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2018年1月19日 (金)

真実の日本国誕生史・36

 ●要約と結論・2
■わが国における夏音文字の学芸習得史

◆この「真実の日本国誕生史・36」は前回(35)の続きである。今回のブログを読んで不明な点や疑問点があった場合には、前回を検索していただきたい
 前回で指摘したように、現存する最古の『古事記』写本の国宝「真福寺本(しんぷくじほん)」は『古事記』の「序」を「古事記上巻 序幷」と表記する。

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 ▲国宝・真福寺本『古事記』愛知・真福寺宝生院蔵

 『古事記』は上巻・中巻・下巻の3巻で構成されている。「『古事記』上巻だけの序」であって「『古事記』中巻と下巻の序ではない」とあらわして「古事記上巻 序幷」と表記された。
 また、「序」の作成目的を明確にあらわすために、「古事記上巻 序幷」と記された。『古事記』の上巻だけに限って、〔音〕という注が付く文字が多数記載されている。この音文字は紀元前2070年~紀元前2050年ころ、中国の夏代(かだい)初頭=わが国の後期縄文時代初頭にわが国に伝来し習得された原初漢字・夏音(かおん)文字であった――この夏音文字を解説するために、『古事記』上巻の「序」は作成された秘密をあらわして「古事記上巻 序幷」と表記されたのである。
 『古事記』上巻に〔音〕という注が付いて多数の夏音文字が記載されている。この夏音文字は上巻に記述された真実の日本国誕生史を科学的に解明できる方法であった。言いかえると夏音文字を無視して排除する、現在の学者たちの考え方だと歴史がまったく解明できない誤読の空論・妄想となる。
 ところが、夏音文字によって明確となる日本国誕生史は朝廷が最も崇拝する先祖の天照大御神母子の聖性をいちじるしく汚すものであった。このため朝廷は日本誕生史の真相を後世に伝えてはならないと厳重に禁止したが、編纂スタッフは朝廷の命令を無視し人間として実行すべき使命にもとづき〔夏音文字で解明できる・真実の日本国誕生史〕を作成した。
 『古事記』上巻の「序」は――漢字は銀河各部の形状から作られた。原初漢字の夏音文字はもちろん『古事記』が完成した8世紀の楷書の字源・字形・字義もまた銀河各部の形状から作られた。朝廷は国家の最高神の天照大御神の聖性を汚すゆえ「伊耶那美命(いざなみのみこと)と伊耶那岐命(いざなきのみこと)による日本国誕生史を後葉(のちのよ)に絶対に流(つた)えてはならぬ、即刻に死刑に処する」と脅迫した。このため、『古事記』上巻においては、夏音文字を銀河各部の形状に変換し、時には歴史を解明するに重大な楷書の語もまた銀河各部に変換すれば真実の日本国誕生史解明できる巧妙な仕組みを、編纂スタッフ一同は考えた。だから、編纂スタッフの企みをあらわして、『古事記』上巻の「序」は「古事記上巻 序幷」と表記されることになった――と、『古事記』作成の秘密を説明するものであったのである。
 要するに、『古事記』上巻の「序」で「夏音文字で真実(まこと)の日本国誕生史を解明できる方法」を解説することになった事情を示して、『古事記』上巻の「序」は「古事記上巻 序幷」という表記となったのである。
 
 したがって、「古事記上巻 序幷」は「『古事記』は真実の日本国誕生史を後葉(のちのよ)に流(つた)える反逆の歴史書」と表示するものであったことになる。
 
 以上のごとく、(1)わが国には原初漢字の夏音文字が伝来し習得されていた、(2)『古事記』上巻は時の朝廷に歯向かう反逆の歴史書であると、この二つの重大な秘密をあらわして『古事記』上巻の「序」は「古事記上巻 序幷」と表記されることになったのである。
 『古事記』編纂スタッフが〔真実の日本国誕生史を解明できる方法・手段〕と定めた夏音文字の伝来・習得について、「古事記上巻 序幷」は冒頭で説明する(この解説が、下に示す「2 『古事記』上巻の「序」の夏音文字の学芸習得記事」である)

2 『古事記』上巻の「序」の夏音文字の学芸習得記事
 
 『古事記』上巻の「序」の冒頭記事は、以下のごとく読む。
 「臣安万侶言(しんやすまろ まを)す。夫()れ混元 既(すで)に凝()りて、気象 未(いま)だ効(あらは)れず。名も無く為(わざ)も無し。誰(たれ)か其()の形を知らむ。然(しか)れども乾坤(けんこん)初めて分かれて、参神造化(さんしんぞうか)の首(はじめ)に作()す」
 現在の縄文の土器・土偶の研究を利用して、上記の記事で太(おおの)安万侶が言わんとしたことを容易に理解できるように現代語訳すると、下記のごとくなる。
 
「臣下の安万侶が陛下に申し上げます。縄文の土器・土偶を作った造化(芸術)の神の名が無かった草創期や早期縄文時代では天頂にめぐってきた銀河は混沌(こんとん)として既に凝固(ぎょうこ)した象(かたち)をしており、生命をあらわす気つまり兆(きざし)しの象(かたち)は未(いま)だあらわれていませんでした。このため、土器・土偶を造る神には名が無く天頂にめぐってきた銀河の形状を模(かたど)った土器・土偶を作る技術が無かったと思われます。というのも、草創縄文と早期縄文の天頂にめぐってきた銀河の形を神と明確に示した意匠や装飾をほどこした土器・土偶について誰もがその存在を知りませんので、多分この時代には天頂にめぐってきた神の姿を造化 (ぞうか/造形)することできなかったと思われるからです。しかし、前期縄文・中期縄文・後期縄文初頭においては天と地に分かれたイメージを有する印象深い銀河がめぐってきましたので、この参神の最後の後期縄文時代の首(はじめ/初頭)の神が天頂にめぐってきた中国の夏代初頭に、夏音文字が伝来し習得されました。」

 上記した『古事記』序冒頭記事最後の「参神造化の首(はじめ)に作()す」という語句が「わが国に夏音文字が伝来して習得された」と伝えていることになる。
 [][]が加わる字は[]となる。わが国の古代中国文字研究の第一人者とされる白川静博士が著作した『字統』(平凡社発行)は、[]の字義は「かみ()」とし、[]の字源を「電光の走る形に象(かたど)り、神(しん)の初文(最初の文字)」と解説する。「電光の走る形」とは「雷(かみなり)」すなわち「神鳴(かみな)り」となる。わが国では、「神鳴り」は「神」であった。
 注目すべきは、A図の[]の契文形(けいぶんけい/紀元前1300年頃から出現する亀の甲羅に文字が刻まれた甲骨文字の字形)である。
S921
(C) 2017 OHKAWA

 この字形は「天頂緯度線と天頂緯度線に直角に交わる視線(垂直線)」をあらわす。というのも、2世紀前半に成立した“字書の聖典”と尊重される『説文解字(せつもんかいじ)』は[]の字源を「至高(しこう)にして上なし、一大に従ふ」と解説するからである。
 「一大に従ふ」つまり[]の下に[]が加わると[]の字となり、「至高にして(最も高くて)、それ以上の上が無い天体部」は、B図の右上に示す「天頂緯度線」である。
S922
(C) 2017 OHKAWA
 
 天頂緯度線をキャッチすると、1度の60分の11分の精度で緯度が測定できる。ゆえに原始以来、人類は精密に緯度と方位が測定できる天頂緯度線をキャッチして生命を保持できたので絶滅しなかった。彼らは遠くの地までを旅して往来することができ、大海をも往来することができた。したがって、前期縄文初頭以後、〔乾坤(けんこん/天と地)に分かれる形をした天頂緯度線が通過する銀河〕を「造化の神」と敬って崇拝したことになる。
 B図の右上に示すように、「天頂緯度線のキャッチ」は[(げん)]の字源・字形・字義となった。「天頂緯度線・子午線」の形を図案した[(とう)]の下に[(よう)]が加わると[]となり、『説文解字』は[]の字源を「小なり。子の初生の形に象(かたど)る」と解説する。ゆえに、[]の字源は「母体の子宮で育った胎児がこの世に初めて生まれたばかりの小さな子」であった。この[](初生の子)は上記した『古事記』序の冒頭文における「気象(生命の兆し)」をあらわす。
 だから、「参神造化(さんしんぞうか)の首(はじめ)に作()す」という文は、生命の兆しがあらわれた銀河の形状を貫通した縄文時代の天頂緯度線と土器造形革命の歴史を注目して考えるべきことになる。

◆わが国の土器・土偶における造化(芸術)革命は、前期縄文に関東地方から起きた。中期縄文になると、世界に類をみない豊かな装飾性と高度の芸術性が表現される土器・土偶が山梨県や長野県の八ヶ岳山麓で造られた。これらの土器・土偶は、下に示す写真の文字作成銀河の各部のイメージを造形するものであった。そして、夏音文字の学芸もまた文字作成銀河の各部のイメージを造形するものであった。

Ginga
 ▲文字作成銀河の写真

 C図は、〔歳差(さいさ)〕という天文現象にもとづいて再現した(1)前期縄文初頭、(2)中期縄文初頭、(3)後期縄文初頭の北緯36度の天頂緯度線図である。
S923

(C) 2017 OHKAWA

 『古事記』上巻の創世の神々の記事において「参神造化の名は、()天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)()高御産巣日神(たかみむすひのかみ)()神産巣日神(かむむすひのかみ)であった」と記す。ゆえに、(1)前期縄文初頭の神が天之御中主神、(2)中期縄文初頭の神が高御産巣日神、(3)後期縄文時代初頭の神が神産巣日神となる。
 前期縄文~後期縄文初頭までにおいて、最も芸術性豊かな土器・土偶は山梨県や長野県の八ヶ岳山麓や新潟県信濃川流域などの集落で造られた。この山梨県から新潟県信濃川流域までの中央に相当するのが北緯36度の長野県の八ヶ岳山麓である。
 ゆえに、C図は北緯36度の天頂緯度線であらわすことにした。

C図の銀河は、下に示す「文字作成銀河各部の名称図」の左上にある。

Photo_2
 ▲文字作成銀河各部の名称図

 C図の(1)(2)(3)の北緯36度の天頂緯度線は、時代が新しくなるごとに南へ南へと下った。したがって、(1)の天頂緯度線より北側の「最北の輪の銀河」に、前期縄文初頭より以前の早期縄文と草創期縄文の天頂緯度線が貫通していたことになる。ゆえに、「最北の輪の銀河の形状」を見て、太安万侶は「混沌(こんとん)として既(すで)に凝固した、気象(生命の兆し)が未(いま)だあらわれない、名も無く為(わざ)も無い」と表現したことになる。
 そして、(1)の天頂緯度線が貫通する「三つ輪の銀河」を「天」、人の姿に相似する「十字の銀河」を「人が住む地」に見立てて、安万侶は「然(しか)れども乾坤(けんこん/天地)初めて分かれて」と表現した。
 D図に示すように、(1)(2)(3)の天頂緯度線が貫通する「十字の銀河の西側」には、〔乳房・子宮・妊婦の腹部(おなか/子宮が重なる西側の右足)〕に観える銀河部がある。
S924
(C) 2017 OHKAWA

 したがって、「十字の銀河」は「妊娠した女性」に観える。「妊娠した女性」は「気象(生命の兆し)」をあらわす。また、(2)「高御産巣日神」と(3)「神産巣日神」という名に共通する「産巣日」は、「三つ輪の銀河」が「鳥が卵を産む巣の形」と「東から昇る夏至・春分と秋分・冬至の朝日」に観えるゆえ、「気象(生命の兆し)」をあらわすことになった。

◆下に、縄文前期に作られた山梨県東八代郡・御坂(みさか)町の花鳥山遺跡から出土した深鉢(ふかばち)の写真を示した。
Photo_3
 ▲縄文前期の御坂町の花鳥山遺跡から出土した渦巻文深鉢

 この深鉢の器面には渦巻文(うずまきもん)がほどこされている。
 また下に、縄文中期に作られた御坂町の桂野遺跡から出土した深鉢の写真を示した。
Photo_4
 ▲縄文中期の御坂町の桂野遺跡から出土した渦巻文深鉢

 この深鉢の器面にも渦巻文がほどこされている。この両深鉢の目がまわるほどの渦巻文は、上に示したC図の「強力なエネルギ―が感じられる気象あふれる(生命力あふれる)三つ輪の銀河」を造化(造形)するものであったのである。
 次に、日本最古の国宝“縄文のビーナス”と呼ばれる妊娠土偶の写真を示した。
Photo_5
 ▲日本最古の国宝「縄文のビーナス」中期縄文時代(5000年前)

 妊娠土偶・縄文のビーナスは、C図の(1)(2)(3)の天頂緯度線となった(北緯36)の長野県茅野(ちの)市の八ヶ岳山麓の棚畑(たなばたけ)遺跡から出土した。縄文のビーナスはC図のおける(2)となる中期縄文初頭・約5000年前頃に作られた。
 下のE図
に示すように、縄文のビーナスの帽子の上には渦巻文が刻まれる。
S925
(C) 2017 OHKAWA

 真っ直ぐ立つ観察者の頭上に〔天頂〕が存在し、A図のごとく天頂緯度線をキャッチする人はE図左側の縄文のビーナスのごとく、つまりの妊婦のごとく腹部(おなか)を丸くして前へ突き出して仰ぐ。妊婦像の縄文のビーナスの帽子は天頂を仰ぎ見る人の頭の形に合致して斜(なな)めとなる。したがって、「縄文のビーナスの帽子の渦巻文」は中期縄文初頭の天頂緯度線(C図3(2))が貫通した「三つ輪の銀河」を表現するものとなる。
 縄文のビーナスの胸部は〔十字形〕である。だから、縄文のビーナスは「十字の銀河」をモデルにして「十字の銀河の子宮と重なる腹部」で「縄文人たちの天頂緯度測定のポーズ(A図の右図)」をあらわす妊娠土偶であったのである。
 そして、縄文のビーナスの腹部を抱え込むポパイの太い腕のような部分は、F図に示す「人の横顔に酷似する銀河の左手と右手に観える鬼の姿に似る銀河(十字の銀河の隣の銀河)」を造形したものと考えられる。
S931
(C) 2017 OHKAWA

 上に示した「文字作成銀河各部の名称図」の右下に「夏の銀河の西南部」がある。
 「文字作成銀河の写真」を撮影した藤井旭(あきら)氏が著作した『透視版 星座アルバム』(誠文堂新光社発行)115頁は「夏の銀河の西南部の形状」を「わが銀河系の中心方向に群がる無数の星と、入り乱れる星間物質が、わきあがる入道雲のような迫力に満ちた姿でせまる」と表現する。
 ゆえに、上に示した前期縄文の御坂町の花鳥山遺跡から出土した深鉢と、中期縄文の御坂町の桂野遺跡から出土した深鉢にほどこされた迫力に満ちた渦巻文は「無数の星と入り乱れる星間物質が渦巻く夏の銀河の西南部」をも表現するものであって、「三つ輪の銀河」だけを表現するものではなかった。
 したがって、縄文のビーナスもまた「入道雲が渦を巻いて湧きあがる圧倒的な形で迫る夏の銀河の西南部における胎児の姿に似る銀河」(文字作成銀河各部の名称図を参照)をも表現する妊娠土偶であったことになる。
 下に示す写真は縄文のビーナスが出土した長野県茅野市八ヶ岳山麓の中(なか)ッ原(ぱら)遺跡から出土した「仮面の女神」と名づけられた妊娠土偶である。

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 ▲重文・仮面の女神 後期縄文時代(4000年前)

 
「仮面の女神」はC図の(3)の天頂緯度線の時代・約4000年前頃の、夏音文字が習得された後期縄文時代初頭に作られた。
 G図に示すように、「仮面の女神の顔」は「人の横顔に酷似する銀河」をモデルとし、「仮面」は「はくちょう座のε星・γ星・δ星・β星を連結した三角形」をあらわした。
S932
 
 そして、注目すべきは「仮面の女神の臍(おへそ)を中心とする同心円」である――この「同心円」は「夏の銀河の西南部の渦巻」をあらわす。また、「仮面の女神の太くどっしりとした両足」は「巨大な夏の銀河の西南部」をデザインするものであったことになる。
 
 このような事例からして、関東地方以外の地から出土した前期縄文初頭~後期縄文初頭までの土器にほどこされた渦巻文・渦巻がほどこされた土偶・妊娠土偶などもまた、文字作成銀河の「左上の三つ輪の銀河から右下の夏の銀河の西南部までの、文字作成銀河各部の形状」を表現するものであったことになる。
 前期縄文初頭からの約2000年間の土器・土偶作りの伝統を受け継ぐ後期縄文初頭の芸術家たちは中国から日本列島に移住した氏族が話す夏音語はチンプンカンプンで理解できなかったが、移住した氏族が文字作成銀河の各部を指差し地面に図を描いておこなう夏音文字の字源・字形・字義の解説は理解できた。だから、わが国では夏音文字の学芸を習得できたのである。

◆なお、夏音文字は“夏の始祖”の帝禹()の後を継いで帝となった益(えき)の孫の王子と益氏を継ぐ若者たちが大海を越えて、日本列島の東北地方の男鹿(おが)・米代川(よねしろがわ)縄文文化圏に定住したため、夏音文字の学芸が習得されることとなったのである。
 ゆえに中国から忽然(こつぜん)と消えて日本列島に移住した益氏について、司馬遷(しばせん)著『史記(しき)』世家(せいか)
六の陳杞(ちんき)世家は「帝王となった益の子孫は、中国のどこに封(ほう)ぜられたのか不明である」と記述する。
 帝益の孫の王子は『日本書紀』第三の神武(じんむ)天皇紀の初頭記事で「天祖(てんそ)」と称され、その名は「彦火瓊瓊杵尊(ひこほににぎのみこと)」と記され、「この世(日本列島)は野蛮で草昧 (そうまい/草深く未開)であり、蒙昧 (もうまい/無学無知)であった」という表現で「文字が発明されていなかった状況」が示され、夏音文字の学芸が習得された様子は「天祖とその子の尊(みこと)は、神ひじりのように徳高く、善政をかさね、恩沢(おんたく)も行きとどき、かくして年月が経過した」と説明する文で示される。
 『魏志』倭人伝は天祖と益氏の若者たちを「大夫(だいふ)」という語で示し、『万葉集』では「大夫」を「ますらを」と読み、今日では「大夫」は「益荒男(ますらお)」と表記される。この「益荒男」は「名門益氏の王子と若者たちのごとく、荒々しい高波を幾重にも乗り越えて大海を渡った雄々(おお)しい男性」を略した語であったのである。
 夏音文字の学芸に精通した夏代初頭に帝王となった益の孫の王子と若者たちが日本列島の男鹿・米代川縄文文化圏に移住した。そして、益氏は居住地周辺地域の氏族たちにこれまで列島の存在したどの発明よりもはるかに優る発明(夏音文字の学芸)を教え授けており、この発明によって強大な権力(ちから)・集落と氏族の繁栄・最高の尊敬を手に入れることができるであろうという噂(うわさ)は、遥か遠い関東地方まで達した。当時は、B図に示した[](天頂緯度線と子午線)をキャッチすれば益氏の定住地から遠い信州の八ヶ岳山麓までの道程(みちのり)を往復できたゆえ、縄文のビーナス芸術の伝統を受け継ぐ信州の芸術家たちは益氏の居住地を訪(たず)ねて益氏が説明する神聖な発明を学び習得することができたのである。
 また、列島各地に住む文字作成銀河から優れた土器・土偶を作った芸術家たちがいた氏族もまた、益氏が教える夏音文字の学芸が理解して習得できた。
 だから、わが国では夏代初頭(後期縄文時代初頭)に夏音文字の学芸が伝来して習得されていたことになる。
 したがって、学者たちが「わが国が最初に漢字を習得したのは5世紀あるいは6世紀であった」と断定する定説は、「古事記上巻 序幷」の冒頭記事を誤読した空想・妄想(もうそう)であり、『古事記』上巻の随所に〔音〕という注が付いて多数記載されて実在する夏音文字に「無い無いバアー」と呪文(じゅもん)をかけてことごとく存在しないことにしたウソ八百・偽りであったことになる。
 
 

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