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2018年3月26日 (月)

漢字習得定説のウソ・4

 ●倉頡伝説は荒唐無稽の空想ではなかった・4
■「黄帝の銀河」と「倉頡の銀河」の解説

◆「銀河」の別名は「銀漢」である。だから「銀漢から作られた文字」を略して「漢字」と呼ばれることになった。
 紀元前3000年ころ、黄帝(こうてい)につかえた倉頡(そうきつ)は漢字を作る銀河の範囲を定め、また漢字を作成する原理「鳥獣(ちょうじゅう)の足跡(あしあと)」も発明した。倉頡が定めた漢字を作る銀河の範囲は、下の写真に示す秋の銀河の西部と夏の銀河であった。この「銀河の範囲」を、わたくしは「文字作成銀河」と名づけることにした。

Ginga
 ▲文字作成銀河の写真
 
 
 
倉頡はみずからが考案した文字が最も強力な権力、莫大(ばくだい)な富、最高の名声を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が文字の学芸を習得して革命に利用したならば王朝は容易・簡単に滅亡すると心配した。ゆえに、倉頡は下に列記する3つの掟(おきて)を破った人物には神罰(しんばつ)が下って直(ただ)ちに死刑にすると定めた。
●倉頡が死刑と定めた3つの掟
(1)
 文字作成銀河の各部の形状から文字が作られた秘密を暴露(ばくろ)した者
(2)
 文字を容易に習得するために、文字となる銀河各部に名称を付けた者
(3)
 書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消さない者または消し忘れた者

 紀元前3000年頃から始まる五帝時代の倉頡文字と、紀元前2070年頃から始まる夏代(かだい)の夏音(かおん)文字と、紀元前1600年頃~紀元前1300年頃までの殷代(いんだい)前半の原初漢字は、上記した倉頡が死刑と定めた3つの掟を厳重にまもった。このため、原初漢字(倉頡文字・夏音文字・殷代前半の文字)が記された史料が中国においてもわが国においても未(いま)1点も発見されないため、現在の学者たちは倉頡が漢字を発明したと説明する伝説は荒唐無稽(こうとうむけい)の空想と思い込んだ。
 上記した(3)の掟は紀元前1300年頃から始まる殷代後半に出現した亀の甲羅(こうら)に文字を刻んだ甲骨(こうこつ)文字によって破られた。しかし、甲骨文字は(1)(2)の掟については厳重に守った。だから、(1)の掟によって「漢字が銀河(文字作成銀河)から作られた事実」は現在においても不明となり、また(2)の掟によって「銀河(文字作成銀河)各部の名称」は存在しないことになり、この倉頡の(2)の掟の伝統は現在まで受け継がれている。

漢字の起源の歴史を伝える倉頡伝説は、一般的に――太古、黄帝の時代に、倉頡という四つ目の怪人がいて、鳥獣の足跡からヒントを得て、はじめて文字を作り、古代の結縄(けつじょう)の法に代えたので、天は祝福して穀物を降らせ、死霊(しれい)の感泣(かんきゅう)する声が夜()な夜な空に聞こえたというのである――と現代語に訳される。
 上記の倉頡伝説は――黄帝の時代に生存した“四つ目の怪人・倉頡”が文字を作成する銀河の範囲を定め、さらに漢字作成原理「鳥獣の足跡」を発明して漢字は起源することになり、古来(紀元前4000年頃から始まる
三皇時代)の占いに用いた記号であった結縄と代えた。(結縄では古来の三人の大王の氏族名をあらわすことができなかったので、倉頡が発明した文字によって三人の大王の名は包犧(ほうぎ)、女媧(じょか)、神農(しんのう)と定められた)。ゆえに、包犧、女媧、神農の各氏族たちの死霊は祝福して穀物を降らせ(つまり、雨を降らせて豊かな穀物を与え)、その死霊は感激して夜な夜な泣く声が空に聞こえるようになった(つまり、夜な夜な輝く文字作成銀河各部の形状が示す文字によって、三皇時代の歴史を知ることができた)――と意味するものであったのである。
 上記したように、倉頡伝説は「倉頡が四つ目の怪人」であったと伝える。
 これゆえ、学者たちは「とんでもない! 人間には目が四つも無い」と鬼の首でも取ったかのごとく得意になって、倉頡伝説を「荒唐無稽(こうとうむけい)な空想!」と決めつける。
 しかし、わがブログは前回の「漢字習得定説のウソ・1」にて、「四つ目の怪人」とは上掲した「文字作成銀河の範囲」をあらわすものであることを証明した。
 わがブログ「漢字習得定説のウソ」の2回と3回は、倉頡伝説の登場する「鳥獣の足跡」とは、倉頡が発明した「漢字作成原理の名称」であったことを証明した。倉頡は、A図の左側の「十字の銀河」はが女体(にょたい)のごとく「乳房」や「子宮」に観()える箇所(かしょ)があり、そして「腹部が妊婦(にんぷ)のごとく丸い」ので、「文字作成銀河各部の形状から作られたすべての漢字は、十字の銀河から生まれる」と定めた。この漢字作成原理の名称が「鳥獣の足跡」であった。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 また、「四つ目の怪人」とは、上記したように「文字作成銀河の範囲」をあらわすだけでなく、A図の右下の「鬼の姿に似る銀河」をあらわした。「鬼の姿に似る銀河」の首には両目があり、その横顔にも両目となる銀河部位があるゆえ、「鬼の姿に似る銀河の横顔から首にかけての銀河」は「四つ目の銀河」ということになる。ゆえに、「鬼の姿に似る銀河」は「倉頡」をあらわすと共に「四つ目の怪人」と呼ばれることになった。
 したがって「四つ目の怪人・倉頡」は「漢字は文字作成銀河各部の形状から作られた」と伝える役割(やくわり)を有した。だから、倉頡伝説は「荒唐無稽の空想」ではなく、倉頡伝説にケチをつけた学者たちの意見のほうが「荒唐無稽の空想」であったことになる。
 上記した倉頡が死刑と定めた(2)の掟のために、「文字作成銀河各部の名称」は現在においても学問上確立されていないため、存在しない。しかし、「倉頡が漢字を作成する方法を発明した事実」を証明するためには、「文字作成銀河各部の名称」がどうしても必要であるゆえ、わたくしは下に示すように各部の名称を定めた。A図の「十字の銀河」と「鬼の姿に似る銀河」は、下の「文字作成銀河各部の名称図」の左上にある。
Photo

 ▲文字作成銀河各部の名称図

倉頡がつかえた黄帝は、東洋最古の医学書『内経(ないけい)』を作ったと伝わる。『内経』の[]の字源・字形・字義は「女性の生殖器(せいしょくき)・子宮に宿る胎児(たいじ)や出産器官の産道」をあらわした。黄帝の医学研究は中国最初の事業であったので、三皇時代の結縄(けつじょう/易に用いる記号)では黄帝の研究をあらわすことができなかったので、倉頡が黄帝の医学研究をあらわすことができる文字を発明することになったのである。
 前々回のわがブログ「漢字習得定説のウソ・2」でも解説したように、天文における「歳差(さいさ)」という現象にもとづくと、紀元前3000年頃の五帝時代初頭、B図に示すように、北緯3536分の陝西省(せんせいしょう)の黄陵県(こうりょうけん)の黄帝を祭る廟(びょう)と黄帝の墓とされる黄帝陵と北緯31度の太湖(たいこ)南岸の天頂に、A図に示した「十字の銀河」と「四つ目の銀河」がめぐってきた。
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(C) 2018 OHKAWA

 したがって、黄帝と倉頡が生存した五帝時代初頭において、中国各地の天頂に倉頡が発明した「鳥獣の足跡」の「すべての漢字を生む母体の十字の銀河」と「四つ目の怪人」と呼ばれることになった「四つ目の銀河」がめぐってきたことになる。
 C図に示す「女性の生殖器官の側身形」は「鳥(水鳥)の側身形」に相似する。
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 D図に示す「獣」の「ジャコウウシ」は「第5週始め頃の胎児(たいじ)の姿」に相似すると見立てられた。
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 E図に示す「獣」の「「フタコブラクダの離れた両目の配置」は「第7週の胎児の顔の両端(りょうはし)に離れた両目」に相似する。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 F図に示すように、「十字の銀河の西半身」は「東から西へ向かって歩く女性の姿」に観えるため、「鬼の姿に似る銀河」は「女性がこれから歩いて行く通路」に見立てられた。「十字の銀河の東半身」は「西から東へ向かって弓を手に持つ男性が歩く姿」に観えるゆえ、「鬼の姿に似る銀河」は「男性が東へ向かって歩いて来た通路」に見立てられた。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 そして「通路」となる「鬼の姿に似る銀河」には「十字の銀河の両足の足跡が、雨が降った後のやわらかい土や海岸の砂浜や湖岸の渚(なぎさ)の上には残る」と想像されることになった。
 したがって、C図の「鳥」にD図とE図の「獣」が加わり、さらにF図の「通路に残った足跡」のイメージが加わって、倉頡が発明した文字作成原理は「鳥獣の足跡」と呼ばれることになったのである。
 D図の「ジャコウウシ」とE図の「フタコブラクダ」は、倉頡が発明した漢字作成原理「鳥獣の足跡」を象徴(しょうちょう)する聖獣(せいじゅう)となった。

◆G図は「黄帝」の[]の字源解説図である。
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(C) 2018 OHKAWA
 

 []の古代字形は女体に相似する「十字の銀河」を「矢の形」に図案して、「十字の銀河の腰のあたり」に「円形」を加えた図案である。この「円形」は「女性の骨盤」をあらした。
 というのも、D図に示した「ジャコウウシ」は「女性の骨盤」に見立てられたからである。つまり、G図における[]の古代字形における「十字の銀河の腰のあたりの円形」は「天敵(てんてき)のオオカミにおそわれると、子ども真ん中にかくすジャコウウシの群れが作る円陣」をあらわし、その「円形の真ん中の二又(ふたまた)に分かれる箇所」は「円陣の真ん中にかくすジャコウウシの子ども」をあらわした。ゆえに、「ジャコウウシ」は「胎児が宿る子宮をまもって円形に包囲する女性の骨盤」に見立てられたのである。
 黄帝は女性の生殖器を研究したゆえ、女体生殖器の解剖(かいぼう)に「火矢(ひや)」つまり「肉を鋭(するど)く切るメス(小刀)として、矢の先端に付く鏃(やじり)を火で焼いた火矢(ひや)」を用いた。だから、[]の古代字形の骨格(こっかく)は「メスとなった矢の先端の鏃」を示して[]の図案となった。というのも、「黄帝が中国各地に遠征して、天下を治めた」ゆえ、黄帝が天下を治めた事業は「武器の矢」で表現されたからである。
 司馬遷(しばせん)著『史記』五帝本紀(ごていほんぎ/第一)は「黄帝軍は黄帝陵付近から揚子江(ようすこう)や太湖(たいこ)付近まで遠征(えんせい)した」と記述する。ゆえに、B図の「北緯3536分から北緯31度までの太湖南岸までの黄帝軍の遠征」は「矢」であらわされることになった。
 あるいは、その「矢」の図案は――人間の背側にある脊髄(せきずい)は弓状に曲がり、矢を番える側(腹側)に内臓があること――をも示すものかもしれない。
 「矢と鏃を入れる匚(はこ/)」は「靭(ゆぎ)」であった。ゆえに、[]の中に[]を入れて[]の字が作られた。中国の医学は黄帝から始まったゆえ、「黄帝」の[]の古代字形は「黄帝は火で焼いた鏃をメスに用いて、女体生殖器を解剖した」と表現する図案となった。

[(うし)]]の原義(げんぎ/最初の文字の字義)は「ウシ」ではなく、[]の原義は「ジャコウウシ」であった。[]の原義は「ウマ」ではなく、[]」の原義はE図に示した「フタコブラクダ」であった。だから、『魏志』倭人伝には「倭国には牛と馬は無し」という記事があるが、この記事は「倭国には[]の原義のジャコウウシと[]の原義のフタコブラクダは生息しない」と意味したことになる。
 匈奴(きょうど)・ツングース族の人々にとって[]のフタコブラクダは「沙漠(さばく)の船」と呼ばれるほど、砂漠を往来するときに欠くことができない大切な家畜である。その二つのコブは脂肪の貯蔵庫で、数日間食物をとらずに働くことができ、3日間も水を飲まなくても平気である。フタコブラクダの足の指はじょうぶで砂漠を歩くのに都合(つごう)がよかった。ツングース族は深い穴を掘って死者を葬り、一匹のフタコブラクダを殉死(じゅんし)させてその血を墓の上に注(そそ)ぐ風習があった。翌年あるいは数年後に草がおおって茂って墓の場所がわからなくなっても、フタコブラクダは殉死したフタコブラクダの血を嗅()ぎあてることができたゆえ、墓の場所がわかったと言う。これゆえ、フタコブラクダはB図に示した天頂緯度線をキャッチできる優(すぐ)れた能力を有すると信じられることになり、漢字作成原理「鳥獣の足跡」を象徴する聖獣となったのである。
 H図に示すように、天頂点(てんちょうてん)と重なる銀河部位が天頂点を通過する時の46秒間における軌道が東から西へと移動する線は、人類にとって1度の60分の11分の緯度差を精密(せいみつ)に判定できる緯度線となった。人類には、原始の時から日々鍛錬(たんれん)すれば、1分の緯度差を測定できる眼力と本能が脳にそなわっていたのである。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 この眼力と本能は遠くの地へ行って家族が待つ家へ帰って来る人々や大海を渡る人々の命をまもる方法であった。この人類の命をまもった天頂緯度線をキャッチできる眼力と技術(わざ)と本能は、H図右上の[(げん)]という漢字となり、[(じゅ)][(じゅつ)][(じゅつ)]という漢字にもなり、「呪力(じゅりょく)」または「呪術(じゅじゅつ)」という語となった。したがって、H図右上に示す[]をキャッチする呪力を有する五帝時代の人々は遠くのツンドラ地帯に行ってジャコウウシの狩りをしても、家族が待つ家へ帰って来ることができた。また、黄帝軍は[]をキャッチできる呪術によって、B図に示した黄帝陵がある本拠地(ほんきょち)から遠くの太湖付近まで遠征しても帰還することができた。
 文字作成銀河を観察して2世紀初頭に著作された漢字の字源を解説する字書の『説文解字(せつもんかいじ)』は、I図に示す[]の字源・字形・字義を「至高(しこう)にして上なし。一大に従ふ」と解説して、五帝時代に中国各地の精密な緯度を示した「十字の銀河」であったと伝える。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 H図に示したように天頂緯度線は最も高くそれ以上に高い天体部は存在しないので「至高にして上なし」ということになる。B図に示した五帝時代に中国南部の土地の「至高にして上なし」すなわち天頂緯度線が通過した「十字の銀河の子宮」を『説文解字』は「一大に従ふ」と解説したのである。
 つまり、I図に示す「十字の銀河の子宮」は[]の字源・字形・字義となり、女性の子宮は胎児が出産する時に最大となるゆえ「十字の銀河の子宮」は「最大になる」を字義とする[]の字源・字形となった。そして、[]の上に[]を加えると「十字の銀河」が[]の字源・字形・字義となったことを示すことができたので「一大に従ふ」と解説したのである。

◆前回のわがブログ「漢字習得定説のウソ・3」で解説したように、長崎県北部の朝鮮半島と九州本土の中間にある対馬(つしま)は、『魏志』倭人伝に登場する小国・対馬国であった。J図の中央に示すように、「対馬」の[]の字義は原義の「フタコブラクダ」であった。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 というのも、K図に示す「三つ輪の銀河」が「降水量(こうすいりょう)を極端(きょくたん)に少なくする日照りの太陽」と「沙漠(さばく/三つ輪の銀河の無数の星が輝く様子は沙漠のイメージとなる)」をあらわし、「十字の銀河」は「沙漠」をあらわす「三つ輪の銀河」に隣接(りんせつ)するゆえ[]の字源・原義は「沙漠の往来に欠くことができない家畜のフタコブラクダ」となり、「十字の銀河」は[]「フタコブラクダ」の姿に図案されることになったのである。
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 K図の右図の亜字形(あじけい)は「雨が降らずに幾日も日照りが続く沙漠と3日以上水を飲まないためにコブが消えたフタコブラクダ」をあらわしている。
 この亜字形は「乾坤(けんこん)」という語の[(けん)]が「天」の字義となった秘密をあらわす。つまり、亜字形は「雨や雪がほとんど降らず、乾燥(かんそう)する日々が続く沙漠とコブが消えたフタコブラクダ」をあらわすものであったゆえ、J図中央の[]「フタコブラクダ」の字源となった「十字の銀河」はI図の「天」を意味することになった[]の字源をあらわすことになったのである。
 H図の[]をキャッチするには、K図の亜字形が示す雨や雪が降らない乾燥する晴れた夜が何日も続けば好都合(こうつごう)となる。しかし、このような乾燥の日々が続くと、地上の草木が枯れて災害がおこりまた禾(/穀物となる植物)が枯れて多くの人々が死亡する飢饉(ききん)がおきる。したがって、太陽の陽射しが強い夏には雷(かみなり)の電光(でんこう)がきらめいて大量の雨が降り禾を植える土地(田・畑)が泥(どろ)のごとくやわらかくなって原始的な木製のクワでもたやすく耕すことができるようになり、あるいは開墾(かいこん)して田を増やすことができて食糧が増産(ぞうさん)されるほうが好(この)ましいことになる。
 この「夏に雷光(らいこう)によって大量の雨が降って木製のクワでもたやすく耕すことができまたたやすく開墾できるようになる土地が泥のようにやわらかくなる状況」を「乾坤」の[(こん)]があらわすことになった。『説文解字』は[]の字源を「地なり。易(えき)の卦()なり」と解説する。つまり、易の占いにおける卦の「坤」は「雨乞いして、雷鳴(らいめい)が轟(とどろ)いて大量の雨が降り、土地が泥のようにやわらかくなる状況」をあらわした。ゆえに、「土地」をあらわす[]に「夏の日々の雷の電光」をあらわす[(しん)]が加わると[]の字となり、その字義は「地。土」となった。
 L図は「邪馬(やま)」の語源解説図にして[]の字源解説図でもある。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 『魏志』倭人伝には倭女王の卑弥呼が居住した王国の名は「邪馬壱(やまい)国」と記すが、学者たちは「邪馬壱国」は誤記で「邪馬台国」が正しいと主張する。この王国の他に、『魏志』倭人伝は倭国には「邪馬国」という小国もあったと記す。卑弥呼が居住した王国の名と
別の小国名で共通する「邪馬」の語源は、L図に示す「邪(なな)めすなわち[]の字源となる十字の銀河より南西にある、二つのコブとフタコブラクダの横顔に見立てられた[]の字源銀河」であった。この「邪馬」の語源銀河にある「激流の銀河」が「大量の雨で氾濫(はんらん)する河川(かせん)」をあらわし、「長方形の暗黒天体部」が「木製のクワでもたやすく耕すことができる泥のごとくやわらかくなった土地」の[]の字源となった。「人の横顔に酷似(こくじ)する銀河の額(ひたい)」には、天文学で「北天(ほくてん)の最輝部(さいきぶ)」と呼ばれる「北半球に住む人々が最も光り輝いて見える銀河」がある。この「北天の最輝部」が[]の旁(つくり)[]すなわち「太陽が最も光り輝く夏の日々に鳴り轟く雷の電光」をあらわした。
 その証拠に、M図に示すように、[]の字源範囲(はんい)は「人の横顔に酷似する銀河南部から[][]の字源となる十字の銀河」までである。
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(C) 2018 OHKAWA 

◆L図を再度、参照していただきたい。「邪馬」という語は「猪(イノシシ)」をあらわすことになった。というのも、[]の字義は「斜(なな)め」であり、猪の上下のアゴに生える犬歯(けんし)は大きく発達したフタコブラクダのコブのような・半月状の牙(きば)となり、上下の牙が擦()りあわさるようになっているため、常に研磨(けんま)されて非常に鋭(するど)い。ゆえに、「邪馬」は「馬・フタコブラクダのコブのように半月状となる上下の犬歯が邪めとなって大きく発達する鋭い牙となる猪(いのしし)」を意味することになった。
 N図に示す「激流(げきりゅう)の銀河」を「大量の雨が降って氾濫する激流」に見立てると、「邪馬」の「フタコブラクダの横顔と猪の上下の牙のように大きさが異なる二つのコブの銀河」の中間の「長方形の暗黒天体部」は「大量の雨が氾濫してできる泥(どろ)」をあらわすことになる。猪は泥の中をころげまわるのが好きで、猟師(りょうし)はこれを「ニタを打つ」と言い、「猪が泥を浴()びる場所」を「ニタ場()」または「ヌタ場」と言った。「長方形の暗黒天体部」は「猪がころげまわるのが好きな、泥を浴びる場所のニタ場」に相当するゆえ、「猪」をあらわすことになった。また「激流の銀河」を「岸に寄せる波」に見立てると、「長方形の暗黒天体部」は「渚(なぎさ)」をあらわすことになった。
 [猪]と[渚]の旁(つくり)は共に[者(しゃ)]の字である。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 『説文解字』は[告(こく)]の字源を「牛、人に触()れる。角(つの)に横木(よこぎ)を著()く。人に告()ぐる所以(ゆえん)なり」と解説する。
 O図に示すように、『説文解字』の[]の字源解説文における「牛」は「ジャコウウシの横顔」に相似する「鬼の姿に似る銀河・長方形の暗黒天体部」であり、「人」は「人の横顔に酷似する銀河」である。「牛の角に著()く横木」は「十字の銀河」であり、「ジャコウウシの角」は「鬼の横顔に似る銀河から[]の字源となる激流の銀河・長方形の暗黒天体部まで」である。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 「牛の角に著く」の[]という字は、草冠(くさかんむり)の下に[]が加わる。ゆえに、N図に示した「激流の銀河・長方形の暗黒天体部」が[]の字源であったことになる。  
 わが国の中国古代文字(漢字)研究の第一人者とされる故・白川静博士が著作した『字統(じとう)(平凡社発行)[(しょ)]の字形は「[(いつ)]の下に[]が加わる字である」と解説する。そして、『字統』は[]の字形は「筆(ふで)を手にもつ形」であり、[]の字形は「祝祷(しゅくとう)の器である曰(えつ)を土中に埋()め、その上を小枝や土で覆(おお)う形」と解説する。
 P図に示すように、[]の字源・字義の「筆」となる銀河は「十字の銀河」、「筆をもつ手」は「十字の銀河の胸から鬼の横顔に似る銀河の額(ひたい)までの3本線の銀河」ということになる。また[]の上部は、G図のおける[]の字形における円形部・骨盤部分となる。ゆえに、[]の上部の「小枝や土で覆って、土中に埋めて曰(えつ/祝祷の器具)を隠す」部分と、[]の字形円形部の「ジャコウウシの群れが円陣をつくって、その真ん中に子どもを隠す習性」は、共に「隠す」で合致する。[]の下の「土中に埋める祝祷の器である[]」の字源は「泥」・「猪」・「ニタ場」・「渚」などをあらわす「長方形の暗黒天体部」となる。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 猪の群れはジャコウウシの百頭以上にはおよばないが、40頭~60頭におよぶと指摘される。交尾期(こうびき)になると、オスどうしがたたかい、強いオスが多数のメスをしたがえるという。この猪の習性はジャコウウシに共通する。
 猪のメスは出産前や冬期には枯れ枝などの屋根のある巣を作り、地面を掘って作る窪地(くぼち)に落ち葉や枯れ葉などを敷いた巣()に隠して子どもを育てる。この猪の地面を掘る巣に子どもを隠して育てる習性は[]の上の「祝う時や祈祷(きとう)する時に用いる器具(土器)の曰を小枝や土で覆って土中に埋める」の、「曰を土中に隠す行為」に共通する。また、[]の上部の「小枝や土で覆って、祝祷する時に用いた土器の曰を土中に埋める行為」は、上記した倉頡が「書いた文字が用済みになったならば、文字を直ちに消す」と定めた(3)の掟にも共通する。
 つまり、五帝時代の倉頡文字と夏代の夏音文字は倉頡が定めた(3)の掟をまもってしたがったが――殷代前半の原初漢字は祝い祈祷した後に用済みとなった文字は、曰の土器に入れて土中に埋めて隠したにちがいない。

◆Q図は、倉頡伝説にて語られる「四つ目の怪人・倉頡の秘密」の解説図である。つまり、「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」が[][]の字源となった。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 というのも、白川静著『字統』は[]の旁(つくり)[(けつ)]の字形について「顔を中心とした人の側身形」と指摘するからである。
 『字統』は[]の字形について「卜文(ぼくぶん/契文=甲骨文字)も金文(周代に用いられた漢字)はみな人の側身形(そくしんけい)」と指摘し、また「いくらか膝(ひざ)を屈(くっ)する形に作る」と指摘する。
 R図に示すように「だいぶ人らしくなる第8週以後、子宮に宿る胎児(たいじ)の側身形」は、[]の契文形(けいぶんけい/甲骨文字の字形)と金文形の図案と同じく「いくらかヒザを屈する(曲げる)形」となる。
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(C) 2018 OHKAWA
 
 ゆえに、Q図の「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」は「だいぶ人らしくなる、ヒザを屈して子宮に宿る胎児」に見立てられて、[]の字源となった。そして[]の字源「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」は、上記したように白川静著『字統』が[]の旁(つくり)となる[]の字形説明、つまり「顔を中心とした人の側身形」という解説に合致する。また「鬼の姿に似る銀河」は「無事(ぶじ)に出産した吉なる(目出度い)子ども」にも見立てられたゆえ、[(きつ)]の字源・字形・字義となった。[][]が加わると[]となる。ゆえに、[]の字源銀河は「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」であったことになる。また、「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」は[]の字源であったゆえ、倉頡伝説では「四つ目を有する鬼の姿に似る銀河」を「四つ目の怪人・倉頡」と表現されることになったのである。
 学者たちが「人間には目は四つあるはずがない! 荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と鬼の首を取ったかのごとくケチをつけて否定する「四つ目の怪人・倉頡」は「漢字が銀河から作られた事実」と「五帝時代から殷代前半までの原初漢字の字源・字形・字義は銀河各部の形状であった事実」を伝える役目を有していたのである。
 上記した倉頡伝説に登場する「
天は祝福して穀物を降らせ、死霊(しれい)の感泣(かんきゅう)する声が夜()な夜な空に聞こえた」という語りの部分の、「天から降る穀物を貯蔵する倉」は、Q図に示す「鬼の姿に似る銀河」であったことになる。『説文解字』は、[]の字源を「穀物の蔵(くら)なり。倉黄(そうこう)として取りてこれを蔵(おさ)む。故(ゆえ)にこれを倉と謂()う」と解説する。この解説に登場する「倉黄」という語は「あわてふためく」と意味する。というのも――G図の[]の字源の「十字の銀河」はI図の[]の字源であり、そしてQ図に示すように倉頡伝説では「穀物」と「雨」を共に「降る」と表現するゆえ――倉に貯蔵する穀物(石包丁で刈りとった禾の穂)を日干(ひぼ)していたときに、雨が降ってきて穀物を取り込むときにあわてふためく様子が、倉頡の[]の黄帝の[]が加わる「倉黄」という語になって「あわてふためく」と意味することになったのである。
 したがって、Q図に示すように「鬼の姿に似る銀河」が[][]の字源・字形・字義をあらわしたゆえ、「四つ目の怪人」は「鬼の姿に似る銀河」であったのである。

◆それゆえ、S図のごとく[]の字源「十字の銀河」は「黄帝」をあらわし、「鬼の姿に似る銀河」は「黄帝を敬って、跪(ひざまず)いて拝礼(はいれい)する倉頡の姿」をあらわした。
K85
 
 『魏志』倭人伝には、S図の形状に合致して下戸(げこ/身分の低い人)が大人(だいじん/身分の高い人)に跪いて拝礼して敬意を示す記事がある。この記事は「下戸つまり身分の低い人々が身分の高い大人と道路であったときには、しりごみして道端(みちばた)の草むらに入り、身分の低い人が大人に伝言したり説明したりするときには、あるいは蹲(うずくま)りあるいは跪いて、両手をついて敬意を示した」と説明する。
 S図の「黄帝」に見立てられた人の姿に相似する大字形の「十字の銀河」は[]の字源であったので「大人」となる。ゆえに、「倉頡」に見立てられた「鬼の姿に似る銀河」が「下戸」となった。「鬼の姿に似る銀河」は「人が道端の草むらに入って蹲りあるいは跪く姿」に観える。
 これゆえ、倭は文字作成銀河各部の形状が字源・字形・字義となった原初漢字の夏音文字を習得するものであったゆえ、その風習には銀河の形状に擬(なぞら)えるものが数多く存在したことになる。

 以上のごとく、『魏志』倭人伝に登場する対馬・邪馬壱・邪馬の小国名によって倉頡が「四つ目の怪人」と呼ばれた秘密が解明できることを証明した。また対馬・邪馬壱・邪馬の小国名によって「鳥獣の足跡」は倉頡が発明した漢字作成原理の名称であったことをも証明した。また、中国とわが国の上古における人々はH図に示した[]をキャッチする呪力(眼力と技術と本能)を日々鍛錬する修業(しゅぎょう)に励(はげ)んでいたことも証明した。さらに、倉頡が死刑と定めた3つの掟も明らかとなることを証明した。
 学者たちは【誤読】を自由自在にあやつって強引(ごういん)に夏音(かおん)文字はわが国に伝来していないことにしてしまったが、わがブログ「真実の日本国誕生史」の3回で証明したように、また「真実の日本国誕生史」の10回・11回でも証明したように、さらに「真実の日本国誕生史」の35回~40回まででも詳細に証明したように――わが国には紀元前21世紀末に、中国の夏代(かだい)初頭の夏音文字が伝来して習得されていた。文字作成銀河各部の形状を字源・字形・字義とし字音を楷書(かいしょ)であらわされた夏音文字は、『魏志』倭人伝と『古事記』上巻に多数記載されて残った。『古事記』上巻の「序」(古事記上巻 序幷)は、その全体を通して「夏音文字の字源・字形・字義を文字作成銀河各部の形状に変換すれば、上巻に記述された上古の歴史は鮮烈(せんれつ)に蘇(よみがえ)る」と、具体的に歴史解明方法を記述した。しかし、現在、『古事記』上巻の「序」の歴史解明方法の説明指示に従って、夏音文字を文字作成銀河各部の形状に変換して歴史を解明する学者は一人も存在しない。
 「銀河」の別名は「銀漢」であるゆえ「漢字」は「銀漢から作られた文字」であったという想像は学者ならば当然【たやすく】できるはずである。したがって、『古事記』上巻の「序」には上古史の解明方法が記述されたことは学者ならば【たやすく】理解できるはずである。にもかかわらず、学者の誰一人も『古事記』上巻の「序」の指示に従わず、すべての学者たちは【誤読】に熱中(ねっちゅう)する学者たちの空論の虜(とりこ)となって信用するため、両書に記述された上古の歴史はまったく解明できないことになった。
 こんなバカげた茶番劇(ちゃばんげき)に学界は支配されているので、『古事記』上巻に記述された日本人のいのちと魂の根源となった尊厳と真実(【日本建国の〔愛〕の理念】は学者たちの空論のなすがままにレイプ・強姦(ごうかん)されて辱(はずか)しめられている。こんなバカげた侮辱的(ぶじょくてき)で惨(みじ)めな状況は、今が今、さっさとケリをつけなければならない。

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