数の夏音文字はいかなる文字かと必ずや注目して研究するようになり、やがて夏音文字の字源・字形・字義は文字作成銀河各部の形状であることに気づき、楷書の字源もまた文字作成銀河各部の形状である事実を解明するにちがいない――と考えた。この考えのもとに朝廷が欲求する通りの虚偽の歴史を書いたと偽装(ぎそう)した記事(伊耶那岐命の黄泉国訪問説話)を挿入(そうにゅう)して、『古事記』を天皇が献呈許可する正史にしようと編纂スタッフは企んだ。
 「銀河」の別称は「銀漢」であった。「漢字」という名称は「銀漢各部の形状から作られた文字」の略称であった。また「天に多数の文字がある」ため「天体」は「天文」と称され、「天にある銀河各部の形状が文字である学術に精通する大王」であるから「天皇」は尊敬されたのである。
 要するに、「漢字」は「銀漢から作られた文字」であるから「漢字」と呼ばれる語源の秘密に気づいた後人たちは、夏音文字と楷書は文字作成銀河各部の形状から作られた事実を察知することができるにちがいないと編纂スタッフは考えたのである。
 しかし、編纂スタッフの企(たくら)みは元明(げんめい)天皇に見破られて、『古事記』は献呈拒絶され、危険思想を育成する反逆書となって読むことを厳重に禁止された。
 というのも、『古事記』上巻にある多数の夏音文字を注目して反体制者たちが夏音文字も楷書も銀河から作られた秘密に気づいて研究すると、朝廷の最強の権力基盤は「銀河から作られた夏音文字の学芸」であると解明され、さらに伊耶那美命が〔愛〕を国作りの基柱(はしら)にした日本国誕生史も知られることになるので、反体制者たちが【日本建国の〔愛〕の理念】を旗印にして革命を起こすと皇室は容易に滅亡すると恐れたのである。
 「漢字」を「銀漢から作られた文字」と発想しないがために、夏音文字と楷書は文字作成銀河から作られた事実に気づかない新井白石 (16571725)以後の学者たちには上巻に記述された歴史がまったく解明できないことになった。
 しかし、夏音文字は朝廷の最も強力な権力基盤であることを知って夏音文字と楷書は共に文字作成銀河から作られた学術を密(ひそ)かに学んだ白石以前の人々は、『古事記』上巻の日本神話は真実の歴史を伝えていることを知っていた。しかし、「革命」は伊耶那美命が唱えた「【日本建国の〔愛〕の理念】に反する行為」であったために、朝廷の支配が長く続いた。
 ところが、源頼朝による鎌倉幕府の創設は【日本国の〔愛〕の理念】を旗印にして興した「革命」とは言い切れないが「革命に限りなく近い強力な反抗」であった。つづく足利氏の室町幕府も同様に【日本建国の〔愛〕の理念】を掲げる革命に限りなく近い強力な反抗政権であり、いわゆる金閣寺や龍安寺(りょうあんじ)の石庭などの室町文化は『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に記述された夏音文字の学芸と日本国誕生史を表現するものであった。そして織田信長と徳川家康もまた夏音文字の学芸と【日本建国の〔愛〕の理念】の復興に一生を捧げ、この信長と家康の夢と情念を後世の人々が知ることができる遺跡や文化遺産が多数現存する。このように武士たちの夏音文字の学芸と【日本建国の〔愛〕の理念】への白熱と化した熱烈なる情念は、夏音文字の学芸遺跡はじめ文化となって現存する。したがって、彼らが【日本建国の〔愛〕の理念】へ傾倒した熱き魂は日本の学芸と文化の幽暗(ゆうあん)な秘め事となる夏音文字の学芸の存在に気づけば直(ただ)ちに鮮烈・明確に蘇(よみがえ)る仕組みとなっている。

 以上のごとく、『古事記』上巻の序の初頭部にある「伊耶那美命と伊耶那岐命がすべての生みの祖(おや)である」と伝える歴史の秘密となる日本国誕生史の真相を、朝廷は絶対に後世に伝えてはならないと禁じた。このため、『古事記』の「序」を書くことになった太安万侶(おおのやすまろ)は――上巻の随所の〔音〕という注が付く夏音文字の語句を文字作成銀河各部の形状に変換すれば、上巻の歴史が明確になるように――編纂スタッフが仕掛けた企(たくら)みを『古事記』の「序」では説明しなければならなかった。
 
だから、この事情を明確に示して『古事記』の「序」は他に事例が無い、世にも珍しい「古事記上巻 序幷」と表記されることになったのである。
 したがって『古事記』の冒頭(しょっぱな)の「古事記上巻 序幷」という表記は、『古事記』は朝廷が「後世に絶対に伝えてはならぬ」と厳重に禁止した真実の日本国誕生史を伝える文献であることを示す。要するに、「古事記上巻 序幷」は『古事記』は反逆の史書であったことを明確に示す証拠(あかし)であったのである。

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